身勝手な楔 22歳-1

「過ぎたるは猶及ばざるが如しという言葉を、お主らは知らんのか」
「知ってるわよ! 知ってるけど、そうさせたんは光くんでしょう? アタシたちにばっかりそない責任追及されても」
「誰かの為になる行為は、誰かの害になる行為でもある。小春らがよかれと思うてしてやったことは、片方にとっては邪魔で重荷で鬱陶しかっただけという話や」
「せやかて銀、俺らに嫉妬するぐらいならが苦しんどったことに気づくんが先やろ。後輩の子をあそこまで近寄らせた財前も財前やんか」
「白石はん。己の過失を他人になすりつけるんは愚者のすることと相場が決まっておる」
「おい、誰や。銀に焼酎飲ませたんは。ユウジか」
「白石と小春が叱られるとか最高のショーやろ、高みの見物最高やで。なあ財前」
「なんで本人の前で反省会するんですか、先輩らは」

 20歳超えてから振られてよかったなあ、と呟いたのは忍足だったか一氏だったか。それはただ自分が酒を飲みたいだけだろうと睨むべき上級生は、しかし財前一人が相手をするには多すぎた。いつまで中学の頃の面子で揃っているのか、誰に尋ねても正解どころか疑問の一つも湧いてこない。欠席者は熊本に帰っている千歳と下戸で居酒屋を楽しめない金太郎ぐらいだった。ただ一人、小石川だけがいつも財前を労わってくれる。

「あいつらなりに心配してんねん、まあ付き合ったってくれ」
「心配とちゃいますよ、これ。ただのつるし上げですわ」

 淡々とした財前の言葉に、小石川は悲しんでいるのか困っているのか分からない笑みを零すばかりだった。
 21歳になっていた。この年にもなると誕生日はさほど重要視されないものなのに、なぜかこのメンバーからの祝福メッセージだけは大量に届いた。今年に限ってなぜ、と鳴り続ける携帯電話に眉をひそめていたら、なんてことはない、彼らも当時現場にいた当事者だったのだ。
 15歳の誕生日は、記念日を付け加えられた日だった。付き合った日を大切にする女子の心情はあまり理解できなかったが、それが自分の誕生日だと思い入れを感じることは難しくない。そしてその記念日を覚えていることで決して損はしなかったから、覚えやすくて便利だと思っていたぐらいだった。
 それが今、自分を苦しめる数字になろうとはあの頃は思いもしなかった。21歳になり、夏の大会も終えて全日本で華々しく活躍した白石の慰労会と称して招集のかかったいつもの店で、話題は開始5分も待たずに財前の失恋話へと切り替わっていた。

「せやけど話聞いとったら嫉妬云々とちゃうんやないか? これ。単純な三角関係とかでもないやろ」
「あらやだっ、ユウくん。よく分かってるやないの! そうよ、これは結局光くんがちゃんとのコミュニケーションに勝手に満足して自己完結してしまったことと」
「ことと?」
ちゃんの思い込みの度が過ぎてしまったのよね。心配性もいきすぎるとただの恐怖。それこそ過ぎたるは、よ」

 食べて空になった枝豆を振るという謎の行動をとる一氏に、金色が丁寧な解説を加える。それは自分に対する言葉であることは財前にもよく分かっていたが、聞こえないふりをした。
 5年近く付き合った恋人との関係が途切れたのは、数か月前の出来事だった。正確には拒絶に近い振られ方をしたようで、以降何の音沙汰もなくなってしまった関係を思えば、言い渡された言葉の真意をそのように解釈するしかないというのが実情だった。

「聞けばよかったっちゅう話やで。それは別れるっちゅうことですかー言うて。俺は今振られましたんかって。確認はしてへんのやろ?」
「財前に謙也みたいな度胸はあらへんわな、向こうも気軽にそういう言葉使う子とちゃうし。まあ、それを一番分かってんのは財前やろうけど」

 意外とアルコールに強い忍足が冷静に分析すれば、当然のようにアルコールにも負けない白石が笑って財前の代わりに答える。それがいけないのだとアルコールに飲まれた石田が白石をじっと見つめていたが、小石川が宥めるのに任せて財前は何も言わなかった。白石の発言が間違っていたことは、今まで一度もなかったからだ。

「もう無理やった。私ばっかり後から好きになって、置いてかれて。嫌われるの怖すぎて、もう無理」

 最後の言葉は、今でも正確に覚えている。勝手に注文された生ビールの泡がゆっくりと溶けていくのを見つめながら、再び耳の奥に響き渡ろうとするあの言葉からは今でも逃げることができない。
 こちらを責めるのではないその言葉は、逆に財前が今まで何をしでかし、何をしてこなかったのかを考えさせる力ばかり持っていて、ふと無心になった時に蘇ってきては考え込ませる任務を担っているようだった。

(誰がいつ嫌いになった言うねん。むかついとったんはこの人らに対してやし、なんでそこで勝手に自分が嫌われるとか思うんや)

 また立ち止まってしまう財前をよそに、目の前の会話はいつしか白石の全日本の話題に切り替わっていた。
 見事なまでに誰も同じ大学に進まなかった彼らだったが、白石が全日本に出場するという連絡一つで全員試合会場のある三重県まで応援に行っていた。自分の通したい筋を守りつつ、けれど仲間の晴れの舞台には当たり前のように駆けつける。千歳ですら悠々と散歩に行くような格好で熊本空港から飛んできていたらしい。おらんかったんは財前だけや、と金太郎になじるように言われた時、財前は返す言葉が見つからなかった。
 自分は敗者だった。全日本への出場を逃し、大学3年の夏はもう終わっていた。秋の大学対抗、室内テニス選手権に切り替えてやっていくしかない時期に加え、これからは就職活動も入ってくる。自分の意思とは関係なく予定は埋まる。大学と家の往復をしていれば、テニスをしていれば時間は過ぎ去る。そう思っているし、それでいいとも感じていた。それ以外のことは、今はただひたすら億劫だった。

「まあ、近づきすぎたんかもしれへんね。5年っちゅう時間に対しての密度のバランスというか。おかしいわあ、アタシ結構ちゃんの身になってアドバイスしてあげてたつもりやったんやけど」
「慈しむ心も度が過ぎれば憎しみに変わるぞ、小春」
ちゃんが光くんにむかついたっちゅうこと? それはないわあ、銀さん」
「誰も人の心の奥底までは覗くことはできひんからな。何を考えておるのか憶測することが実は一番恐ろしい。やはり本人の言葉で聞かせてもらうのが一番やろう」

 石田の呟いた言葉に、一瞬だけだったが全員が沈黙した。周囲の客の大声ばかりが響き、財前も飲み進めずにいる生ビールから石田に、そして白石に視線を向ける。
 石田はそれ以上何も言わなかったが、白石だけは沈黙を守る財前に少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる。そのような顔をされる方がいたたまれないということを、もう少しこの人は理解したらいい。そんこなとを思いながら黙ったまま流し込んだビールは、苦みばかりが口の中に広がる。

「ほんで、財前。お前はどうしたいんや。今日はお前の激励会にすんのか慰労会にすんのか、どっちやねん」

 食べ終えた枝豆のさやを美しい山形に盛りながら、興味なさそうに一氏が尋ねる。何を思ったか忍足が無遠慮に、その上に自分が空にした大量のさやを載せたものだから、山はあっさりと崩れて無意味な口喧嘩が始まった。
 口喧嘩に沈黙を埋めてもらっていることを、金色と白石には見抜かれているような気がした。



(どうしたらええかなんて、俺が聞きたい)

 石田の言葉を字面通りに解釈するならば、真相は自分で尋ね、自分で確認をしてみろということだった。からの連絡は完全に途絶えていたから、もし接触しようと考えるならばこちらから携帯電話にメッセージを送るしかない。しかし白石の言う通り自分にそのような度胸はなかったし、なによりどのような文面で作成していいのか皆目見当がつかなかった。
 同じ大学、同じキャンパスに通いながらも学部が違うだけでその生活リズムは上手く想像することができず、その時になってようやくがいかに自分の予定に合わせた行動をとってくれていたのかを悟る。違う学部ながら大きなくくりとしては同じ学舎を使用していた点は幸いだった。一度だけ、一限目から授業のある日にその姿を探してみたことがある。だが関西でも屈指の規模を誇るこの大学で携帯電話を持たずに待ち人を探すというのは、ただただ至難の業だった。

「財前? 何してんねん、こんなとこで。テニスもう終わったんか」
「まあ」
「誰か待ってんの?」
「いや、ちゃうけど」

 図書館に出向いてみたこともあった。授業の合間に利用する程度だった図書館に、テニスの練習が終わってから足を向けたこともあった。夜8時まで開館していると教えてくれたのはいつだっただろう、夜空に星がちりばめられた日にいつの日かと同じように生垣のブロックに腰かけて人の出入りを眺めてみたが、やはり見つからなかった。

(見つけても何言うたらいいんかは分からへん。……聞けって簡単に言うけどな、師範。ちゅうかなんで師範が一番喋れるんやこの話題)

 携帯電話に着信もメッセージも、もちろん来ない。元々他人とのコミュニケーションの道具としてではなく自分の趣味に用いるものとして活用してきた携帯電話は、と距離を取って以降一層大人しくなった。あまりにも潔い態度に怒りや悲しみを通り越して、まるで他人事のように一連の出来事を思い出す日々が続く。一度ぷつりと千切れてしまった関係は、再開するためにどのような言葉が最も適切なのか。考えてもまるで分からなかった。得意なはずの、慣れ親しんだはずの携帯電話が情けないほど無力に感じる。
 煌々と明かりの灯るいくつかの研究室を横目に、財前はため息を一つ零してから駅へと向かった。一人で通うことは嫌いではなかったが、隣に並ぶ人がいてもまるで違和感がなかった感覚に疑問を思ったこともなかった。だがその感覚も今は遠い。

「財前先輩」

 駅へと向かうため正門を出たところで、後ろから声をかけられた。どこから走ってきたのか、財前を見上げる後輩マネージャーの頬は赤く、息も上がっていた。しかしそれでも財前を捕まえることの方が大事だったとその笑顔が語っている。
 むき出しの好意はさすがの財前でも気づくようになっていたし、他のテニス部員からもよくからかわれていた。だが相手はその想いを隠さない代わりに打ち明けることもせず、ただひたすら財前のテニス部での活動をサポートすることに徹していた。そのありがたさが分からないわけでもないので、財前は今でも無下にできないでいる。

「珍しいですね、どこか寄ってたんですか? こんな時間まで」
「まあ、ちょっと。そっちは? 片付け?」
「片付けとというか、今度の大学対抗の話を部長と少し。先輩の試合がまた見られるから楽しみです」

 はにかむ表情は年齢差を差し引いたとしても幼く見え、まるで年下の親戚を見ているような感覚だった。義姉が時折のことを「妹ができた」と可愛がっていたことを思い出す。ただしそこにあったような過度な愛着は、このマネージャーに感じることはできなかったが。

「先輩、今までずっと大学にいたんですか? ご飯食べました?」

 覗き込むようにして尋ねる後輩に、用意すべき正解が財前には分からなかった。との間でのみ積み重ねてきた恋愛経験は、他人にどのように応用してよいのか分からない。そもそも恋愛対象として見ていない相手に対して適合させてよい経験値とも言えなかったが、 誘いの意味を含んでいるような言葉に許諾の意思を示すことはあまり好ましくないことだけはなんとなく予想ができた。

「家で義姉さんが作ってくれとるはずやけど」
「え、お姉さんいるんですか?」
「義理のな。あ、マンションこっちやったよな。気つけて」

 好意というものは有難くもあるが恐ろしくもある。そっと散りばめられた言葉の全てに蜘蛛の巣のような細い糸がつけられ、どのように転んでも会話が続くようになっている気がしてしまう。自分の個人的な話題に踏み込まれた時に財前でも思わずそのように感じてしまい、慌てて学生たちが多く下宿するマンションに気づいたふりをして駅へと向かった。可愛い子やのに、と同級生のマネージャーにはよく笑われるが、だからといって受け入れることが正解とは思えなかった。
 それでも彼女は、明日もいつも通りの笑顔で財前をテニスコートで待ち、マネージャー業務に精一杯取り組むのだろう。寄せられる恋情は厄介だ。受け入れられない場合はこのように毎度避ける道を考え続けなければならないし、たとえそれが受け入れたい相手からのものであったとしても、恐らく理想の姿、あるべき姿を追い求めすぎて先に疲労を覚えてしまうに違いない。を先に好きになってひたすら片想いを隠すか伝えるかだけでよかった財前からすれば、彼女は苦行のような恋愛に固執しているように見えた。

(まあ、付き合う前なら俺もそうやったかも。先に好きになった方が勝手できて楽なんやろな)

 思えば、恋人が先にいたに片想いをしていた頃と彼女はまるで同じように見えた。苦行だったのは自分もか、と自嘲気味な笑みも浮かぶ。それでも満足していたあの頃の気持ちは、今となってはよく思い出せない。
 ICカードの機械音が鳴り、眩い駅構内のエスカレーターを進みながらワイヤレスホンを取り出す。もしそこにがいてくれたならば、挨拶の一つでもできるだろうか。それとも逃げるだろうか、向こうが、自分が。
 ぼんやりと考えながらたどり着いた梅田行きのホームに、当然のようにの姿はなかった。



 時間だけは瞬く間に過ぎ去っていった。秋の大会も年度末の新進大会も、そしてなぜか就職活動もある程度予想と希望の範囲内で進み、終わった。白石たちは大学を卒業し、置いて行かれるわと嘆く医学部の金色を除いて誰もが自分の予定していた通りの道へと進んだ。美術大学を卒業後、父親の跡を継ぐのかと思いきやあっさりと芸人の道を選んだ一氏は意外だったが、それも本人の予定通りだった。ただし大阪だけは離れようとしなかった彼らに、事あるごとに飲み会に誘われることだけは如何なものかと思いつつ、参加し続ける自分も大概だと思った。
 昔と同じリズムで、予定を裏切らない範囲で。日々はあっさりと過去としての毎日を積み重ねていき、卒業に必要な単位をある程度揃えられた大学4年生の時間割は空白の方が多かった。自然と学舎への足はゼミ室のみに向かい、卒業論文作成のために図書館に出かけることがあったとしてもその空白時間が手招きをしてくれる。他学部の教室に向かうことも、閉館間際の図書館で待つこともない。テニスコートと自分のゼミ室にばかり通う毎日の中では、の姿は見つけられるはずもなかった。
 だからある夏の日、人工芝の広がる庭園でその姿を見かけた時には心臓が痛いと思うほど驚き、目を見張ってしまった。

「え、本社神戸なん? それやったら向こうに住むん?」
「うーん、どうかな。あんま電車乗りたないんやけど、家から通えるってお母さんが言い張ってる」
「大阪から1本やん神戸なんか」
「梅田駅は慣れたけど大阪駅は無理、ほんま無理。人多すぎ。出口多すぎ。地下迷うし」
「誰かに教えてもらったら。今時やけど。大阪人のくせにやけど」
「笑いごとちゃうんやって、ほんま」

 他愛無い会話の中に零れる笑い声。こちらに気づいていないからこそ聞かせてもらえる柔らかい響きの声は、まるで中学2年の頃のようだった。
 それは話さなくなってから、ちょうど1年が経とうとしていた頃だった。学生の憩いの場として開放されていた庭園の緑が眩い白いパラソルの下で、は大学に入ってからできた親友と話していた。の視界からは死角にあたる場所で親友たちと時間を潰していた財前は、向こうに気づかれないようにそっと横顔を見つめる。少し痩せただろうか、白い肌は昔と変わらず綺麗だったが、義姉にもっと食事を勧められるような気になる細さだった。視力のいい財前から、その左手が見えてしまったのも悲しかった。指輪はもうつけられていなかった。

「当たり前ですー、振られたくせになに我がまま言うてんの。嫌なら取り戻すぐらいの気概を持たなあかんよ、全く」

 のことをいたく気に入っていた義姉は、ソファで携帯電話片手にだらしなく時間を潰す義弟に容赦ない言葉を浴びせた。振られたのかよく分からないと答えたら、絶句された後に「振られてます確実に」と逆に心配され、諭された。

「もし今光くんが謝ったら、戻ってきてもらえる気はするけどね」

 慰めなのかよく分からない言葉を添えられることもしばしばだったが、財前はその返答をしたことはなかった。謝るにしても言葉が思いつかなかったし、自分と離れることで笑っていたの顔を思い出せば、今再び自分が近づくことは決して得策とは言えないような気がする。自分も復縁をどこまで望んでいるのかよく分からなかった。大量に余っている時間が勝手に過ぎ去っていく感覚だけが、ぴったりと自分に寄り添っている。
 テニスラケットを持つことができるようになった甥にテニスを教える以外、家でもすることはあまりなかった。就職活動も終わってしまった今となっては尚更である。だから部屋でぼんやりとしていると、すぐに頭も心もたった一人のことだけで埋め尽くされてしまう。
 自分が鉄道会社に就職したと知ったら、は何を思うだろうか。

(……神戸行くんか。天王寺からは結構距離あるのに。乗れるんか、ほんまに)

 乗り換え自体は単純だから大丈夫だろうとは思うものの、問題はどの路線を使うかだった。一つの鉄道会社だけで神戸に出ようとするとどうしても大阪駅を通らざるをえないし、大阪駅を回避しようとすると鉄道会社が複数に分かれて乗り換えの手間も増える。次々と検索画面に結果として表示される乗り換えの候補に眉根を寄せてしまった時、自分は何をしているのかと笑いそうになってベッドの上に寝転がった。こんなことをしていると知られたら、きっと余計に距離を取られる。もはや取るべき距離自体消失しているかもしれなかったが。
 執着している自分を、中学の頃の自分はどのように思うだろう。このような結末しか迎えられなかった自分を、無理して付き合うからと笑うかもしれない。片想いで満足しておけば傷つかずに済んだのに、と見下されるかもしれない。

「……アホらし」

 模様替えをしていないベッドに寝転がって見上げる空の色は、誰かと一緒に見る時よりも随分と色あせて見えた。
 白石のいない関西学生テニスは思っていた以上に張り合いがなく、違う大学に通っても白石如何で自分の成績が決まってしまったことに自分よりも金色の方が笑っていた。結局財前のテニスを4年間見届けてくれたのは、ではなく金色だった。昨年と同じ会場だったが当然の姿は観戦席にも金色の隣にもなかった。
 白石が全日本常連の強豪会社に引き抜かれたことと比較したら、財前はテニスを続けられる場所とはいえ随分と大人しい場所を選択し、大学生活もそのまま大きな波乱もなく過ぎ去っていった。有り余った時間では卒業論文に手間取る理由もなく、夏も秋もためらうことなくあっさりと過去のものとなっていく。との距離は変わらない。姿も見かけない。もはやどうしたらいいのかも分からないというのが本音で、義姉に言わせればもう完全に終わった話なのだが、自然消滅という言葉の方が自分たちにはしっくりくるような気がした。往生際が悪いと見放されて以降、義姉の口からの名前が出ることはなくなった。

「正月? 別に用事ないけど」
「よかった。それならみんなで初詣行きません? 先輩卒業しちゃうし、テニス部のみんなと一緒に」
「どこに」
「住吉大社!」
「……」
「なんですか、その目。めちゃくちゃ嫌そうな目」
「いやお前、本気で言うてんの? 正月に? わざわざ? めちゃくちゃごった返すんやであそこ」
「初詣は混むものですよ、なに言ってるんですか先輩。じゃ、約束ですよー」

 クリスマス仕様の食堂で後輩マネージャーにそう告げられたのは、12月も半ばの雪がちらほらと舞う日だった。偶然出会えたことに並々ならぬ感動を覚えながら、にこにこと願い事を伝えにきた後輩を、財前は呆然としたまま見送ることしかできなかった。

「珍しいな、お前が女子の誘い断らへんとか。ようやく諦めがついたんか?」
「そういうのとちゃうし」

 テニス部ではないが財前を近くで見続けてきた大学の親友は、面倒くさがり屋の男が女子からの急な誘いを断らなかったことを面白そうに笑っている。否定し続けるのも面倒で財前はそれ以上何も言わなかったが、断らないというよりはどうでもよかったというのが本音に近かったのかもしれない。
 配慮すべき何かは見当たらず、何をつかみ取りたいのかも分からない。のことは忘れたいようで忘れられない日々に逆らうことはもはや億劫で、ただ流されるがままに日々を過ごしているといった方が正解だった。
 だから、初詣当日。テレビで見る以上の人の多さにげんなりしながら、参拝も願い事を用意するのを忘れてただ無心で手を合わせた。そしてテニス部の仲間の後ろについて何気なく参道を戻っていく時には、まるで気づいていなかった。

「財前」

 マネージャーが振り返る。つられて財前も振り返ったその先に、の親友が手を振っていた。



>>22歳-2


21/07/06