身勝手な楔 24歳

「異様にもてとるらしいやないか、あいつ」

 定例の飲み会は、そのような一言で始まった。白石は顔を上げる。
 芸能人としてそれなりに名の知れた存在になっていながら出席率は決して悪くない一氏の呟きは、大抵の場合議題にしろという合図だった。そういえば今日の招集は一氏からだったか、と白石はぼんやりと思い出す。最近東京での仕事も増えてきたこの男は、日々を仕事に忙しく費やしている。その意味では晴れて国家資格を手に入れた金色も同様で、研修医として忙しい彼は最近欠席が続いていた。

「あいつって誰やねん」
「財前」
「そうなんか? 知らんで、聞いたこともない」
「そらお前が調べてへんからや。市庁舎に引きこもっとるからや」
「引きこもるってなんやねん、真面目に仕事しとるだけや」

 いつものように一氏と忍足が言い合うのを横目で見ながら、白石は一氏の言葉を反芻した。若干、聞き捨てならないと感じたからだ。

「財前がもてとるって、誰情報やねんユウジ。お前最近仕事忙しい言うとったやないか、調べる時間なんかあったんか?」
「そんなもん、小春が全部教えてくれるに決まっとるやないか。ほんまは今日自分で言いたかったらしいで。言うっちゅうか、作戦会議っちゅうか」

 中学時代から続くテニス部の仲間たちとの会合は、ほぼ天王寺の居酒屋で行われていた。学生時代、選んだ進路は異なっていたが全員が実家もしくは遠くない下宿先から通学していたこともあり、天王寺に集合とすれば大抵の場合は揃うことができたのである。しかし卒業以降はさすがに勤務体制の違いを如何ともしがたく、不規則かつ移動も多い一氏と、大学病院に勤める金色が揃う機会は激減していた。おかげで互いに伝書鳩の役割を担うようになり、今日は一氏がその任についている。
 一氏は相変わらず枝豆を食しながら携帯電話を取り出し、金色からのメッセージを探す。ほら、と差し出されたそれを小石川と共に眺めると、文字だけで構成された文面が延々と続けられていた。
 そこに書き込まれていたのは、確かに財前に関する情報だった。勤務変更があって泊まり勤務となってしまった財前も今日は欠席となっており、白石は邪魔されることなく静かに金色の報告書を眺める。先に音を上げたのは小石川だった。

「どないなっとんねん、財前。あいつ別れた彼女諦められへんとちゃったんか」

 小石川が文句の色を帯びつつ呟くと、忍足も携帯電話を覗いてすぐに眉根を寄せた。アホやなあと呟く。先に一通り読み込んで状況を把握していたのだろう一氏は、もはや感情を一つも動かさず無表情で枝豆のさやを積み上げている。どれ、と石田が携帯電話を貸すように言わなければ、白石もどのように反応してよいか分からなかったかもしれない。
 金色の言葉を借りれば、最近の財前は数年前の元旦の誓いを維持するだけの気力が失せつつあるとのことだった。大学4年の頃のように気の抜けた、億劫な部分が強く出てきた財前を構う異性が増えつつあるとまで付け加えられてしまっている。石田が小さく唸る。

「ほう。執着が悪い方向にでてしまったかのう」
「待てへんわな、そりゃ。あいつ別れたのいつやった? 20の時やろ? そんで諦めきれへん言うてたのが大学出る前だったとしても……もう2年ぐらい経つんか?」

 長いわな、と一氏が呟く。昔であれば不甲斐ない後輩を空気も読まずに追及していたのが一氏だったが、様々な立場の人と仕事をする環境になってから随分と冷静に物事を判断するようになっていた。どこか同情にも似た響きの漂うその言葉を聞きながら、白石は黙ったまま石田に渡された携帯電話を一氏に返す。
 そこに綴られていたのは、薄情というよりも自暴自棄という言葉が似合う後輩の姿だった。一氏の言葉が全てだ。たとえ自分の非を認めて別れた恋人と元通りになりたいと願っても、元々腰の重い彼である。動き出す何かがなければ進展は簡単には望めない。そこに2年という停滞した時間だけが流れ、積み重なってしまえば、決意した心も翳りに負けてしまうことは別段おかしなことではない。それに加え女性社員も少なくない職場である、彼が異性から言い寄られる瞬間があっても不思議ではなかった。

「健全な24の男がやで、いつまでも昔の彼女引きずるっちゅうのもなあ。俺らも強要するもんちゃうし。はよ言いに行かんかいとは思うけどな」

 一氏の呟きはまさにその通りで、白石は思わず笑い出してしまう。
 なに笑てんねんとむっとする男は、つい最近なぜか俳優との密会現場を週刊誌の記者に盗撮されてしまった。それはなんでお前が相手やねんと誰もがツッコミを入れたくなるほど名の知れた女性で、誘惑が多いのは一氏の方ではないのかと白石は思っていたが、微妙に嬉しそうではなかった一氏を全員が深読みして誰もその話題には触れようとしなかった。そんな一氏が後輩の恋愛に関しては真剣に悩むものだから、お節介なのはこの部の伝統なのだと白石は改めて思い知る。

「白石はなんも聞いてへんのか。あいつ白石の言うことならなんでも聞くやろ」
「なんでも聞く言うてもなあ、俺かて最近は会う機会もないし。向こうも車掌になって忙しそうにしとったし」
「……何回聞いても信じられへんわ、あいつが電車乗っとるとか。ほんま愛想ないくせに車掌とかできるんか」

 忍足が疑いの目で尋ねるも、それも心配からくるゆえの言葉であることを全員が理解している。そして心配ゆえに今日の議題にしろと金色が遠隔命令を出しているのも全員が当然だと受け止めている。
 白石は一氏の言わんとすることを理解し、よしと軽く意気込む。与えられた仕事は完璧にこなさなければ気が済まない性格は変わらない。

「あくまで小春の目から見ての財前やからな。どこまでほんまなんかは知らんし、まあもしほんまのことやったとしても、あいつのことやから諦めきるのも遅いはずや」
「それも一理あるのう。さすが白石はんや」
「ほな、久しぶりにちょっかいかけに行こか」

 そのように心配されることを当の本人はひどく嫌うが、こちらにもそうせざるをえない理由がある。自分たちの前で復縁したいことを決意し、宣言したのは財前本人なのだから、物語の最後はどのような結末であれ彼自身に幕を引いてもらわなければ、聴衆の心残りが膨らむ一方なのである。

「2年ねえ。5年も付き合ったんやから、2年ぐらい待てへんもんか」

 グラスの中で揺れる歪な形の氷を眺めながら白石は呟く。返される言葉はない。誰もがそうではないと分かっているから反論もしないのだ。けれどどうしようもないとも思っているからこそ、次の言葉が出てこないのだ。
 そうであってはならない、と思う心は、自分だけが持っているのだろうか。白石は沈黙の中、携帯電話を取り出して後輩とのメッセージの履歴を眺める。相変わらず愛想のない、淡々とした短い文面ばかりが続く後輩ではあったが、こちらが尋ねたことにはきちんと返事をする素直さもまた変わっていない。懐かしい中学時代を彷彿とさせるその姿を見せられてしまっては、先輩としてしてあげられることは一つだけだった。
 そうであってはならないのだ、ともう一度。心の中で呟けば、一氏が「白石に任せとこ」と金色に返信をしていた。



 どのような接触が最も効果的か、声をかける寸前まで白石は悩んだ。何しろ彼は秒単位で仕事に追われる生活を送っている。勤務体制は一般的ではなく、休日も深夜も関係のない仕事である。かといって彼の休日になる平日は自分の身動きがとりにくい。必然的に、彼が時刻通りに現れる場所へと向かわざるをえなかった。

「随分と様になったなあ、財前」

 梅田駅の混雑の中で後ろから声をかけると、その相手は振り返って明らかに嫌そうな顔をした。また来た、と呟くのも見てとれた。制帽で表情が読み取れないとでも思っているのか、と近づいてその鍔を軽く押し上げると、ますます嫌そうな顔をされた。

「なんなんすか一体、どうやったら行路表が分かるんすか」
「何言うてんねん、小春の頭の良さは誰もが認めることやろ? 知らんとは言わせへんで」
「才能の無駄遣いや」
「有効活用の間違いやろ」

 ありえへん、とぶつぶつと呟きながらも、財前の視線は電光掲示板と手元の時刻表を交互に行き来する。窓口で見るものとは異なる秒単位で刻まれた時刻表は、車掌が手にするものだ。訓練期間を終えて一人乗りをするようになった財前の姿を見に、梅田駅にこれまで何人ものテニス部員が足を運んでいた。あまりにそれが続くものだから、最近の財前は嫌そうな顔を全く隠そうとしない。まるで中学生の頃のようだった。
 その姿だけを見れば、普段と何も変わらない。彼の恋愛事情について、言葉はなくとも確認できるたった一つの場所があったのだが、そこは今白手袋で隠されて白石の目からは何も分からない。
 言葉を繋げてこない白石をようやく財前は訝り、顔を上げて「なんすか」と相変わらずの愛想のない声で尋ねてくる。着用する制服に制帽、そして白手袋。今までの財前を思えばまだ違和感があるそれらに身を包みながらも、受け答えをする当の本人は昔と変わらずそこにいる。白石は少しおかしくなって、笑って首を横に振った。

「最近小春が心配してんで。お前の仕事以外も筒抜けやからな」

 その一言で全てを察したのか、財前は嫌そうな顔をするかと思いきや無表情になって時刻表に視線を落とす。途中で目的地の到着時刻を尋ねてきた乗客に淡々と教えながらも、財前は白石を拒むことなく静かに口を閉じていた。

「どうするつもりなんや、お前は。もうのことはおしまいでええんか?」

 列車の出発時刻に対して沈黙の時間が長い。白石はせっかく捕まえることができたのだから、ある程度の聞き込みをしてそれなりの回答を手に入れたかった。そのためには単刀直入に尋ねるしかない、と列車の進行方向を見つめながら尋ねる。

「お前がまたやる気なくなっとるとか、異様にもてとるとか。まああることないことよう分からんけどな、とりあえず小春の耳には色々入ってきとるみたいやで」
「……どうやったらそんなん調べられるんですか、ほんまあの人は」
「お前にかける時間はやけに確保しとるからな、小春。愛情やで」

 嫌がられるか、と笑いながら答えると、意外にも財前は列車の先を見つめながら押し黙るだけだった。構内放送と乗客のざわめき、そして人々の行きかう振動。それらばかりが自分たちの周りで忙しなく響き渡る中、財前は表情すら変えず静かに口を開いた。

「卒業してから」
「え?」
「卒業してから、一度も会ったことないんです。見たことも。会えるもんやろと思っても、全然。あんなに家近いのに。実家は出てへんはずやのに。まあそんなもんかとも思うし、そこまでかとも思うし」

 財前の乗務予定の列車の発車時刻が近づいていた。車内放送用のマイクを手にして淡々と発車前の注意文言を口にした後、財前は白石に無理やり上げられた制帽を深く被り直した。

「そんな状況が続くと、もう終わらせた方がええのかもって思うことも出てきますよ」
「携帯は」
「それができたら大学におる時に連絡してます」

 それだけを言うと、財前は静かに車掌室のドアを開けて中に入ってしまった。そして列車は白石を梅田駅に残し、定刻通りに発車する。小さくなっていく列車を見つめながら、白石はため息をついた。
 確かに財前の言う通りだった。彼は多分、力のある偶然を信じていた。縁があれば自分はと再会できる、直接言葉で伝えることができると信じていたはずだった。そうすることしかできなかったとも言えるだろう。拒絶された後、相手が自分のことをどう思っているのか分からない状況で無機質な言葉だけを羅列するメッセージを送る勇気は彼にはない。そんな度胸があれば中学時代に片想いを長引かせなかったし、そこで機微を読み取る力があれば学生時代の失敗はありえなかった。財前がと再会することを願ってしまうのは、仕方のない話でもあった。

(それならそれで、もっと吹っ切った顔をせな。なに後悔の塊みたいな顔してんねん)

 残された白石はしばらくホームに佇んで考えていたが、すぐには解決策も浮かんでこない。一氏なみに新しい環境で仕事とテニスを続ける白石も、世話焼きの精神をすぐ発揮するほど無計画ではなくなった。大人になるというのは待つ時間が増えるものだと自分に対してため息をついた時、

「先輩?」

 今度は白石が、背後から声をかけられた。
 聞き覚えのあるその声に、白石は慌てて振り返る。そして間違いなく、その人はそこにいた。

、久しぶりやな。元気やったか」

 速くなる鼓動に気づきつつ、それでも平静を装いつつ尋ねる。疑うことをあまり知らないはそんな白石の心中など気づくはずもなく、嬉しそうに笑って頭を下げた。社会人3年目の彼女が普段着とは異なる堅さを伴った服装で駅にいる、それは別段不思議なことではない。自分もこうして職場から出かけることのある仕事についているのだから、彼女がこのように平日の昼間に電車に乗りに来ることは、そう、珍しいことではないはずだ。
 再会を喜ぶを見つめながら、白石は突きつけられている事実に妙に心が落ち着かなくなる。この駅に来る。平日のこの時間帯に出てこられる。その事実を、どうしたいのだと問いかけたい相手は既に5分ほど前に出かけてしまった。だが5分という響きのなんと短いことか。2年という数字に打ちのめされそうになっている、珍しく気弱になりかけているあの後輩にとって、5分は長いと言えるのか。
 今すぐ携帯電話で金色に連絡をとりたい気持ちを抑えながら話していたその時、白石はふと視線をの手元に向けて、そして言葉を失った。

「……
「はい?」
「見間違いやなかったら、それ、あの時のとちゃうんか」

 の左手に輝く指輪から目が離せなかった。気づかれたことには慌てて左手を隠そうとするが、沈黙する白石の視線に耐えかねておずおずと左の手の甲を差し出す。見間違えるはずもない、それは白石も何度も目にしていた、財前が高校生の時に贈っていた指輪だった。彼がどのような意気込みで買ったのかも覚えている指輪だった。

「……振ったのに?」
「はい、振ったのに」

 なぜと問いかけるより早く、その心の内の答えを求める。隠すことを諦めたのか、は笑って指輪を右手で撫でた。
 髪型もメイクも服装も、高校時代とはずいぶん変わってしまったように見えるが、その指輪だけがなぜか昔に戻りたがっているようにくっついて離れないように見えておかしかった。

「先輩、内緒にしてくださいね。光くん、もう違う人と付き合うてるかもしれへんし」
「今聞かへんのか?」
「怖くて聞けません。……もし彼女がおったら、どうしたらええのかも分かんないんです私。勝手ですよね」

 怖気づきながら願い事をするに、本当は伝えられる言葉はいくつもあった。だが白石は口を閉じて、ただ頷いてみせる。
 白石の頭にはかつて財前に懐いていた後輩のマネージャーの姿が思い浮かんだが、彼女はあくまで財前との一線を越えようとしなかったと金色から伝え聞いている。との関係を心配していたとすら教えられ、金色と少しばかり反省した記憶は遠くない。そして彼女が財前に考えるきっかけを与えたのだと聞かされては、もはやお礼参りに出かけなければならないと立ち上がったところを財前に止められたほどだった。
 それほど財前が未練を持っていることを、しかし白石はには伝えなかった。世話焼きの精神は出して良い時と悪い時がある。それを見極められないのであれば、後輩に構う権利などそもそもない。今は自分が出張る時ではない、白石は直観に従い、の望み通り財前の現況を伝えなかった。例えその顔が、一瞬でも不安や諦めを宿しかけていたとしても。

「振らんかったらよかったのに」
「そうですよね、私もそう思います。せやけど離れたから気づけることもあったんで、それはよかったことにしてるんです」

 それは相手も同じで、同じことを経験して同じ気持ちでいる。白石は喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込む。お茶でも飲むかと誘おうとしたら、は首を振って仕事があると言った。

「どこ行くん」
「三宮です。本社あっちなんです、今から戻るところで」

 ただ黙って見守るという行為の、なんと歯がゆいことか。そしてこの場にやってくるという行為が導き出せる彼女の未来を、自分だけが知っていることのもどかしさをこの二人はどこまで極めさせようというのか。

「この後の特急乗るんか」
「そうです。え、先輩普通に乗るんですか? さっき行っちゃいましたよね?」
「そうやなあ」

 誰かが車内放送して行ってしもたわ、と伝えられる日がいつか来るとすれば、その時自分は笑ってこの二人を見ていられるだろうか。答えを教えてくれるはずの片方は今も無表情で仕事をしているのだろうか、もう片方は普通電車を途中で追い抜かしてしまう特急に乗ろうとしているというのに。
 考え込む白石に笑って別れを告げ、はまもなく発車する特急電車に乗り込んでしまった。違う車掌がを連れ去っていくようにドアを閉めた。綺麗になって、とは言わなかった。彼女の努力を一番見守っているのは、あの可愛げがなくて滅多にこちらの思い通りに笑ってくれない無愛想な後輩が贈った指輪なのだ。そこで自分がしゃしゃり出るのは無粋極まりない、白石は離れているようで離れられていない二人に緊張が緩む自分を感じて思わず笑いながらのため息を零す。

「5分ぐらいの誤差なら、なんとかするやろ」

 そして定例の飲み会で呟いた一言に、金色と一氏は訳が分からないといった顔をした。

「5分てなんやねん、白石」
「それぐらいなんとかできひんような男なら、に指輪させる権利もない」

 なんのことだ、と金色と一氏が顔を合わせる。指輪という懐かしいキーワードに反応したいものの、現状とうまく結びつかずどのように解釈しろというのかと訝る二人に、白石は勝利の笑みをたたえて携帯電話を取り出して一枚の写真を見せた。
 それは、特急電車の発車前。と仲の良い金色の名前をちらつかせて彼女から一枚だけせしめることができた、今の彼女の写真だった。可愛くなったわねえと母親のような視線で呟く金色の横で、「この電車」と一氏がぽつりと呟く。そして金色が目を丸くするのは、それから数秒と経たない頃だった。

「なんでちゃん指輪してんの! 光くん嘘ついてたん?!」

 店内に響き渡る絶叫に一氏と忍足が唖然とし、慌てて写真を確かめる。石田もゆっくりと覗き込む。背景には財前が勤める会社の列車、そして左手薬指につけられた懐かしさを思い起こさせるあの指輪。より戻っとったんかと動揺する一氏に白石は首を振るが、笑みを消すこともしなかった。それは誰に対しての勝利の笑みなのか、自分でもよく分からなかったがそれでも白石は笑い声を堪えることもできなくなっていた。

「いや、待て待て。白石。お前ここまで気づいとって、なんで何もせえへんかったんや」
「お互い同じ気持ちやったら、横槍は無粋っちゅうことで」

 もどかしさに簡単に負ける忍足は未来を急かしすぎて白石を責め立てるが、白石は笑ってはぐらかす。そこまで手伝わなければならない恋愛は頼りない未来しか招かないし、何より財前はそのような恋愛に落ち着くほど情けない男でもないと白石は思っている。そう告げると「過大評価や」と一氏は鼻で笑ったが、誰も反論しないし一氏も冷めた言葉を続けないのがこの仲間の美点である。

「まあ、もうしばらくしたら答えも出るやろ。それまでのお楽しみやで、これは」

 信号トラブルで勤務終了が遅れ、欠伸をしながら財前がやってきたのはそれら間もなくのこと。
 慌てて携帯電話をしまったり平素を装おうとする白石たちに財前は怪訝な表情を浮かべたが、突っ込む気力もなかったのか勝手にビールを注文して黙ったままテーブルの上の料理を口に運ぶ。

「光くん、大人になってえ」
「なんなんすか、いきなり。顔きもいっすよ」

 やがて号泣する金色が縋るように呟けば、あからさまに邪険にすることもなく淡々と財前は冷たい言葉を言い放つ。しかしそれが冷酷さではなく平穏からくる安堵を包み込んだ言葉であることぐらい、ここにいる全員が知っている。
 財前の右手の薬指には、高校時代に彼が覚悟を決めて購入した指輪がきちんとはめられていた。



>>25歳


21/07/17