| 身勝手な楔 15歳 |
盗み見る癖がついた。理不尽でやや屈辱的で、不本意極まりない習性だ。 だから誰かに気取られるわけにはいかない。親友に悟られるのは説明が面倒で、部活の上級生であれば問題外、拘束時間が増えるだけだ。自分だけが気づいて、自分だけが心の中に閉まっておけば、この先何の問題もないはずだから、気取られるわけにはいかないのだ。 頭の中に留まろうとしない、抑揚のない教師の声が響き渡る。梅雨の合間の快晴に恵まれた学校は暑さも手伝って気だるいことこの上ない。だから頬杖をついて筆記具をくるくるくとまわして、時折ピアスに触れて。 盗み見て。 そんな視線の動きを、誰かに悟られることもない。なぜならクラスの中の誰もが、財前のこの心に秘めた想いに気づいていないからだ。 (無駄に綺麗な髪してんのな) さらりと肩から落ちる一房の髪の毛の行方を追う。煩わしそうにその髪を耳にかける指は細い。テニス部で日焼けした自分の手とは似つかないほど白い。触れたらその印象はもっとくっきりと、衝撃に近い感触で自分の全身を駆け巡るのだろう。 (……アホらし。どうやったら触れるっちゅーねん。無理無理) 心の中の呟きに促されるように、財前は視線をずらす。窓際の席であることは自分にとっての免罪符だ。視線をずらす行為がここまで合理的になる場所など他にはない。それに頼らなければならないほど自分の心が何かに囚われている現実からも、一瞬だけでも逃れられる。 (逃げたいのやら、壊したいのやら) 眠気を誘う教師の声が響く5時間目の国語は、他事を考えるにはうってつけの時間帯だ。筆記具をくるりと回したり、ピアスに無造作に触れてみたり、頬杖をつき直して青空に欠伸を献上したり。 そんな他愛ないことをしてみても、気づけば結局視線は元の場所に戻っている。学生の本分である黒板では勿論ない。彼女に対してだ。 。 真っ新なノートの片隅に、左手でさらりと薄く書いてみる。 自分のものになればいいのにと思ってしまうその名前をしばらく見つめたあと、財前は無表情で消しゴムでかき消した。 「なあなあ、知っとったか? 本山に彼女できたらしいで」 「あらまあ、初耳。彼サッカー部一筋やないの、そないなこと興味あらへんと思てたわ」 「なに言うてんねん小春、サッカー部だからこそやろ。四天宝寺のサッカー部言うたらテニス部の次にもてまくる部活やんか」 「そうねえ、蔵リンにケンヤくんにユウくんにケン坊に? ねえ銀さん」 「伴侶ががおらんのは、ワシと小春だけになったのう」 「な、なに言うてんねん小春! 俺は小春一筋や言うてるやんか、ちゅーか伴侶てなんや師範! 語弊がありすぎるで!」 「語弊というのは『一筋』という言葉のほうね。ええのよええのよ、ユウくんが青春時代を謳歌してくれるから彼女もちNo.1の部活をほしいままにできるのよ我が男子テニス部は……!」 両手を天に捧げる金色の後ろ姿を、財前は冷めた目で見つめる。先日3年生らしき女子とテニス部では見せないような表情で話して笑いあっていた姿を自分にだけ見られていることを、この先輩は忘れているのではないかと思う。だからこそNo.1という言葉を暗に使っているのかもしれないが、どちらにしてもこの上級生たちは彼女という存在に事欠かない。修行の妨げになるという理由で石田が告白を断り続けている事実も忘れてはならないのだ。 (それとも、3年にでもなったら彼女ができるんは当たり前なんやろか。面白いぐらいに全員彼女持ちや、なんや規則でもあるんかっちゅーぐらい。義務か) 集合時刻まで残り15分といったところか。この部室には毎日決まって帰りの挨拶が早く終わるクラスのメンバーが、着替えを済ませたあと与太話に没頭する時間がやってくる。財前のクラスもそちらのチームであり、帰りの会が長引く白石と忍足は大抵最後に登場するから、それまでは財前も自然と3年生の輪に加わるようになっていた。 おかげで、聞きたくもない話にまで耳を傾けなければならない状況になっている。 「まあ俺の話はおいといてやな」 「おいとかなくてもええんよユウくん。この前のデートの実況中継、今再現してあげ」 「再現なんかすんなドアホ……ちゅーかなんやねん見とったんかい!」 「天王寺駅で待ち合わせというのは、衆生の目に触れるという事実ではあるな」 「苦界や、苦界やでこの世は。ええねん俺の話は、本山や言うてるやろ。あいつの彼女になったん、2年らしいやんか」 「え?」 金色と石田が声を揃える。そしてわずかな沈黙の後に、わざとらしく視線がこちらにやってくる。 「なあ、7組で噂出てへんのか。財前。お前のクラスやろ、本山の彼女になったいうやつ」 こういう日に限って白石と忍足の到着は遅れる。話は必然、長引いていく。 ラケットの上で転がしていたボールを止めて、財前は顔を上げる。 「知らないっすよ。女子のそんな話聞いたこともないっすわ」 そうなんか、と一氏が拍子抜けしたようにため息をついた。自分がクラスの女子とそのような会話をすると思っていたのだろうか、もしくは盗み聞きする人間だとでも思っているのか。小さな苛立ちを抱いて財前は立ち上がり、挨拶もそこそこに部室を出る。 (ちゃうわ) ボールを無造作にラケットの上で転がしながらテニスコートへと向かって歩いていた時、はたと財前は足を止めた。 金色も追いかけてこない、ひとりきりの時間。部活が始まる前の喧騒に包まれた校庭から2年7組の教室を見つめてみると、胸の中に小さく疼く感覚が到来する。それはここ最近感じるようになった慣れない感覚で、しかしその感覚が襲ってくるのは決まってある人のことを考えている時だけだと財前は知っていた。 (なんでお前が3年の彼女なんかしとんねん。なんで俺が説明せなあかんねん) 誰も聞き取ることのできない心の内の呟きは、しかし誰かのもとに運ばれることもない。 気づいたら舌打ちをしていた自分は、どうにも厄介な感情に支配されかけている。それでもあの背中を見つめることをやめることができない。次の日も、その次の日も。ある時には背中、ある時には横顔、そしてある時には視線の合わない真正面の顔を遠くから。の視界に自分が映ることは面白いほどになかった。まるでその存在を意識されていないのだから、本来であれば卑屈になってもよかったのかもしれない。この時の財前は、そんな自分を持て余すことしか知らなかった。 (彼氏持ちを横取りするんは醜聞やな。さすがに手出せへん) 幾分かの理性は残っているらしい。いや、培ったという方が正解かもしれない。 心の疼きは時間の経過とともに陶酔にも似た居心地の良さを与えるようになってきていた。高望みしないのも拍車をかける。天の采配とはよく言ったもので、進展を望まない心に環境というものは随分と優しくできていると、席替えをして隣の席になったの空気を右側に感じながらつくづく思う。 「財前くん、はい」 「どうも」 英語の教師は週に1回、英文法のテストを行っていた。時間がかかるというもう少しオブラートに包んでも良いような理由を公然と口にして、その採点は隣の席の者同士で行わせていた。英語が得意な財前は誰が相手でも困ったことはなかったが、今となってはまるで教師が温情を示してくれているのかとすら思えてくる。片想いというものは、口にしなければこんなにも世界が優しく受け止めてくれるものなのだと勝手に思った。 「財前くん、いっつも満点やなあ。すごいなあ」 「はムラがありすぎるんとちゃう」 「今日点数よかったらええの。今度は今度」 「……」 「何なんその目。軽蔑されるような点数までは取ってへんよ、私。ね?」 「……」 「ちょっと! 落書きせんといてテスト!」 笑いながらが採点する小テストは、自分がつけるそれとは違って非常に美しい丸を描いて返される。几帳面だと知ったのはその時だった。10という数字も決して適当でなく、点数を書く枠の中にきっちりと収まるように斜めにもならずに少しだけ丸みを帯びた癖字で書きこまれるのが、財前は好きだった。 「財前くん、テニス強いんやって? すごいなあ、あの先輩たちと一緒に大会出てるとか。有名人やん」 隣の席になるということは同じ班であり、必然的に掃除場所も共有することになる。その週は夏の暑いさなかに砂埃舞う下駄箱を担当していた。白石の靴の脱ぎ方は無駄がなくてつまらないな、忍足は絵に描いたような適当さだな、金色は意外とツッコミどころがない真っ当な整え方だな、など、普段あまりじっくりと見ることのない上級生の隠れた癖が露呈していて面白い場所ではあったが、環境としては褒められたものではなかった。おかげではよく砂埃にむせていたし、個人的な嗜好としては全く構わなかったが竹ぼうきを握るその手はやはり細すぎて、掃除の効率もよくなかった。 貸して、と半ば強引にから奪い取って掃除をしていた時、隣では財前がいかに素晴らしいかを当たり前のように話し出す。 この際自分の認知度がその程度であったことはどうでもよかった。高望みはしないからこそこの関係が続いているのだ、に気づかれていないのだ。自分が軽く鼻で笑えば、それだけで日常は続いてくれる。 「そうでもないで。主役はやっぱ3年やし、シングルスには1年もおるしな」 「え、じゃあ財前くんは何するの?」 「先輩のお守りや」 「ええ? 何それ」 素直に笑うを見ていれば心地よかった。その関係を壊すための一歩を踏み込む理由は、あまり見当たらなかった。気づけばクラスの中で一番喋る男子は自分だと思える関係はできていたし、隣の席という物理的な距離は周囲に何かを悟らせる隙を与えない心強い味方だった。 その時、の目が上級生の靴箱を見つめている一瞬があると気づくまでは。 ああ、と財前は気づかぬふりをする。視線をずらし、竹ぼうきを持って隣の下駄箱の前へと移動して無言で適当な掃除を続ける。は会話の続きを求めることなく、財前も続けるきっかけを持つことなく、気づけば掃除終了の時刻となっていた。 自分は高望みはしていない。していないが、随分と苦行のような道のりを歩んでいるのだと気づかされたのは、その時だったのかもしれない。 「人の彼女に恋するなんて、邪道やけど青春よね」 決して白石たちに聞き取られることない声の大きさでそっと金色が囁いたのは、それからしばらくして後のこと。 慌てて振り返った先には太陽の光を浴びて目に眩しいテニスコートを背負った金色が満面の笑みで、と思いきや、その愁眉に目がいく。喉元まで出かかっていた反撃の言葉を、財前は一瞬飲み込んだ。 「けど、やっぱり不毛よね」 「……何の話っすか」 「あらやだ光くん、誰の話かなんてアタシ何も言うてないのに、そこでそーんな怖い顔して振り返っちゃ自白してるようなもんよ。まあ、全然怖ないんやけど。むしろ可愛いんやけど」 見た目とは違う力強い右手で腕を掴まれ、ぐいぐいとコート脇のベンチへと追いやられる。か細い少女の振りをするために身につけた様々なポージングのためには筋力が必要だということを、その腕の力に教えられていた。ベンチに無理やり座らされて唖然として見上げれば、金色はいつもの笑みを浮かべている。 「人の恋路を邪魔するんはみっともない。それはアタシも分かってる。せやけどね光くん、この色男たちの集まるテニス部でね、そない悶々とした表情を浮かべるんははっきり言って不毛よ、不毛」 「ちょ、声大きい……!」 「安心して。誰にも言うてないから」 「先輩に知られてるやないですか!」 「知られる程度の隠し方しかできなくなってるっちゅうことに気づきなさいな」 低めの声でそっと諭される。遠くで忍足と一氏がなにやら笑い声を上げていたが、金色に隣に座られた財前はそちらに逃げることもできなかった。ため息を聞かされて、現実を突きつけられては無理な話だった。 「ええんよ。光くんがそれでええんやったら。気づく言うてもまだアタシだけやしね、ユウくんはおろか蔵リンかて気づいてへん。それだけでも頑張ってるとは思うけど」 「いや、先輩に気づかれたら終わりっすわ。こんな部活で」 「あらやだ! 小春のことそないに不義理な人間や思てたの光くん! ひどい、ひどいわ!」 「いやもう明らかにばらそうとしてるしその音量……ちゅうかユウジ先輩見とるし! こっち来るし!」 金色の名を呼ぶより先に財前を怒声で呼びつける一氏が近づいてくる。財前は慌てて立ち上がって金色から離れようとするが、鮮やかに空気を切る音を立てて金色のラケットがその行く道を阻んだ。 「隠すなら隠す。隠せないなら、相応の態度を取らないとダメよ光くん。心を決めなさいな」 「心て」 「奪う言うてもね、相手の同意があればそれもまた正道。王道を歩みなさいよ、最後に報われてこそ片想いは楽しいってセオリーを好きに使えばええのよ」 にっと金色は笑い、素早く立ち上がったかと思うと身体をくねらせながら一氏のもとへと駆け寄っていった。彼女を取り戻した寸劇が始まるのを呆然と見つめながら、財前は金色の言葉をどのように受け止めていいのか分からず動き出すことができなかった。 何をせつく。何を唆す。それこそ金色の言う悶々とした表情というものを、財前はいつのまにか浮かべてしまっている自分に気づかない。隣の席では今日もが楽しそうに親友と笑いあったり、英語の時間に眠気に襲われていたりする。自分に笑いかけたりしてくれる。自分に向けられる笑みに縛られているようになってしまっては、己の表情の変化など気にする余裕がなくなってしまうことに財前は気づいていなかった。 だからその日、理科室での授業中。同じ班のと向かい合うように座り、眠気とのどちらに気を向ければいいか手に余りながら化学の実験をしていた時。 「あっ、ごめん」 実験器具と自分のノートにばかり気を取られていたが誤って自分のペンケースを落とし、道連れになるように財前のものも床に落ち、横着な性格同士だったのかきちんと閉じられていなかったそれらは綺麗にケースの中から飛び出して勝手に床の上で散らばってしまった。 「ごめんね、これ財前くんのかな。あ、こっちも。はい」 「あ、うん」 「あ、これ。お揃いやったんやね。知らんかった」 教師に聞かれないようにそっと笑いながらが差し出したのは、お揃いだった消しゴムだった。かつてノートに薄く書き込んだの名前を消してしまったその消しゴムが、本人の手から返される。わずかばかり指先が手のひらに触れたような気がして、財前はペンケースの中身をあまり確認せずに促されるままに受け取った。 だから、気づいていなかった。まさか消しゴムだけでなく、シャープペンシルまで全く同じものを持っていたことには。 (……もうちょっと色気あるの使えばええやん、他の女子見てみい、無駄に重そうなゴテゴテのやつばっか持って。腕疲れるやんってぐらいのばっか持って。そんなんやから) そのシャープペンシルが、その先財前が使うものになってしまったのだ。 見た目こそ同じであれど、財前でも一度手に持ったら気づく程度の違和感はある。それなのには理科の授業後も、その日の授業後も、席替えをして遠くに離れてしまってからも、全く気付くことがなかった。消しゴムのように見るからに財前の方が雑に扱っていれば気づいてもらえたのかもしれないが、ここはむしろの横着な部分がこの結果を招いていると認識すべきだろう。しばらく観察していると、どうやらこの黒くて無愛想なシャープペンシルは彼女の中では二軍扱いで、出番はテスト期間の時だけだということが分かった。だから自分のせいではない。のものが自分の手の内にあることは、おかしなことではないはずだ。 財前は本人にも伝えぬまま、そのシャープペンシルを使い続けた。少しばかりの罪悪感が去来することもあったが、欲には勝てなかった。 籤運の良さが妙に働いた相変わらずの窓際の席で、今は遠く離れたの背中を時折盗み見ながらくるりと左手の上で回す。使い続ければ随分と手のひらに馴染んで、テスト期間だけは同じものを使える小さな喜びがますますに執着させるようだった。 そして3年生が引退し、金色との接点も減り、自分の恋愛が不毛地帯に留まったままなのか強引な一本の直線の道を切り開く途上にあるのか分からなくなっていた、3月。 「ごめんね、すぐ帰るから」 卒業式を間近に控えたその日、目を真っ赤にしたの姿を見つけた時に、答えを出すように求められてしまった。 午後から強まった風のせいで部活が早く終わり、ユニフォーム姿のまま教室に忘れ物を取りに来た財前の目の前で、たった一人でが涙を流していた。思わず立ちすくんで言葉を失ったが、慌ててドアを閉めて周囲に気づかれないような不思議な配慮をすると、泣きながらは笑った。 「ごめんね」 ただ謝ることしかしないに、言葉はなくてもおおよその察しはついた。教室では大抵女子と笑い声を上げているが思い悩んで涙まで流してしまう理由には限りがある。言葉が少なく目が合わない今の瞬間は、まるで昇降口の掃除をしていたあの時の感覚と一緒だった。自分がいるようで、いない。の謝罪は本来自分にも向けられていないのかもしれない。財前はしばらく黙ったまま、教室を出ることもなくむしろ誰かが入ってこないようにドアの前に立ったまま、静かな教室の中でと二人きりの時間を過ごした。 「泣くぐらいやったら俺と付き合えばええやんか」 咄嗟に出た言葉に、驚いたのは他の誰でもない財前だった。目を丸くするが真っ直ぐに自分を見つめた時、自分の想いがいかに傲慢な言葉を突きつけたかを思い知る。しかし財前はその言葉がどこか面白かった。 初めて想いを口にした瞬間、雪崩のように全てぶちまけてしまいたくなった。 「俺の方がのことよく知ってんで。飽きひんのかって思うぐらい飲んどるレモンティーのこととか、英語の時間に絶対1回はため息つくこととか」 隣の席になって喜んでいたこと、英語のテストの採点で自分の得意なものを見せられて浮かれそうになっていたこと。本来であれば、閉じ込めておくべきはずだった想いは一度封を切ると不躾なほどにに伝えたくてたまらなかった。 「テニス部よりもサッカー部ばっかり見とったことも、全部知っとる。俺の方があいつよりお前のこと見とった自信あるで。俺の方がに詳しいって。やから、俺と付き合えばええねんは」 身勝手な理由だったが、この頃は想った期間が長ければ長いほど、その横顔を見つめた時間が多ければ多いほど、片想いの我がままが許されると思っていた。泣かせる想いよりは立派なものだとすら思った。 突然の告白に、本当に頭がついていかなかったと後になってから聞かされた。自分のことを好いていてくれるなどまるで気づかなかったと言われ、片想いというものは本当に燃費が悪いくせに傲慢なものだとつくづく思う。 自分のことをそのような対象として見ていなかったは、時間が欲しいと言った。振られた後なのに考える余裕があった段階でお前の勝ちやんか、と呟いたのは白石でも金色でもなく一氏だったあたりが、片想いに慣れた男の心強い助言のようでその時ばかりは一氏を崇めたい気分になったことは秘密である。その後とにかく、自分がいかにを大事に想っているかを伝えることに終始すればいいという道を示された学校生活は、とても充足したものだった。 答えを用意してもらえたのは、財前が15歳になってから。 夏休みに入る直前、7月20日の誕生日は例年テニス部の仲間たちに勝手に祝われて自宅で母と義姉に派手に祝われるのがお決まりだった。さらにその年は四天宝寺高校に揃いも揃って進学していた卒業生たちが全員コートに押しかけてきて勝手に祝いだし、それなのに用意されたケーキは金太郎に食べられるというとんでもなく疲労感漂う一日となってしまった。はずだっただろう、白石たちにとっても。 「財前くん」 夕暮れがそろそろ近づいてこようかという時間帯、襲来とも呼べる白石たちとの突然の紅白試合が終わり、全員で中学前の甘味処に押しかけようかと一氏と金色が提案をしているコートの外から、突然その声は飛んできたのだ。 汗にまみれたユニフォーム姿のまま、ラケットを握りしめたまま。財前はボールだけは握り直すことができず、頼りない音を立ててコートへと落としてしまった。フェンスの向こうではが自分を真っ直ぐ見つめていて、それが初めての光景でしかもたったそれだけで自分の心は浮かれてしまったものだから、その後どうやってフェンスに歩み寄っていったかは覚えていない。 「もう、言いたくなってしまって」 「……なにを?」 「私、財前くんと付き合いたいです。まだお願い聞いてくれる?」 答えは自分ではなく、背後に揃った白石たちに勝手に用意された。その時のの表情は、財前が告白した時以上に丸くなった瞳に彩られて、それすら可愛らしいと思う自分はひどくこの恋に囚われていると痛感させられた。 1年近くの時を経てようやく手に入れた恋の結末は、その後の5年間、自分を支えてくれるのには十分すぎるものだった。 |
| >>20歳 21/06/15再録 |