恋しき帰路 02

 関門はいくつかあった。
 本来であれば、そのひとつひとつはあえて突き破るようなものではなかった。わざわざ心に針を刺すような思いをしてまで選ばなくてはならない道でもなかった。そちらの方がよほど健全を通り越した「正常」であって、心臓の高鳴りは緊張のためではなく本当は戒めのためにあるのではないかとつくづく思う。
 はゆっくりと息を吐いた後、そっとリビングを覗き込んだ。
 父の姿はまだない。母だけが、家事を終えた後のほんのひと時の寛ぎをソファに腰かけて楽しんでいる。普段であれば物悲しさを紛らわすために活躍するテレビの音も、今日ばかりはただの機械の音にしか聞こえなかった。

「お母さん」

 身体はドアに隠れたまま顔を出して、そっと呼びかける。その姿勢が不自然だと気づくほどの心の余裕などなくて、振り返った母が少々目を丸くしたのを見て慌てては身体をリビングの中に滑り込ませる。
 静まれ、静まれと。何度も心の中で心臓に命令をした。

「なんなん」
「あんな、明日。友達の家に泊まりに行くことになってんけど、行ってもええかな」

 上ずるなと喉に命令をする。かむなと口に命令をする。言えた。だが、本当は命令などおこがましい話だった。なんとかして達成できた最低限の目標に、まるで身体はに見せつけるかのように一気に熱を伴った緊張で襲いかかってきた。手のひらを今母に見られたら一瞬で全てが露見する、それほどの熱が肌のあちこちで暴れている。
 母はじっとを見つめた後、やがてわずかに首を傾げた。

「あんた、テスト勉強は。もう期末前なんとちゃうの」

 疑問符ひとつ投げかけられることがこれほどまでに緊張するとは、今までに思ったこともない。娘の緊張などとうに見抜いているのではないか、からかって観察しているだけではないのかと聞き出したくなるほど母は落ち着いた視線で尋ねていた。
 だがそもそも、聞きだせるだけの度胸もない。緊張に負けた身体は、嘘を真実として貫き通すことで精一杯なのだ。

「その勉強やんか。期末の範囲広いから、ちょっとみんなで作戦練ろって」
「作戦? なんなのそれ、あんたちゃんと授業聞いてんの」
「聞いとるよ、聞いとるけどいつも英語難しいし、実技の勉強もせなあかんし。今回範囲広いって噂になっとるから、せやから」
「ふうん」

 まくしたてるような弁明、もとい説明を、母はしばらく訝しげに見つめ、聞いていた。広げていた雑誌に一度目を落とした後、もう一度娘に目を戻す。
 立ちすくむようなに、大人の視線はまるで凶器に近かった。

「誰の家に」

 きた、と身体が一瞬で硬直する。もう見透かしているのかそれともただ疑っているだけなのか、本意は知るところではない。ただ自分には真似のできない大人の冷静さに、喉が震えそうになったことだけは確かで、

「茉莉子のところ」

 用意していたはずの言葉をまるで嘘であると明らかにしているような小ささでしか口に出せなかったのだけれど、

「あ、そう」

 知っている娘の親友の名前に、母はあっさりと視線を雑誌に戻した。
 テレビの音は、まだ機械的だった。気づけば今画面に映っているのは毎週楽しみにしている番組だったのに、夕食後部屋にこもって母への説明を必死で考えていた頭は今この時になるまで覚えてもいなかった。
 相手からの追及も自分の判断力もない沈黙は、まるで試されているかのようだ。
 しばらく母は雑誌に視線を落としていたが、やがて顔を上げた。

「ほな、お父さんにはそう言うとくわ」
「……え?」
「なに、あかんの」
「う、ううん! 全然! それでいい!」

 もう一度振り返った母に、最大級の勢いで首を横に振る。後から考えれば自分はなんて嘘のつけない体質なのかと反省することしきりだったのだが、母はその時それ以上の追窮の言葉を寄越さなかった。
 だがそれこそ救いだ、あとは明日の夜までに下手に聞き込まれないようできうる限り接触を避けるようにしていけば、財前の家にはたどり着ける。その後のことはもうなるようになれと、残り24時間をきった嘘つき体質との付き合いを安堵と緊張とを味わいながら乗り越えようと、は心に誓う。

「英語得意でよかったなあ、茉莉子ちゃん」

 ドアの取っ手に預けた手が、一瞬で固まる。ドアを引いて身体を廊下へと、逃げるように一歩を踏み出そうとした足もまた止まる。
 そっと振り返ると、母は小さく意地悪い笑みを浮かべてこちらを見つめていた。

「洋楽よう聞くんやろ? 英語得意で結構学年でもええ順位取るもんなあ、茉莉子ちゃん。ついでにあんた運動も教えてもろたらええんとちゃうの、運動も得意やもんなあ茉莉子ちゃん。小学校の時からテニスに関しては一番の天才やって有名やったもんなあ茉莉子ちゃん」

 言葉をなくす娘に、それでも母はその笑みを崩さない。
 むしろ心の底から絶句する娘を見て楽しんでいる、そんな空気を愛でる大人の余裕が溢れて見えるのは気のせいか。はドアの前で固まったまま、もはや言葉につきた口を持て余すようにただ息を飲む。

「ま、向こうのお家にご迷惑だけはかけるんやないで。向こうのご両親は知ってはるの? ……茉莉子ちゃんの、ご両親は」

 それは質問ではなく尋問だ、とさすがのもすぐに気がつく。嘘をつくな、とその目が言っていることは14年間この人の娘として育てられた全身が悟っている。

「……全員、仕事と旅行でおらへんって」
「あ、そう。うまいことしてはるなあ、茉莉子ちゃん。あんたが行きたい言うたの?」

 慌てて首を横に振る。話の方向が既に自分の用意していたものとまるで違うことなど、いくら気づいても修正などもはや不可能だった。
 あ、そう。母はの反応にわずかに目を丸くした後、やがて悠然と笑んだ。

「泊まりに誘うんも泊まりに行くんも、どっちも責任あるんやからな。行きたい言うた時点であんたにも責任あるんやで。それ忘れたらあかんで」

 怒られる、と怯みかけた身体がふっと緊張の糸を切る。
 が呆然と見つめると、もはや嘘を貫こうとあがくこともなくなった娘の姿に母は結局声を上げて笑う。

「まあ、欲を言えばもうちょっと愛想あったらなあ。……なあ、茉莉子ちゃん?」

 自分よりも20年以上も多くの時間を蓄積している大人に向かって、嘘をつけるはずもない。
 たしなめる追及は逃れられる。だが、好奇心からくる追及には逃れられる自信もないし説明できる余裕もない。そしてそんな事実を母であるこの人は全て見透かしているに決まっているのだ、大人の威力にはいまさらながらに逆らうことができない。
 反論できないまま、とぼとぼと部屋へと戻る娘に母はまた笑い声を上げる。
 翌日、朝食の時には父の怒りも、また母からのそれ以上の追及もなかった。



「私英語得意ちゃうし。しかもテニス下手やし」

 親友の茉莉子はひどく不機嫌な顔でそう呟いた。しかしそれもすぐに笑いにとって変わる。

「協力したるとは言うたけどな、協力なんかせんでもええやん、これ。どんだけばればれなん、。おばさんに全然嘘通せてへんやんか」
「もうあんな汗かきたくない。緊張しすぎて倒れるかと思った」
「それ、に根性がないだけやで」
「そんな根性もういらへん。お母さんに嘘つける自信なくした」

 まあ嘘なんてつくもんとちゃうから、と至極当然のことを言う親友が恨めしい。紙パックの残りを吸いながらじっと見つめると、「怒る矛先ちゃうで」とまた当然のことを言われて終わった。

「まあでも、おじさんはうちに泊まりくると思てんやろ? なんかあってうちに電話かけてくることとかないんかな。ある程度は対処するけど」
「多分ない。お母さんの言うこと基本的に信じるから、お父さん」
「あ、そう。おばさん強いな。あんたも財前にそれぐらいの勢いで行かなあかんとちゃうの」
「光くんには勝てる自信がない」
「そう? やっぱりどっか抜けてると思うで、あいつ」

 ただの変人、それが親友の茉莉子の財前に対する最初の頃の印象だった。と付き合い始めたことによって幾らか人間味のあるところを見つけようと、最近は違う視点も用意してくれるようになってはいたが、しかし第一印象という強力な敵にかなうものはそうそう見つかるはずもない。

「だってこの前な、7組でまた小春ちゃんにええようにあしらわれてたらしいで。最近の財前はよう声出すって、7組の人ら言うてるらしいし。どんな皮肉やねんって思いながら聞いたわ」
「……もう、なにも反応しません」
「なんなん、それ。せめてあんたぐらいかばってやらんと誰が財前の味方になるん」

 呆れる茉莉子に、ちらりと視線を向ける。正確には、その後ろに。
 どうしてこの学校の生徒はこうも食堂という場所が好きなのか、誰か論文でも書いて発表すればいいと思うほど今日もこの場は人の波を作り上げる。笑い声などという可愛いものではない、歓声を通り越した声のかたまりが響き渡ることが当たり前で、騒がしいことがまるで基準のようにもなっている空間だ。
 それなのに、の目はいつもひとりの人物を見つけられるようになっている。
 気づかなかったことなど、恐らくほぼない。その言葉を使うのは専ら向こうだ。
 引退して疎遠になるどころかますます親密さを増している、そんな3年生に今日も今日とてまとわりつかれている、そんな財前の姿はもはや恒例の光景だった。

「私よりもよっぽど先輩らの方が光くんと話してるし。それで、先輩らと話しとる光くん見とれば大体分かるし」
「なにが」
「光くんのいいとこ」
「いや、だから。あいつのいいとこなんて無愛想以外そうそう見つけること難しいって」
「……」

 節穴という言葉をいつどのタイミングで使ってよいか、は真剣に考える。なにを言っているのだこの親友は、という反抗的な思いも頭をもたげ始める。
 昔であれば、付き合い始めた頃であれば好きになった頃であれば、その言葉に頷く自分がいただろう。だが今年、春以降に財前との関係が近づきすぎてしまった自分には、否定的な解釈に理解など示せるはずもなかった。

「反論してみたら? そんな睨んでばっかりおらんと」

 茉莉子が勝ち誇った笑みを浮かべる。財前に否定的な解釈ができないのと同じほど、この親友には口で勝てた試しもない。
 返す言葉がないのではなく、返す言葉が上手く作り出せないことをこの聡い親友はよく知っている。がぐっと押し黙ると、やがて笑い声が響いた。

「財前の彼女、ねえ。ふーん。改めて思うとあれやな、結構」
「な、なに」
「私結構すごい秘密知ってしまってるんやな。あの財前に彼女がおる! しかもその子と今度ふたりっきりで実はお泊り……」
「わー! もう、もういい!」
「なんなん、ここからが楽しいとこやんか」
「私は楽しくない!」

 からかわれているのか、はたまた煽られているのか。反応することに忙しい身体と、この幼い思考回路では到底茉莉子の本意などすぐには理解できそうにない。乱れた呼吸を整えて、周囲の訝しげな視線に冷静に対応することで精一杯だ。茉莉子は目の前でつまらなさそうにため息をついていたが、それがおかしいことであるとも指摘できないほどに心は勝手に動揺している。
 食堂の奥では、財前が白石たちとともに昼食を取る姿が見えた。
 まるでこちらに気づかない。気づいてほしいわけではない。むしろ、その横顔を見ることは片想いをしていた頃からの日課にも近く、付き合っている今となっても見つめることは楽しみのひとつだ。いや、表情を読み取る術を覚えたからこその楽しみなのかもしれない。
 少し、財前の身体が引き気味になった。あ、と思った時には包帯の巻かれた手が財前の肩を叩いていた。

「……ほんま、あんた財前のこと好きやねえ」

 茉莉子がそっと呟いた。は熱くなる頬に耐えきれず、慌てて視線を戻す。

「どこがええの、あいつの。私からすればほんま難しいやつにしか思えへんのやけど。悪い意味やなくて、ほんまに素直に教えてもらいたいんやけど」
「ええ……?」

 返答に困る、と表情を曇らせた、その時だった。
 いつのまに席を立っていたのか、財前がトレイを持って後ろを振り返りつつもこちらに向かってくる姿が視界に映る。慌てて視線をそらしたに茉莉子も何が起きたのかを察知し、確かめるように振り返った。

「なんなん光くん、明日部活ないんでしょ。金太郎さんの勉強見てあげましょうよ、一緒に」

 早々に食事を終えた財前の後ろから、小春が声をかける。財前は面倒だという表情で軽くあしらっていた。

「言うてるやないですか、勉強やったら小春先輩ひとりで十分でしょ」
「いやっ、アタシ光くんと一緒やなきゃ寂しいもの!」
「ちょっ、せやからそういうこと言うと……!」
「財前、お前なに小春泣かしとんねん! お前には先輩への恩義っちゅうもんがないんか!」
「え、今日そっち……面倒な」
「財前、ため息ついたら幸せ逃げるで。なあ」

 と、同意を求められたのは小春でも一氏でも、ましてや財前本人でもない。
 腰かけているたちの隣を通る絶妙のタイミングで、白石がに問いかけてきた。その時になってようやく財前もの存在に気づき、行動には表れなかったものの明らかにぎょっとした表情をして一瞬で顔を曇らせる。茉莉子が眉根を寄せてその様子を見つめていたが、それはに会ってしまったからではなくの存在に気づかずにこの場に白石たちを連れてきてしまった自分の情けなさから来るものだということを、恐らく茉莉子以外の全員が気づいている。
 気づいていて、同情するのがであれば、より一層上級生の任務に熱く取りかかろうとするのがこの3年生たちだったが。

ちゃんからも言うてあげて、金太郎さんの期末テストがかかってるんよ」

 小春が財前の後ろから顔を出して微笑みかける。肩に手を置いている姿は彼女としては反応すべき光景なのだろうが、小春相手の時は何の違和感もないのが当たり前になっている。その時に、財前が嫌がりながらも結局離れようとしないのも当たり前になっている。
 期末テストですか、とは上目遣いに呟く。財前はまた眉根を寄せた。

「そうなの、金太郎さんってばテニスの次に赤点が好きでね、1学期の間は蔵リンが助けてあげてたんやけど、うちらももう受験生やし。しかも3月までしか見られへんし。それぐらいやったらっちゅうことで、その役目を光くんに譲ってあげてるんやけどね」
「いや、譲らんでもええです。もうほんま先輩らが勝手にやってくれればそれでええです……」
「なに言うてんねん財前、これで金太郎が出場停止でもくらってみい。お前来年の全国大会まで勝ち抜く自信あるんか? え? どうやねん」

 重いため息をつく財前を睨みつけて、一氏が問いかける。笑いを一切挟まず正論しか吐かない一氏は絶対になにかあった日だと、のちに財前は不運を嘆くように呟いたのだが、そのような事情はテニス部員しか分からない。や茉莉子からすれば小春と一氏の言葉の方がよほど真実味があって、ふたりで財前を見つめる。

「せやから、明日。部活ない言うから、それやったら金太郎さんと勉強会しなさいって言うてるの。ねえ。蔵リン」
「まあ、ほどほどにな。せやけど監督からも遠まわしに言われてきたことやからなあ、悪いな財前。俺今回は中立」

 小春と白石の微笑みに、は一瞬言葉につまる。明日という言葉に動揺して財前を見つめれば、この場ではなにも言えないことを察しろとその目が訴えている。まさかふたりで財前の家に泊まる約束をしているとはこのような場所で言えるはずもないし、そもそも違う場所でもこの上級生に秘密を打ち明けることなどできるはずもない。
 だが、財前の肩には部長の2文字がしっかりと乗っている。本人もそれを嫌がってはいない。それをは知っている。
 どうするの、と問いかけたくとも小春たちは明日の予定の打ち合わせに余念がない。何度聞き直しても、金太郎の家に財前だけではなく自分たちも行く予定の流れになっている。どうしよう、と考えたくとも目の前では茉莉子が不満そうな顔をしている。は成す術がないことにようやく気づいた。
 すると、茉莉子の視線に財前が気づいた。
 茉莉子がの親友であることを知っている財前は、その表情を受けてあからさまに困った顔をする。泊まることを言ったな、とやがて視線で問いかけられ、はごめんと呟く代わりに小さく頷いた。
 どうする、と見つめる3種類の視線に、財前はほとほと呆れてため息をついた。

「日曜の練習試合の後に見るし、金太郎の勉強。そんで来週から部活の後に少しずつ見るっちゅうか、俺の去年のテスト問題渡してやったらある程度カバーできると思うし。あいつの面倒は絶対、ちゃんと見ますんで」

 突然話し出した財前に、その場にいた全員が無言で見つめる。おや、と茉莉子が意外をつかれた表情をしていた。

「せやから、明日はパス。俺明日用事あるんで」

 そこで視線を寄越すような、確認するようなことを財前はしない。
 小春の手を肩から下ろすと、白石の表情の確認だけをして財前はを見向きもせず食器の返却口へとあっさりと向かっていった。残された5人がそれぞれの意味で呆然と、その場だけ時間の流れが止まってしまったように見えてもまるで気にも留めなかった。

「……なんやねん、あいつ。付き合い悪いで」
「ほんま、なんやろ。せっかく楽しい土曜日になると思たのに」

 一氏と小春の呟きに、は財前が秘密を隠しきる勝利を手に入れたことを知る。不本意ながらも今夜からの約束が守られたことに頬が緩みそうになって慌てて財前の背中を見る真似をした。
 財前の表情は、分からなかった。
 分からなかったが、あの言い方がどのような気持ちを乗せてくれているのか。どのうよな理解をしろと伝えてきているのか。それだけは絶対に間違えない自信があった。

「まあ、あいつかて暇人ちゃうしな。、なんか知ってるか?」
「え? し、知らないです」
「そうか。お前にも言うてないんやったら、家族のことかもしれんしな。無理強いはできひん」

 落ち着いた白石の判断が小春たちを黙らせる。その解釈に財前は白石すら納得させることができたと、高揚なのか罪悪感なのか分からない熱が心臓を強く叩く。
 遠山くんごめん、ほんまにごめん。心の中で何度も呟く。じっと財前の背中を見つめていた茉莉子が呼びかけるまで繰り返し呟く。

「……、ああいうところ好きやろ。絶対」

 白石たちには聞こえない小さな声に頷けることが、熱を発散させる唯一の方法だったのかもしれない。だが「優しいのか優しくないのか分からへん、格好つけなんは分かったけど」と茉莉子の財前評価が階段を上がっていくのを聞かされては、今度は口に出せない嬉しさを抱えて息苦しくなってしまう。
 難儀なようで、しかしひとつひとつが心に残る。そんな財前と付き合えている今の自分の状態は、少なくともこの14年間の間の経験では絶対に勝つことができない。

「おったおった、白石。明日は決行でええんか? 金太郎には言うこと聞かせてきたで」
「悪い、謙也。無理や。財前用事あるらしいわ」
「なんやて?! なんでや、明日部活ない日やろ。俺この前財前に電話して確かめたんやで」
「せやかて用事あったらしゃあないやろ。なんや真剣やったし、結構大事な用なんとちゃうか」
「俺の土曜の予定が崩れるやないか! アホ財前!」

 ごめんなさい忍足先輩、と心の中で謝る相手をひとり増やしても、負けるような嬉しさは残念ながら財前からは与えてもらっていなかった。

『たぶんばれてない。はず。
 家出たらメールして、迎えに行くから。』

 財前は、どこまでこの心を理解してくれているのだろう。上手く言葉に出せないからこそ少しでも財前に伝わるようななにかを、と考えていても、その時携帯電話に届いたメールを見てすぐに顔が綻びそうになってしまう自分は、いつまでたっても財前には勝てない気がした。



>>03


10/08/13