恋しき帰路 01

「お義母さん、お義父さんの出張っていつでしたっけ」
「金曜からやで。あ、せやせや。言うとかなあかんかった、私もついていくことになったんや」
「え、ほんまですか? 金曜からかあ、どないしよう」
「なんかあった?」
「あのですね、これもろたんですよ。友達の旦那がね、仕事で行けへんくなったらしくて。捨てるぐらいやったら誰かに使うてもらいたい言うて、うちのところに」
「温泉か。ええなあ、行っておいで」
「……いや、その。私のこれも、金曜からなんですわ」
「え?」
「ええ」
「……ああ」
「……そういうことです」

 元々は父母兄弟、どこにでもある4人家族だった。親友たちに少々説明に手間取ることと言えば、兄との年齢が離れていることぐらいだった。ただし親子ほど離れているわけでもなく、大学を出てもう職についている、どこにでもいるサラリーマンだと注釈にもならない説明を付け加えれば誰もそれ以上の追及を寄越さない。兄弟ゲンカを繰り返したのも今は昔、母親が女の子がほしかったと呟いたのも遠い昔。日常は万事泰平、単純な核家族の最年少として過ごす財前の毎日に支障になるものはなにひとつなかった。
 それが過去の懐かしい記憶となってしまったのは、いつ頃からか。

「……なんや、先輩か。え、今? 別に。寝てませんって。ほんまですって。……ちゅうか勝手に電話してきてなんでそんな強気なんすか。予定? ……それやったらはよ言えばええやないですか、ちゅうかなんで俺……いや、なんでもないっす。ちょっと探すんで待ってください。は? いや、学校の鞄の中やし。両手使わなかんし。なんでそれぐらいで寂しがるんですか、ちゅうかきしょい! そのまま待っといてください、ほんま」

 電話の向こうで騒ぐ忍足を放置し、財前は携帯電話を机の上に置いたまま部屋の片隅においてあった鞄の元に向かう。引退してもなおテニス部を愛してやまないらしいひとつ年上のダブルスの相方は、部員にしか渡らない月ごとの予定表を求めて財前に電話をしてきた。
 夕食を食べ終え、ベッドに寝転がって雑誌を読んでいたところだった。部活を終えた自分への褒美にも近いその時間を邪魔しながら、なぜ寝ているかいないのかの追及を受けなければならないのかという不満がプリントを扱う手を少々乱暴にさせる。

「えーとねえ、先輩聞いてます? 言いますよ?」

 不機嫌になりそうな理由がもうひとつあった。この日程を伝えるということは、その日に上級生の登場を許すことになるという意味でもある。よっしゃと電話の向こうで意気込む忍足の声に少々複雑な気持ちを抱きつつ、しかし金太郎の相手でもしてもらおうと都合のいい解釈をして、財前は練習日を伝えた。

「あ、練習試合は大体うちらしいんで。まあ毎年のことですけど。え? ああ、まあ……別にええんとちゃいますか、よう知らんけど。いやほんま知らんし。責任とか、アホな。応援行きたいて監督に先輩が言えばええ話やないですか、なんで俺の責任ですか。アホや、アホですわ先輩。……分かってましたけど。いやなんも」

 引退をしてからもこの人は楽しそうな毎日だな、とぼんやりと相槌を打ちながら考える。思えば引退をされてからの方が3年生という生き物は本領発揮というか、唯我独尊という言葉を突きつけてやりたくなるほど先輩という職権を濫用、もとい時代を謳歌している節がある。
 財前が部長という役職は得ても後輩であるという年次の上下関係は死ぬまで変わらないのだから、自分という生き物はなんと難儀な立場にあることか、と思わずため息をついたら、忍足がそのため息すらつっこみの対象にするのでもはやどうでもよくなってくる。

「光、ちょっと」
「光くん、あんな」

 ベッドに寝転がり、早く電話が終わらないかとあくびをかみ殺した時だった。
 ノックの後、そのノックを単なる作業としか思っていない速さでドアが開く。慌てて起き上がれば、そこにはこの家の主がふたり、財前を見つめていた。
 かつて、お前がいてくれてよかったと父は呟いた。女に逆らうなと兄は呟いた。お前が男であることは救いの一手だったと、ふたりは言葉をまだ理解していない頃の甥に呟いた。
 どこにでもある4人家族のはずだった。兄と少々年齢が離れているだけのはずだった。

「今度の金曜からな、お父さんの出張に私もついていくから。あんた部活やろ、試合ある言うてたやんか。せやから留守番してな。ご飯はいつもどおり自分でできるやろ?」
「……は? なんでご飯て……」
「いや、私もおらへんねん。旅行行くことになってしもうて、うちら3人で行ってくるさかい、光くんお留守番してて」
「……は? ちょ、ちょっと待った。それって」

 何気ない日常が過去の懐かしい記憶となってしまったのは、いつ頃からか。
 もしもーし。ざいぜーん。その呑気な声は今は聞くに値しない。
 目を丸くして続きを求める財前に、母と義姉はお互い目を合わせた後、にっと笑った。

「あんたひとりしかおらへんから。別に誰泊めてもええで、ただしあんたの責任の範囲でな」
「邪魔者は日曜まで退散するから、好きに使ってええよ。頑張ってな、光くん!」

 おーい。ざいぜーん。その呑気な声が、実はこれが今現実なのだと理解させてくれる唯一のものだったと気づくのは、長すぎる沈黙についに彼が怒り始めた時だった。
 都合よくベッドの上に放り出されていた今月の部活の予定表。忍足に叱られながら相槌を打つのも忘れて見つめてみれば、日曜こそ練習試合の4文字が埋まっているのに土曜日の枠は綺麗な空白しか与えられていなかった。



 誰かを泊めろという意味ではない。誰かと一緒に過ごさなければいけないわけでもない。
 たった3日の天下を楽しんでみてもいいではないか、そう呟く誰かがいることは確かである。だが、霞んで姿がよく見えないし時折消え入ってしまいそうなほど小さな声でしか囁いてくれないのだ。
 気を許せばなにかにぐらりと傾きそうになる自分を冷静に保とうとしながら、財前は悩む。

(……別に、どうでもええんとちゃうの。ちゅうかあの人らのいいなりが一番嫌や)

 ドアを閉める瞬間、呆然とする息子に対してほくそ笑んで見せた母親が憎い。財前はそのつもりはないのだが財前本人以外の全員が財前を母親似だと断言するだけあって、あの人をからかうような視線は同属嫌悪のような居心地の悪さがある。そして嫁いできた最初の頃こそ緊張の2文字を背負っていた義姉も、その母に感化されたのかもしくは本性だったのか、父兄弟の男3人が悩まなければならないほど財前家での存在感を日々増し続けている。
 父の背中が少し小さくなったようななっていないような、兄と男ふたりでビールを飲む後ろ姿が寂しそうなそうでもないような、甥の誕生によりもはや最年少という立場すら取り払われた財前が分かることといえばただひとつ、形成逆転という言葉の意味だった。
 シャープペンシルをくるりと回し、苦手な古文の授業にため息とあくびを零す。考え事をしていると勝手に時間だけは進むものの、その日はなぜか教師が区切りのいいところまでと授業の延長を申し出た。
 元々古文の時間はやる気という言葉をどこかに置き忘れてきた身体になっている。批判もなにもせず頬杖をついていると、廊下が騒がしくなった。授業の終わった6組と8組から解放感に満ちた声が飛んだ。

「あらやだ、いやー、久しぶりねえ! お元気?」

 廊下から聞き慣れた声が飛ぶ。ぎょっとして頬杖を解けば、見覚えのある綺麗な坊主頭がわざとらしく姿の見えるところで手を振っている。
 あの先輩が自分以外に2年生の廊下で手を振る人間は誰だ、と廊下に視線を向ける。そして財前は、思わず額に手を当てた。

「あ、先輩。お久しぶりです。どうしたんですか、こんなところで」
「ちゅうわけで、ここの平家物語の前文と、成立年代についてはテストに出すから」
「ええまあ、あの人にお話があってね。せやけどまだ授業中なんやもの、暇で暇で」
「あ、ほんまですね。珍しい」
「今度の期末のテストの範囲はここと、あと和歌とだなあ」
「それはそうと、最近どうなん? 喧嘩とかしてへん? アタシ心配で心配で」
「えっと、それは……」
「きちんと覚えれば点数取るしかあらへんテストやからな、平均点下げるなよ」

 誰かひとりに絞ってくれ、と願わずにはおられない。なぜ苦手な古文の時間に、ここまで耳を酷使してすべての会話を聞き取ろうとしなければならないのか皆目分からない。
 うなだれ方も様になっていた、そんなことを言いながら小春が教室の中に入ってきたのはそれから数分後のこと。真っ白に近いノートにシャープペンシルを投げ出した、その時だった。

「……先輩、ほんま悪趣味や」
「なに言うてんの、ああいう瞬間こそ楽しまへんともったいないやないの。せっかく同じ学年なのに」

 前の席に当たり前のように腰かけ、変なエネルギーの使い方をして気力を消耗してしまった財前に小春はファイルを差し出した。以前約束していた、昨年の練習メニュー表だった。小春の正確なデータを元に構成されたその秘密のファイルを出されなければ小春と目も合わせなかったかもしれない。
 ぱらぱらと、自分の去年の記憶にある練習内容と照らし合わせながら確認する。確認しながら、ちらりと廊下に視線を向けてみる。
 小春と話していた相手は、既に廊下から姿を消していた。

「……ねえ光くん」
「なんすか」
「その、青少年の悩みを具現化したような表情はいかがなものかと思うのよ、アタシ」

 一瞬で手が止まる。頬杖をついていた姿勢が硬直する。
 教室の騒がしさに甘えて、しばらくの沈黙を流した後そっと顔を上げて小春の目を見る。
 まるで母親と同じ、してやったり顔のこの上級生をこれほど追い出したいと思ったことはなかったかもしれなかった。

「あらやだ、当たり? 当たり? 今度はなに悩んでるんかしら、光くん。まさかちゃんとのこれからのことであんなことやこんなことを」
「小声でも言うていいことと悪いことがあるでしょう!」
「ええっ、だって!」
「だってちゃう!」

 その口をこれ以上開かせてはいけないと、過去の経験が警鐘を鳴らしていた。
 財前は立ち上がって小春を廊下へと連れ出す。それはまるでさらい出す図のようで、そして小春もそのように演出をするものだからいつのまにか財前はクラスの笑いの渦の中心に立つことになってしまう。単純すぎるクラスメイトに苛立ちながら小春をさっさと3階へと連れ込み、最初に視界に入ってきた小石川の背中を掴むまでさほど時間はかからなかった。

「え、おい! 財前、なんやねんこの小春!」
「なんもないです! あげます!」
「いやだわ、あげるなんて。光くん、困ったらいつでもアタシを呼んでちょうだいね!」
「困りませんし呼びません!」

 3階から盛大に口付けを投げつける先輩をねめつけて叫ぶ。しかしそのような時に限って一番会いたくない相手に会ってしまうのだから、一体今日はどんな厄日なのだと頭を抱えたくなる気持ちを、しかしこの上級生はきっと理解してくれないだろう。
 なぜなら、財前と出会えばその顔には必ず笑みが浮かぶようになっているのだ。

「どないしたん、財前。誰かに会いに行ったんか」
「蔵リン、聞いてちょうだい。光くんったらね」
「先輩はその口もうほんまなんかで縫いつけたらええですわ、公害や!」

 余裕という文字を飾ることがこれほどまでに似合う男はいないだろう、それが分かってしまって余計に憎々しく感じさせる白石は、何事かと目を丸くしている。
 しかしその冷静な白石の反応を見て、財前ははたと我に返る。
 どうした、ともう一度。至極当たり前のように問いかける白石への言葉を探すように、どうしてここまで慌てているのかを冷静に考える。小春にからかわれたと言えばそれまでだが、しかし小春は本当の悩み事を知るはずはない。さすがの小春も頭の中、心の奥までは読むことはできないはずだった。
 チャイムが鳴り響いたのは、そんな時だった。
 慌てて忍足が3階に上がってきてくれたのもよかったのかもしれない。気ぜわしい3年生の姿に財前はますます冷静になり、このようにはなるまいと日々の忍足のからかわれようを思い出し、首を振ってため息をひとつ。

「おいこら、なんやねん財前。なんで人の顔見てため息つくんや」
「……いや、先輩に振り回されるんはもうやめよう思て。落ち着こ、俺」
「いや、いやいやいや。財前。それ答えになってへんし。ちゅうかワケ分からへんのやけど」
「……なんやよう分からんけど、答えでたんか? 財前」

 白石がもう一度問いかける。どうやら深く追及するつもりはないらしい。小春と一緒にいたことが幸いだったらしい、気づけばその瞳には今日もなにをからかわれているのかと少しばかり同情の色があるような気もする。財前は小さく頷くと、白石たちを残して階段を下りる。
 光くん、と最後の一段を下りた時に上から声が飛んだ。3階まで吹き抜けになっている階段の踊り場で、小春が顔を出してこちらを覗いている。

「よかったわね、ええ悩みで」

 その口を閉じてしまえと、思った自分を恥じ入らせることが巧みな上級生だとつくづく思った。
 財前はしばし2年の廊下を見つめた後、顔を上げて小春に軽く手を上げる。
 それだけで思うことは通じたらしく、小春は顔を綻ばせた。

(ええ悩み、か)

 古文が終わったからなのか、頭の中は随分とすっきりとしていた。
 思いのほか眠気とも空腹とも戦わずに済んだ4時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた後、財前は携帯電話を取り出してメールを送信する。一応は校内での使用を禁止されているものなので相手が気づくかどうかは賭けだったが、なぜか不安がまるでなかった。
 食堂へと誘うクラスメイトへの返事をどうするか、と悩んでいた時に左手の中で携帯電話が震える。

「悪い、俺今日別のとこで食べる」

 メールの内容を確認して財前は購買部へと足を運ぶ。自分の昼食を選んだ後、しばらく考えてから紙パックをふたつ購入して待ち合わせ場所へと向かった。
 屋上は居心地こそよいが、それは来訪者が自分だけの時に限る。屋上へと続く階段に最も近い場所で生活をしている3年生がどれほどあの場所を好んでいるのか、自分も嫌いではない財前は知っている。しかし人ごみに負けた屋上は好きではない。

「あ、光くん」

 向かった先は、四天宝寺華月北側に設置された非常階段。11月も終わりを迎えようとしているこの時期、好んで陽の当たらない場所に向かう生徒は少ない。だがその場所は陽こそあたらねど風の侵入も防ぐことのできる場所で、昼の一時を過ごすには十分だった。
 待ち合わせ場所には、既にの姿があった。財前を見つけて立ち上がる。

「よう気づいたな、メール。気づかへんと思った」
「私もたまたま触っただけやったんやけど、開いたらすぐにメールが来たからびっくりした」

 なにかあったか、と問いかけられるようなことはなかった。
 幅広い非常階段に腰かけると、はその隣にそっと座った。近づくたびに最近思うのは、どんどんの身体が小さくなっていっているかもしれないということだった。それだけ自分の身長なり身体なりが成長している証拠なのだが、制服の袖から出てくるその手首や指の細さは男の自分にはまるで理解できない。成長していないのではないかと妙な心配すらする。
 財前の視線に気づいて、が顔をこちらに向ける。しばらくの沈黙の後、そっと弁当箱を差し出した。

「食べたい? ええよ、好きなの取って」

 そういう意味ではなかったのだが、パンだけというのが寂しく思うのも事実なので財前はその言葉に甘える。色とりどりに飾り立てられた女子特有のその中から卵焼きをひとつ取り出そうとすると、軽く叩かれた。

「箸。だめ、箸使って」
「別にええのに」
「だめ。はい。これ使って」

 まるで甥をたしなめている義姉の姿を見ている気分だったが、は頑として譲りそうにない。最近強気な部分が増えたかもしれない、とふと義姉の顔が頭をよぎる。
 だが、言いなりになるしかない幼い甥と自分とでは違うことがひとつある。
 財前は期待通りの味を与えてくれた卵焼きに心の中で礼を、そして分け前をくれたに口を開けるよう促す。

「え?」
「ほら、はよ開け。食べたくないんか」

 自分が作ったものでもないのに、と笑う心もあったが、が目を丸くしながらも恥じらいに頬を赤らめながらも、それでも嬉しさに負けて小さく口を開くことを知っているとそのようなことも簡単に言えてしまう。
 もうひとつの卵焼きを食べさせて反応の仕方に困るに笑う。声を上げて笑うことは滅多にないのだが、その姿にが安心することを最近知った。
 何気ない、たった一瞬の出来事だ。今日のことを特別なこととして記憶するつもりはあまりなかったけれど、それでもこの瞬間が居心地がいいことを身体のどこもかしこも理解している。だから、箸を返されたが恥ずかしさに負けて頬に手を当てる姿を見てしまう。
 苦い記憶はいつまでも残る。失敗は恥とともにいつまでもまとわりついて離れない。
 それは、このような時のためにあるのではないかと財前はふと思う。苦味がなければ甘味が分からない、それと同じ気がしてならない。

(気抜いて楽にできて、せやけど嬉しくなれるんやからすごいことや)

 心には、数日前の出来事がまだあっさりとよみがえることができる。味わいたくない苦味とともに簡単に思考回路も身体の動きも制する、抗いがたい力を持ってまだ巣くっている。
 だが、と財前は痛みにさらされる心を抱いたまま、それから目をそらそうとはしなかった。
 四天宝寺華月と、3号館の隙間を縫うようにして見える秋の空。あの浮かぶ白い雲を、落ち着いた心で見られる今があるだけでよかったと思う。心細さに負けることなど自分の性格を考えれば想像できなかったししたくもなかったはずだが、あの空を雲を、心が絞られるような辛さで見上げなければならなかった瞬間があったことを忘れてはいない。

(ちゃんと話すって決めた。俺が話したいからや。話す時間が増えて、なんで嫌がらなあかんねん。そうや、そうに決まっとる)

 ようやく恥ずかしさから解放されたが、たわいもない会話を口にし始める。財前は取り立てて派手な反応はしないが、相槌を極力入れるようにする。の笑う回数はそれだけで増えているように思えた。
 初めて味わう安寧に、小さなことがどうでもよくなっていく。財前は空を仰いだ後、そっと深呼吸をしてを見つめた。

「せや、言い忘れるとこやった。俺お前に言いたいことあって」
「言いたいこと?」

 財前から受け取った紙パックのジュースを大切そうに持ちながら、が首を傾げる。

「あんな、今度の金曜から日曜まで俺の家誰もおらへんねん。全員でかけるらしくて」
「……え?」
「土曜な、期末近いから部活ない日になっとるし。、泊まりに来るか?」

 自分でも驚くほどあっさりと口から出た誘いに、本当は心臓は緊張していたかもしれない。
 だが目の前の相手の方が驚きに負けて言葉を出せず、頷くまでを待っている間に心は図太くなることを選んでしまった。
 断られるはずがない、そんな勝手な自信を認めるようにが頷く。
 ほら、と誰かが言ったようだった。緊張などしている場合ではない。頷いた後に行きたい、と言われてしまっては、緊張しているよりも楽しんだ方がいいに決まっていた。



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10/08/05