童心 プロローグ

 さーて、明日の時間割時間割、と……うわ、見てみい小春。体育、今度から女子だけテニスに変わるやんか。なんで男子はテニスさせてくれへんねん。俺らがおるから? そら名言や、小春。せやな、俺らがおったらクラスのやつらもびびるっちゅうか……俺らが手抜けへんもんな! せやせや、その通りや。
 あーでもあれやな、この後の体育って毎年持久走やもんな。俺あれ好きやないねん。なんちゅうか、全員同じ方向見るしかないやんか。俺らがネタやっても見てくれる人間一部しかおらへんやろ? そうそう、そうやねん。俺の物真似が死んでしまうねん! 
 ああ、でも持久走になるともうすぐ冬やなあって気持ちになるなあ。小春もそうか、そうやろな。いつのまにか部活も引退してしもうたし、中間テストも終わってしもたし……あとは受験生になるのを待つばかり、か。
 え、もう受験生? それはそうやけど、まあすこしぐらい羽伸ばす時間があってもええやん。羽伸ばしはテニスコートで……って、そらそうしとるけどさ。やっぱ小春知っとった? なに、財前に聞いた? あいつ、いつのまにそない手際よくなっとんねん、腹立つわー。
 ああ、財前な。別に小春が期待するようなことは特にないで。ほんまやって、なんで俺が小春に嘘つかなあかんねん! せやろ? まあ俺らからすればいっつも白石がやっとったようなことをあいつがひとりでしとるもんやから、変な感じがせんでもないけどな。
 あ、せやけど思い出したわ。なんやあいつ、妙に疲れとるような雰囲気はあったなあ。なに、疲れるのは当たり前? そらそうやけど、でもなんかちゃったで。微妙に余裕がないっちゅうか、ああなんちゅうんかなこの感じ。おいおい落ち着けよ、って冷静に言いたくなるような感じ。分かる? さすが小春やな!
 金太郎にあたってへんかって? まあ、それはないわ。さすがにそのあたりは他の2年よりかはようできてるで。ただなんちゅうんかな、俺らは団体戦でようあいつと一緒に行動してきたやんか。その時のあいつと今のあいつを比べると、気になる点が結構あるっちゅうか……。
 ……や、なんで俺財前について熱く語っとるんや。うわ、きしょいでこれ。え? 財前となんかあったんとちゃうかって? ない、ない! なんで俺があいつと特別ななんかにならなあかんねん! 小春、それはないわ!
 せやったら気になること全部言え? ああ、まあ……そうやなあ。
 あいつの視野がこう、ぐーっと狭くなっとる気はするな。こんな感じ。前はあいつ、自分で勝手に狭めよったけど広げることもできとったやんか。せやけど今のはそれとちゃうなあ、本人も気づかんうちに狭なってしもてる感じがするわ。で、昔なら見えとったことが見えてへんというか、気づいてへんというか。
 たとえば、か。たとえば、うーん……あ、思い出した。
 俺な、この前部活に顔出して金太郎の相手しとったんや。いつものレギュラーだけの居残りの時間な。そうそう、結構気ままに時間使える時や。まあ金太郎の相手しながらやったからよくは見てへんけど、途中で財前のやつコートの外に出よって。なんやろ、と思って見てたらな、携帯見てんねん。いや、携帯自体はええで。部活終わった時間やし、コートの外に出るマナーもあったし、……まあ、俺らもようしとったし? な。せやからそれだけやったら俺もあんま気にすることなかったと思うんやけど……。
 たぶんな、あれ、メールやなかった。電話やったで。
 誰から? それが分かっとったら俺がここで話することないやんか、小春。
 ああ、そう。誰からの電話か、俺には分からへんかった。
 だってあいつ、電話に出えへんかったから。
 画面だけ見て、ずっと……そうやなあ、あれは多分、向こうが諦めるのを待っとったんや。



 あらやだ銀さん、今週下駄箱掃除なの? そうなの、アタシもこの廊下掃除担当なの。1週間よろしくね。ここの掃除は土と砂との戦いよね、お肌にはちょっとばかり悪いんやけどアタシ頑張るわ、銀さんの掃除の丁寧さに負けないんやから!
 それにしても、こうして見るとウチの学校の人数って半端ないわねえ。それを5組の人だけで掃除させるのも大変やと思うんやけど……なに、これも修行? さすが銀さん、日常のものをなにひとつ無駄と思わないその心意気!
 さすがにこの時期やと、1年生や2年生の方が汚れてるわね。部活を引退しちゃった3年生の綺麗なこと。あ、やっぱりそう? そうよねえ、グラウンドの土とか平気でつけて戻ってくるから掃除も大変よねえ。あらやだ、ケンヤくん靴出てるし。もう、部活も引退してあとは受験を残すばかりだっていうのに、成長してくれないとほんまに困っちゃうわねえ。
 え? なになに銀さん、これを見ろって? ……あらまあ! 金太郎さん、下駄箱の意味がこれ分かってないわよ! あの子には収納っていう感覚がないのかしら、ねえ。直してあげるの? さすが銀さん、優しいわあ。
 それにしても……こうして靴を置く場所が離れているのを見ると、やっぱりアタシたちと光くんや金太郎さんは違う学年って改めて思うわね。ちなみに光くんは……まあ、真面目。もう少し綺麗に扱ってほしいのが本音やけど、まあ及第点ってところかしら。
 疲れて見える? ……この靴の履き方見て分かるものなの、銀さん。あらそう……いや、反対してるんやなくて。銀さんがユウくんと同じこと言うもんやから、ちょっとね。
 そうねえ、疲れてるのかもしれないわね。なにせ部長といえば蔵リンっていうイメージで通ってきてしまったウチの学校やもの、アタシたちが思う以上に光くんは蔵リンのなにかと戦ってるのかもしれへんし。そう、そう。あの子言葉には出さへんけど蔵リンに心酔しとったわよね。銀さんもそう思ってたのね、よかったわあ。あの子、不器用すぎて時々本音が透けてまことがあるわよね。可愛いわあ、ほんま。
 ……あらやだ、ちょっと銀さん。そんな反応されちゃうとアタシもちょっと意識しちゃうじゃないの。アタシの本命はユウくんよ、ユウくん! え、ちょっと! 銀さんってば!
 もう。一番言いたいこと後回しにしちゃったじゃないの。そうよ、ここからが小春の本音よ。だって最近の光くん、変なんだもの。
 ……うーん、そうねえ。確信があるわけやないの。アタシもユウくんに言われてから少し気になって見るようになっただけで、ほんまは正解にたどりついてるんか自分でもよく分かってへんのよ。せやけどあのユウくんが珍しく「いつもの財前とちゃう」って真顔で何度も言うもんやから、気になっちゃうじゃない? そうなのよ、ユウくんって時々本質をずばっとつくから大体予想が当たってしまうのよ。
 今回はどうだったかって? それ、聞いちゃうの?
 ……アタシ、ユウくんの予想が外れてほしかったって初めて思ったかもしれなかったわよ。
 具体的に、ねえ。そうねえ、部長の責務に雁字搦めになってるって言えばいいのかしら。なまじ蔵リンの部長姿を傍で見てきたもんやから、ハードルを上げざるをえなくなってしもたのね。部長なんて人それぞれなんやから別に蔵リンの真似なんかせんでもええのにって思うけど、それは外野だから言えること。光くんが蔵リンのことを尊敬していればこそ、近づかなきゃって思って当たり前なのよね。せやから、今必死になっていくんはまあ……仕方ないのかもしれないとは思うんやけど。
 それだけやないって? もう、銀さんにはなにもかもお見通しなのね。アタシの煩悩ってフルカラーで体中から溢れ出してるのかしら! ……冗談よ、また逃げるなんてちょっと切ないわよ銀さん。
 まあ、ね。それこそ外野のアタシが言う台詞やないんやろうけど。でも間違った方向に進みそうなものを止めたいって思うことは許してほしいと思うわよね。
 前まで見られたものが見られなくなってしまうぐらいに集中するんがテニスなのは全然構わへんのやけど、せやけど自分の周りには自分以外のもうひとりがいることを忘れてはいけないと思うの。
 光くんにダメな男になってほしくないのよ、アタシ。



 小石川。相席させてもらってもええか? ありがたい。
 随分と久しぶりな感じがするのう。部活引退したからか、そうやな。正論や。隣のクラス言うても、体育も合同やないしな。こういう食堂でしかなかなか会えんもんやな。せやから白石はんたちが毎週食堂で時間合わせてまで会うてるんやと、最近になってよう分かる。
 部活をやめると、身体がなまってしまって困るな。いや、修行はかかさへん。噴水? ああ、それはもはや日課に近いな。修行できる場所があって、自分の信念のままに使えと校長先生も言うてはる以上、そのとおりに使わせていただくのが学生の本分や。小石川もやってみるか? そうか、残念やな。まあ気が向いたらいつでも声をかけてくれ。
 食事も修行のひとつやな。なに、肉を食うておるって? それはいたし方ない、というよりも本質はそこではない。命あるものに感謝の心を忘れず「いただく」ことこそ大切や、それは金太郎はんにもきちんと教えたかったことやったが、さて、覚えてくれてはるかどうか。たこ焼きのたこの大小を気にする場合ではないとは思うんやが、まあそれもいたし方ない。
 後輩に甘い、か。まあそうかもしれんなあ。それはテニス部全員に言えることかもしれんな。小石川も十分その域やとワシは思うがな。目そらしても逃げられへんで。
 なに、そんなことを言うのは珍しい?
 ……うむ、そうかもしれんのう。言われてみれば、確かにワシが語らずとも周りが語ってくれはる環境におったからなあ。そういう意味でもやはり、テニス部は後輩に甘いのう。
 昨日、小春に話を聞いてしまったのがあかんかったかもしれん。なに、いつもどおりや。そう、財前。財前本人はこうしてワシらの話題になっとること、あんま好かへんと思うが……いたし方ないなあ、これも。白石はんを筆頭に財前と金太郎はんはその成長を見守られる立場にある気がする。
 どうした、ワシの顔になんかついとるか? ……なに、多弁なのが珍しいと。
 ははは、そうかもしれん。しゃべりすぎて飯が冷めてしまうな。
 せやけど……昨日の小春は、ほんまになかなか忘れられへんというか、珍しかったというか。まあな、本当のところを言えば、ワシにも思い当たる節があってやな。杞憂で済んでくれたらよかったと、心の中で思っておったからかもしれん。
 この前、偶然財前に会うてな。最近どうや、と聞いてみた。なんもないですってまあいつもどおりの返事しか返ってこんかったが、あいつにとってはそれが普通でもある。そうやろ。せやから、ワシもそうかとしか返さんかったわけやが……。
 なんであいつが2組の前で立ち止まっておったのか、その会うてしまった場所については、やはり考えなければならんからのう。
 部活のことで考えとる、部長のことで考えとる。それやったらワシでも力になれるかもしれんし、白石はんに助けを求めることは正解中の正解や。ああいう性格をしとる財前がいきなり表舞台に立つということが、どれほど難しいことか、そんなこと白石はんなら全てお見通しやろうからな。
 だが、財前はそこで答えんかった。ワシに答えず、2組から逃げた。
 追いかける、か。そうやなあ、ケンヤあたりやったらそれもできたかもしれへんけどな。ワシには無理や。あの時の財前の顔を見たら、それ以上はよう聞かへん。
 ワシにも聞かず、白石はんにも聞かず。テニスか部長職で追いつめられとるにしても、逃げるいうのはワシらが想像するよりもっと深い段階で悩んどるからなのか、それとも、それ以外で悩みがあったからなんか。
 その意味を考えるとな、日課の修行もなかなか集中してできんのう。



 ああ、おった! 白石、ちょっと時間あるか?
 なに、別に急用やないんやけど……せやけど、俺昼飯の時からお前に聞きとうて聞きとうて。ケンヤ? ああ、別にええ。どうせあいつのことや、仲間はずれにされたって怒りよるけどな、それやったら最初から聞かせんかったらええだけの話やし、それに、これはケンヤには……なんとなくやけどな、聞かせん方がええ気がして。
 ケンヤの彼女の秘密? アホ、なんで俺が知っとんねん。というかそんな嬉しそうに聞き返すな、お前性格分からんて噂されてへこむぐらいやったらそういうとこ直さなあかんで。
 俺も似たようなもん……って、なんでやねん! 俺結構真面目キャラで通ってんねんで!
 ま、まあええわ。2組は落ちつかん、今日お前補講ない日やろ? 帰りながら話さんか?
 え? 彼女と約束がある? ……いや、それやったら無理強いはできんが……。ちゅうかお前が彼女の話をできるようになったっちゅうことが、なんというか。いやはや、まいった。まあ確かにな、もう卒業も近いしな。なんやしみじみしてまうな。そうかそうか、それやったら今日のところは俺は帰る……って、嘘ってなんやねん! お前せやから性格悪い言われて、俺がどれだけ心痛めてる思てんのや!
 そうや。そうやで。俺はお前が部長の時で、ほんまよかったと思って1年やってきたからな。そら……試合はなあ、出たかったで。せやけどケンヤも言うとったやないか、強いもんが出るんが試合っちゅうやっちゃ。俺はあの時、ケンヤを見直したな。あいつに貸したままのゲームのこと、あの時だけは忘れたわ。
 ……って、なんの話やねんこれ。お前さっきの嘘やったら俺に付き合えるやんか。はよ帰るで、ケンヤに見つかったらあいつにも全部話さなあかんくなってしまう。
 いや、今日昼飯の時に食堂で銀と会うてな。そこで財前の話になったんや。財前の話になるとあいつ過剰反応するやろ。せやから、ここはお前と落ち着いて話がしたくてな。
 俺もな、引退してからあんま部活に顔出してへんかったからいろいろと言える立場やないねんけどな。せやけど銀も、あと小春もか。それで小春はユウジとそういう話になった言うてて、こらあかんって。俺の知らん間に財前になんかあったんかと、しもたー思て。お前この前財前の相談受けとる言うてたやんか、なんか変わったところはなかったんか?
 あったんか! そうか、やっぱりか。ああ悪い、ほんま俺も財前のこともっと気にかけてやるべきやったのに……なんか俺でも手伝えることないか?
 なに、数学のテストに出そうなところ? うん、まあ大事やな。部活と勉強の両立はな。
 部活帰りの寄り道の場所? ……まあ、金太郎のたこ焼きとのバトルはせなかんわな。
 部日誌の書き方? 小春の秘密ノートの行方? ……なんの話やねん、これ。ちゅうかなに笑てんねん白石、お前……またか! またなんか! お前、せやから性格悪いって言われるって、俺が何べん話したら納得してくれんねん!
 ああ、暑い。暑いわ。そうやで、俺にとっても大事な後輩ちゅうか大事な部長や。気にして当たり前やろ。なんやその驚いた顔。そんで真顔に戻るの早すぎるし。
 いや……でもな、お前はな。そうしていろいろできるからな。悩みがないっちゅう意味やないで。お前がどれだけ苦労してあの部員をまとめてきたか、悪いが俺は一番知っとる自信があるからな。副部長の立場っちゅうんはそういうもんや。
 せやから財前かて、気になる。お前と性格のちゃうあいつが、お前と同じ立場に立った。それを、今誰が助けてやってんのかな、とか。
 あいつ、レギュラーになってから2年とおるよりも俺らとおる時間の方が多くなってしもたやんか。それで俺らだけいなくなって、残りを全部あいつが引き受けるっちゅうのは……なあ。
 そら2年にも信頼しとる後輩はおるで。お前もそうやろ? せやけどな、副部長の立場で言わせてもらうとな。正直、レベル高いわ。財前の場合は、あいつが弱みを見せるところを見てへんからなんかなあ……いつ、どのタイミングで、どうやって助けてやればええか、俺でも時々考えたからな。
 助けてやるタイミングをこっちが見計らう、っちゅうのは、後輩相手ならかわいいもんかもしれへんけど、同級生同士はなかなか……なあ。難しいかもしれん、って思うしな。
 なに、俺はお前に助けられた? ……白石、お前、今日ええやつやな。俺今ちょっと涙でかけたで。せやけど俺がお前を助けられたんも、お前が秘密は持っても弱みをその中にしまおうとはせえへんかったからやからな。お前のおかげかもしれん、やっぱり。
 財前は、どうなんやろな。秘密主義なところあるよな、あいつ。
 いざという時、困るんちゃうかなって俺はずっと思ててんけどな……たとえば? そうやなあ、たとえば……。あれとちゃうか。あいつが隠す一番のこと言うたら、あいつの彼女の話やろ。
 まさか俺たちの前だけでしか明かしてないなんて、聞いた時はさすがにびっくりしたわ。
 そんなに自分追い込んで、どうするつもりなんやあいつ。いや、案外なんも考えてへんかもしれんけどな。いろいろと不器用なやつやな、ほんま。



 お前、これはあかんわ。なんやねんこの証明。どこをどう見たらこの角とこの角が同じに見えんねん、どこに書いてあったんやそんなこと。
 なに、俺の目から見たら同じに見える? アホ、せやったら入試の時謙也だけは試験監督に証明を文字やなくて口で説明するんやな? そうかそうか、悪いけど俺絶対知り合いの顔せえへんからな。同じ制服着てても「誰ですかあの人」みたいな顔するからな。
 分かればええ。ちゃんと問題文読んでみい、できんかったら後で俺のノート見せるから。それまでは自分の力で解いてくれ、なんで数学できるくせに証明だけ嫌いやねん、バランス悪いで謙也。もっと自分をうまく見せる方法とかは知っといた方がええんとちゃうか、せやからお前はいつでもええ人で終わる……って、これどっかで聞いたな、まあええか。
 はよそれ終わらせて、コート行くで。俺ひとりではよう行かん。
 ……なんやねん、その驚いた顔。ちゃうわ、今日はめっちゃ大事な意味があんねん。せやからはよ手動かせ!
 手動かすから話せって、お前いつから聖徳太子みたいなこと言えるようになったんや。ん、聖徳太子は聞くだけか。まあええか。ほんまにあと10分で終わらせられるな? ええな?
 昨日な、健二郎と一緒に帰って。え、ちゃうて、お前を仲間はずれにしたとかやなくて! たまたまや、たまたま!(多分)
 いや、そこで話題になったのがな。財前やねん。
 ……いや、そこで黙らんといてくれるか。そう重い顔せんといてくれるか。そんでもうひとつ言うなら、手動かしてくれるか。
 まあな、謙也が黙りたくなる意味も分かるけどな。そうや。そういうこっちゃ。俺らが気にしとったことを、クラスの違う、しかも俺たちより接点の少ない健二郎が気にしたっちゅう、そのことやな。しかも話聞いてみるとな、どうも健二郎だけやないらしい。小春が気づくんは当たり前としても、小春に先に話を振ったのがユウジで、しかも小春の話に思い当たる節があるって銀が言うたらしいわ。ああ、そう。全員や、結局。
 まあ、いつかはぶち当たるんとちゃうかなって俺は予想してたからええんやけどな。せやけど心配性のあいつらには、まあ格好すぎるネタなわけや。財前本人の意思とは正反対なんやけどな、しゃあないわな。財前小動物みたいやろ、金ちゃんとは種類の違う。構われざるをえないっちゅうやっちゃな。
 ただ幸か不幸か、みんな彼女のことを気にする素振りがある。目がそっちに向く傾向がある。それならそれでええ、財前はそっちの話の方はかわし方を覚えてきとるから、たぶん本人も言われたら言われたではいそうですかで終わる。終わるんや、それだけやったら。
 せやけど、そこに部活のこと盛り込まれてしもたら、それはどうなるか俺にも分からん。
 あいつ不器用やで。ひとつのことにしか集中しようとせえへんやつやで。それでもって、目指す位置だけはむっちゃ高いねん。乗り越えるまで、次のことには集中したないって顔に出してしまうやつやねん。
 その財前の気持ちが今、どこにあるか。それを見極めんことには、みんなの心配もうまくあいつには届かへん。届かんかったら、ただのお節介や。プレッシャーや。そんなもん今はまだいらんし、そもそも圧力みたいなんは財前は自分でかけれるやつや、周りが作るもんとちゃう。せやから今日は部活に顔出すって……だから! 謙也!
 なんでこことここの長さが一緒になんねん! どう見ても長さちゃうやろ、問題に書いてないことで勝手に証明作んなや!



 聞いてくれ、千歳。昨日の白石、むっちゃスパルタやってん。なんかもうな、俺、あいつに殺されるかと思たわ。おにのぎょうそうってああいうのを言うんやって俺、分かった。
 ちゃうで、俺の証明のせいだけやないで。あいつ財前財前ほんまうるさいねん。部活引退してから余計やわ、あいつ財前の家に住めばええんや絶対。そんで母親と一緒に光くん光くん言うてればええんや。毎日一緒におったら俺が八つ当たり受けんで済むわ、ほんま。
 ……なんやねん、その顔。は、寂しがっとる? アホちゃうか、千歳!
 俺が言いたいのはな、なんであいつらがみんな揃いも揃って財前の心配せなあかんのかっていう、そこやねん。千歳もそう思うか、せやろ。よし、このパターロールもう1個やるわ。
 俺かて知ってんねんで、財前の様子。そらいきなり普通の部員から部長になったらある程度忙しいのは覚悟せなかんって分かっとったやろし、これ白石には言うてへんのやけどな、あいつ絶対部長になること少しは分かっとったはずやねん。俺見たからな、部長になる話聞かされた時の財前の顔。はあ、っていつもと同じ答え方しかせんかったけどな、そもそもそれがあやしいねん。もっと驚かんかい! って俺心の中でつっこんだら、あいつ俺の方見てため息つきよって。ああ、今思い出してもなんか腹立つわー。俺部長になりますけど、ちゅうか知ってましたけど、なにか文句ありますか? みたいな顔。こんな顔。爆笑すな、千歳。俺いたって真面目やで。
 せやから、あんま過保護なぐらい心配すんのはどうやって俺は思うわけよ。そら、白石はさすがに元部長やから、違う角度で心配しとったけど……。どうなんかなあ、思て。それでお前の後ろ姿見つけてしもたら、そら呼ぶやろって話で。まだパンいるか? これ今日の非常食やねん、家から持ってきた。
 白石の心配の仕方? ああ、まあ……なんや難しい言い方しとったけど、結局あれや。財前が突っ走ったら他ごとに目がいかんようになるから、その時に俺らが周りでわいわい文句だけ言うても意味ないて。まあ似たようなもんなんやけど、なんちゅうか……ああ、出てこーへん。あれや、あれ。
 そうそう、パンク! それや。周りが言うて追い込んだりしてしもたら、あいつパンクして取り返しつかんことになるんちゃうかって、俺はそう思うねんけどな。千歳もか。そうやんなあ、お前話合うな、ほら、パン。
 は? 馬刺しなんか高級なもんあるかい、ちゅうかここ大阪やろ。たこ焼き食え、たこ焼き。
 せやけど……ほんま、どうなんやろな。俺ほんまはな、そんな身内みたいな近いところでな、そう大きな問題なんて起きる気がせえへんて思てしまうねん。こういうのって基本全部他人事やろ、俺らが単に話大きくしとるだけちゃうんかって思うことあんねんけどな。
 まあ、そうさせるあいつに責任があるんか、そういうのが大好きな白石たちに問題があるんか、俺はもうよう分からん。
 分かること? なんやねん、いきなり。俺が分かること言うたら、ひとつやないか。財前が生意気っちゅうことぐらいや。俺、自分が2年の時にあんなんやったか結構考えてしまうで。
 まあ、でもな。部長を真面目にやろう思てるところは、俺らが一番認めたらなあかんと思うんやけどな。あいつ生意気なくせに真面目やからな、難しい生き物やで、ほんま。



「お、生意気な真面目っ子のお通りたい」

 金太郎が目を丸くする。なにを言っている、とその目が問いかけるが、千歳は口元に笑みをたたえたまま前を通り過ぎる財前を見つめる。
 手にする書類は、おそらく授業のものではない。千歳と金太郎がたこ焼きを食べている姿に気づかないほどに見入るものといえば、今の彼にはテニス部に関するものしかありえない。その横顔にはなるほど最近の白石たちがこぞってその名を口にしてしまうほど、テニスのことで精一杯だと書いてある。千歳は白石たちの観察眼に降参のため息をつく。

「さて、どうなることか。やれやれ、部活引退しても忙しかね、四天宝寺は」
「ため息つくぐらいやったらこれ食べるで、千歳。もう満腹なんやろ?」
「金ちゃんみたいに生きたら楽しかね、絶対。金ちゃん、財前に教えるつもりはなかと?」
「なにを」

 濁りのない金太郎の視線を、今の財前はどのように受け止めているのだろう。ふと千歳は思うが、そこで止めた。所詮心配などしても財前本人がなにを思うのか、それが一番なのだ。外野は外野でしかない。心配の押し付けほど面倒なものはない、それが分かっている千歳は忍足や白石のようにあからさまに心配を口にすることはない。
 ただ、とたこ焼きを金太郎に取られながら、騒がしさに満たされる昼の食堂でテニスのことだけに気をとられていた後輩の姿を見送ることだけはしてやる。

(心配されたくなかったら、心配されるような表情を見せなければよか話たい。それができん状況に自分で気づいちょらんかったら、なにかが起きることは覚悟するこったい、財前)

 そのなにかが、できるものならば立ち直ることのできる傷の種類であってほしいと。仲間の誰もが気にかけている後輩が長く立ち止まったり後ろを向いたりする、そして、誰か他の人間を巻き込まなければいいものであってほしいと、願う頃には財前の姿は食堂から消えていた。



>>01


10/07/16〜10/08/02