君だけの鎖 01

 柄にもない、という言葉を用意してもらった方がむしろよかったのかもしれない。いまさらながらそんな後悔が頭に浮かぶ。
 いや、そもそもは仕組んだ白石たちが間違っているのだ。勝手に仕組んで勝手に連行して勝手に全てを決めてしまった、あの3年生たちがいけないのだ。自分が譲歩したり遠慮したりすべき点はなにもないはずだ。だから、気負う必要はどこにもない。
 着替えを済ませ、クローゼットを閉じる。
 未明からの雨を降らせ続ける重く垂れ込めた雲たちが、部屋の中も暗くする。味気なく面白みもない部屋だとは忍足の言葉だったが、探し物など目的がある時にはこれほど使いやすい部屋はないと白石は言ってくれた。

(まあ、それも褒め言葉やったかどうかはよう知らんけど)

 ピアスを付け直しながら、机の上にちらりと視線を向ける。テレビもオーディオも電源を入れていない部屋の中は、優しい雨の音に満たされている。
 探す労力を一切必要とせず、机の上に置いてあったそれを手に取る。何度触っても軽いという感想以外もてなかった。

「……ほんまお節介やわ、あの人ら」

 思わず言葉にして呟き、肩を落とす。
 せっかくの日曜に朝から雨は頑張りすぎだ、と窓の外に視線を向ければ、視界片隅に映った壁掛け時計が午前10時を指し示そうとしていた。



「ほな、俺らは引退。部活も一区切りや」

 旅館の部屋に響く白石の声は、これほどはかなく聞こえるものだっただろうかと驚いた。

「今年も準決勝止まりやったんは残念やけど、まあしゃあないわな。精一杯の結果や。いまさら後悔してもなんも始まりはせえへん」

 昨日までは雑魚寝と枕投げをする会場でしかなかった部屋には、片膝を立てて腰を下ろす白石の言葉以外は響かない。隣に座る小石川も、その隣でややうつむきがちに視線を落としている忍足も、誰もが白石を囲むようにして座って黙って話を聞いていた。

「するんやったら後悔やなくて反省、反省して練習。人間、結局自分が動かななにも手に入れられへんもんや。せやから地道に自分が練習する、これが一番」

 真正面に座ってしまうと、視線が逸らせなくなる。財前は体育座りのまま、じっと白石の言葉に耳を傾ける。そのどれもが普段彼の口から出てくる言葉ばかりだったが、なぜだろう今日今の瞬間に聞くそれは随分と心にしみいってくる。
 目が合った白石は、柔らかく笑みを浮かべるばかりだった。

「闇雲に練習してもなんも意味ないで、やるんやったら弱点を克服する方法やないと。苦手とか嫌いなもんを『できる』ように変える。得意になんかならんでもええ、いきなり階段を高くする必要なんかあらへん。せやけどまず『できる』ようにすれば、その分次の試合で同じ負け方はせえへん。……その意味では、敗戦は一番の勉強材料や。高い授業料払ても普通の人間は手に入らへんで、全国大会の敗戦なんて」

 ワイは負けてへんで、と金太郎が寂しそうに呟く。常ならば余計な茶々には優しい一喝を入れるばかりの白石も、申し訳なさをない交ぜにした笑みを浮かべるばかり。
 その仕草を、なにひとつ漏らさず記憶しておこうとする力が働いていた。
 珍しく黙る金太郎をなだめる白石を見つめる。目が合うと白石はまた笑う。続けられる言葉の区切りごとに目が合ってしまう。故意に白石がこちらの様子を確認しているのだろうということは分かった。
 2年間、彼の肩にのしかかってきた部長の座を明け渡す相手を、確かめようとしているのが痛いほどに分かった。

「せやから、また練習や。受験前までは俺らも付き合うし、頼むで。なあ、財前」

 忍足の視線が動く。輪から離れたところにいる千歳が笑みを浮かべる。実は一番心配そうな表情を浮かべているのが忍足ではなく一氏(本人に聞いたら必ず否定されるだろうが)であることに、財前は改めて目の前の現実を思い知る。
 公立である四天宝寺中学にとって全国大会での敗戦はつまり、3年生の引退。
 3年生の引退はつまり、白石の部長退任。白石の部長退任はつまり、新部長選任。

「……まあ、しゃあないっすわ」

 こんな時にまで語彙力がないことを知らしめる必要などないのに、と自分を恨む。
 それでも、白石は困ったように笑うばかり。忍足がため息とともに頭を軽く叩いてくる。隣に腰かけていた石田は、その大きな手で財前の肩を包み込むように叩いてくれた。

「ちゅうわけで。さーて、帰るか! 全員片付けは済んどるんやろな?」

 白石が立ち上がり、部屋の中を見渡す。昨日までの散らかし具合とは打って変わって、大阪へ帰ることが決まった後の部屋は随分とさっぱりとしている。金太郎などはそもそもの荷物が少ないので片付けようもない。
 忍足と石田の温もりが身体のそこかしこで暴れているような感覚のまま、財前も立ち上がって自分の荷物のもとに向かう。元来綺麗好きではないが片付けることが苦ではない性格だったため、大きなバッグをショルダーのようにかけてしまえば今すぐにでも東京駅に向かうことができる格好になった。
 だから、新幹線の隣の席は誰だっただろうかとふと財布の中の切符を確認しようとしたその時、肩に誰かの手がかかるその時までは気分はもう大阪だった。

「なにしとんのや? 財前。なにひとり帰る気満々モードなん?」

 びくっと肩を震わせて振り返れば、そこには部屋の電気の逆光を受ける白石の笑み。思わず後ずさりをしてしまいそうになると、手にしていた切符はあっさりと白石の左手に奪われた。

「よう見てみい、これ。何時発って書いてある」
「え、ちょ……なんなんすか、一体。今帰るって」
「質問の答えになってないで。これ。東京駅出発は何時や?」

 先ほどの余韻があっさりと消えてしまう。まるでたちの悪い酔っ払いにからまれた気分で思わず周りに助けの視線を向けるが、このような場合誰ひとりとして助けてくれることはないのだと経験が物語っている。
 そして、この男。財前は突きつけられた切符を見つめながら深くため息をつく。

「先輩、そのキャラ変えた方がええですわ。絶対。せやからあの人にふられて、挙句あんなことになるんですって」
「財前くん、部長にケンカ売るとはええ度胸やないか」
「部長ちゃうし。もう俺ですし、部長は」

 腕の束縛から離れて切符を奪い取ったあと、ちらりと白石を見上げる。突発的に出たとはいえ少し直球すぎたか、と気にかけるように見つめれば、そこには笑みがあった。
 せやな、と白石が笑う。無理をして笑っているのではないことは誰に聞かずとも財前が自分の目で見て分かる。
 凛として清廉な空気をまとうことが得意で、内面も同じように潔白で、それでも白すぎるがゆえに折れてしまう部分というものが本当は存在していて、それを見せることにうまくない男。本来の中学3年生という観点から言えばそれでも十分精神的に強い方なのだが、それをこの男のプライドが許さない。限界を作ることをなによりも嫌う人間であるからこそ、成長するための努力を誰よりも惜しまない人間であるからこそ、自分の弱い部分を誰よりも把握している。
 そんな白石が部長であったことは、今年の夏の褒美のようだった。

「部長はお前や、財前。頼むで来年」

 笑みを向けられ、口にしかけた言葉を飲み込む。いつもそのようにしていればいいものをと言いかけた言葉は今は出番ではない。
 個人戦でも十分通用する力を持ちながら、団体戦での自分の意味を誰よりも深く理解してその信義に生ききった人の笑みの前では、軽口は絶対に叩けない。いや、叩きたくない。

「……部長みたいにできるかはよう分かりませんけど、とりあえずできる限りは」
「はは、部長やないってさっき言うたばっかりやないか」
「あ、すんません」
「まあええけど。それだけお前が俺のこと信用してくれとるっちゅう証やからな。悪い気はせえへん」

 自分と話しながらも、その目が周囲を必ず見渡す瞬間があることを財前は知っている。
 部長に求められるものが何なのか、すべてを知っている自信はない。すべてを知る必要もないと白石は言った。初めてのものに対して最初から百点を取る必要はない、そのために先輩というものはいるとふてくされた忍足を引っ張りながら教えてくれた。
 だからだろう、ここ最近は白石の動きにどうしても目が行ってしまう。正確には来年度の部長になる覚悟を決めておけと言われた、あの時からどうしても目が離せない。
 白石には、教えられることがたくさんありすぎる。改めてそう思った清々しい心を、しかしこの男はまるで愛おしむ気持ちがないようだ。

「で、財前。話戻すねんけどな、東京発新大阪行き。何時発や、これ」
「……16時13分」
「よう読めたな。で、今何時や、謙也ー!」
「は? なんでこないな時だけ俺を呼ぶ……」
「午前11時9分やで、蔵リン! 東京駅までやったらここから地下鉄と私鉄かJRを乗り継いで、最短17分、最長22分てところね。せやからね、光くん」
「さあ、買い物行こか」

 まくしたてられた会話の流れは把握しても、意味はまるで分からなかった。
 首を横に振ってため息をつく忍足をよそ目に、目の前には白石と小春の満面の笑み。一氏は今日は助けてくれる気分ではないらしく、壁際まで押し込まれた財前を一目見るだけであくびをした。

「買い物て。俺、別に土産は駅の売店でええんですけど」
「アホ、それ家族用やろ。それなら心配せんでもええ、昨日監督が黄色い袋たんまり持っとったで」
「あ、ごまの方が好きやったら言うてね。とりあえず全員分はもう買うてしもたから」
「いや、それはどっちでもええんですけど……せやったら買い物て」

 動揺する自分は、もしかしたらまだ甘いのかもしれない。結局いつまでたってもこの先輩たちには敵わないと、部長の任務を正式に負う覚悟をつけた今日という日にもそれを認めざるをえないのかもしれない。
 自分と同じ感覚を持っているのだろう、忍足が白石の背後で慌て出す。それを見て石田は諦めろと首を横に振る。
 ああ、これはと白石の顔を見る。これはもう、今まで何度も体験した流れだ。

「……への土産なら、別に買わんでもええって本人が」
「アホか、財前。東京まで来てなんで彼女への土産がひよこだけやねん、俺そないなこと教えた記憶ないで?」
「光くん、なんで成長してくれへんの! 先輩悲しいわ!」
「彼女も応援してくれとったんやろ? せやったらお返しのひとつでもするべきやと思うんやけどな、俺は。なあ小春」
「そうね、東京でお土産買ってきて『これ、お土産。ありがとな』とか笑顔で言えるようになったら、光くんも立派になってってアタシ心の底から涙を流す気満々よ」
「……」

 怒られる流れまでも変わらない。視線をずらそうものなら小春がすかさずその視界中央に入ってくる。寸分たりとも違わないその視界中央を選択してくる機敏さには、一生勝てない気がする。
 そして、部長になった後もこの光景が繰り広げられるだろう未来は既にもう待ち構えていて、自分に拒否権が与えられていないことが予想できてしまうのが末恐ろしい。
 財前は深くため息をつき、強引に視線をずらして忍足を見つめる。無理や、と相手は気力なく首を横に振った。それが決定打だった。

「……まあ、ええですけど。新幹線出発までの時間ぐらいやったら」
「よっしゃ、よう言うた。それでこそ男や」
「ほんま、先輩らみたいにはなりたないですわ」
「口下手が偉そうに文句言うな。せや小春、もう店は探しとったな? どこや?」
「東京駅」
「……東京駅? はあ」

 自信満々に答える小春の、最初は意図が分からなかった。

「ベタに行きましょ、光くん。土産物屋さんなんて当たり前を通り越して、ミラクルなベタで。そしてエンジョイするのよ」
「なにを」
「『東京行ってきたで!』っちゅうのを、これでもかというぐらいにね」

 忍足はぎょっと言葉を飲んだ。そんな忍足を落ち着かせようと小石川が肩に手を置く。千歳が笑いを堪えて背中を向ければ石田はいつの間にか金太郎のお守りとなり、やはり興味のない一氏はいつ見ても欠伸ばかりする。
 目の前の白石に尋ねるよりも、真相を知っている小春に尋ねるよりも、誰よりも早く周りの反応が答えを物語る。この感覚も、きっと部長になった後も変わらないのかもしれなかった。

(寂しがってええんか、嫌がってええんか。……嬉しがって……は、ない。絶対ない)

 どれが正しい選択なのか皆目分からない、さきほどの白石の寂寥の空気など欠片も残っていない。けれど白石と小春の決断に、団体戦をともに戦い抜いてきた仲間たちは反論するどころかやれやれといった諦めの境地で出かける準備を始める。千歳にいたっては旅館の女将に気に入られた熊本弁で、荷物を預けさせてほしいと頼みに行ってしまった。
 逃げ場はない。それをここにいるメンバー全員が作ってしまっている。

「部長の役得っちゅうやつやな。お前もこれぐらいにならんとあかんで、財前」

 呆然と事態が進んでいくさまを見つめる財前の頭を、あの綺麗な左手が撫でていった。



 柄にもない、という言葉を用意してもらった方がむしろよかったのかもしれない。いまさらながらそんな後悔が頭に浮かぶ。
 しかし新幹線は無常にも新大阪駅に到着してしまった。居心地がいいと感じる大阪の景色とどうして到着してしまったのだという新大阪の文字に相反する感情を抱いてしまう、身体はどちらの感情を優先していいのか分からず表情を作ることができない。

「光くん、あかんで。せっかくの再会やのにそないな顔」
「させとるんは先輩らです」
「あらやだ、ユウくん。光くんが反抗期よ!」

 ホームで全員の点呼を取る渡邊をよそ目に、小春が会話を途切れさせまいと言葉を投げかける。その本意はこちらの緊張に負けそうになっている心情をすべて見透かしてのことであり、隠れた善意であることを知っていると反抗もうまくできなくなる。

「ガキやなあ。男やったら惚れたやつには堂々とぶつかりにいかんかい。惚れたモン負け、敗者に選択権なんてあらへん。それができんぐらいやったら、簡単に惚れるもんやない」

 隠れた真意であることを知っていると、この人にも逆らえなくなる。
 財前は一氏をちらりと見つめ、黙って頭の中でだけ言葉を反芻させる。普段は笑いという究極の仮面に己を隠しきってしまう一氏の言葉が誰よりも重く感じられる、その瞬間を経験したのも一度や二度のことではない。

「なんで小春先輩に話振られた時だけ偉そうなんすか、先輩は。それ以外の時はほんまやる気なさそうやのに」
「最高の愚問やな、それ」

 怯みそうになるのを堪えて下からねめる視線をぶつけると、一氏は鼻で笑った。

「惚れたモン負け。惚れた相手がそれを求めとるっちゅうなら、それをし尽くす。そんだけや」

 顎がくいと後ろを見るように促す。振り返れば黄色い紙袋を山のように抱えた渡邊の点呼が終わり、敢闘賞だと言って全員に袋が渡される。荷物が入ったバッグとラケット専用のテニスバッグ、そして土産袋。全国大会帰りと言うには相応しい格好だった。
 ただ、バッグの中には小さな紙袋が入っている。準決勝敗退という結果とその紙袋だけは、新大阪駅を出発する時の予定にはまるで入っていなかったはずだった。

(し尽くす、言われても。これが求めとるもんかなんて、誰も知らへんやないか。もし間違いでもしとったら、誰が責任取ってくれんねん)

 はしゃぐ金太郎をたしなめながらエスカレーターを降りる白石の背中を見つめる。じっと見つめていると、金太郎と同じように千歳の大きな手が自分の頭を撫でる。

「そげん気にする事でもなかとよ。別に早くはなかね」
「早い、って」
「俺は中1で渡したけん、桔平には笑われたったい」

 千歳に撫でられた頭が、少しだけ温かい。
 悠然とした笑みを浮かべてエスカレーターを下る千歳の背中も見送る。自分より大きな手で撫でられると髪が乱れる、利き手で整えながらようやく一歩を踏み出すと、小春の楽しげな瞳と目が合ってしまう。

「ほんまは、試合姿を見てもらうんが一番やったんやけどね」
「ええですよ、新幹線代払わせるわけにはいかんし。試合やったらいつでも見せたれるし」
「やから光くんが自分で選んだ、新幹線代よりも高くないそれが生きてくるっちゅうことね」

 気づいた時には、小春の笑みにすべてを飲み込まれてしまっていた。
 改札口手前だということを知りながら思わず足を止めてしまう。返されるのはやはりあの全てを見透かしたような視線と笑み。やられた、と思った時には切符は改札機械に吸い込まれ、身体ごと新幹線乗り場から追い出されてしまった。小春が悩ましげに首を横に振る。

「光くん、甘い。甘すぎるわ。まあそれぐらいの方がアタシもやりがいがあるっちゅうもんなんやけど」
「は?」
「再会とは、劇的に行われる。これ鉄則よ」

 小春の手で無理やり後ろを振り向かされる。大阪駅へと向かう乗り継ぎのため、先に新幹線口を通過していた白石が足を止めて誰かと話している。財前は目を丸くする。
 制服でないからといって見間違えるはずなどない。
 まるで自分の彼女であるかのように親しげに話す白石の相手は、自分の彼女だった。

「あ、光くん。お帰り」
「ちょ、なにやってんすか部長! お前も!」
「財前、部長は俺やないって。……ああ、そうかそうか。お前ほんま俺のこと好きやねんなー。悪いな、俺の教育が足りんかったみたいや」
「あはは、白石先輩にやったらいくらでもあげられます」
「なに返事しとんねん、アホか!」

 慌ててを白石の傍から離す。白石の心が誰に向いているのかを知っているとはいえ、この男に自分が勝てるものなどまだほとんどないと言っていい。そんな男の情けなさがの手を握り締めて自分の後ろへと回させるが、その反応にすら余裕の笑みを向けるのが白石という男でもある。しまった、とまた思ってももう時は待ってなどくれなかった。

「せやなあ、お前にとっては大事な大事な彼女やもんなあ。俺の話相手なんかさせるよりももっとさせたいことがあるに決まっとるなあ。……なあ?」

 白石が勝ち誇った笑みを浮かべてしまえば、それが最後の合図。
 大阪行きの電車に乗るのを止められた金太郎が目を丸くしてこちらを見つめる。忍足と小石川がいつものように首を横に振る。千歳と石田は遠巻きに見つめる、小春はいつまでも白石と同じ笑み。そしてやはり一氏は、自分の出番でない時は欠伸しか浮かべてくれない。
 監督のくせにどうして持ち場を離れる、と訴えたいほどに、渡邊はどこかに行ったまま帰ってこない。

「させたいこと?」

 が目を丸くして財前を見つめる。久しぶりに見た私服姿は正しき8月の服装で、見せつけられる白い肌がこれでもかとばかりに財前の目を奪う。
 バッグの中には紙袋。目の前には白石と、そして
 白石の目が「早く」と促せば促すほど、財前は言葉を飲み込む。気づけば回りには人の波、こちらをまるで見ていないと分かっていても、たとえここが新大阪という地元だと分かっていても、しかし、

「なんで先輩らの言うことばっか聞いとんねん、アホか!」

 財前の人生経験は、白石のそれには追いつけない。白石の計画に乗れるレールはまだ持ち合わせていなかった。
 叫び声がどこかから戻ってきた渡邊の耳に届いた時、財前の足は勝手に大阪駅行きの電車の待つホームに向かって歩いてしまっていた。



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09/05/14