| 白い糸 20歳 |
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5年の時を経て何を思うのか、実際のところ当日になってみても分からなかった。去来する様々な感情の名前の付け方が分からなかった。 待ち合わせの5分前。汗ばむ陽気が煩わしい午後に約束をしてしまったことを少しばかり後悔するものの、これから5分後に訪れる予定の現実にはただひとつ、高揚感だけが大きくなっていく。夏らしい喧騒の中で視線が落ち着かないのに疲れない。 (学校で話すだけだったら、本当に簡単だったのに) あの頃の自分はどれだけ恵まれた環境にいたのだろう、と千石は今更ながらに気づいておかしくなる。いや、とスマートフォンのデジタル時計を見つめながら更に思う。恵まれているのは今だと。 指定時刻まで残り5分。千石は、生まれて初めて人との待ち合わせで緊張を覚えていた。 そもそもの始まりは、少年時代の心の傷を思い起させるあのカフェだった。説教という名の忠告を受け続けていたこの場所は、あの出来事の直後こそ足が遠ざかっていたが、その後親友と幾度も利用することで結果的に傷を癒すことができた場所でもあった。 お前の傷心に付き合って何のメリットがある。親友は苦虫をかみ潰したような顔でよくそう言っていたが、予定が空いている時、テニスや勉学の都合で海外にいることの多い生活ながら日本に帰ってきている時などは、誘いさえすれば特別な理由がなくとも千石との時間を作ってくれた。成人してからはアルコールを伴うことも多くなったが、このようなカフェを好む男がチェーン店の居酒屋を案外嫌わなかったというのは面白い発見だった。 「俺に詳しくなってどうするつもりだ、てめえは。いつまでも俺の後ろについてまわる気か?」 「それはそれで特権だと思うよ、跡部くんの隣を指定席にできるなんて」 「勝手に隣にするんじゃねえ。連れ添いにお前を指名するほど俺は暇じゃねえんだよ」 「またまた。手塚くんと氷帝のみんな以外でよく会って遊んでるの、俺だけだって知ってるからね。今更だよ」 うるせえ、と反論する代わりに跡部に脛を蹴られるのは久しぶりだった。かつて居酒屋で、脛を守りたくて彼の前ではなく隣に座ることができるカウンター席を指定したことがあったが、ひどく嫌な顔をされたのでそれ以来どのような店でもテーブル席という選択肢しか許されていない。 「前置きがないと本題に入れないのは相変わらずだな。今更なに身構えてんだ」 「いや、別に本題とかはないけど。いやー暇だなあ、あ、跡部くんそういえば海外留学から帰ってくる頃だなあ。連絡してみよー、ああやっぱりいた。ほーら遊んでくれる。跡部くんも寂しかった……いってえ!」 「だから、前置きが長すぎるって言ってるんだよ俺は。聞いてなかったのか。その耳は飾りか、ああ?」 爽やかな風が届けられる、初夏の午後だった。高校を卒業してもそのまま山吹の付属大学でテニスを続ける道を選んだ千石は、関東圏では当然名の知れた選手の一人となっていた。山吹を出て他の強豪校、もしくは高校卒業後すぐに実業団選手としてプレーするという選択もできたし実際声がかからなかったわけでもないが、気心の知れた仲間とテニスを続ける喜びはなかなか捨てきれなかった。跡部のように将来の目標がしっかりと定まっていて、なおかつその成就する可能性を100%から下げるつもりのない者は、迷うことなくゴールから逆算して人生設計をすることができるのだろう。だが千石は目先の幸福もその都度享受したい人間だった。卒業後のぼんやりとした予定をいくつか選択肢として用意しつつも、今目の前で繰り広げられる大学生活の楽しさは満喫したい。そう思いながら毎日を過ごしているうちに、気づけば大学3年の夏を迎えてしまっていた。 「いや、本当に。特別伝えなくちゃいけないことなんてないんだよ、本当。跡部くんみたいには」 「何の話だ」 「いやいや、あの跡部くんが純情を貫いてるなんてもうそりゃびっくりだよ。一緒にいるところを壇くんに見つかっても気づかなかったなんて、跡部くんも脇が甘くなったもんだなあと。ていうか彼女昔から可愛いよねえとか……いってえ!」 「俺が暇でお前の相手をしてやってるとでも思ってんのか、千石。ああ? これ以上実のない話で時間を潰すんだったら俺は帰るぞ」 「実のない話とか失礼すぎるんじゃないの、ひどいよ跡部くん」 「どうしてお前みたいなやつに好意を寄せる人間が一定数いるのか、訳が分からねえ」 「え、なんのこと?」 美麗な顔つきから一瞬表情が消える。ちらりと視線だけが動かされ、それで全てを察しろと言わんばかりにすぐに跡部はカップを口に運んで目を伏せた。長いまつ毛はそれ以上動かない。跡部が勿体ぶった素振りをするとは珍しい、と千石はむしろ興味本位で視線の先、自分の後ろを振り返る。 そこには、自分を見つけて固まっているの姿があった。こちらに背中を向けた連れ合いらしき女性に気づかれないよう、ただ目だけを丸くして。 跡部には、の容姿について語ったことはない。写真を見せたこともない。だから単純にの視線の向けられた先は己ではなく、相変わらず他愛ない話をし続ける腐れ縁のような同級生に向けられたものだとでも思ったのだろう。しかし振り返った千石が言葉をなくしたまま、そして慌てて顔の向きをこちらに戻せば神妙な面持ちに変わっていたとなると、跡部が隠された事実に気づかないはずがない。 「お前が引きずる相手なんて、俺は一人しか見当がつかねえからな。続きは今度聞かせろよ」 鼻で笑った跡部は勝手に伝票を手にするとさっさと店を後にした。 跡部と会うからこそ訪れることができるカフェで、一人で残されるなど居心地の良いはずがない。だが千石は振り返ることができなかった。取り残された席で一人、静かに空になったグラスを見つめる。跡部の思う通りにこのまま話が進む必要はないのだと言い聞かせる。そもそもここで出会うことで、話が広がる可能性は極めて低いはずなのだと戒める。 あの、5年前の出来事を思えば。 (ていうか俺が気にする必要ないよな、振られた俺が何かする必要とか絶対ない。というか俺の方が先客だったはず、絶対。絶対。だから、別に) 自分からもう一度振り返り、再会からの話を広げる必要などどこにもないのだと強く心に命じる。 けれど沈黙の中で結局千石は振り返ると、はその千石を真っ直ぐ見つめ返してくれた。しばらくの動揺の後に小さく手招きする自分を諫める者は、もはやどこにもいなかった。 交わした約束は、1週間後に二人きりで会うこと。 5年の間、千石の生活にはほとんど存在しなかった。中学3年できっぱりと自分を拒絶した彼女にその後も付きまとう勇気は、千石にはなかった。 正確には、内部進学した者同士ゆえ高校時代もその姿を見かけることはあった。言葉を交わさないだけで、付きまとわないだけで、千石がを目で追う生活は実は続いていた。元来目立つことが好きじゃないのか、しっかりと目で見て言葉で確認しなければ、恋人ができたのかどうかも見当がつかなかった。けれど彼女が大学で外部進学を選んでしまった2年前にその習慣ははぎ取られ、この2年間はという存在を五感で認識することができない生活となり、そこに疑問を挟む余地もなくなった。そうして記憶が薄れ、跡部に手荒い方法ながら傷を癒されることでいつしか笑い話にでもできるだろうか。そう思っていた矢先の、今日だった。 「お待たせ。ごめんね、遅れた?」 感傷の海に浸りかけていた千石の前に、がぱっと現れた。さばけた雰囲気は昔のまま、少しばかり縮んだのか随分と自分を見上げる視線の角度がきつい。自分が伸びたのか、と気づいた時には、千石はと並んで日曜の街中を歩き始めていた。 気づけば、の私服姿を見たのはそれが最初だった。 「なに? どこか変?」 「いや、の私服見るの初めてだったから。新鮮で」 「千石も初めて見るよ。千石は予想通りかも」 「褒めてる? それ」 「褒め……てる?」 困惑気味に笑うに、千石もつられて笑い声を上げていた。 手は、繋がない。意識すれば指先が触れ合える距離で歩き出したが、千石はに一番近い利き手を服の中に隠していた。の左手にはトートバッグがかけられていた。 二人で歩いているところを南あたりが見たら、ひやかしの一言も用意できないほど目を丸くするだろう。それほど自分の生活からの存在は、表面上消失していたのだ。 まるでデートだった。気づいていたが、口にはしない。口にする勇気は5年前に既に取り上げられている。自分が一番華やかな空気をまとうことができる、一番他人からの好意を受け取ることができるあの山吹中テニス部のユニフォーム姿で、自分はかつて呆気なく振られたことを忘れてはいけないと千石は自分に言い聞かせる。 「出かけるっていうから、もっと違うところかと思った。千石ってカフェ好きなんだね、意外」 「そりゃに嫌われたくないですから」 「相変わらずだね」 「嘘、嘘。冗談。というかの好きな場所知らないからさ、安全策でいくしかないでしょこっちは」 ああ、と納得の一言を零したのはだけではなかった。心の中で、千石も自分の口にした言葉に納得してしまった。 (俺、のこと好きだったくせに。こんなにものこと知らなかったんだな) 嫌いじゃないよ、と笑いながら呟いてはメニューを見つめる。少しうつむき加減になると中学時代の頃のように髪の毛がさらりと肩から落ちるので、細い指が癖のように耳にかけ直していく。その仕草が好きだった。言葉には出さないが5年前の毎日の楽しさが、あっさりと蘇ってくる。けれど蘇ってくるのは、自分の好みに合致しているかどうかばかりを基準にしていた、手前勝手な中学3年当時の自分ばかりだ。 が何を好きで、何をしたいのか。たったそれだけのことも見当がつかない事実に、千石は当時の自分の無謀すぎる行動におかしさを覚える。ならば今こうして、また自然と話し合える距離にいられる事実に、もっと自分は感謝をしなければならない。 「のおかげで俺、中3の時のテスト良かったんだよね。後にも先にもあんなに先生にテストで褒められたのは初めてだったかもしれない」 気づくだろうか、謝罪を込めた感謝を伝える。頼んだガトーショコラを口に運びながらは笑った。 「私のノートなんて大したことなかったでしょ。千石もともと頭よさそうだったし」 「それは初めて聞いたな」 「そう? 宿題の場所予想して授業中に先に解いちゃってるの見て、この人要領いいんだろうなあって思ってた、私は」 は表情ひとつ変えることなく、淡々と小さな笑いとともに中学時代の思い出を語った。声の軽さ、冷静さ。その全てが、中学時代の思い出とは単なる過去の出来事でしかない、その記憶をただなぞって言葉に変換しているに過ぎないと伝えている。中3のあの初夏を思い起こすだけで胸が締め付けられるような感覚に陥るのは、千石だけだと5年以上経った今も確実に伝えてきている。 それでもいいだろう、何度も千石は自分に言い聞かせる。欲張りを表に出してよい時期はもう過ぎた。過信を武器にできる時期も、もう過ぎた。ただ自分は、が自分に与えてくれる冷静な優しさを甘受する立場に過ぎないはずだ。 そんな千石の心の声は、もちろんはくみ取るような真似はしない。手を伸ばせば触れることができる距離で、は淡々と昔話を続けていた。 「千石って、スポーツ大会もテニスじゃなくてもすごく上手で、1年も2年もみんな見てた。みんな千石の話してるの、すごかったよね。すごくもてて」 「……そう?」 「そうだよ。え、気づいてないの? 気づいてるからみんなに優しいんだと思ってたのに」 「中3の男子に期待しすぎだって、は。そんなに要領よくないよ。ただ、」 「ただ?」 「何も考えてないだけ」 あははと響く笑い声は、中学3年の時とまるで同じだった。胸の中が一瞬で熱くなる。それは、千石があの3年3組の教室で何度も耳に響かせて恋焦がれた声。 開け放たれた窓から流れ混む夏の風を受けながら、白い制服姿が映える隣のに話し続けた。廊下で後ろ姿を見つけたら、些細な理由でもいいから勝手に見つけたり作り上げたりして声をかけた。いつも真正面から話しかけられなかった自分の、どこが優秀だというのか。千石は自分を買いかぶりすぎているに思わず笑いだす。テーブルの向かい側に生まれて初めて座って、真っ直ぐこちらを見つめてくれるはそんな千石の笑いにただ目を丸くしていた。 何事もそつなくこなしているように見えたも、思えば当時14歳だった。視野の広さなど限界がある。勝手に自分の理想像を当てはめていたのは実は千石も同じで、だからこそ今改めて、を好きだった理由を考え直してみたくなる。 「ガトーショコラとか意外だなー。メロンとか桃のケーキも美味しそうだったから、そっち選ぶのかと思った」 「初めてのお店は冒険しないの。ガトーショコラ駄目? 美味しくない?」 「いや、美味しいよ。甘すぎずで」 むしろそれが一番好きだよ、と心の中で呟く。こちらの許可など取らなくてもいいのに、そっと見上げる視線はまるで5年前の高揚を思い起こさせようとしているのかと問いただしたくなる。 「というか、今って何してんの? 大学どこだっけ」 「氷帝だよ」 「……ええ?! なにそれ、聞いてないんだけど!」 「だって氷帝の方が好きな学科があったから。あ、そういえばあの人見たよ。跡部くんだっけ。海外にいることが多いらしいから、入学式で見ただけだけど」 鼻で笑い、高見の見物を決め込んだ余裕の顔の跡部が一瞬で思い浮かぶ。を知っていたな、と愚痴を零しそうになったが、もしかしたら知っていたからこその今日という時間なのかもしれないと思えるほど、跡部は親友には存外と優しい。 「千石は、今でも跡部くんと仲良いんだね。この前も会ってたし」 「……まあ、親友というか腐れ縁というか」 そう、とはそこで跡部の話を切り上げた。高校時代の南の話や、亜久津が入り浸っているという謎の寿司屋の話など、山吹の面々の思い出話をなんとなく続けていく。ただ目は合いにくくなった。 不穏とも言えそうな落ち着かない空気に、先に音を上げたのは千石だった。アイスティーの氷も既になく、のガトーショコラも小さな欠片を残すばかりのタイミングで千石はを外に連れ出す。太陽は少しだけ角度を変えていたが、それでも夏の日差しは慣れない者にはきついかもしれない。日傘も持たないのことを心配して、千石はしばらく歩いた後心の中に用意していた言葉をそっと呟いた。 「、もっと涼しくなるところ行かない?」 そして連れ出したのは、地下鉄から少しばかり歩いたところにある隅田川沿いの大きな都立公園だった。初夏の夕方にもなれば、川沿いであることも手伝って随分と過ごしやすい。街中の雑踏から離れることで体感温度も異なり、の表情もいつしか柔らかくなっていた。大きなアスレチックの周りでは日曜の夕方らしく親子連れが歓声を上げていて、それらを横目で見ながら千石はと並んで芝生に腰を下ろし、また他愛無い会話を続けた。 傍から見れば、それはデートなのだろう。微妙に開けられたお互いの距離も、初々しいものに映るだろう。一度告白を断られている敗北者が思いあぐねているとは誰にも見破られない。 「千石は、まだテニスしてるの? 山吹に残ってるんだよね?」 「南がどうしても残ってくれって言うからさ。俺南に言われると弱いからねー」 「山吹ってスポーツでも海外留学させてくれるんでしょ? 千石ならそういうの使って、外に出てもおかしくないんじゃないの?」 「いやいや、買いかぶりすぎ。別に誘われないわけじゃないけど、海外よりはこっちでしてた方が楽しいからね。日本でのテニスもいいと思うよ、俺結構全国に知り合いいるから対戦してても楽しいし」 が何を考えているかは、結局夕方になっても分からなかった。もしかしたら何も考えていないのかもしれない。けれどそれを尋ねる権利は千石にはない。 「でも、遠くにいかないで日本でテニスをしてくれるのは、千石のことが好きな子からしたら嬉しいのかもね。近くで見られて」 「俺、が言うほどもてないんですけど。本当に」 そうかな、と笑うの顔は中学時代と同じで、千石は言い様のない居心地の悪さにそれ以上言葉がでなかった。も、何も言わなかった。 やがて薄い瑠璃色が辺りを覆いだし、子供の声が消えていった。人の姿ははっきりと分かるがその顔かたちまでは咄嗟に判別ができないほどになって、そろそろだとが伝えているのかスマートフォンを取り出して時刻を確認している。タイムリミットを突き付けられたその一瞬の絵に、千石はぼんやりと川の流れを見つめるだけだった。 ここで手離せば、またひとつ何かが終わる。告白する権利も、もしかしたら想い続ける権利も奪われている状況からさらに何が失われるのか。手に入れたのは連絡先だけで、次の約束の確定はない。その不安定さは、5年間隠しておいた感情を引っ張り出すには十分すぎるほどの力を持っていた。 「そろそろ帰ろうか、……千石?」 立ち上がりかけたの左手を、その時初めて掴んだ。5年ぶりに掴んだ。そこで唇を奪うことは、本当であればとても簡単なことのはずだった。 頬を叩かれたわけでも、胸を押し返されたわけでもない。それでも千石は触れ合う寸前で動きを止めた。 真っ直ぐに自分を見つめるの瞳が、5年前のあの部屋で見せつけられたものとまるで一緒だった。 「そんなつもりで約束したんじゃないのに」 そっとの左手が唇に触れる。夏なのに少しひんやりとした指の腹は、唇越しにも分かる。細くて綺麗で、今すぐつかみ取りたいと思う。だがその指の向こう側にある双眸は、5年前のあの日を瞬時に思い起こさせる。真っ白で濁りのない山吹の制服を着たが自分を蔑むような瞳で見つめたあの瞬間を、結局自分はまた引き起こしてしまっている。どちらの熱か、唇に伝わる湿り気がこれが夢ではなく現実だと訴えている。 「千石から見たら、私ってそういうこと適当にできる相手なんだね。別に特別じゃないってことなんだよね、それは。だからあの時だって、特別じゃなくて適当に言ったんだよね」 そっと指が離れる。自由になった口で、しかし千石は返す言葉を用意することができない。が何を言っているのか、その言葉の裏や底の真意を探る余裕がまるでない。が繰り返す適当という言葉にだけは、ただただ気持ちが悪くなって仕方ない。 「俺は適当に見えた? 今のは確かに俺が勝手すぎるけど、でもさ、あの時の俺もから見たら適当だった?」 自分は何を言いたいのだろう。怒っているのか悲しんでいるのかも分からない。ただあの時の感情をぞんざいに扱われることだけはなぜか無性に腹立たしい。 それを千石の怒りととったのか、は慌てて首を横に振って小さく謝った。それからは一言も話さないまま、静かに地下鉄の駅で別れた。見送るなと横顔にも背中にも書いてあって、千石は公園のある駅に一人取り残された。 ひとりで川辺から漂う風にあてられていると、ようやく冷静に見えてくるものがあった。違う、と呟く声は誰にも届かないが。 (そういうふうにしか見せてこなかった俺が悪いんだ) どうして自分たちは、怒りながら別れる選択しかできないのだろうか。その後悔の念は、結局その後に連絡を取る勇気を踏みにじり続けた。 |
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