白い糸 15歳

 気になる、というのは非常に便利な言葉だった。少しでも自分の趣向と一致する何か。それは容貌でも性格でも習癖でもなんでもいい、そのひとつでもあれば自分が視線を向けて良い理由になりえたし、また幸いなことに自分という存在はその言葉を安易に使用できる性格であることを、千石は誰に言われなくとも知っていた。

ー。おーい、さーん」

 そのように声掛けをすることは別段難しいことではなかったし、南のように言葉ひとつに決意を必要とするような小心者でもなかった。
 だから今日も、廊下で安易に声をかける。振り返ったというクラスメイトが、目を丸くして自分を見つめる姿に当たり前のように手を振る。

「どうしたの、千石」
「はい、先生からの頼まれものです」
「先生が千石に? 珍しい……って、これ日誌じゃないの。千石も今日の日直でしょ、って、ちょっと!」
「部活に勤しむ俺を解放してくれるなんて、いやあなんて素敵な人なんださんは」

 指先が触れるなんて野暮なことはしない。それは南の専売特許なので、そのような些細なことで高揚してしまう純粋な心は持ち合わせていない。それを言うと大抵南に怒られるのだが、好きな人に声がけひとつできずにただ見つめているだけの親友の姿というのは妙に心を締め付けられるので、やはり微かな接触に一喜一憂するようなことは避けたいと思っている。
 ただ、その瞳が自分を追う瞬間はどうにも駄目だった。

「千石! もう次の日直は助けてあげない!」
「はいはい、いつもありがとうね。そんなこと言ってまた助けてくれるからねーは。あ、日誌も喜ぶと思うよーの字綺麗だからね」
「嬉しくない!」

 自分だけを見つめてくれる視線は珍しいものではなかった。教室でも校内でも、テニスコートでも千石にとってそれは特別なものではなく、適度な温度でそれらを受け止めたり膨らませたりすることが難しい性格でもなかった。
 だがとなると話は別だ。繰り返し、繰り返し、自分から声をかけ続けることで得られる安寧と快感の虜になって、今日も千石はに声をかける。
 ただ、それが恋愛感情でいうどの程度のものなのかは、深く考えないようにしていた。特別だが、特別すぎない。だからその先には踏み出さない。それが千石にとってのだった。

「あ、だ。なにしてんの」
「社会科準備室の片付け」
「なんでが?」
「先生のちょうどいいところに会っちゃったから」

 その時も気軽に声をかけた。時代を感じさせる重厚感たっぷりの世界地図を抱きかかえたその姿は、の細身をより際立たせる。早めに教室を出たとはいえ既にコートで一汗かき終わり、水分を求めて立ち寄った校舎脇で出会った偶然は、決して嫌な気分にさせなかった。軽々と地図を奪い取り、部活を心配するの声が背後から飛べばそれもまた心地よい。

「もう試合近いんでしょ、駄目だよテニス部が遊んでたら」
「部活なのはも一緒だろー。ていうかこれ遊びなの? 先生の手伝いなのに?」
「そういう意味じゃないけど」
「いいのいいの、とデートみたいでいいじゃん」
「千石のこと好きな子に睨まれるからやめて」

 その視界に自分だけを収めさせて、自分にだけ声を向けさせて。相手からすれば不本意極まりないかもしれないが、自分という存在にだけ意識を向けさせるというのは快感だ。気になる相手であれば尚更なこと、自分は博愛を貴ぶ心はあるが支配できる喜びを忘れているわけではない。むしろ最上級の独占欲を味わったことがないからこその博愛なのだ。
 そのように、打ち明けた相手が一人だけいる。

「気取って語る内容かよ、それが」

 鼻で笑うという言葉がこれほど似合う男を千石は他に知らない。本当に同い年か、たかだか1か月と少ししか誕生日が違わないとか嘘だろうと何度も思ったし口にも出したが、出す度に自分がいかに物事を深く捉えられていないかを相手に笑われる。今日という日もそれから始まった。

「いやいや、跡部くん。俺の純粋な気持ちをいつも簡単に踏みにじって上から目線でお説教するの、こう毎回続けられるとさすがの俺も傷ついちゃうんですけど」
「ふざけんな、てめえのくだらない博愛主義とやらが耳に優しいとでも本気で思ってんのか。辟易するだけなんだよこっちは」

 山吹のメンバーとはなかなか訪れることのない雰囲気のカフェで、跡部はさも当然とばかりに紅茶を口にする。中学生がカフェで待ち合わせなんてと抵抗したのも最初のうちで、今では千石もこの適度な距離感の保たれる安穏とした空間に馴染んでしまっていた。跡部と約束をすると、豪奢な自宅に招かれるか千石の行きやすい場所を指定される。最初はわざとこちらに合わせてくれているのかと思ったが、お互い部活では体も心も酷使する生活なので、このような適度にくつろげる環境は、跡部にも自分にも優しい場所であると最近になって気づいた。

「大体なあ、てめえは上辺で取り繕うことばかりに躍起になって、本質をないがしろにしすぎなんだよ。まだ気づかねえのか」
「なんだよ、本質って」
「一人だけに意識を向けることを心のどこかで怖がって避ける奴には到底理解できないだろうよ」
「はー、さすが彼女だけを愛する男は言うことが違うねえ。奥が深いねえ」

 涼しい顔をしながらカップを口に運ぶ跡部は、しかしその美しい切れ長の瞳で当然のように千石を蔑むことも怠らなかった。悪意がまるでない、哀れみにも似たその視線の意味はよく分からない。
 この頃の跡部との会話は、一種の精神安定剤だったのだろう。テニス以外に自分の心を振り回されるものがなかったあの頃、なんとなく育ち始めていた感情を言葉にすることで千石は自分を客観視、俯瞰しているつもりでいた。跡部に説教をされるのも計算済だった。それでもどこか落ち着かなくて、物理的にも精神的にも空白ができることが居心地が悪くて、跡部に女子の紹介を頼み続けたのだ。全て不発に終わることを予見しながら、それでも付き合ってくれていた跡部には感謝しかない。
 そう気づいたのは、初夏の席替えの頃だったように思う。窓際の席を確保して喜んでいた千石の視界に、思いもよらぬ姿が映りこんだ。

の隣の席って初めてじゃない?」
「そうだね、近くになったこともなかったし。どうしよう、動揺してる」
「動揺ってなに、俺そんなに悪いことしてきた?」
「今更。私、千石と一緒に日直の時はどれだけ大変か。少しは気づいてよ」

 頬杖をついて軽口を叩く千石に、自分の机を持ってきたは席に着くやいなや大げさなため息をひとつ零した。横顔のラインが自分の好みだと思ったのはそのため息の顔だなんて口にしたら、怒られるだろうか。頬杖を解くのも忘れてぼんやりと思う。
 窓から流れる生ぬるい風は、テニス部の活動が更なる熱を帯びだす3回目の夏の合図だった。の黒髪をさらりと揺らすその風に、テニス以外の何かを感じたことは今までなかった。コートの上を太陽に焼かれて流れていく、足元に絡みつく熱の帯のようだとしか思わなかった。けれど今、千石はその横顔と黒髪から視線を逸らすことができないでいる。
 それは単純に、おべっかでもない、綺麗事でもない。ただ単に、白い肌の中にぼんやりと珊瑚色が刷かれた頬と、その美しさを際立たせる黒髪と、声をかければ自分を真っ直ぐに見つめてくれる双眸と。それらに目を奪われて、視線をずらしたくないという単純な欲求の塊だった。
 それが今まで感じたことがない想いだったことに気づいても、言葉にはしない。千石清純という人間は、人を好むことは簡単でも人にのめりこむことは是としないはずだったのだ。


「なに?」
が隣でよかったよ、俺。しばらく仲良くしてね」

 後から思えば、その頬杖は盾だったのだろう。千石清純という殻を強固にするための、心の内にあふれ出しかけた一方的な熱の籠った想いを閉じ込めるための柵であり覆いであったのだろう。口だけはいつもの自分を装って呟いて、の視線をこちらに繋ぎ止めようと言葉をかける。
 は困ったように笑うだけだった。

「千石にそう言われたら、普通の子はもっと喜ぶんだろうね」

 そんな心に棘を残す言い方をして。
 隣の席というのは非常に融通が利くように設定されていて、たとえ千石がその視界にを収めようとも誰も違和感を覚えない。も決して拒絶はしない。他の女子のように頬を赤らめることも自分から積極的に話しかけてくることもなかったが、それでも千石がいつもの通りに話しかけるのをは止めなかった。聞けば答えてくれたし、願えば叶えてくれた。授業中の質問も宿題の写しも、全てに頼めば事足りた。
 に好意を向けすぎだとあの南が眉根を寄せて忠告してきたが、本来女子と好意的に会話をすることは自分の十八番である。「南ができないだけだろ」とあっけらかんと反論すれば、中途半端に落ち込まれた後、心配のため息を零された。ただ南にも気づかれるほど自分はに接触する機会を多く持っていることだけはよく分かったから、ああ本当に自分は彼女と他の女子との間にちゃっかり線引きをしているらしいとぼんやりと思った。
 思っただけで、特に何もしなかった。何かが起きる分には構わなかったのだ。

、助けて」
「なにを?」
「南に彼女ができたんだよ、俺より先に。どう思う? 俺もう悲しくてやってられないよ」

 親友の幸福は、勿論本人の前では手荒い祝福をした。南がどれほどその女子に片想いをしていたのか1年の頃から知っていた千石は、よくも2年間同じ人を想い続けていたものだという感心を込めて祝福していた。
 だが、置いて行かれた焦燥感は否めない。そしてこの焦りに気づいて欲しい人は確実に一人いる。そんな身勝手な想いが、授業の始まる前のわずかな時間にそんな愚痴を零させた。

「千石だって彼女の一人や二人いるでしょ。何を今更」
「なに勘違いしてるのさ、は。俺は万人に優しいだけで、誰かを特別扱いすることはそんなに多くないんだけど。……なんだよ、その目」
「……ううん、それ本気で言ってるのかと思って」
「本気じゃなかったらとっくの昔に、それこその言うように好きな子を彼女にしてるよ」

 それは多分だけど、とは心の中で最後に付け加えた台詞。自分が彼女を欲しがっている事実を隠しながら、遠回しに伝えることしかできなかった。直接想いを告げるには自分という殻がどうにも邪魔だったし、あえて壊す方法も学んでいなかった。
 親友にたった一人の恋人ができた。しかも長年の片想いをきちんと実らせて。地味だけれど確実で、誰も不幸になっていない。そんな南の手腕に、本当は嫉妬して、焦って、自分の欲にまみれた勝手な願いを目の前の人物に叶えてもらいたかったのだと、真っ直ぐな言い回しはできなかった自分を、本当はこの時どうにかするべきだった。

「彼女が欲しいなんて、本当は思ってないくせに」
「なんで。本気だよ」
「だって一人の人で満足しないでしょ、千石は。誰でも好きでしょ。一番を決めるのって嫌がりそうじゃない」

 頬杖を解くことはできなかった。真っ直ぐに投げ込まれたその言葉に、返す言葉を用意できないほどに千石は一瞬平素の自分を忘れた。
 もしかしたら、と用意したくない言葉が頭をよぎる。言葉につまる千石に特段の意識どころか謝意を抱く様子もなく、はため息をひとつつくだけだ。
 手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、そのため息が見えない壁を作る。自分の頬を撫でた夏の風がその黒髪を揺らすのを見つめることができる距離にいるのに、クラスメイトという肩書き以上のものを手にしていない千石は、その先に踏み込めない。
 いや、違う。心の中で独り言ちる。そうさせてきたのは自分だ。千石はに言葉に出されて初めて焦る自分に気がつく。

って、俺のこと盛大に誤解してるよね」

 苛立つ自分が情けなかった。そうさせていたのは自分だという過去を棚に上げて、興味を抱いてくれない現実に悲しくなっていることも打ち明けられずにただ感情を抑えて話を繋げるしかない。

「誤解なの? 結構みんなの共通認識だと思うけど。でも誤解じゃなかったら、それは私の手には負えないなあ」
「何が」
「いつもの千石からそれ以上というか、以外というか。もっと深いところを探れなんて、難しいよ。普通の人にはね。千石のことを好きな子だったら、分かるのかもしれないけど。私は無理だよ、難しい」

 会話はそこで途切れた。その終わり方を特別嫌がる様子もなく、は教室に入って来た教師に気づいて次の授業の準備をする。前の席に座る親友と内緒話をして笑いながら、千石に視線を向けることはなかった。
 の言葉に想像以上に傷ついている人間が隣にいることに、気づきもしなかった。
 千石はシャープペンシルを転がし、数学の授業を聞くふりだけをして窓枠の向こうに広がる青空を見つめる。爽快感がまるでない心で見つめるそれは、悲しいのか苛立たしいのか分からない感情の渦に立ち止まる自分をあざ笑っているかのように、ひどく透き通った水色をしていた。
 自分の性格が、自分の前途を閉じている。どうすれば。跡部に尋ねれば先の道は開けるのか。いや、それともの言う通り、自分は誰かを特別扱いすることができないのか。答えの出ないまま数日が過ぎ、結局跡部に連絡を取らなくても南をからかわなくても、部活に精を出していれば時間だけが過ぎていくことを久々に実感していた時、事は起こった。

「ごめんね」

 それは聞き覚えのある声で、テニスコートへと向かう途中だった千石の足を止めるには、たったそれだけの言葉でも十分だった。

「付き合うのはちょっと。ごめんね」

 その時の千石には若干憚られるような言葉をあっさりと口にするその人は、確かにだった。校舎脇の人目につかないところで、こちらに背を向けて呟いている。千石はに気づかれないようにそっと校舎の角に隠れ、逆光の中とともにいる誰かの姿を見つめる。学校の生徒全員を把握しているわけではないのだから、それが誰なのかは一瞬では分からない。学年、名前、それらを探るよりも先に心に沸き上がり、足を勝手に動かした初めての衝動に従う方が簡単だった。

「え、ちょっと……千石!」

 唖然とする相手の顔と、吃驚するの顔と、どちらを見るよりも早く千石はの細い手首を掴み、校舎の中へとその身体を引き入れた。

「千石ってば! なにしてるの!」
「それはこっちの台詞。ああびっくりした、思わず逃げちゃったよ」

 どうして、と開きかけたの口に手を当てる。ユニフォームに着替えていた千石の姿は校舎の中では非常に目立つ。周囲の視線に気づいて慌てて手首の拘束をほどこうとするがどうしても許せず、千石は放課後に誰も訪れることのない空き教室へとを連れ込んだ。
 カーテンか机か、ロッカーか。人が使用しなくなった部屋に独特の鼻をつくにおいが漂う。使用されていない証拠の薄暗さがの顔色に不安を浮かび上がらせていた。

「ああ、ごめん。別に何をしようってわけでもなくて。ごめん、ちょっとあの場所が嫌でさ」
「嫌って……」
「だって嫌だったんだよ、が他の男に告白されてるなんて」

 の不安を取り除くためカーテンと窓を開ける。二人きりになりたいわけではない、ただ第三者の名も知らぬ男が彼女の傍にいることに耐えきれなかっただけだ。軽々しく恋愛感情をの耳に響かせることに虫唾が走っただけだ。
 ああ、と千石はその時になって気がつく。衝動的にを連れ出してしまうほどの苛立ち、それは好意をむき出しにしている「同じ匂い」をまとった男に対する嫌悪感に他ならない。

「俺ってバカだよね。本当は知ってたのに、いつまでも知らないふりしてさ」

 机に腰かけ、外の景色を眺めながら沈黙を埋めるように呟く。いつもであれば気軽に飛んできてくれたの声は響かない。振り返っても、その表情から怯えの色は消え去っていない。
 これではあの男と同じだった。突然告白され、返答に戸惑っているの視線が、他の誰でもない自分に対して向けられている。にとって、自分はあの男と同じなのだと教えられている。

「俺が今からさっきのやつと同じことを言ったら、怒る?」

 ドアの前に立ちすくんだままのに向かって問いかける。の身体は一瞬明らかに震えた。それが今まで彼女に見せてきた偽りの自分への正しい反応かもしれないと、誰に言われずとも分かった。

「……何言ってるのか、よく分からな……」
「俺だって好きだったんだよ、ずっと」

 言葉にしてみて、初めてその重さに気がつく。言葉というものは、感情で彩って誠意で包んで、初めてその意味を成して相手に届くようにできていると。発して音をなぞるだけでは、まるで意味がない。「好き」という言葉は非常に乱暴で傲慢で、相手の心情をこちらに都合よく理解したがる欲求を隠し持っていたことも初めて知る。
 誰かに好きだと言われても愛想笑いを浮かべることは簡単なのに、誰かに好きだと口にしても心が熱くなることなどなかったのに。

「うん、たぶんあいつよりももっとね。だから俺のお願い聞いてくれないかな」
「え?」
「彼女になってよ、俺だけの」

 心の動揺を隠しきれていないは、ただ押し黙ることしかできない。
 愛想笑いはいらない。心が熱くなるだけでいい。今までの自分とはまるで正反対の反応ばかりを願う心は、彼女には明け透けになっていただろうか。

「無理だよ、できない」

 返された言葉は、誰かに告白された時の自分ですら口にしない類のものだっものだった。
 切り込みの鋭すぎる返答に、千石は目を丸くする。口を開くよりも早くが一歩後ずさったのを見て、立ち上がりかけた身体は簡単に硬直した。

「だって千石、他の女子にも同じことばっかり言ってる。私知ってるんだから、先週2年に告白されて笑ってたの。他の学校の女子とも会ってるってこと知ってるんだから。跡部っていう人に紹介してもらってるんでしょ? 私なんか見てるはずがないじゃない。からかってるの?」

 自分の性格とやらに胡坐をかいてるんじゃねえよ。跡部の淀みのない声が、見計らったようなタイミングで頭の中に響き渡る。責任を相手に丸投げするな、とも。こちらの希望を言えば適当に異性を見繕って紹介してきたジュニア選抜時代からの親友は、その都度耳障りのよくない御高説を口にしていた過去を思い出す。そしてそれは、今目の前でが困惑よりも怒りを抑えようとしている表情をしている現実に最も相応しい「忠告」であったことを、思い知る。
 たった一人の人間としか一線を越えた関係を築いていない親友は、いつも千石の浮足立った根拠のない言葉遊びにしかめ面をしていたのだ。

(ああ、こういうことね。さすが跡部くん、今ようやく分かったよ)

 の怒りに染まった問いかけに、千石は返す言葉を持たない。その沈黙を答えと受け取ったのか、は怒りを隠すことなく、遠慮せずに教室から立ち去った。
 気まずいまま突入した夏休みが明けてすぐに席替えとなったのは、天の助けか罰か。
 その後、千石はの席の近くになることは二度とないまま中等部を終え、高等部はクラスも一緒にならないまま卒業を迎え、そして大学では別の道を辿った。
 告白の答えは拒絶されたまま、ただその背中や横顔を見つめるだけの千石の日々の上辺を、様々な女子が彩っていった。それを南は悲しそうな目で見つめ、跡部は黙って相応しくなりそうな相手を紹介した。不毛だ、と呟いたことも一度だけあった。そして、そんなテニス以外は味気ない生活には気づいているのかいないのか分からないまま、時間だけが過ぎていったのだった。



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21/06/15再録