アウトサイド 冬 01

 人は彼を、面白いと称える。ただしそっと付け加える、本心の分からない男と。
 その通りだな、と財前も思っていた。テニス部という身内の関係であえてなにか補う言葉を用意するならば、本心はもっと硬質なものではないかと思うぐらいだ。それは抱く意思であったり、揺らがない強さであったり、様々な意味で硬い。他人に触れさせないし、他人に理解させようとしない壁が見える。その壁は自分から探していなくても見えたり感じたりするのだから、おそらく故意的なものなのだろう。壁があればよじ登ろうということを財前は考えない。迂回ルートがあるなら迷わずそちらを選ぶし、本人が自分の都合で作っているのであろう壁を無理矢理壊しにかかるような真似は決して正解とは思えなかった。
 だから財前にとって一氏とは、適度な距離を互いに選び好んでいる関係。それにつきると思っていた。

「あー寒い。寒い寒い寒い」
「そうか? ジャージ着とれば結構あったかいとちゃうんか、財前」
「アホ。なにが寒いって、お前の格好がいっちゃん寒いねん。ありえへんわ、なんやねんその健康体操みたいな格好。冬やで今。なんで袖がないねん、おかしいやろ」
「これがあるやろ、これが」
「素肌にジャージの趣味はないわ、俺。あー寒い」

 空は曇天。雪が降るのか降らないかよく分からない空模様だ。ただ見た目が寒々しさを増していて、見上げる地上の人間としてはあまり好ましく思えない。吐く息の白さが可愛らしく見えるというものだった。
 ジャージの中にタンクトップだけをまとう金太郎は、財前の言葉にタンクトップの裾を伸ばしてじっと見つめる。反省でもしたか、とちらりと視線を向けたら「結構あったかいで、これ」といたって真面目に返答されたので財前はもうなにも言わなかった。
 12月も終わりに近づいていた。正確には、学期末が近い。残すところあと2週間程度だ、屋外のテニス部の活動は夏に比べればさほど活発ではないので(それでも学校内では随一の練習量だったが)時間がやけに短く感じる。今日の部活の内容も関係しているのだろう、レギュラー選抜の意味もある紅白戦の今日は、部長の自分はラケットを持つ時間が短くなってしまう。だから両手をポケットに入れ、ベンチに腰かけ、隣で暑いのか寒いのかよく分からない金太郎に茶々を入れることぐらいしかできなかったのだ。

「財前、どうや? 来年もいけそうか?」
「あ、白石!」

 ベンチの背に力が落ちてきた、と振り返るようにして顔を上げた時には金太郎がベンチに両膝を乗せて振り返っていた。子犬のようだ、と感じると尻尾があるようにすら見えてくる。ひょう柄のタンクトップのせいだと思った。
 コートにマフラーと完全防備で現れた前部長に、財前は羨ましいという気持ちをそっと隠して視線をコートに戻した。

「まあまあとちゃいますか。まあ、ダブルスが弱なるんは仕方ないと思うんで、その強化さえちゃんとすればええチームやって監督も言うてましたし」
「ダブルス?」
「はい。俺らの学年にはお笑いダブルスを引き継ぐやつがおらんのですわ」

 両腕をベンチの背に預け、白石はコートを見つめながら納得の言葉をもらした。やがて苦笑に代わったが。

「お前と金ちゃんがやってみてもええんとちゃうか、そうなったら俺3年のやつら全員引き連れて応援しに行ったるけどな」
「勘弁してください。俺次の日から学校来ませんよ」

 話についていけず目を丸くする金太郎の背中を、置いてあったラケットで優しく叩く。右では扱いづらいことこの上ない。だがそれだけで金太郎には意味は通じたようだ、一度大きく目をしばたたいた後慌てて正しく座り直した。白石が、また笑った。

「まあ、お前らはシングルスのためにおってもらわなあかんしな。小春とユウジはもうあれはあれや、真似なんかできひん域やろ」
「まあ、そうですね。あんな賢い人と、あんな……」

 ラケットをベンチに置き、打ち合いの続いている1年の紅白戦を見つめる。不思議と、それ以上言葉が出てこなかった。
 一氏を、言葉で表現するのはなかなか難しい。これだと思う一面が白石や忍足、小春などとは異なり決して派手ではないのだ。
 存在感がない、というのではない。むしろこのコートにいて当たり前のひとりだという意識だけはしっかりと植え付けて引退をしていっている。だが彼の本質についてとなると、自分の語彙力ではどうにも説明がしにくい。財前はベンチに浅く腰掛けた姿勢のまま、小首を傾げる。

「……物真似、言うてもそれはそれで自分を隠しとるしなあ、お笑いやったら小春先輩も含んでしまうし、いやケンヤ先輩の生き方の方がお笑いやし」
「財前、おもいきり声出てんで」
「……部長も十分お笑いな時あるし」
「金ちゃん、財前のピアスとってええで」
「ほんまか! もらってええんか? 白石!」
「アホ、なんでお前にあげなかんのや! これ結構高い……ていうかなんで部長に聞くねん、おかしいやろ!」

 白石と金太郎から離れるようにしてベンチから立ち、紅白戦の続いているコートの傍に立つ。自分を部長として見ている1年生は途端緊張の面持ちでこちらを見つめてくる。

(他人にどう思われとるかって、あんま気にせんようにしとるけど。あの人もそうなんやろか)

 軽く手で払う仕草を向け、気にせず試合に集中しろと伝える。本意が伝わったかは別として、1年生は慌てて頭を下げるとコートに視線を戻した。
 自分が部長としてどのような評価をされているのかは、分からない。信頼されているのかもしれないし、白石の方がいいと思われているのかもしれないし、そもそも何も思われていないかもしれない。金太郎のように。
 だが部長の任を背負ってまだ数ヶ月のこの段階、しかも新人戦以外の大きな大会も始まっていない冬の時期である。何かしらの成長や結果を目に見える形で求めるのは間違っているということを、財前は知っていた。経験して、否応なく知らされていた。秋口こそ焦りと戦っていたと後に白石には笑われることになったのだが、その反省があったからこそ今はこうして落ち着いて周囲を見られる。
 評価は自分で行うものではない。周囲が下すことによってこそ意味がある。
 冬の空の下で汗を飛ばす試合を見守りながら、ふと後ろを振り返る。金太郎に試合を見ろとたしなめている白石と目が合うと、柔らかく微笑まれた。それでいいと思った。白石があのように笑う時というのは、そのまま進んでよいという合図だ。

(俺はあの人が評価してくれるからな。ユウジ先輩は……小春先輩か?)

 無駄に力を蓄えている冬の風がボールで遊ぶ。打ち誤った形になってしまったテニスボールがこちらに放り出されるように浮かび、財前は左手で掴み取った。
 すみません、と申し訳なさそうに頭を下げる1年生にボールを柔らかく返すことで返事をする。後輩は財前を見て嬉しそうに感謝の言葉を叫んだ。



「光くんがユウくんのこと聞くやなんて、あらまあ珍しい。なにかあったの?」

 いや、と箸を横に振る。口の中に食べ物がある状態で話すよりはいいと思った。

「この前、たまたま部長とそういう話になったんですわ。その時ユウジ先輩のこと、俺どういうふうに説明できるんやろとかふと思って」
「光くん、まだ癖が抜けてへんわね。部長が部長言うて」
「もうしゃあないっすわ、これは。あ、ソースください。それ」

 食堂だった。無理に調べたりする必要もないと思っていたので心の中に眠らせておいた気がかりであったが、偶然小春と出会ってしまってはこれも無理する必要がない。共に食堂に来ていたクラスメイトに一言詫び、小春に一緒に食べることを提案した。珍しく一氏と一緒にいなかった小春は快諾し、ふたりで食堂の片隅に向かい合って座った。
 同じコロッケ定食でも、小春が食べるとどことなく品が漂う。好きなように食べながら財前が小春の箸遣いに視線を向けていると、いつのまにか笑われていた。

「光くんが他人に興味を示すなんて、そらアタシたちも卒業の時期やっちゅう話ね」
「……は?」
「だってそうやないの、それだけ時間かけて成長してきたっちゅうことでしょ? その分アタシたちにだって同じだけの時間が流れてるはずで、アルバム委員さんも大忙しなわけよ」
「アルバム委員? なんすか、それ」
「卒業アルバム委員。各クラスのページに載せる写真を撮ったり決めたりする人」

 椀を持つ仕草すらどことなく自分と違うな、と見つめていると小春の視線がちらりと動く。箸を持ったままだったことも忘れてその視線に素直に従うと、食堂の混雑した風景が視界に広がった。1000人以上が通う学校である、無造作に人探しができる規模ではない。
 小春が誰を見つめているのか分からず、財前は眉根を寄せる。小春はまた笑った。

「ユウくんのことを深く知りたかったらね、あの人の視線を気にするとなにか分かるかもしれへんわよ。光くん」

 誰、と問いかける前に視界に一氏が映った。トレイを持って空席を探している。一緒にいるのは3年8組のクラスメイトだろうか、小春が傍にいなくとも当たり前のようにして誰かと話しているという姿を財前はあまり見たことがなかった。新鮮さに意表をつかれていると、立ち尽くしている彼らに向かって手が挙がった。一氏たちが視線を向けた。足が、そちらに向かった。

「……8組の人ですか、あれ全員」
「そう。ユウくんと一緒におるのが新柳川北小の時のクラスメイト、今手を挙げたのが彼と同じ陸上部の女子、それで」

 当たり前のように一氏が席につく。今の財前と小春のように向かい合って座っていた女子ふたりの隣に、同じく向かい合うようにして座る。
 それだけを見ればただのクラスメイト同士の席取りの図だ。混雑した食堂ではよくあることで、小春に言われなければ一氏が食堂に現れたことにも気づかなかったかもしれない。

「今ユウくんの斜め前に座る形になってしまった子が、ユウくんに片想いしてる女の子」

 小春に教えてもらわなければ、その光景の意味すら探そうとしなかったかもしれない。

「……は? 今、なんて」
「だから。ユウくんのことをひっそりと想ってくれてる、さんちゅう女の子」

 財前は目を丸くし、その時初めて箸を置く。一氏と恋愛など、その関係を思いつく以前の問題だった。小春に言われなければその視点を用意することに疑問すら抱きかねない、それだけの演技を一氏は自分たちの前で貫き通してきている。
 食堂の混雑を利用し、財前はじっとその女子を見つめる。という名前だと小春がそっと付け加えた。

「……なんで先輩はそんなこと知っとるんですか、教えてもろたんですか」
「まさか。さんの態度をきちんと分析すればその答えしか出てこうへんかったってこと。まあユウくんがまるで気づいてへんあたりが王道なんやけどね」
「はあ……あのユウジ先輩に。はあ」
「あらやだ、光くん。ユウくんっていい男よ? 惚れる子がいてもおかしくないわよ」
「いや、先輩の口から聞いても何の説得力もないし、それ」

 小春の隣にいない一氏は、休憩時間のようなものなのだろうか。さして感情を大げさに示すこともなく、淡々と食事をしている。ただし無口なのではなくて、振られた会話には応えるし、なにかを言っているのだろう左手が箸を持ったまま揺れることもある。小春といる時のような派手さがないだけであって、いたって普通の時間の過ごし方をしているように見えた。
 とて、過剰な反応や過度の接点を作ろうとしているように見えない。小春の一言があったから今財前が見つめているだけであって、周囲に彼らの動きを気にするような素振りもなにひとつない。

「せやけどね、光くん」

 左手を底に添えてゆっくりと茶を飲んでいた小春が、そっと呼びかける。

「ほんまのええ男っちゅうのは、なんもしてへん時こそ一番格好よかったりするもんよ」

 まるで父親のような視線だ、と思ったが言葉にするのはやめた。
 外は冬の木枯らしが吹いていて寒い。しかし小春の動きに誘われるようにして手にとったグラスの中身を一気に飲み干すと、冷水が心地よい冷たさを与えてくれる。落ち着けと誰かに言われているようでおかしくて、小首を傾げながらもう一度一氏と、を見つめる。
 一氏がなにかを言っている。が、嬉しそうに笑っているように見えた。



 お、と目なり足なりを止めてしまうことが多くなった。
 音楽室が3階にあるのが問題だった。わざわざ3年生の階まで上がらなくてはいけない。そして高確率で、階段を上ったその先に知り合いの姿はあったりする。神出鬼没という言葉を好き好んで使う上級生を持つ後輩の苦労をもっと知るべきだと、常々思ってきたものだ。
 その知り合いの中に、の姿が含まれるようになっていた。学期末どころか3年生という視点からすれば卒業も近いこの時期に、わざわざ反応しなければならない姿を増やすこともないだろうにと自分では分かっていても、の姿を見れば小春の言葉が勝手に反芻される身体になってしまっている。
 階段途中での姿には気づいていた。だが向こうはこちらを知らない、財前が過剰反応する必要もない。
 ゆっくりと階段を上り、3階に到着したところで一度視線を窓際に立つに向ける。

「結局私立どうするん、。この前先生に考え直せ言われてへんかった?」
「あーうん、言われたけど。せやけど私公立本命やし、どこでもええかって思ってて」
「公立? 四天宝寺?」
「ううん、ちゃう。梅田の方」

 3年生らしい会話だと、それ以上の感想はなかった。こちらが勝手に見知っているだけでは財前のことなど知るはずもない、それ以上会話を聞くことができるほどゆっくりとした動作を取るわけにもいかない。財前は一瞥の後、どうしてが一氏を好きになったのかひとりで理由を考えようと足を音楽室へと向ける。

「財前、ちょい待ち」

 背後から聞き慣れた声が飛んだ。まとまってもいなかった考えがぽんとはじけ飛ぶ。
 振り返った先には、小春が隣にいない一氏が軽く手を挙げて呼びかけていた。

「……どうしたんですか、先輩」

 思いもしなかった登場に、少し動揺している自分がいる。神出鬼没という言葉が好きだった3年生を知っているはずなのに、気が抜けていた。財前は頭の中を知られてはいないかと妙に緊張している自分に気づく。
 しかし一氏は財前の気持ちなど知るつもりもないらしく、足を止めた財前に向かって平然と歩み寄ってきた。
 間に立つ形になったが、そっと財前に視線を向けてきた。

「あーあのな、来週S1グランプリあるやんか。俺と小春勝ち残ってんねんけどな」
「ああ、はい。知ってます。二連覇できたらぜんざいおごってくれるって話聞きました」
「は? なんやそれ、誰が言うとったんや」
「部長」
「部長て。お前やないか、部長。お前が勝手に言うとるんか」
「ああ、ちゃった。白石部長。金太郎にそう言うたらしいですわ。せやから金太郎がえらい勢いで広めてますけど」
「は?! なんでよりによってあのゴンタクレに……! アホちゃうか、白石!」

 ある程度会話をすることで、自然と緊張はほぐれる。思えば一氏も他人にはさほど興味を示さないのだった、財前がなにを考えているかたとえ気になったとしても、緊張の素振りを見せられては追究することもない。無言の協定のようなものが、財前と一氏の間にはあった。
 余裕が出てくると、の視線にも気を配ることができる。
 白石に対する愚痴を呟いている間、財前はちらりとを見つめる。気づかれたと思ったのか、は慌てて顔をそらした。過剰にも近いその反応に、小春の言葉はいよいよ勢いを増して財前の頭の中で響き渡る。

(いや、俺先輩のこと知らへんし。俺に慌てても意味ないし。……そんなもんなんか、好きになったら)

 だから小春は分かったと言っていたのだろうか、とふと疑問に思ったら、一氏にもう一度名前を呼ばれて意識を戻されてしまった。

「とりあえずそれはおいといてやな、俺お前に頼みたいことがあんねん」
「頼みたいこと?」

 珍しい、という思いが声に表れる。若干高い声で聞き返すが、一氏は気にする様子もなく一度だけゆっくりと頷いてみせる。
 の視線が、また動いていた。真っ直ぐに一氏の横顔を見つめている。

「せや。あんな、いつでもええんやけど部活終わった後少しお前らの時間もらえへんか」
「別に、ええと思いますけど……なんかあるんですか」
「いや、本番前の最終調整は華月でするつもりなんやけどな、その前にテニス部だけの反応見ときたいねん。お前らが一番シビアな反応するやろ? せやから小春と話してたんや」

 ああ、と財前は相槌を打つ。お笑いにかける一氏の情熱を知っていれば、その言葉に驚くこともない。物真似とテニスに関する研究だけは怠らないし、またその努力の量はテニス部の仲間であれば誰もが知るところである。最後になるS1グランプリを有終の美で飾りたいという本音が、直球の願い方に表れているようで財前はためらう必要がなかった。

「せやったら、俺みんなに言うときますわ。結構喜んで残ると思いますし」
「ほんまか。助かるわ、お前いいやつやなー」
「いや、そこもうちょっと感動して言うてください。なんでそこだけ棒読みなんですか」
「うるさい、お前難しいねん。自分のキャラよく把握せえ」

 そっくりそのまま返したい言葉だ。思わずむっとして視線を向けたが、財前は自分の言葉を用意できなかった。
 が、困ったように、けれどどこか嬉しそうに笑っていた。
 ちらりともう一度、に視線を向けて表情を確認する。今度はは視線は逸らさない。当たり前だった、彼女の視線は財前にではなく一氏だけに向けられている。他人の存在に気づく余裕があるようには、どうしても見えない。

(……女子って大変やなあ。声かけるよりも見る時間の方が多そうや)

 横顔しか見られないのだろうか。ふと思う。一氏が懇々と説明をしているのをうまく相槌をすることで聞いているように見せ、財前は意識をに集中させる。も一氏にしか意識が向いていないのだろう、まるで一言一句聞き逃さないようにと丁寧に耳を傾けているように見える。笑みを浮かべたり、あれというように表情を曇らせてみたり、それでも最後には笑う。
 ただしそれらは、すべて一氏の見ていないところでしか行われなかった。
 チャイムが鳴り響いた。あ、と財前は後ろを振り返り、音楽室を向く。

「ほんなら頼むで、財前。なんかあったらメールで教えてくれ」
「あ、はい」

 3時間目は音楽の授業だ。自分の足は音楽室に向かわなければならない。クラシック鑑賞は嫌いではないが教師の望むような感想を書くのは苦手だ。だから足はあまり活発に動こうとはしない。その場に、つい残る時間を長く作ってしまった。
 最初にその場を離れたのは、一氏だった。8組の教室の後ろのドアから小春がひょいと顔を出している。財前の姿に少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに笑みに取って代わった。
 小春が廊下の窓の向こうを指差す。一氏がつられて見る。特になにかがあったわけではないようで、拍子抜けしたように一度頭をかいてからつまらなさそうに一氏は教室の中に入っていった。
 騒がしさがひいていく廊下で、財前は佇む。そっとに視線を向ける。

(……横顔か、後ろ姿しか見ることできへんのや、この人)

 その事実を、財前以上に小春は知っている。そして少なからずを応援している。
 窓を見れば、顔が横に向く。後ろ姿だけを見つめるよりも、ずっと表情がよく見える。

(そら片想いってばれるわ。相手がユウジ先輩やから伝わってへんだけで。……苦しいことするなあ、この人)

 小春の計算し尽くした行動の意味を、理解しているのは自分だけなのだろうか。財前は音楽室に向かうことも忘れてを見つめる。
 は小さく吐息を零した。嘆いているのかよく分からなかった。聞くこともできないから、教室に戻る後ろ姿を今度は財前が見送る。
 ただ、窓の外を見た一氏を丁寧に見つめるの横顔は、財前の頭からしばらく離れることはなかった。



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10/07/01