「さん」 その声と名前に顔を上げてしまっては、もはや言い訳などできるはずもなかった。 目の前にあったのは、不二がクラスメイトの女子に日誌を手渡す姿だけ。しまった、と思った時には不二が懸命に笑いをこらえている姿が目に入った。 「……不二」 「……なに?」 「お前、絶対性格悪い」 「なにを今更」 しかし開き直られては英二は返す言葉をもたない。幸いなのはという名字を持つクラスメイトが、不二の企みと英二の動揺に気づくことなく背を向けてくれていることだった。 クラスメイトとして話すことはあれど、それに問題はないけれどけして親しい仲というわけではない。そんな女子の背中を見つめながら、英二はため息をつく。不二にやられたとはいえ自分の反応が情けなかった。 「持ち主よりも正直だね、身体は」 そんな英二の心中などすべて察しているのだろう、不二は英二の前の席に腰を下ろして教室内を見つめる。昼休みを迎えたばかりの教室は、購買部へ走る者、食堂へと移動する者、そして持参した弁当を食すために机を固める者など様々な動きで溢れていたが、英二と不二は座った席から動こうとはしなかった。 英二の目の前には、真っ白なままのノートが開かれたままだ。黒板に視線を向ければ、つい先ほどまで教師が延々と白いチョーク片手に書き綴っていた日本史の言葉が並んでいる。しかしそれのどれもが聞き覚えはあれど意味を理解していないという現状に、得意科目という自信も丸つぶれだと心底思った。 「お前、絶対楽しんでるんだろ。この前とか」 すべての原因をこの目の前の悪友にぶつけても誰にも怒られない、そんな気分のままに英二は冷めた顔をして不二を見つめる。しかし返ってくるのは営業用の笑顔ばかり。 「この前?」 「氷帝の文化祭だよ」 「ああ、あれ。いや本当に跡部に用事があったんだよ、僕は。手塚からの伝言もあったし。……あれ、英二。もしかして僕になにかを企んでほしかったの?」 「そ、そういうわけじゃ……!」 「冗談だよ」 さらりと終了宣言を出されては返す言葉も返せない。ぐっと言葉につまる英二を見て、不二は声を殺して笑った。 「本当に身体の方が正直だね」 もう一度不二が呟く。英二はなにも言わなかった。ただ黙って机の上のノートと教科書を閉じ、机の隅に重ねてから立ち上がる。ふと廊下に視線を移せば、授業終了直後の波はおさまったのか既に混雑の様相は見当たらなかった。 「食堂?」 「……なんだよ、行くだろ?」 「そうだね、そろそろ」 その一言だけを交わし、英二は不二と連れ立って教室を出た。 不二にからかわれるのは、なにもこれに始まったことではない。勉強のことでもテニスのことでも、そして自分に限らず乾も大石もはてはあの手塚でさえも、この親友にかかればからかいの対象となる。 けれどそのからかいの言葉が零れ落ちるのと同じぐらい、彼の口からは真実が出る。ある意味それは躊躇のない真っ直ぐな性格で、表情を変えないから(その部分だけ真っ直ぐとは言えないけれど)周りがどれを真実ととらえていいのか分からないだけの話だ。 そして今日、まさに今の瞬間もその間違いのない正論に英二は口をつむぐしかなかった。 (悪かったな、正直で) 憮然とした表情を浮かべながら食堂へと足を向ける。なにを考えているのか分かっているのだろう、不二は無粋な言葉をかけるようなことしはなかった。 最近、自分がひとつのことに捕らわれていることに英二は気づいていた。気づいていたからこそ、先ほどの教室での出来事に苦虫をかみつぶしたような思いになったのだ。なにもかもを見透かしているかのような不二の苦笑を見て、思わずしかめ面をしてしまったのだ。 (あんなことを言われたの、初めてだったからなあ……) 不二ともに廊下を歩き、食堂でメニューを選んでいる時にでも考えることはいくらでも可能だった。 英二の頭には、簡単にあの日の出来事が甦る。 それは冬の夕暮れ前。かすかに秋の温みを宿す西からの太陽に照らされて言葉を交わした、あの瞬間。 気温、風の強さ、そしてかけられた言葉と向けられた視線。それら全てを生々しいまでに思い浮かべることができる。その感覚がどのような理由から来るのかをあやふやにしたまま、英二はプリペイドカードで和食セットを購入し、運よく空いた席ふたつを見つけて不二と腰掛ける。目の前に置かれた不二のトレイはパスタセットだった。 「英二、期末テストどうだった? 今回もまた悲惨?」 「『また』って既に決め付けてくるお前の性格が悪いことだけはよく分かった」 「あ、そう。じゃあいいんだ?」 「……」 「……せめて見栄ぐらい張っても、罰は当たらないと思うよ……そんなしかめ面しなくても」 そのようなたわいない会話をしながらも、しかしふと思考が止まるとまた同じことを考えてしまう。それのくり返しだった。 騒がしい食堂の勢いに飲まれることも、不二に気を取られることもなく。ただ静かながらも沸々と心の奥底から湧き上がってくる妙な動揺と、それに従属するかのように頭の中に甦ってくる思い出たちに言葉は消える。視線は止まる。 その感覚に、今まで慣れ親しんでこなかったわけではない。 けれど、その感覚を今までどおりの定義で迎え入れてよいものかどうか。そのことをまた考えてしまったその時、口に運んだまま箸は止まってしまった。 「あ、英二!」 「!」 その瞬間に身体に響いたのは、バン、と背中を叩かれた衝撃と高い声。 ゆるりと口の奥に運んでいた一口サイズのヒレカツが一気に食道を下り落ちる。味わう暇もなく突如喉奥に現れた息苦しさに聴著なく英二がむせ返ると、背中を叩いた小さな手が何度も背中をさすった。 「ご、ごめん! 大丈夫?」 「だ……だいじょう、ぶ……」 左横からさらりと黒髪を揺らして見慣れた顔が覗き込む。長い睫毛が化粧でより一層綺麗に天を向き、大きく丸く見える瞳が英二をその目の中に映していた。 それは中等部の頃に同じクラスになったことがある女子だった。ごめんね、を何度も繰り返して簡単に自分に触れる相手に少しばかり眉根を寄せながら、英二は左手を上げてもう平気だということを告げる。言葉少ななその態度に彼女は一瞬目を丸めたが、特に気にする様子もなくすぐに口を開いた。 「ねえねえ、聞いたよ。今度の練習試合は氷帝が相手なんだって?」 「え? あ、うん」 「すごいよねー、英二はもちろん出るよね。どうして教えてくれなかったの? 私その日、用事があって見に行けないんだよね。応援にいきたかったのに」 「あー、ごめん」 「仕方ないなあ。ま、いいや。今度結果教えてね!」 英二が了解の返事を口にするよりも前に、相手は親友たちと話しながら食堂を出て行った。その背中が混雑の向こうに消えたことを確認して、英二はようやく箸を口に運ぶ。カツは随分と冷めてしまっているように思えた。 けれどその時、自分を見つめる視線に気づく。箸を口に運んだまま、そして左手には味噌汁の碗を手にしたまま英二は不二を見つめ、視線の意味を問うかのように数度瞬いた。 すると不二は、またも苦笑して。 「教えてなかったの? 珍しいね」 「え? 忘れてた」 「……ふうん?」 ただただ、英二の素っ気ない返事に口元を緩めるばかりだった。 「さて、氷帝との練習試合も間近に迫ったこの時期に、英二のショットの成功率が下がった件について。お前たちの分析を聞かせてもらおうか」 「あー、エージ先輩ね。うんうん、最近妙に考え込んでますよね。テストの点でも悪かったんじゃないすか?」 「ほう、なかなかいいところをついているな、桃城。参考までに教えてやろう、期末テストの英二の数学Bの点数は32点だ」 「低っ! ……あ、いやいや……中途半端で逆に生々しい数字っすね、32点って……」 「乾! テストの点数なんて英二のプライバシーに関わる話だぞ、やめないか」 「む。ならば大石、パートナーとしてお前の意見を聞かせてもらおうじゃないか。なぜ英二は最近練習に集中できないんだ?」 「そ、それは……」 「本当は俺も知らないから、そして知らないことが微妙にショックだから、それ以上は突っ込まないでやってくれ! というのが大石の本音に100円」 「不二!」 「……大石先輩、不憫っすね……でも俺もそれに100円」 「なるほど、それならば俺も……」 「お、お前ら……! さっさと練習しろー!」 大石の悲鳴にも似た怒声が手塚のもとにまで届き、彼の眉がぴくりと反応してしまえば後は起きることはただひとつ。 「無駄話をする暇があるなら走ってこい!」 小声の会議(乾談)を勝手に大事にしてしまったのは大石なのに、と桃城も不二も乾も、そしてただその場に居合わせただけの海堂も皆そう思ったが、大石の落ち込みの前には愚痴を零せるはずもない。 そんな渋々顔でコートの外に走り出していく5人の姿を、英二は遠巻きに見つめていた。 いつもならば、そこには自分の姿があるはずだった。けれど今自分がいるのはコート北側、フェンスの前。ハード仕様のコート脇に腰を下ろし、ただ静かにラケットを回す。レギュラーに課された練習前のメニューをこなした後となっては、手塚に怒られる理由などどこにもなかった。 けれど手塚の目が訝しげな色をしていることに、英二は気づいている。 (……そんなに怒るなよ、俺だってどうしたらいいのか分からないんだから) けして本人には言えない台詞を、くるくると目の前で回るラケットに向かって心の中で呟く。綺麗な残像を残して右手首の上から手のひらの中、黒いラケットグリップが回りガットが空気を切っていく様子をずっと見つめていると、いつのまにか色鮮やかな緑色のコートに濃緑色をした影が伸びてきた。 「大石が不憫らしいから、そろそろなにか話したら?」 頭上からかけられた声に、英二はそっと顔を上げる。地面に落ちた影が揺れる髪を描いたその時、うっすらと額に汗をかいた不二の髪がさらさらと風に吹かれていた。 「……一番不憫なのは、ネタにされたうえにテストの点数までばらされてる俺だと思うんですけど」 「ネタにされる、イコール愛されているという意味で決着にしようよ」 「お前はいつでも自分に都合のいい解釈が好きだよな、本当」 「知らなかったの? 英二」 「いや、知ってたよ。嫌というほど知ってたよ」 そんな言葉をかけると同時に、英二は手元にあったタオルを不二に投げる。不二は素直にそのタオルで顔の汗を拭い、英二の横に腰を下ろした。 「で、乾たちにまでネタにされているこの状況をどうするの?」 「……」 「でも英二は集中力がある時とない時の差が激しいから、すぐばれちゃうんだよね。このままでいいはずもないと思うし」 「分かってる」 不二の言葉をさえぎって呟く。わずかながらの冬の陽光を含んで髪を揺らしていく風が、今日ばかりは寒さよりも爽快感を運ぶ。まだ誰も立っていない練習前のコートを見つめ、英二は静かに自分の最近の失態を思い出し、そして反省していた。 「でも、思って直るものならもうとっくに直ってるんだよ」 しかし現状は乾の言葉に表れていた。桃城たちの好奇の中にある心配の色に代弁されていた。英二は数週間前の好調が嘘のようにありえないミスを平気でおかし、たとえそれが他の部員の何十分の一の数であったとしても、レギュラーの地位にいる以上は手塚の顔が険しくなって当然だった。 それが始まった瞬間はすべて、あの氷帝での文化祭以降だなんて。 (俺はどうしたいんだろう。あれを、どう理解したいんだろう) それは誰に言えるはずもなく、何度も心の中に押し留める。それをどのように処理していいのか分からないからだ。自分でもまるで答えのわからない疑問を不二にぶつけるわけにもいかず、ただこうして時間ばかりが流れ去っていく。 しかし、その沈黙を聞いていた不二は英二の横でそっと苦笑した。 「じゃあ、悩んでいる英二に僕がプレゼントをあげようか」 「は?」 「接点を作ることは悪いことじゃないと思うよ」 その言葉ともに、目の前に見慣れない冊子が現れた。見たことのない形と配色に一瞬目を丸くしながらも、そこに書き込まれているゴシック体の文字に英二は言葉をなくす。 それは、見間違えでなければ。確かに不二が今通っている塾の名前だった。 「……俺は、塾には行かないって」 いつも見つめていたテニスコートよりも近くにその冊子はある。しかしどんな言葉を返しても不二がそれを引く様子を見せないのを見て、英二は渋々それを受け取った。 不二の言おうとしていることは分かっている。そして最後の選択を自分に任せていることも分かっている。涼しい顔をしていつのまにか全てお膳立てをしてくれる親友には相変わらず敵わないと思ったが、同時に卑怯だとも思った。 「……あのさあ、不二」 「なに?」 「ここまでされて俺が断れるはずがないって、そうは思わないの? 俺の感情なんて二の次になるって、そうは思わなかったわけ?」 けして中を見ることなく、ただ単に手に収めているというだけの姿勢のままで英二は呟く。その声には幾分かの非難の色を込めたつもりだった。 しかし不二の表情はけして変わろうとも、揺らごうともしない。 「そうだね。最後の決定を英二に任せるのも単なる僕の責任逃れだと思うよ。でも」 不二は一度言葉を切る。その沈黙に英二が一度コートに戻していた視線を再び不二に向け、視界中央にその顔をとらえたその瞬間、彼は表情を変えず静かに言い切った。 「それをテニスに持ち込まれるのは、同じ仲間としてあまり快くは思えない」 けして大きな声ではない。けれどそれは確かに、自分の目を見て自分にだけ向かって告げられた台詞。 英二はその不二の言葉に一度うつむき、大きく息を吐いてそっと瞳を閉じる。 「……分かってる。それは分かってる」 反論はできなかった。不二の言葉に最初から偽りのないことなど、親友の自分が一番よく知っていた。英二は改めて突きつけられた最近の自分の態度に、動揺や呆れを通り越して小さな怒りにも似た感情を覚えてしまう。そして改めて思う。 どのような形であれ、決着はつけなくてはならない。 に対して抱く感情について、正であれ負であれ定義づけをしなくてはならない。 英二は頭を振る。伸びた前髪同士が擦れあって、小さな音を立てた。 しかし冷静になろう、きちんと考えようと思えば思うほど、答えは負へと近づく。 (出会ってまだ何週間だよ。なんでそんな感情になってるんだ? あんなことを言われたからって、たったそれだけで) けれど、負へと近づくたびに。 (でも、初めてだった。初めて言葉にして言ってくれた子だった) なにかが正へと引き戻そうとする。切り捨てることを拒絶する。 かつて自分を支えてきてくれた理性をなにかが打ち破ろうとすることを、英二は直感で悟っていた。それをどこかで大事にしたいと思っている自分がいることにも気づいていた。 しかし、最後の最後に引っかかるものがあることを見捨てることはできない。 「……英二は嫌いな考え方かもしれないけれど、さんが向日と友達だっていうことは言い換えれば、彼女じゃないっていうことなんだよ」 沈黙の中、不二はコートを見つめたまま呟いた。まるでそれは英二の思考回路を覗き見していたかのようなタイミングで、外部からもらされたひとつの答えに英二は思わず顔を上げる。 不二が静かに口にする言葉は、おそらく正論だ。ふたりの感情を正確に理解しているとは驕りでも言えないこの状況下、しかし今まで聞かされた向日との関係を表す言葉だけを正確にトレースすれば、確かにその意味にはなる。 しかし英二は、その言葉に頷くことはできなかった。不二の言葉は正しいと、そしてそれが自分への助け船だと十分に分かっていながら、それでもただ小さな網目を作るコート上のネットを見つめて一度首を左右に振る。 頭の中には、いくら頭を振っても消えることのないあの日の出来事があった。 あの日、氷帝の文化祭のあの日。の口以外から飛び出してきた、彼女と向日岳人の関係を示す言葉を。 「……向日とは周りが公認してる仲なんだぞ、この前の文化祭の時にそう言われてた。向日はいいのかって、向日に見つかるなって」 自分を見つめる興味の眼差しと小声の確認の声。それが単なるひやかしでないことぐらい、彼女たちの目を見れば明らかだった。あれは心の底から驚いた顔だ。 しかし英二のその言葉に、不二も冷静だった。 「それをさんは認めたの?」 「え? ……いや、俺の手前否定するだろ、普通」 「なにそれ。否定する理由が分からないな。否定することこそが答えだとは思わないの?」 「いや、だから……! 付き合ってなくてももし気に入ってるなら変な言葉で説明されたくないから、否定するはず 「好きならもっと近づこうとするよ。文化祭で僕たちと遊ぶ余裕なんかないぐらいにね」 僕ならそうするよ、と紡ぐその言葉に、英二は黙った。 自分でその道を選んだのではない。選べなくて黙るしかなかった。 不二の言葉が急激に頭を、そして心を冷やしていく。まるでそれを待ち望んでいたかのように、英二は不二の言葉を飲み込むことだけで精一杯だった。 その沈黙の理由を察したのだろう、不二は静かにゆっくりと話し始める。 「考えなよ、英二。もし仮にふたりが付き合っていたとしても、自分の彼氏のことを英二の前で否定するメリットが彼女にはない。むしろデメリットでしかないんだよ。その否定の言葉は、本心だからこそその場で出すことができたものでしかない」 「それは……」 「だから、違うんだよ。相手は彼氏じゃない、自分は彼女じゃない。それだけだよ」 遠く、手塚の集合の声が響く。しばらくその透明すぎる響きに酔っていた頭は、ふとひとつの感情を言葉にさせた。 「……彼女じゃない、ねえ」 空を見上げて、小さく呟く。さらさらと髪の毛を揺らす冬の風は今日も変わらず流れている。自分の周りを包み込むものはなにも変わらない、このテニスコートにレギュラージャージ、それこそ隣にいる不二ですら。 けれど。英二はそっと息を吸い、吐いて唇を噛み締める。 自分の胸の中に宿るひとつの感情だけは、確実に変化の一途を追っている。 「……ま、考えてみるよ」 「うん」 不二は気づいている。そしてその不二の肯定の言葉になにが含まれているのか、英二も気づいている。 自分が否定の言葉を用意しないということが、それこそ数日前とは全く展開が異なっているということに。 感情が確実に、これまでの理性を打ち破ってしまったということに。 「とりあえず、テストで32点を取った人間が塾に行くのは全然おかしくないよ。だって32点だからね。赤点ぎりぎりのちょっと恥ずかしい32点だからね。うん、僕なら絶対学校休んじゃうよ32点なんて点数取ったら。英二って強いね」 「あのなあ……! 32点、32点って! 連呼すんなよ、だからお前は性格悪いって言われるんだよ!」 「なにを今更」 立ち上がり様に叫んだその瞬間、手塚の視線が一瞬で自分たちに集まったのが分かったものの時既に遅し。 本日2回目の部員の醜態にいつもの如く怒声が飛び、英二は不二とともにコートの外に追い出される。だが大石や乾、自分たちと立場を等しくする仲間が皆ラケットを持ってコートに立っていたのと比べれば、自分たちは明らかに怠慢でしかなかった。 しかし、罰はグラウンド20周。いつもに比べれば随分と少ないと感じる、そんな量。 「手塚の不機嫌を増幅させるのは、俺たちの仕事な気がしてきた。あいつ、こうして絶対ストレス発散してるんだ」 「そのストレスの原因を作っているのも僕たちだと思うけどね」 「まあな。しょうがないな、行くか」 ため息をついて一言呟けば、隣で不二は笑って「そうだね」と言う。 見上げれば冬の透き通った青い空。白く零れる息の柔らかさに英二は一度笑った後、軽く地面を蹴って走り出した。 |
≫09.ふたりでいたい |