06.サイレン

 親友関係とは言うが、とはクラスメイトだからといって常に話すわけではない。なぜなら自分にも相手にもクラス内に親友がいる。さらに自分の場合は隣のクラスの宍戸や忍足たちも追加されるように、の友人関係とてなにもクラス内にとどまった話ではない。クラスの中にいて、必然的にふたりきりになる瞬間は実は滅多にない。
 それがとの間に形成された親友の関係。

「向日くん、私いいこと聞いちゃった」
「は? なにを?」

 ただ、一度話し出してしまうと終わることを知らないというだけで。

「向日くんがライバル視するだけのことはあるなって思うこと」
「なんだそれ。侑士のことか?」
「あれ、忍足くんってライバルだったの?」

 終わりを待つよりもこの空間に依存していることの方がよほど心地よいというだけで。

「バレンタインのチョコの数は毎年勝負するぞ。あ、でも去年は2年ぶりに負けたからなあ。対策を練らないと。そうだ、も協力してくれよ」
「なにを?」
「俺にチョコをたくさんくれるの。個数対決だからさ、チロルチョコでも1個は1個でカウントできるんだよ!」
「それは自慢げに話すことじゃないんじゃ……安心してよ、ちゃんとあげるから。その代わりホワイトデーは期待してるよ?」
「おう、安心しろ。……多分」
「多分?」
「いや、絶対。すみません、絶対」

 この空間がどのように作られるかはさして問題ではない。場所はどこでも構わない、今のように教室でも廊下でも、テニスコートの前でももちろん構わない。厭うという感情を生まれさせることのない雰囲気に飲み込まれるのが、岳人は好きだ。
 だからこのように、宍戸から回ってきた週刊誌に没頭していた最中に声をかけられたとしても不愉快ではない。名前を呼ばれ顔を上げれば、そこにはいつものの顔がある。本当はそんなものは必要ないのに、漫画を見る岳人に丁寧に断りの言葉を用意することができる、そんなの考え方が岳人は好きだ。
 好きという感情を抱くことがこれほどまでに簡単だったのは、本当に久しぶりだった。嫌いになることはどれだけでも簡単なのに、好きというプラスの感情は抱こうと思って抱けるものではない。それを大きな苦痛もなく感じさせてくれるに、岳人は素直に異性の親友としての好意を抱くことができたのだ。
 それは高校生になって初めて実感できるようになった、岳人がこの氷帝学園高等部で生活を送るうえでのひとつの基盤。
 そしてとの間であれば、これからの1年間においてもそれは壊れることなどけしてないと。そんな自分に甘い期待を抱くことすら可能な関係だと、そう思ってきた。
 けれど。

「で、お前誰のことを言ってたんだよ。侑士でいいのか?」

 机の上で分厚い週刊誌をめくり、先週から気になっていた漫画の内容に視線を奪われたまま疑問の言葉を口にした時。

「あ、ううん。菊丸くんのこと」

 再び表れたその言葉は、普段滅多に見ないようなの笑みとともに岳人の耳に届く。

「すごく分かった。雰囲気はちょっと違うけど、向日くんと同じことを考えてる」

 いいライバルだね、と頬を緩めて笑うその言葉に反応できなかったのはなぜか。顔を上げ、目を見張り。菊丸英二が口にしたという言葉を戸惑うことなくさらさらと口にしてみせるを前に、なにをどのように考えればいいのか分からなかったのはなぜか。
 高校2年の冬。それはと出会って初めて訪れた、変化の兆しだった。



「文化祭前に雪とは、これまたシュールな」

 雪が降り始めた。この時期の東京にしては珍しく、今日の雪は少し積もるらしい。
 平素であれば鮮やかな青緑色をしてみせるテニスコートも、今頃はうっすらと白色に覆われてしまっているのだろう。そう思うことはとても簡単なほどに、窓の向こうで粉雪がちらちらと雪の船雲から舞い下ろされていた。

「そして俺の目の前の光景も、ある意味シュールな……」
「なにしてんだ、お前。人のクラスの前で」
「ああ、気にせんでええで。俺はただ見とるだけやから、このシュールな光景を」
「……シュールって。ひどい言われようだね、向日くん」
「知らなかったのか? こいつはひどい男なんだよ」

 隣でダンボールを抱えもつの小さな呟きを、岳人は動ずることなく肯定する。自分の手にはのものよりも一回り大きなダンボールがあったが、小柄なが持つとそのダンボールの方が大きく、そして重そうに見えて仕方なかった。
 重ねろよ、の一言にしかしは首を振る。軽いから大丈夫、そう言って見上げてくるその視線に無理はなかった。岳人は肩をすくめ、口元を緩めてを先に教室内から出るように促す。教室の前出口から廊下へと出れば窓越しに外の寒空が見えた。
 11月が終わろうとしている。
 気づけば日中でもベストやセーターだけでは寒くなっていた。教室内にいる時もブレザーを着用し、体育の授業で外に出る時は両手はかじかみ、吐く息の白さがますます際立って見える。完璧な冬の入り口までもう少しといったところだった。

「で、お前はこんなところでなにしてんだ? 侑士。自分のクラスの準備はしなくてもいいのかよ」
「宍戸くんがめっちゃ真面目でなあ。素人の俺は邪魔したらあかんねん」
「あのなあ。暇つぶしで来るんじゃねえよ」

 文化祭準備で慌しい廊下で、岳人は廊下の窓を背景にこちらを見つめている悪友を呆れて見つめる。その時、手元に数枚のプリントをもっていた忍足は岳人の呆れ顔にようやくそれをひらひらと振った後、岳人のダンボールの上に置いた。

「なんだよ、これ」
「今度の練習試合のオーダーや。跡部から回ってきたで」
「あ、まじ? ……って、おい! なんで裏向きに置くんだよ!」
「お楽しみは後に取っとくもんや。ま、頑張りや」

 その一言を残し、忍足は悠然と岳人との教室の前から去っていく。文句を言おうにもその背中はあっさりと隣の教室の中へと消えた。

「なんだよ、お楽しみって! 単なる嫌がらせじゃねえか、これじゃ」

 隣でが苦笑する。しばらく呆然と忍足が消えた隣の教室を見つめていた岳人だったが、その声に引き戻されるかのようにして振り返り、の目を見る。はなにも言わず、ただ頷いた。

「悪い」

 その頷きを確認してから、岳人はダンボールを廊下に置く。ひんやりと足元から伝わってくる冬の冷たさに気づきながらも、そして自分にはとともにこのダンボールを校舎裏の倉庫へと持っていく仕事があると分かっていながらも、その紙に書かれた文字を確認しないわけにはいかなかった。
 レギュラーの地位は保たれている。となると今気にしなければならないのは、試合に出られるか出られないかの答えではない。自分の力がどのような形で認められているか、だ。
 ホチキスで左上を留められたプリントの1ページ目にオーダー表があった。そしてその中に、自分の名前を探せば。

「……ダブルス1」

 シングルス1・跡部景吾からはじまる名前の羅列の中、忍足とともに一番の希望枠の中に自分の名前はあった。思わず呟いてしまった後、岳人はにっと口角を上げる。

「ダブルス? あ、忍足くんと」

 その声と表情に気づき、も嬉しそうに声をあげた。横から覗き込む視線に柔らかさを感じる。岳人がに向かって軽くVサインをすると、その口はよどみなく祝いの言葉を述べた。

「よかったね。向日くん、そこ狙ってたでしょ?」
「当然。俺がダブルス1じゃなくて誰がダブルスやるんだよ」
「とりあえず、忍足くんに挨拶に行かなきゃね。今回も向日くんの面倒をよろしくお願いしますって」
「おい。祝いの言葉がそれかよ」
「あはは、ごめん。冗談」

 自分のテニスを、全くの無関係の人間が素直な感情をもって認めてくれる。今となっては、そして相手となってはそれは単純すぎて日常的すぎて、あえて言葉にしなければならないほど大切なものとは思えなかったが、それでも嬉しく感じてしまうのも事実だ。
 一気に晴れやかな気分になった心のまま、岳人はプリントを四つ折にしてブレザーのポケットの中にしまう。
 外は雪だ、校舎の外まで出なくてはならないこのような雑用は早く終わらせるにこしたことはない。に一言礼を述べ、岳人はダンボールに手をかける。

「菊丸くんも、ダブルスになるのかな」
「え?」
「菊丸くん」

 その時、背後から言葉がぽつりと零れ落ちてきた。
 ダンボールを持ち、岳人は振り返る。視界の中ではがわずかに首を傾げながら思案の色を浮かべていた。かすかに寄った眉根が心配の表情を訴えてくる。
 最近、とふたりでいるとこの流れが多いことに岳人は気づいていた。唐突にとの会話の中に第三者が入り込んでくる。それは忍足のように存在そのもので割り込んでくる、けれどその存在をとともに実感することが許されるような近しい第三者ではない。

「……菊丸? さあ、どうだろ」

 とりあえず言葉を返すものの、その声はひどく淡々としたものにしかならなかった。
 それは、岳人とて意識はしていても滅多に会うことのない人間の名前。自分は氷帝学園で、相手が他校の人間となればそれはいたし方のないことだった。
 春の選抜、そして初夏の個人戦団体戦。それ以外に顔を合わすこともなければ言葉を交わすこともない、ましてや携帯電話などで連絡を取り合う仲ですらない。だからこそ、強豪校との練習は必須だという意識のもとで今回の青春学園との練習試合の日程が組まれたほどだというのに。

「菊丸くんもダブルスに出たいって言ってたんだよ。出られるといいなあ」
「あ? あー、うん。そうだな。まあよく分かんねえけど」
「きちんと練習してる人だから、その努力が認められるといいよね」
「……」

 岳人はぼんやりと菊丸の顔を思い出しながら、そっとから視線を外す。
 窓の向こうに描かれる11月の雪景色は、岳人が17年間この東京に生きてきて初々しい印象を抱くほど、この時期には不釣合いな真冬の様相を呈していた。
 なにかが変だ。なにかがおかしい。
 言い様のない違和感に思わず眉根が寄ってしまうのを止められないまま、けれどどうしてもそれを消し去ることができないまま。岳人はと並んで昇降口を目指す。
 それが窓の外に降る雪のせいだけではないことぐらい、岳人にも分かっていた。

(……変だな、こんなことこいつとの間には今までなかったのに)

 首をひねらざるをえない感覚。それにあっさりと支配されたまま廊下を歩く。
 なにか納得のいかないものが心に引っかかっていることだけは確かだ。しかし岳人自身、それがどのような感情であり、またどのような原因からできているのか言葉で説明できない以上、その不快感をに伝えることもできない。足はただ、素直に予定されたルートを辿っていくばかり。

「それでね、その時菊丸くんが私を呼んでくれたの」

 そんな岳人の心境など知るはずもなく、は会話を続けた。
 もはや何の会話だったか、岳人は覚えていない。しかしそのひとつひとつがどこか不透明な視界、混濁した思考回路ばかりを与えてくる。それが先日塾の帰りにテニスコートに誘ってくれた話だということを思い出すまでは、少々の時間を必要とした。

「……ふうん?」
「すごいよね、どうしてそんなことに頭が回るんだろう。周りの人にすごく気を向けてくれるよね、私びっくりしちゃった」
「同じ氷帝だからじゃねえの?」
「うん、それもあると思うけど。でもテニス部じゃない私を誘ってくれたことは嬉しかったな。普通にそういうことができるのって、菊丸くんすごいなあって思った」
「……」

 時折零れるその名前の意味は、には聞けなかった。
 それがどういうことを意味するのか、本当は深く考えるべきだったのかもしれない。
 けれどその予兆を示されても、周りは見慣れた景色。聞き慣れた声、予定調和のような会話。自分を包むものはなにひとつ変わらないその状況の中で、たったひとつの異変の欠片に振り回されなければならない理由など、本来ならば岳人にはどこにもないはずだった。

(だって、そうだろ。俺たちは周りに左右される程度の関係じゃなかったはずだ)

 2年目の冬。高校生という定義の中で繰り返されてきた約600日。
 どれほどの長さの時間をもってしたらその出来事が「不変」のものだと呼ぶことができるのか、岳人にはまだ分からない。
 けれどこの先、変化があるとすれば。それはきっと成長とともに必然的に訪れる進路の別れでしかない。いつまでも高校生のままではいらけない。けれどそれは今の関係が壊れるものではない、物理的な距離ができようともそれが全ての別離を示しているわけではないことを。信じることを笑われても、信じることに抵抗はなかった。

「あ、そういえば俺古文のプリントやったんだぜ」
「プリント? あ、この前先生が宿題に出したやつ? 本当?」

 その証拠か、会話はいつでも覚えのある色に染めることができた。
 歩み慣れた廊下を渡り終え、下駄箱で上履きと靴を履き替える。小さな革靴が硬い音を立てて床に落ち、がわずかにうつむきながら履き替えている瞬間に呟けばその顔が上がった。見上げる視線に岳人は頷く。

「でも俺はやっぱり嫌いだぞ、古典。なんだったっけ、プリントに載ってたやつ。あの……」
「ああ、助動詞?」
「そうそう、それ。まるで意味分かんねえよ、なんだよあれ。別に『き』でも『けり』でもどっちでもいいっつーの」
「でも、助動詞は活用形と接続の仕方をきちんとおさえないと正しい現代語訳ができないからね。文法の復習は期末テストの範囲だし、絶対ためになるよ」
「ええ……? なんだよそれ、古文好きな人間に言われても騙されてるとしか思えねえ」
「いつもそんな勢いで化学の素晴らしさとやらを私に説いてくるのは、どこの誰だったかな」

 ほら、と岳人は心の中で誰かに呟く。

「じゃー俺が化学教えてやるから。古文のテストで出そうなところ教えてくれよ」
「……テストに出そうなところ? テスト勉強の仕方じゃなくて?」
「今の俺に古典に割いてる時間はねえからな。部活だよ部活」
「格好いいのか悪いのか、分からない言い訳だなあ」
「なんだよ、お前が古典を教えてやるって言ったんじゃねえか。いいだろ?」
「じゃあ、今回だけね。その代わり、化学は責任もって教えてよ? テストに出そうなところ」
「バーカ、化学なんて基礎からやんねえと意味ねえんだよ。化学をなめんな?」
「そっくりそのまま返してあげる、その言葉」

 自分が会話を振れば、あの名前は消える。そしてもその波に乗ることに抗う様子を見せない。いつも通りの顔で好きな古典の話に応える、そのの表情に岳人は安堵して先を促す。ガラスの向こうに広がるグラウンドにはうっすらと白い絨毯が見えた。

「寒いね、本当に冬みたい」

 昇降口から一歩外に出た瞬間、の口からは真白の息とともに寒さを実感させる言葉が零れる。けれどどこか嬉しそうに空を見上げるその表情に岳人は「子どもかよ」と笑い、ダンボールを抱えたまま同じように空を仰いだ。
 早く倉庫に向かえと誰かが言っている。いや、普通の人間ならばそう言うだろう。
 けれど岳人はその言葉に従わず、に従った。それこそが当然だとでも言うように。

「冬なんだよ、もう11月だぞ。雪は珍しいけど、これぐらいどうってことはないだろ」
「運動部の人のその台詞ほど共感できないものはないんだけどな」
「じゃあお前も少しは運動すれば?」
「運動? うーん、私運動部じゃないからなあ……」
「じゃあ、テニス……」
「あ。テニスでもすれば? って菊丸くんが言ってたかな、そういえば」

 それは一瞬だった。
 岳人は目を見張る。自分の言葉を遮って生まれてきたの言葉に。いや、その中に入っていた、その名前に。そして。

「……菊丸が言った? そうやって?」
「うん。コートに連れて行ってもらったって言ったでしょ? その時少し教えてくれたの。手にちょうどいいラケットとか教えてもらっちゃった」

 自分もかつて口にしたはずの言葉が、既に菊丸の言葉に負けてしまっていることに。
 忍足に向かって、岳人は心の中で呟く。ぎゅっとダンボールをもつ手に力を込めて。

(全然違うじゃねえか)

 呆然と、しかし悔しいほどに綺麗な珊瑚色をその頬に宿して笑うを前にして、それ以外の言葉は思いつかなかった。
 甦るのは忍足の言葉。一緒の顔をしていると語った、あの時の言葉。
 あの時は自分の前でいる時と同じ顔をしていると、ただそれだけの意味しかなかったはずが、しかしここにきてようやく岳人も気づく。
 自分は2年間、の親友でいたつもりだった。異性の中でランクをつけることができるのであれば自分はきっと一番の親友で、それを疑う余地もないほどにの口から他の男の名前が出ることはなかった。それこそ、忍足と話す時に岳人の名前ばかり出てきたことこそが真実であったかのように。
 しかしこの現状、岳人は真実というものは変化していくものであることを知る。

「お前、顔にやけてるぞ」
「え、うそ。そんなことないよ」

 さらさらと舞い降りてくる粉雪がもたらす冷たさに構うことなく、岳人は呟く。はその言葉にマフラーを翻して振り返ったが、おかしなほどに口にした言葉と表情はまるで一致していなかった。
 2年間の親友関係。だからこそ築き上げることのできたこの安寧の関係、けれど。
 だから自分は知っている。岳人は思う。自分だからこそ知っている。

(……こんな顔、俺の前ではしたことねえよ。俺が初めて見るんだから)

 菊丸の名前を語る時、自分の前でいる時と同じ表情を見せる。
 菊丸のことを考える時、自分ですら見たことのないようなやわらかい表情を見せる。
 与えられたその事実は、岳人に黙るということ以上の反応をさせなかった。

「向日くん」

 その時、が岳人の名前を呼ぶ。そこには平素となんら変わらない、見慣れた表情の顔がある。岳人はその差に言葉を失った。
 黙る岳人に首を傾げる動作も、見つめる視線の色も、なにひとつ変わらない。それは岳人が心地よいものとして認めて今まで自分の傍に迎え入れてきたものだ。
 しかし、だからこそ気づいてしまうというのは何の因果か。

「試合、楽しみだね。菊丸くんと試合できればいいね」

 岳人の沈黙に意味など見出さず、は雪空を見上げながら呟く。まるでそれはここ氷帝ではない、どこか違う場所に向けて紡いだ言葉のよう。岳人は視線の合わない世界でそれを見せ付けられる。
 日常の中にひとつだけ、今までと違うものが混ざりこんでいる。ひとつの名前とともに。
 その事実の中に、ひとつの感情が好意のもとに動いているということに岳人は気づく。
 そして。

「向日くんのおかげだね」
「え?」
「だって、向日くんが私にテニスを教えてくれたから私今すごく菊丸くんの試合を見てみたいって思ってる。氷帝以外の人なのに」

 それの意味を履き違えるほど、鈍感でもなかった。
 氷帝という括り。それは岳人がと出会い、会話し、そして今の関係を築き上げることを助けてくれたなによりの基盤。それがなければ今の関係はないと言っても過言ではないだろう。
 では、その基盤がない人間はと触れ合うことはないのか。そんなことはない。
 それは、つまり。

「……そんなに気になる? 菊丸のこと」
「え? うーん、そうだね」

 異なる基盤でも、人間関係は築けること。
 そこに築かれる人間関係は、なにも親友関係に限らなくてもよいということ。

「仲良くなることができて、本当によかったと思うくらいには」

 若干はにかみながら呟いたに、岳人は返す言葉を持っていなかった。
 その時自分が抱いた複雑な感情を、なぜ親友相手に向けるのか。かつて恋愛関係で抱いたことのある感情をなぜ相手に感じなければならないのか、その答えを先延ばしするかのように。



>>07.恋愛境界線


05/09/04