| 04.真っ直ぐな瞳 |
初めて出会った時からどれほどの時間が流れただろう。それは正確な時間を計ることは難しいものだったが、しかしけして思い出せないほど遠い過去のものではない。 もしかしたら自分では気づかなかっただけで、もともと時間というものには濃度があるのかもしれない。だとすると、ここ数週間は確実に高濃度の中で流れ去っていったのだろう。は目の前の光景にそう思った。 「あ、さん」 「よー」 「こんにちは」 センター試験が刻一刻と迫り来るこの時期、自習室は浪人生と高3生の独壇場だ。すると自然、受験勉強の先輩を前に少しばかり肩身が狭くなる高校1、2年生は溢れてしまい、授業前の教室に行ったり、もしくは駅前のファーストフード店やコーヒー専門店に逃げ込む。 そして、ここも立派な逃げ道のひとつとなっていることをは改めて思い知った。 そこは食堂。夜というにはまだ少し早い、そんな夕方の時間帯には人込みとは無縁でいられる隠れた憩いの場に、は今日もふたりの姿を見つけたのだった。 「でも、塾生以外は入っちゃだめだと思ってたなあ私。結構大丈夫なんだね、ここ」 手を振られてはその場に向かわないわけにはいかない。カフェオレの温かい湯気と香りが漂う紙コップを片手に、はそのまま足を進めて塾生ではない高校生の隣に腰掛ける。座りながら思わずぽつりと呟いてしまったその本音に、斜め前で数学のテキストを見ながら同じ紙コップのコーヒーを飲んでいた不二が苦笑した。 「うん、多分大丈夫だと思うよ。問題さえ起こさなければ」 「そうそう」 「最近寒いしね。いいんじゃないかな、人ひとりの命を救うためだと考えれば間違ってないと思うよ」 「そうそう、不二の言うとおり」 不二の口から零れ出る言葉はふしぎなほどに説得力があり、それがどれほど私情に満ちた解釈でしかないとしても認めたくなってしまう。 そんな空気に飲まれてしまうことも、にとっては今更なことになりつつあった。言葉につまることなくさらりと断言することのできる不二に、は今日も眉尻を下げる。 その時、そんなの隣にいた人物がを見てさらに笑った。 「さん、絶対不二に騙されてるよ。あんまり信じちゃだめだよ、こいつの言うことは」 手を添えた小声で、けれど不二には確実に聞こえる大きさの声で菊丸が呟くその言葉に、はわずかに目を丸くする。 「そうなの? でも私、結構不二くんに助けられてるよ。授業の内容とか難しいところ、教えてもらったら分かりやすいし」 「はー、相変わらず用意周到なことで。それはねえ、不二の常套手段なの。はまっちゃってるんだよ、それ」 「英二、なんなら外で待っててくれて構わないんだけど。僕に害はないし」 「すみません。本当にすみません」 笑うたびに左右に流された赤茶色の髪がわずかに揺れる。屈託のない大らかな笑みを浮かべるその相手は、の視線に気づいて「本当だよ」と後押しした。 そんな他校生の菊丸の雰囲気に飲まれる。それも今更なこと。 誰にでも親しく、疑わせることをさせない。その点では不二と同類とも言えたが、不二がなにか自分たちには知らせることのない一面をもっていて、その一面に触れてはいけないと悟らせる感覚からくる「疑ってはいけない」雰囲気でいるのとは違って、菊丸の場合はその一面すらさらけ出してしまっている感からくる「疑う理由がない」雰囲気だ。 それはもちろん、十分に語弊を含んでいる可能性を秘めている。かつ誰も本当のことなど知らなくてが勝手にそのような印象を抱いただけにすぎないのだが、しかし的を完璧に外しているとも思えなかった。 たかが数週間の付き合いと言われればもちろん反論はできなかったが、だがこの時間の濃度は誰よりも一番よくが知っている。反論はできなくとも周囲の論を鵜呑みにすることもできない、そのようなものだった。 そしてなにより、自身がこの関係に心地よさを感じている。その本音に逆らえるものは今のところ見つかっていなかった。 「菊丸くんもすっかり塾の生徒みたいだね」 どこか心が温かくなる、その感覚に頬が緩みながら尋ねる。菊丸は頬杖をついてリラックスした姿勢でカラカラと笑った。 「馴染むことだけなら結構得意だよ、俺。なにせ上っ面はいい子だからね」 「あはは!」 「うん、これ以上ない説得力のある言葉だね、それは」 「こら。不二にだけは言われたくねえっつーの」 菊丸はしかめ面を浮かべてそう言うと、その表情のままで紙コップの中のコーヒーを口に運んだ。それほどまで不二の言葉に辟易したのかとが様子を窺っていると、単にコーヒーが苦手だからという結論をあっさりと不二に教えられた。 「苦手ならやめればいいって言ってるんだけどね」 「は? ちょ、待て! 不二が勝手にコーヒーにしたんだろ?!」 「いやだな、人聞きの悪いこと言わないでくれる? コーヒーを飲みたそうな顔をしてたんだよ、英二が。本当だよ」 ゆらゆらと、柔らかな湯気が天井へと上っていく。持ち主には嫌われてしまったコーヒーの温もりだったが、冬場のこの時期においてはとても貴重な存在だ。その様子を見つめながら、も両手で包むようにして持っていた紙コップのカフェオレを口にした。 いつからか違和感がなくなってしまったふたりとの関係に、が見つけてしまったもの。それは安堵感だった。 「そういえばさ、今度の試合のオーダー。大石なら知ってるかと思ったんだけど、まだ決まってないんだってな」 「そうみたいだね。僕も今日手塚に聞いてみたけど、同じことを言われたよ」 食堂の机を挟んで会話をする隣と斜め前の男子が着ている制服は、が見慣れた氷帝学園のブレザーではない。青春学園の学生服だ。傍にいるのは、他校の人間だ。そして口にする会話はの知らないものであり関わりのないものだ。 けれどそこにあるのは、無関係のがその話を耳にしてもよいという承認の空気。 「試合……? あれ、今の時期に試合なんてあったっけ、テニス部」 「あ、違う違う。練習試合のこと。向日とかから聞いてない?」 「あ、練習試合! ああうん、聞いてる。向日くん、すごく張り切ってたよ」 「向日はやっぱりダブルスだろうね。英二、また対戦することになったらどうする?」 「そりゃもちろん。また勝つのみ、だろ?」 共通点は高校2年生であることだけのはずの関係の中に、ひとつ、またひとつ接点ができてくる。それは会話を交わせば交わすほど、共通の空間を持てば持つほど、ひとつの基底のもとで増え続ける。 その基底こそ、が岳人を通して得たテニスに関する知識に他ならない。 それを目的として岳人と交遊を深めていたわけではまったくなく、偶然という幸運の中でむしろ学ばせてもらったという感の方が強い。自分には無縁だと思っていたテニスも、岳人との関係のおかげでこうして他人だった青学のふたりとの会話を支えるものとなっている。その事実に、は素直に岳人への感謝への気持ちを抱いた。 その時、食堂というあまり勉強には適さない場所で問題を見つめる不二が視界に映った。 「不二くん、それ次の授業?」 の問いかけに不二は顔を上げ、苦笑しながらも頷く。 「そう。やっぱり少し気張りすぎたかな、って反省してるところ」 「見せてもらってもいい? ハイレベル数学だよね?」 「うん、いいよ。はい」 開かれたページをそのままに、不二はにテキストを回す。描かれていたのは複素数平面の入試問題。 そのテキストは表紙の色こそと同じ珊瑚色だったが、中に書かれている問題はまるで見たことがないものだった。文系でかつセンター試験までを想定した数学しか勉強していないにとって、もはや軽く眩暈すら覚える内容だ。 そしてそれはだけではなかったらしく、隣で覗き込んでいた菊丸もあからさまにしかめ面をしていた。 「お前、よくこんなの受ける気になるよなあ。複素数とか俺もう絶対無理」 不二とテキストを交互に見つめ、菊丸は呆れ顔で首を横に振る。真横で零れ出た本音の意見に、も頷いて賛同した。 「私も。2Bは本当に難しいよね、文系からすると」 「そうそう。いやテニス部にさー、数学とか化学とか物理とかとにかく理系大好きって男がいるんだけど、これがまた変人で! あれを見たら俺は文系でよかったと心底思った」 その言葉通り、菊丸は心底嫌そうな顔をして複素数平面の問題の書かれたテキストを閉じる。その言葉、態度、表情がまさにの共感できるすべてであり、不二にテキストをつき返す菊丸を見て結局は笑ってしまった。 「私も文系科目の方が好き。理系の応用力が私にはなかったのかな」 「あ、それ分かる。いやでもさ、文系には文系の苦労もあるだろ? よく覚えてるだけでいいとか言われるけどさ、単に覚えればいいってもんじゃないんだよな、あれ。特に日本史とかさ! 流れをつかみとらないと」 「うん、そう思う。……あれ、菊丸くんって日本史?」 「そう。俺横文字が苦手だからさ、世界史のカタカナが覚えられないんだよね。いや日本人なんだから日本語ができればそれでいいと思うわけよ、本当」 「あはは!」 言葉に込められた感情と表情がとても見事に一致する人だ。はその印象に、今日も素直に笑い声をあげる。 菊丸のすべてを知っているわけではなかったが、しかしその思いはやはり否定できない。笑うに菊丸も仲間だね、と笑ってみせた。 「じゃあ、僕はそろそろ。さんはまだひとつ空きなんだっけ?」 その時、不二がテキストを鞄の中に片付けながら尋ねる。 いつのまにか身体が菊丸の方を向いてしまっていたことにはその時気づき、慌てて前を向いて頷いた。 「うん、そう。不二くんの授業が終わってから」 「そっか。じゃあ英二のお守りを頼むよ。英二、またあとで」 「わかった。ていうかお守りってなんだよ不二」 「言葉の通りだよ、部外者さん」 それだけを言い残して、不二は教室に向かうために上り階段の方へと姿を消した。 授業が終わった生徒たちでややごった返してきた食堂の中、不二の背中を見送った菊丸はその時小さくため息をつく。はその音に誘われるようにして、そっと視線を左方に移した。 「あー、不二待ちのこの時間が長いんだよな。90分ってこんなに長かったっけ」 そう呟いてから大きな伸び。不二が消えた途端つまらなさそうに欠伸をする菊丸に、は笑いながら問うた。 「菊丸くんも、塾にこればいいのに」 「え?」 「塾生になったら一緒に勉強できるんじゃないかなあ、不二くんと。単に時間潰しをするよりも有意義な時間が送れる気がする」 そんなの問いかけに、菊丸は一度目を丸くしてから数度瞬かせる。そして頭上に高く上げていた両手をそっと机の上に戻した後、わずかに首を傾げながら呟いた。 「いや、俺はいいよ。いいよっていうか、俺は無理」 不二が消えた席を見つめ、そして少し困ったような、いや恥ずかしそうに笑った。 「俺は不二みたいに、両方をうまくやっていくっていうか両立させるっていうことはできないからさ。勉強はとりあえず、後回し。今はテニスだけでいいよ」 傾いだ頬のラインに、さらりと。初めて出会った時を彷彿とさせる柔らかい前髪が触れる。 菊丸は短髪というには少し無理のある髪型をしている。首を傾ければその分、陽に照らされて少し痛んだ赤茶色の髪の先がさらりと彼の頬をさすっていく。伏せ目に表された思いを馳せるような視線とあいまって、その横顔には一瞬息を飲んだ。 「今は、テニスだけ」 「うん、そう。今はテニスのことだけできればそれで十分だよ、俺はね。だって受験よりも夏の大会の方が先にくるじゃん。テニスにだけ集中してる方がいいよ」 その言葉の意味を、は知っていた。いや、誰かの言葉でその意味を知らされていた。それが誰かであることなど、誰に聞くまでもなく。 は思い出していた。冬空が綺麗なあの放課後の出来事を。 『そっか。たしかに、向日くんに似てたかも』 あの日口にした言葉は、今でも鮮明に覚えている。その言葉に目の前の親友が軽く驚いていたことも、覚えている。 は菊丸の横顔を見つめたまま、静かに岳人の存在を思い出す。受験の波に疑うことなく乗り、そして塾に通うようになった自分に対して「暇人」と断言したあのテニス第一の親友の存在を。 似ているという感覚を、まさか本人の口から出た言葉で裏付けられるとは思ってもみなかった軽い衝撃に言葉をなくしながら。 「まあでも、不二も同じことを思ってるだろうけどな。あいつの場合は言わないだけで」 そんなの心情に気づく様子もないまま、菊丸は会話を続ける。さも自分の台詞に重さなど、深い意味などないと宣言するかのように。視線はまだ不二が数分前まで座っていた目の前の席に注がれていた。 はなにかに気づかれないように、話の流れに乗ってそっと問いかける。 「……そうなの?」 「多分ね。ただ、あいつはひとつのことに集中すると俺より周りが見えなくなるからさ。だからこうして自制してるんじゃない? 少なくとも、春までは」 「春?」 「選抜明け。夏のインターハイに向けての練習が本格的に始まるころだよ。もっと言うと、団体戦のメンバーが揃う時」 菊丸の言葉ひとつひとつが違う響きをもって記憶の中に甦ってくる。いや、記憶と重なる。 授業が終わって騒がしくなりつつある食堂の中で、しかしはその騒音に飲み込まれることなく思い出していた。記憶を再生する頭の中に描かれる、岳人の言葉の数々を。 (似てる。本当に似てる) 最後の夏に向けて。それは岳人も氷帝でのテニスの定義とした最終目標。 たわいない会話の中で何度も聞かされてきたその言葉に、は改めて目の前の人物が岳人と似ていることに気づく。しかしその制服は氷帝のブレザーではなく青春学園の学生服だ、自分とは異なるものだ。は柔らかい食堂の光に照らされる落ち着いた黒色に目を奪われるのと同時に、慌てて菊丸に声をかけた。 「菊丸くん、いいの?」 「え? なにが?」 「私、氷帝の生徒だよ。そんなこと、私の前で言ってもいいの?」 そんな問いかけに、菊丸は一度は目を丸くして何事かという顔をしてみせたが、やがて声を上げて笑った。 「いや、言えるよ。むしろめちゃくちゃ聞かせてやりたいよ、違う学校なら尚更」 「え?」 「だって、どんな人にも言えるぐらいじゃないと、そんなの決意とは言えないんじゃない? だから。俺はテニスが好きだよ、すごく。勉強よりもテニスをしたい、今は」 唖然とするどころかむしろ、平然と。なにを隠すこともなく、の目を真っ直ぐに見つめてそう答えたのだった。 手のひらに伝わる紙コップのカフェオレの熱が、じわりじわりと身体の中からも熱を呼ぶ。しかしその指先はまるで麻痺してしまったかのように動かない。 麻痺してしまったのは、どこか。はそれが分かりながら、いや分かってしまったからこそ言葉を返せなかった。 (似てる、というか、一緒だ。向日くんと一緒の考え方の人だ) それは不二も同じだ。おそらく跡部や忍足たち、その本心を聞いたことはなくともきっと彼らとて同じことだ。テニスにかける思いというものは。 しかし同じ青学の菊丸と不二がその思いの示し方が異なっているのと同様、たとえ同じ思いであろうとも跡部たちも異なった考え方をしているのだろう。それこそどのような感情も口に出してしまう岳人と、全ては口に出さないでいる忍足とが、けれど全く同じ思いで5年目のパートナーとして互いを尊重しているように。 はカップをそっと両手で包んだ。まるでなにかを支えるかように。 (こんなに似てる人、初めて見た) 鮮やかな衝撃が駆け巡る頭の中、はそっと顔を上げる。 そこにはいつもと同様、親しげに笑いかけてくれる菊丸の顔があった。 心臓が熱くなったのはカフェオレの熱のせいだと思った。 あまりに岳人に似ている。それは興味という感情として、たとえ彼と距離を置いたとしても胸の中でくすぶりつづける。 (あのふたりが対戦したんだ。そっかあ、見たかったな) 数学の授業を終え、は人波に押されるようにしてエレベーターに乗り込む。目の前には青春学園と同じ学生服の男子がいたが、しかし菊丸と初めて出会った時ほどの関心は抱かなかった。 暖房の効きすた教室とは違って若干冷え込んでいる廊下の寒さは、考えに没頭することを勧める。 『勉強よりもテニスをしたい、今は』 『塾なんか行く暇があったらテニスをするってことだよ』 直情的とも言えるふたつの本音は、その内容のあまりの一致具合に苦笑してしまいそうになる。 氷帝で出会った大事な親友である岳人と、同じことを言う人がいる。その事実は岳人に対する信頼を寄せていれば寄せているほど、ますます菊丸に対する興味を増加させていくようだった。 (でも、なにもかも一緒っていうことはないよね、絶対。普段の菊丸くんってどんなふうなんだろう) エレベーターを降り、やや照明の落とされたエントランスに出る。それは菊丸と初めて出会った時とまったく一緒の光景で、ガラスの向こうにはあの時と同じ駅ビルのライトが煌々と光っていた。 ただし今日は校舎の外に彼の姿はない。当然か、とそんなことを思う自分を少しばかりおかしく思いながらはドアへと向かった。その時。 「お疲れ」 肩に下りてきたのは、他に例えるものの見つからない重み。 けれど耳に響いたのは、2時間ほど前に耳元で聞いた、あのわずかながら低めの声。 自動ドアまであと少しと迫ったところでのその接触に、は目を丸くして振り返り、仰ぎ見る。視線を上げたちょうどその真ん中に、菊丸の笑顔があった。 「菊丸くん!」 「待ってたよ、ちょっと延長したんだね」 「どうして残ってるの? 不二くんとテニスに行くって」 帰宅を急ぐ他の生徒たちから離れるように、受付側に逃げながらは問いかける。すると菊丸は頭をかきながら、「あー」と呟いて困ったように笑った。 「うん、行くには行ったんだけどね。というかあいつはまだ残ってるんだけど」 「え?」 「いや、向こうで氷帝のやつに会っちゃってさー。不二、今そいつとシングルスしてるから暇になって」 「うちの?」 「そう。だからさんも見たいかなー、と思って。迎えにきたよ」 緩められる頬。屈託のない、嘘偽りのない笑みを浮かべるその顔は人に拒絶する理由を与えない。 ただ拒絶はできなくとも驚きに声は奪われる。突然の再会に思いのほか心臓が動揺している。同じ異性とはいえ、一番の親友と目を合わせる時よりも幾分か上を見上げなければならないこの状況に、なぜか身体は過剰反応をしてしまう。 「行く?」 こちらの反応は見透かされているのか。そんな思いのもとで、しかしその問いかけに。 「うん。行きたい」 は躊躇という言葉を知らないままに、菊丸に向かって頷いたのだった。 頷いてしまった後、外へと促す菊丸の声に導かれるがままにはその背中を小走りで追いかける。あ、ごめん、と歩幅の違いに気づいて彼が振り返った時、外の空気に触れたマフラーが夜風に流されて髪の毛も揺らす。 見上げた駅ビルのライトは、ひとりで見る時よりも大きく輝いて見えた。 日々厳しさを増すはずの冬の冷たさは、ひとりで帰る時よりも温かく感じた。 「菊丸くん」 「ん?」 「ありがとう、誘ってくれて」 自然と口をついて出たその言葉と見上げる視線に、菊丸はただ笑って頷いた。 |
| >>05.拒絶は可能 05/09/01 |