| 身勝手な楔 16歳-2 |
「財前!」 女子に呼び止められるのは、別に初めてのことではない。しかし怒声まじりに呼びつけられる経験はさすがに過去になく、財前は携帯電話片手に教室を出たところで思わず足を止めてしまった。取り出した瞬間に開いたメッセージアプリは、既にとのこれまでの会話の場面にまで切り替わっていたというのに。 「ちょ、こっち!」 「待て、話を……」 「聞いてあげるからこっち言うてんの!」 元々喜怒哀楽を表情にすぐ出してしまうクラスメイトだった。中学から同じ学校に通う彼女は、基本的には財前とは接点がない。同じクラスになったのも今年が初めてだ。ただその名前と、性格とを他の女子よりも幾分か知る機会に恵まれてしまった財前は、自分の制服を引っ張って教室から離れ、階段前の廊下にまで連れ出してしまう怒りの理由に悲しいぐらい見当がついていた。 「私、知ってるんやけど」 「……何を」 「あんたがとクリスマスに出かけること。ユニバ行くこと! デート!」 「アホ、どんだけ声でかいねん!」 「でかくもなるわあんたみたいな不甲斐ない彼氏持った子のこと思たら! 可哀そうで涙でるわ!」 悔し涙ぐらい流したらどうなのだとすさまじい剣幕ながら小声で怒鳴る彼女に、財前は重いため息をつく。恋人の親友というものは正義を振りかざす権利を持っている。案の定「ため息つきたいのはこっちやわ」と腕組みをして怒りを抑えようとする彼女と財前の横に、その時突然廊下と階段との分かれ道を作っている壁からひょいと見知った顔がこちらを覗き込んだ。 「財前くん。みんなはよ予定合わせよって言うてるよ。24日でよかったん?」 そこに浮かぶ満面の笑みに、二人は言葉をなくす。いや、その笑みは全てを知らないふりをして全てを見透かしている職人の技だろう。隣は明らかに苛立ちを隠しきれないまま「どうすんの」と尖った視線で財前を促してくる。財前はため息をつく以外に全く道が思いつかず、メッセージを送ることもできないままの携帯電話をただ握りしめるばかり。 騒がしい廊下の片隅で肌がひりひりとするような沈黙を味わった後、財前は「24日は」と口を開く。お、との親友の顔が若干の輝きを漂わせながら向けられると同時に、 「それなら25日やね。分かった、みんなに伝えとくね」 言葉の真意などまるで気にしないというふうに、女子は美しく輝く笑顔を引っ込めて教室へと戻っていってしまった。階段前に残された財前と親友はただ目を丸くし、言葉をなくし、廊下の喧騒をしばらく聞き流し、 「……あんた2日続けてユニバ行くの。クリスマスに。あのごった返したユニバに。違う子と」 「誤解を招くような言い方すんな」 「ちゅうかなんやねん、あの子。あんたに彼女おること知らんのかな。いや知ってる顔やったなあれ、てことは」 「……何」 「明らかにあんたとの邪魔をしたるって宣戦布告しにきてんねん、あれ。どうするつもり」 冷然と言い放たれた事実に、対処法がすぐ浮かぶほど経験はおろか知識すら備わっていなかった。 ただでさえ、自分とが付き合っていることを知っている人間は多くなかった。それこそ目の前の親友やテニス部の仲間といった身内、勝手に理解していたごく近くの人間に限られた情報のはずだった。どうしてあの女子が唐突にクラスでクリスマスに出かけよう、イルミネーションを見に行こうと言い出したのか財前には全く分からない。さらに付け加えれば、それに多くのクラスメイトが賛同したことも自分が巻き込まれたことも、もはや納得の欠片も用意することができなかった。 「あんたのことが好きで、あんたのことばっかり見とったらそら気づくかもね。ちょいちょいが出てくるから。隠せてへんしね、あんたら。隠すもんでもないって前から言うてるのに」 財前の沈黙の意味を怒りと理解し、事の顛末を誰が誘導したのかを淡々と説明する。財前以上に怒りを抱いている親友は、大きくて長いため息をついた後しばらく黙っていたが、とんと財前の肩を叩いて「任せなさい」と呟いた。 「なんで他の女に遠慮せなあかんの。クラスがなんやねん。ちゅうか彼女なんやからもっとどかっと構えとればええねんもや」 「そう聞かされても変わらへんかったんやろ、向こうは。ばれたくない言われたらこっちはこうするしかないし」 「せやから。任せとき言うてんの、あんたたち放っておくとこっちばっかりハラハラして不公平やわ」 ぶつぶつと文句を口にした後、親友は携帯電話を取り出して鮮やかな手さばきでメッセージを送る。財前が伝えるよりも早くにこの状況が伝わってしまうことが不甲斐なかったが、とりあえず現状を報告しないことには作戦を立てることができない。お節介ではあるがこの親友の行動力は見覚えのある誰かと大いにかぶるところがあり、妙な安心感があると言ったら怒られるだろうか。 しかし、情けない。きょろきょろと待ち人を探す親友を前に、財前はまるで意思を伝えられなかった数分前までの自分にも腹が立つ。彼女がいることを公言できていたら巻き込まれずに済んだかもしれないと気づくと、これまで手を打ってこなかった自分が間抜けに感じて仕方なかった。 とりあえずに伝えなければ、と思った矢先、目の前で親友の顔色が明るくなった。到着したかと顔を上げれば、なぜか親友は1年の廊下ではなく2階へ繋がる階段に向かって手を振っている。 「はあい、光くん! 救いの天使のお出ましよ!」 「ほんま世話のかかる奴やな、お前は」 聞いたこともないか弱い声で「白石先輩」と声を上げる親友は、確かにが言っていたはずだった。白石を四天宝寺最高の男と崇めるほどの大ファンだと。 そして危機管理能力という言葉に置き換えて部員の情報収集に余念がない金色と、連絡先を交換し合った仲だったということを。 「あらどうしたの光くん、背中なんか向けて。美形が台無しよ」 「悪いな、連絡させてしもて。後は俺らが面倒みるし」 「はいもう白石先輩のお願いなら何でも聞きますから私! どうぞ、差し上げます財前!」 苦笑する白石に自分を取り繕うという考えはあまりないらしい親友は、盛大に白石を崇めた後あっさりと財前を見捨てて教室へと戻っていった。「ちゃんのお友達ほんま有能やわ」と呟く金色に腕を引っ張られ、後ろからついてくる白石に「変に受け身なところはなんとかならへんのか」と説教をくらう。どうして今が昼休みなのだと誰に問うこともできないまま、久しぶりに太陽の日差しを受け取って温められた屋上へと連れ出された。紙パックの中に残ったままだったらしいコーヒーを飲みながら、白石は嫌味なほどに爽やかなため息をつく。 「まあ、決まったもんはしゃあない。そこで彼女がおるって言わされるんは不本意やろし、も慌てるしな。ここはその女子の作戦勝ちってとこやな」 「……どこまで知ってるんすか部長、今さっきの話っすよ」 「せやからちゃんのお友達は有能やって言うてるのよ」 座りなさいと下を指さされて渋々腰を下ろすと、目の前に金色の携帯電話を差し出された。緑の吹き出しで続々と届けられるメッセージに、財前は頭を抱えていいのか有能だと褒め称えればいいのか分からず、ため息しか出てこない。俯いた途端、頭上では金色と白石の「ああ……」「そらあかん」といった駄目だしが飛び交う。 「とりあえず、24日を守りきったのはようやった」 「……それ全然褒め言葉になってないんすけど」 「いや、まさかお前をイベントごとに誘う奴が出てくるとはやで。嫌いなもんは嫌いって言えるやつやったしな、お前は。さすがに予想外の展開やったから、少しは同情したろかと思て」 同情なんて、と白石に差し出された新品の紙パックを受け取りながら視線を逸らす。今明らかに自分の心を支配しているのは情けなさと悔しさだった。との約束をどこか踏みにじってしまったような罪悪感と、自分の一番大切なものを伝えられない焦燥感が混ざって渦を巻いている。たった一言「無理」と言うだけで済んだ話を、咄嗟にの顔が思い浮かんで初動が遅れてしまった。それを同情の対象とされてしまうと、いかに自分が優柔不断で頼りない人間であるかを認めてしまうことになりそうで、財前は上手く会話を続けることができなかった。 (しかも、同情されるんは多分俺やない。向こうや) たとえ24日を守り通すことができたとしても、いくら大人数とはいえ次の日に他の女子と同じ場所に行く自分をは許せないだろう。クリスマスのイルミネーションをいかに楽しみにしていたか、先日の昇降口での笑顔を思い起こせば簡単に分かる。しかも親友の言うとおり、1年で最も混雑すると言っても過言ではないだろう2日間に同じものを見に行く余裕もない。 思った以上に落ち込んでいたのかもしれない、言葉が出てこない財前を見て金色と白石も徐々に慰めの言葉を口にしなくなった。視界の片隅で金色が黙って携帯電話を触っている。もしかしたらあの親友は自分に対する罵詈雑言を並べ立てているのかもしれない、しかしそれを否定する権利も自分にはない。爽快な昼下がりとは正反対な曇った心の中で、どうすれば最もを傷つけずに済むか財前は必死に考えていた。 もしかしたら考える時間を与えるための屋上への連行だったのか。ふと顔を上げると金色は優しい笑みを浮かべ、白石が早く飲めと言わんばかりに笑って紙パックを指さす。甘ったるいミルクコーヒーをセレクトしてきた理由は分からなかったが、たった一通のメッセージを読むだけでここまで自分に時間を割いてくれる白石たちに、感謝をしなければならないことだけは分かる。 「ええのよ、お礼なんて。光くんがちゃんと悩んでる姿見られたら、それだけで十分」 「は?」 「なあ、。そう思うやろ?」 そしてミルクコーヒーは、財前の手からあっさりと奪われて白石が誰かに手渡してしまった。財前が慌てて顔を上げれば、大事そうに紙パックを抱え込むが少しだけ申し訳なさそうな顔をしてこちらを見下ろしている。任務完了、と呟いた金色は携帯電話をいつの間にか制服の中にしまっていた。 「ちゃん、光くんと話してあげて。このままやったら光くん一人が可哀そうなことになってしまうから」 「悪気ないんやったら素直に話せばええねん、なあ小春」 「そうよお、男三人で話すよりよっぽど健全やわ」 そして二人は笑って、教室へと戻っていった。あと10分よと階段の向こうから金色の声が飛ぶ。は笑いながら金色に手を振り、そしてしばらくの沈黙の後にそっと財前の隣に腰を下ろした。 こうして結局二人で話すことになるのなら、わざわざ金色たちを経由しなくともよかったではないかと一瞬疑問が浮かぶ。だがを隣に迎えた今、財前は自分がさほど動揺していないことに気がつく。依然としてどこから話せばいいのか分からなかったが、の顔を冷静に見つめるだけの余裕は心の片隅に生まれてきてくれていたことに、金色たちの沈黙の連行の意味を悟る。 「……ごめん、変なことになって。どこまで聞いた?」 「うん? 全部かな? せやけど24日はきちんと断ってくれたって聞いたし。私が内緒にしたいって言うてたから多分こうなってるし。光くんのせいやないよ」 思ったよりもあっさりとは笑うと、そっと違う紙パックを差し出した。それは普段から財前が購買部でよく購入しているレモンティーで、それをから差し出されることに財前は思わずお礼を言うタイミングを見失う。 分かっているのだろうか。それはかつて、が中学時代によく手にしていたものだということを。 片想いから始まったこの関係は、言葉に出せない想いを抱えた財前がいつもに関わる何かを追い求めていた時代を含んでいる。四天宝寺中学の2年7組の教室で、他の女子と笑いながら昼食をとっている時に机の片隅にいつも佇んでいた黄色いパッケージのそれを、いつしか財前も部活帰りに飲むようになっていた。白石がマスカットティーで忍足はグリーンアップルティーなど、3年生の間で一時期同じメーカーの紅茶の紙パックが流行っていたことも幸いだった。コンビニで迷うことなくレモンティーを選ぶ財前を見て、王道やなと笑っていた白石が当時何を思っていたのかは分からないが、乙女は黙ってミルクティーよと叫んでいた金色だけはひどく印象に残っている。 「これ、好きやったな」 「今でも好きやけどね。光くんもよく飲んでたよね」 そうではないのだ、と答える前にの頭を撫でて引き寄せる。片想いをしていた時期の名残なのだ、隠れようとする独占欲の残余なのだ。思い返すことで改めて、今自分に温もりを与えてくれる位置にいるの存在がいかに貴重なものであるかを悟る。同時に、いつまでも自分の隣にいてほしいしそれを周囲がもっと認識してほしいと強く思う。 温もりを抱き寄せ、薄く水色を刷いたような空を見上げる。心の中は利己的な感情が渦巻いていて、に自慢できるような一途な想いとは程遠い。けれどだからといって清廉を謳ってこの温もりを手離すことなど到底できないことも分かっている。 「、俺と付き合うてることあんま言いたくないんやろ」 「言いたくない……よりは、なんていうか」 「なに?」 「自慢みたいで恥ずかしい」 ここまでもてるとは思わなかった、とは小さく呟いた。 その視界に自分が収めてもらえるようになってから、まだ2年も経っていない。一番テニスで活躍できただろう中2の夏の時期ですら、テニス部のレギュラーであることを驚かれる程度の関係だった。ただひたすら、財前が胸の内に想いを秘める日々が続いて、それを受け入れてもらえるには中3の夏を待たなければならなかった。その間の出来事が、テニスとは無縁の生活だったが引け目を感じるこのような未来に繋がるとは予想もしていなかった。 財前はの肩に頭を預け、静かに目を閉じる。 「もてたいかもてたくないか言われたらそらもてたいけど、それやったら中2まででよかった」 「なんで?」 「彼女おるのにもててどうすんねん。もてへんかったら付き合うてること言うてもよかったんやろ? 変な男の方がよかったかもしれん」 「ええ……それは嫌や」 「……そうやな、俺も嫌やな。それやったらもう自慢すればええやんか、一択やんか」 「せやからそれは勇気がいるんやって。光くん、他人事やと思って!」 「そうやな。俺言えるし。自慢してきたるで、が彼女やって」 その一言で簡単に頬を赤らめる恋人の、たっての願いとあらば聞き入れないわけにはいかない。この先もしばらく公にできない関係でい続けてあげるべきなのだろうと、財前は恥ずかしさと妙な怒りに文句を言っているの頭を撫でて自分を納得させる。25日は自分でなんとかするしかない。出かけられることよりも公表することを嫌がっているを前にして、財前は覚悟を決めるように空を仰げば予鈴のチャイムが鳴り響いた。 冷たいレモンティーを片手に立ち上がり、空いた右手をに差し伸べる。まだ少し怒っているらしいは、若干文句を言いたげな瞳で財前を見上げた後、そっと左手を添えてきた。 細く柔らかい指。中学時代から変わらないその指を見つめた時、財前はふと思いついた物に自分で言葉をなくす。 「光くん?」 「え? あ、うん。、言うのは嫌やって言うたな。言うたよな?」 「え? う、うん。たぶん」 何の言質だとあからさまに警戒するをよそに、本鈴が鳴り響くまでの5分の間に屋上から慌てて降りてを(周囲に悟られないように)送り届けた後、財前は高揚した心を隠せないまま自分の教室へと向かう。本鈴が鳴り響くと同時に戻ってこれた教室はまだ喧騒に包まれていて、耳を傾ければクリスマスの話題が簡単に飛び込んでくる。 「どこ行っとたんや財前、ユニバ結構みんな行くことになってんで」 「悪い、俺やっぱパス。行けへん」 「は? なんでや、テニス部クリスマスにも部活すんのか?」 自分の席について授業の準備をしていると、前の席のクラスメイトが目を丸くして尋ねてくる。視界の片隅には先ほどの提案者の女子と、そしてさりげなくの親友も映るようになっている今の席は、抜群の配置だと初めて思った。 「ちゃう。24にユニバ行くねん。彼女と」 「は、彼女?! お前彼女おったん?!」 そしてこのクラスメイトの声の大きさは、今日一番の働きをしてくれる効率性を備え持っていた。 教師が入ってくると同時に会話は切り上げられ、5時間目から6時間目までの休み時間はの親友が手荒い感動の仕方で財前を褒め称え、そして6時間目が終われば誰の追及も許さない勢いで部室へと向かった。財前の顔を見るだけで、白石も金色も何も質問を向けてこない。ただ部活が終わった後、コンビニで今日2つ目の黄色い紙パックをおごってくれた。 慌ただしく日々が過ぎる中、クリスマスまで残り2週間をきった。それでも期末テスト明けの学校では当たり前のように授業があり、部活があり、土日には遠出をして練習試合に出かけることもある。自分を拘束するものは多く、を手離さなければならない時間は増え続ける。 神戸での練習試合からの帰りは、雪が降っていた。ここ最近では12月の雪は珍しい。神戸の繁華街に降る雪は、クリスマスの装飾も手伝って非常に清麗な空気をまとっていた。ただしその分冷え込みも激しく、寒々しい空から逃れるように早く暖房のついた電車に乗り込みたかったが、今日がクリスマス前の最後の土曜日だった。そして明日は家族全員が家にいることを兄がこっそりと教えてくれている。つまり、今が誰にも詮索されず自由に動ける最後の時間だった。 「部長、ちょっと俺寄り道していいすか」 「ええで別に。千歳なんかもう先に帰っとるしな、今日はここで解散にしとこか」 融通のきく部長はこのような時にありがたい。学校まで戻らずともよいとお墨付きをもらって、財前は急ぎ足で改札口から離れる。雑踏の中を携帯電話片手に器用にすり抜け、テスト期間中もずっと見ていたとある店の店舗情報を検索する。ありがたいことに駅から出た目の前の百貨店にその店舗はあったが、振り返ればまだ白石たちが見え隠れしているような気がして財前は違う店を探すことにした。神戸を訪れることが初めてではない経験も幸いする。軽く一駅分を足早に歩いて目当ての別の百貨店にたどり着いた時には、雪は少し本降りになってきていた。 しかし、電車の運行を気にする余裕はどこにもなかった。クリスマス前の百貨店に男子高校生がテニスバッグを持った制服姿で一人で入店する、そのアンバランスさに躊躇している暇もない。目指す店は1階のアクセサリー売り場にあり、中学の頃よりも伸びた背のおかげですぐに見つけることができた。そしてたどり着いた矢先、 「ちゃんにはやっぱりピンクゴールドやと思うわー。これなんかどう、光くん」 「何言うてんねん小春、シルバー一択やで。シンプルな方がもつけやすいやろ絶対。財前の目的は『学校でつけさせる』やろ?」 「それやったらますますピンクゴールドやわ! 可愛いからこそつけたくなるっちゅうもんよ! そしてダイヤよ! 乙女は黙ってダイヤでしょう?!」 「案外目立つでー、シルバー以外は。がますますつけてこーへん方に100円な。そんでダイヤやと余計に気が引けるに200円」 「少しぐらい隠れようとか思わへんのですか、あんたらは!」 店員が微笑んでくれるのは、本心から温かく見守っているのかそれとも商売だからか。問いただす勇気もなければ時間もない。既に神戸を出る時間になっていることは、家の面々にばれているはずだった。今夜に限って練習試合を労いたいと母も義姉も言い出すものだから、帰宅予定時刻を伝えてきてしまったのだ。 両肩に実際の重さとしてのしかかる二人に無視を決め込んで、財前は予めインターネットで調べてあった指輪を指さす。学生服姿の三人を相手に店員はくすくすと笑いながら「こちらですね」とショーケースの中に手を伸ばした。シルバーのリングに小さなダイヤモンド調の人工石が取り付けられたその指輪は、リング部分も細く石もあまり目立たず、が抵抗なくつけやすいものという財前が探していた条件にぴったり一致する指輪だった。 シルバーなのね、と残念そうに呟く金色の声に店員はもう一度笑ったあと、しかしなぜか取り出そうとするその手を止めた。 「お客様」 そっとうかがうような上目遣いの視線に、財前は緊張を見抜かれたような気がして一瞬硬直する。高校生の自分が買うには不釣り合いなのか、それは高すぎるのか安すぎるのかの見当もつかない。お節介な義姉は指輪に関してだけは何の情報も与えてくれなかった、とこんな時に思い浮かぶあの勝ち誇った顔に複雑になっていると、店員はなぜか柔らかい満面の笑みを浮かべ、 「同じようにシルバーでキュービックジルコニアがついた、こちらのペアリングもございますが」 そのように誘惑の一言を囁いてきたものだから、財前が言葉に詰まる一瞬の隙に背後の二人に「それでお願いします」と即答された。 鮮やかな青色のリボンで彩られたリングケースが、今まで持ったことのない小ささの紙袋の中で静かに待っている。24日の天気予報は、あつらえたように笑った雪だるまが佇んでた。 |
| 21/06/15 |