| 童心 エピローグ |
「いやいや白石くーん、それ反則ですから! なんやねん2組、執事喫茶をやるっちゅう話は聞いとったけど、まさかそこまで本気でやるとはこっちも思ってへんがな!」 「そうよお、蔵リン。男前度が増しすぎて、小春、ときめいてしまうやないの!」 「小春?! ちょい待て、それはあかん、あかんで! 俺の方が男前言うてくれ!」 「ユウジ、それは説得力欠けるやろ」 「なんでやねん白石! お前まさか、小春のこと本気で狙うて……!」 「いや、女装しとるお前に惚れるのはなかなかに難しい。ちゅうか似合いすぎやな、お前ら。小春その制服誰のやねん。それあの女子高の制服とちゃうんか」 「姉さんのよ。背丈一緒やからちょうどええわあゆうて貸してくれたの。どうかしら、蔵リン!」 「今すぐ学校忍び込んでも違和感ないんとちゃうか、小春なら」 「いや、いやいやいや白石。そこはつっこめ。違和感どころか不信感丸出しやないか!」 「うるさいわ、ケンヤ! お前の方こそスーツ似合うてへんで! 七五三か!」 「お前の女装に言われたないわ、アホユウジ! どこの戦時中の女学生やねん!」 本日晴天、四天宝寺中学伝統の木下藤吉郎祭はかつて一度も雨に天を支配されたことのないという伝説を今年も無事更新できたことに、他の誰でもない教師陣がほっとしていた。噂によると晴れでないと祟りがあるとかないとか、それは四天宝寺の七不思議のひとつらしく、あまりの教師たちの真剣ぶりに小春でさえも調べるのを躊躇する。 しかし年に一度の文化祭に、教師の顔色を観察するなどということに時間を使うほど大人な生徒はここには誰もいない。所詮は自分が楽しみたいと思う、その気持ちに従う子どもの集まりなのだ。普段よりも一層羽目を外してもよいと許可されている日に、誰が好き好んで冷静さを謳おうとするものか。それが許されているのが四天宝寺中学ではないかと、開会式で校長自らが宣言するのだから生徒としては従わないわけにはいかないのだ。 「俺ら休憩中やけど、小春らもか? どうや、せっかくやし他のクラス見にいかへんか」 白手袋を外して白石が問いかける。忍足は息苦しそうにネクタイを緩めた。執事喫茶とメイド喫茶を交互に行う時間編成のおかげで、融通のきく時間は多分にあった。 女装バーを催している8組もそれは同じらしく、女子高生姿の小春たちの手には既に他のクラスで購入したらしいクレープが握り締められている。ブレザー姿の小春には妙にしっくりくる図であるが、昔ながらのセーラー服にみつあみというオプションまでつけられた一氏が食べる様子はまるで歴史の一瞬を垣間見ているような錯覚を起こさせる。 「そうね、それもいいわね。ねえユウくん」 「せやなあ。最後の文化祭ぐらい、きちんと全部見てまわるか。テニス部のたこ焼き屋にも顔出すんやろ、手伝いに。ついでに行けばええんとちゃうか」 「俺らが焼いとったら何部なんかまるで分からへんな、これ」 「謙也の言うとおりやな。ま、それも醍醐味のひとつっちゅうことで。財前からかいに行くか」 四天宝寺中学の生徒と一般客とでごった返している廊下の波をかきわけて、4人はまず3年の階を見てまわることにした。 どこからともなく、あてもなく。歩いてみればなにかにぶち当たる、それが四天宝寺中学。 「……あの後ろ姿は、見覚えがあるな」 「ええ、ものすごくあるわ。ユウくん」 「見覚えどころか身内のにおいがぷんぷんするで、あの頭」 「……そういえば、5組は時代劇やったな。なんやった、タイトル。ええと」 「『五条大橋で会いましょう』よ、蔵リン」 「なんやねん、それ」 「かーっ、ケンヤくんは歴史を知らへんおこちゃまですねえ!」 「うるさいわ、ユウジ! お前この前の中間テスト俺より順位低いやんけ!」 「なるほど、つまり」 白石が納得した瞬間、見覚えのある後ろ姿は誰かに捕まった。どうやら同じクラスの女子らしい。身長の関係上女子が見上げる形になっているが、どう見ても主導権は女子にある。少々たしなめる雰囲気をかもしながら交わされた会話の後、大柄な親友は一度深く頭を下げた後そっと白い頭巾を頭にかけた。 「……どう見ても弁慶やな、あれ。似合いすぎやで、銀」 「かぶってもかぶらんでも僧兵やな、あいつ」 「……僧兵モードに入ってしもたんやったら、声はかけられへんな。他行くか」 白石の言葉に3人は頷き、先へと進む。石田は出番寸前だったのだろう、5組の前では生徒が義経と弁慶の時代劇の間もなくの開演を知らせていた。 「しかし、あれやな。テニス部は仮装ばっかりやな」 一氏が呆れぎみに呟いたのは、1組に向かおうとしたその時だった。 女子高生姿(本人はそのように言い張るが、白石たちからすればどう見ても戦時中の女子中学生である)の一氏に言う権利はあるのかないのか、もはや誰も決められない。 それは1組の教室前で、悠然と休憩を満喫するドラキュラが陽気に手を振った瞬間だった。 「ドラキュラならドラキュラらしくせえよ、千歳。なんで人間に優しいねん」 忍足の言葉に全員が笑う。執事ふたりに女子高生ふたり、そこに陽気なドラキュラが加わってもはや何の集団なのか傍からするとまるで分からないはずなのだが、彼らのこの夏の活躍を知っている四天宝寺中の生徒は全員が寛容である。全員が訝るのではなく温かく見守ってくれる視線を向ける。 「なんね、ケンヤ。それ七五三ね?」 「なんでお前までそれやねん、アホか千歳!」 「……違ったとね、白石」 「……本気やったんか、千歳」 鋭く尖った犬歯を光らせながら真顔で問いかけるドラキュラという図は、仲間意識を飛び越えて笑いを誘うばかりである。執事喫茶の旨を伝えて忍足が執事のひとりであることを確認させるものの、千歳はそれでも腕を組んで真剣に考え込むものだから、ドラキュラがますます人情味を帯びてしまって周囲の笑いを誘う。下手に身長がある分目だって仕方ない。 「千歳、お前も休憩か? テニス部の模擬店の手伝いも兼ねて校内巡ろうっちゅう話になってんねんけどな、お前も行かへんか」 いつまでたっても千歳は忍足と七五三という公式を拭い去ることができないらしく、なかなか納得の表情を見せない。このままでは往来の迷惑になると考え、白石は苦笑しながら問いかける。忍足は寂しそうに小春に慰められていた。 「よかね、ドラキュラひとりは恥ずかしか」 恥ずかしいのならそのように廊下で様になる休憩の仕方をするな、と誰もが思ったが、あまりに嬉しそうにするドラキュラに全員逆らえなかった。 かくして5人で連れ立つことになったが、2組の前では白石と忍足を目当てに来ていたらしい2年の女子がふたりに残念そうに声をかけてきた。そのひとりが以前まで白石に片想いをしていた女子であることは全員が知っていて、「恋愛って無常ねえ」と小春が呟くのを忍足と千歳は黙って聞いていた。 白石が誰かを大切に思う分、誰かが白石に対する思いを捨てなければならない。 それを白石自身重々承知の上で、求められれば会話はするものの線引きは絶対に揺るがさない。それを2年の女子も理解しているのだろう、どこか割り切った表情をしているように見えた。 「……今、なに考えとる? 小春」 「うん? まあ、ユウくんと同じやと思うけど」 「あいつ、白石みたくちゃんと片付けたんかいな。不器用や言うて逃げれるもんちゃうけど」 「さあ、どうかしら。仲直りはしたらしいけど」 こそりと呟くふたりに、千歳は悠然とした笑みを浮かべたままだった。 やがて白石と忍足が戻ってきて、5人は4組の手前で足を止めた。 「……なにしてんねん、小石川」 「……仮装にもほどがあるやろ」 「なにがやねん。いや、お前らに絶句されるいわれはないで。俺らのクラスはネタに走ってへん、真面目賞狙いに本気で作ったんやからな!」 江戸時代の武士の格好、そして中学生らしからぬ出来栄えの月代の頭で堂々と入り口に立つ小石川に、一氏までもが呆然と見つめる。5人が黙して4組のドア上に飾られた看板を見上げれば、明朝体で荘厳に書かれた「トイレの歴史」の6文字。その出来栄えと5人の唖然ぶりに小石川が胸を張る。 「トイレの歴史でなんでお前は江戸時代の人間やねん」 忍足がまるで理解できないという表情で尋ねると、小石川は手招きをして5人を4組の中へと招きいれる。歴史と銘打っているだけあって、いつもは冷静沈着と頭脳明晰が合言葉の4組の教室内が紀元前からの歴史を辿る展覧会のつくりなっていた。 「これや、俺はこれの解説係やねん」 小石川が堂々と見せつけたのは、江戸時代のトイレだった。 「どうせ江戸時代やったら、お姫さんとか町娘とか芸者に解説してもろた方がええわ。なんで武士みたいな堅苦しいのに説明されなあかんねん、肩凝るわ」 4組から静かに退場した後、ぽつりと零れた忍足の呟きに珍しく一氏は反論しなかった。 真面目やな、と誰もが小石川の性格を思い出しながら、階段を下りる。そこはどこか懐かしさが漂う、2年の教室が並ぶ階だった。そこに足を踏み込んだ途端、全員が同じ方向を向いてしまったのは見間違いではないだろう。その瞬間、5人は互いを見合わせて「そうやんな」「せやで」「そうよね」「そうや」「そうたい」と心の中で呟いたに違いない。 2年7組の教室に足を向けることを、誰も止めなかった。 執事の白石がちらりと7組を覗くと、そこには3年生ほど羽目を外すことが難しい2年生らしさが漂う喫茶店になっていた。1000人を超える大所帯の四天宝寺と言えど、白石の後ろに小春と一氏が並べばそれだけで視線は集められるほどの実力をテニスなり笑いなりで誇示してきた5人である。実は一番隠れたファンが多いのは忍足だという現実に本人自身は気づいていなかったが、千歳が一番高いところから教室内を覗いてしまえば、7組の人間は全員誰を探しているのかすぐに見当がついていた。 「あの、先輩。すみません、今財前くんおらんのですけど。休憩中で」 「あ、そう。どこ行ったん、あいつ」 「えっと、どこ……なあ、誰か財前がどこ行ったか知ってる?」 聡明そうな女子が問いかけるものの、誰も答えられない。そうだろうな、と白石はひとりで納得して礼を述べた後7組から4人を連れ出した。全員が納得した顔をしている。そうだった、財前が誰かに監視されるような休憩の仕方を好むはずがなかったのだ。 「久しぶりすぎてあいつの癖忘れとったわ。模擬店の方でも行ってみるか?」 だが2号館と1号館の間、噴水脇に並んだ各部の模擬店の中にあるテニス部のたこ焼き屋を覗いても、そこには金太郎の姿しかなかった。 また外れたか、とため息をつきかけたその時、珍しく食べることよりも作ることに専念していた金太郎がたこ焼きをひっくり返しながら口を開いた。 「財前? 彼女とでかけたで」 なあ、と金太郎が隣で販売を担当している同級生に確認する。金太郎はその事実を知っていたが、まさか今この陽の高い、文化祭真っ最中という時間に聞くとは予想もしていなかった。白石たちが少々驚いて言葉を挟めないでいると、その間に商品の受け渡しをしていた1年の芦原があっさり頷いた。 「はい。さっき彼女の人が来て、それまで部長作っとったんですけど休憩がてら出かけていきました。……あっ、金太郎! お前なに食べてんねん!」 小春が口を押さえる。一氏がみつあみが浮くほどに激しく首を横に振る。忍足にいたってはもはや反応もできず、それこそ写真を撮るタイミングを間違えた七五三の図だ。白石だけは辛うじて冷静さを保っていたが、全員が思うところは同じである。 「なんね財前、金ちゃん以外にも彼女んこつばらしたとね。男たい」 熊本弁のドラキュラが小さく口を鳴らして呟いた、それが合図だったのかもしれない。 「あっ、白石! 手伝うてくれるんとちゃうんかい!」 薄情者、と金太郎が叫んでも誰も振り返らなかった。執事が携帯電話を取り出して相手の所在を確認しようにも、問題の相手は出ようともしない。女子高生が持ち前の頭脳で「休憩中に出歩くタイプとちゃうわね、光くん」と呟いた瞬間、ドラキュラはぽんと手のひらを叩いた。 「財前の逃げ場所はどこね、白石」 「……逃げ場所。屋上か」 最近の記憶に残っている、珍しく落ち込んだ様子の財前の姿。本人は不本意の極みかもしれないが、屋上という場所とあの幼さの中に寂寥をまとった表情は簡単には忘れられない。もしかしたらひとりだけの空間としてあの場所を好んでいるかもしれないが、だがなぜだろう、白石は自分が呟いた言葉を訂正するつもりにはならなかった。 ひとりを貫き通したかったら、そもそも付き合わない。そもそも、この前の気まずさに立ち向かわない。簡単に割り切れるほど要領はよくない子どもだ。 だからたどりついた屋上に、財前との姿があったのは当然のことかもしれなかった。 そっと扉を開く。都合よくふたりはこちらに背を向けている。隠れた5人は仮装して屋上で陽を浴びるふたりは制服姿というバランスの取れていない図ではあったが、そのような外見を気にしていられるほど白石たちも大人ではない。 「こういうのって、本人たちよりも覗く方が興奮しちゃうわよね」 「小春、その呟き生々しいわ」 そうつっこむ忍足の方こそ緊張の面持ちをしていると、白石と目が合った一氏も千歳も思っていた。だがここで言葉に出してしまうと、声を上げて反論されかねない。なにもかもが幼さから抜け出せない自分たちに、しかし今日という日は誰も抵抗しない。 今日は文化祭だ。日々笑いを取ることを是とするこの学校の年中行事の中でも、思う存分楽しみ騒いでいいとされる祭のひとつだ。そのような日に、楽しまない方がもったいない。 「あいつら、いつのまに普通に戻ったんや。ちゅうかいつのまに財前彼女おることばらしたんや。俺聞いてへんで」 「そらケンヤには言わへんやろ、あの生意気が」 「なんでやねん」 「お前んとこみたいに年がら年中平和を売りにするようなやつに、喧嘩しましたーせやけど仲直りしましたーとか言うか? あいつが。言わへんやろ」 一氏の言葉に忍足は黙る。納得というよりも自分の恋愛事情を口に出されると大体この男は黙るようになっている、それを一氏は知っている。要するに黙っていろという意味だ。 「蔵リンのおかげね、今回は。作戦立てたのにアタシの活躍の場所まるでなかったもの。ほら、光くん笑てるし。あんな笑い方反則よ、ああもう、ときめいちゃう」 「ちゃうで小春、あいつら勝手にどんどん仲直りしていったんやで。俺少し財前の話聞いて、少しに会うただけや」 「そんだけで仲直りさせた白石の勝ちたい」 後輩の心得でもあるのか、財前たちは観察されていることにまるで気づかない。 柵にもたれてテニスコートの方を向いているふたりは、テニス部の模擬店から持ってきたのかたこ焼きを食べながらなにかを話していた。時折が笑みを浮かべながら財前を見つめる。身長の関係で覗き込むような角度になる、それは随分可愛らしい仕草に見えた。 財前はいつもどおりだった。テニスコートや廊下や食堂で見たことのある表情だった。だがふと気づくと、笑っていることがある。その笑みはどこか最近の成長を納得させるもので、笑っていない時の雰囲気も決して硬くない。むしろ穏やかな気の許し方とでも言うのか、安心してなにかに身を任せているような背中だ。 「……普通、こういうふたりっきりの場で話して終わりってことはないなあ」 言葉は聞こえず、しかしふたりの雰囲気だけは見せ付けられる立場としては、見守ることなどつまらないに決まっている。 想像と言えば可愛らしい。だが実際は妄想になる、その思いを呟いたのが白石であれば、誰もつっこみを入れる者がいなくなる。双子のように慌てて一氏と小春が振り返り、忍足が息を飲み、千歳は楽しそうに笑みを浮かべる。 「……キスでもしようもんなら」 「キス?!」 「うるさいわ、ケンヤ!」 「……ここまで見られて気づいちょらん財前は大物たい」 「いや、多分これは」 気づかないほど目の前のに目を奪われているのではないのか、と白石が首を傾げた、その時だった。 「あらっ、ちゃん手伸ばしたわ!」 「彼女の方からやんか! え、なんやあいつらそういう関係なんか! 意外や」 「アホ言え、ケンヤ。財前が主導権握らせるようなこと許すはずないやろ」 「髪直してあげると。優しか子ね、彼女」 「……で、そのまま終わる財前では……」 ないだろう、と白石が呟いたのが先か忍足が我慢できずドアを開けてしまったのが先か。 それとも、に近づきかけた財前が慌てて離れたのが先か。 「アホ、ケンヤ! なんでお前はいっつもおいしいとこ持ってくねん!」 女子高生がみつあみを怒りに震わせるような声で叫べば、執事は大人しくしていろと言われたのに外で遊んでしまって一張羅を汚した子どものようにしゅんと黙る。大人びた執事は堪らず嘆息を零し、眼鏡の女子高生は首を横に振る。人間味のあるドラキュラは、そんな4人を見てまた笑う。 「アホは先輩らや!」 秋空の下、財前がそれだけしか叫ぶことができなかったのは、恐らくあまりに分かりやすい展開と、そして自分のしようとしていた行為の弁明ができないための照れ隠し。 文化祭が晴天でなければこのような出来事もなかったのだろう。晴れていなくてはいけないという伝統は、生徒が子どもらしく1日を満喫するための最低条件だ、と小春が後日断言したのを、白石たちは当然のこと、財前も否定しなかった。できなかっただけだが。 喧嘩を始めた忍足と一氏をよそ目に、白石は財前とに向かってそっと笑みを向ける。 が頭を下げると、財前も渋々とほんの少し頭を下げる。その図があまりにも自分には真似のできない可愛げがあって、白石は声を上げて笑ってしまった。 |
| 10/07/16〜10/08/02 |