| アウトサイド 夏 02 |
春の記憶は新しく、苦い。 惹かれあったはいいものの、その感情を扱うことにどちらもうまくなく、ふたりは一度別れを選択していた。その時の白石の落ち込みようを目の当たりにしている手前、忍足はやみくもに、簡単に、無神経にふたりの関係に口を挟むことはできなくなっていた。 (せやけど、戻ること選んだんやったら今度こそ楽しめばええんとちゃうか。違うんか? それが千歳の言うとった、試練か? 俺が思う、こいつの不器用さか? よう分からんわ) 国語の教科書に隠れて白石の背中を、そしての背中を見つめる。1時間目はそれだけで時間が流れた。 親友の恋愛を、見守ることのなんと重きことか。 自分に課した本日の課題ながらも、忍足は2時間目の段階で既に挫折しそうになっていた。梅雨が明けて夏まっしぐらという今日の天気も災いしている。教室中央という席は周囲を囲まれている圧迫感と、窓からも廊下からも風が届きにくい息苦しさに終始戦いを挑まなければならなかった。 「忍足ー、もう少しやる気見せようとせんかー」 「やる気満々やないですか、先生。見るとこ間違うてるんとちゃいますか」 「嘘つくなー、せやったらこの問題解いてみい。答えいくつや? 今の説明聞いとったら分かるなあ?」 「え、ちょ、ひどいわ先生!」 「なに言うとるんや、だらけとった罰や罰。白石、助けたってくれ」 「ああ、はい。えーっと……3で合うてますか?」 あっさりと問題を解いてみせる白石の背中を、少しばかり恨めしく思いながら見つめる。なにをするにも波乱なく、万事手堅く過ごしきってしまうこの親友を思っての1日だというのに、自分ばかりが損をしている気がした。 (ああ、はいはい魅力的魅力的。ええ男ですよ白石は。せやけどなあ、こいつ恋愛だけは絶対下手やからな!) 誰に言うこともできない敗北の台詞を心の中で呟く。皺のついてしまっていた数学の教科書を強引に直そうとしていると、ひとつの視線に気づいて忍足は顔を上げた。 がまた、ごめんねと呟いている。そう思える視線だった。 (せやから、なんでお前が謝るんやって。ちゅーかなんやこれ、気づいてへんの白石だけか? お前どこまで不器用やねん) 2時間目の数学をなんとかしのぎきり、たまらず忍足は廊下へと逃げ出した。北側に向かって開け放たれている窓から流れ込む風がいつも以上に心地よい。窓の向こうに両手を投げ出し、大げさなため息をひとついた。 「……あ、えーと……。、」 「忍足くん? どうかした?」 両腕を風に冷やさせた姿勢のまま、視界に飛び込んできたを小さく呼ぶ。 「なあ、お前今日なんかあった? あいつと」 「え? なんで?」 「なんでって……いや、別に」 呼びかけたはいいものの、言葉も思いも用意していたわけではない。 の見つめてくる視線に窮し、唐突な質問をぶつけるがふたりで話すことなど稀な関係では会話が続くこともなかった。 「……もしかして、さっきの?」 しばしの沈黙のあと、が上目遣いで小さく尋ねる。 「さっき? ああ、さっき、うんさっき。なんでお前が謝るんか、俺よう分からへんくて」 「謝る……ああ、そっか。ごめん、なんか口癖みたいになってしもてるから。忍足くんと目が合うたら、思わず」 「思わず……はあ」 「深い意味はあんまないよ、せやから。ごめんね」 あ、と口を押さえて困ったように笑った。こんなにも柔らかい笑い方をする人だったか、と自問をしているうちには用事があるからと廊下を去っていく。 ふたりだけが、全てを理解していて自分だけが、やはり意味が分かっていない。 自分と勝手の異なる恋愛をしているふたりに、それもそうだと納得する心とどうしてもはがゆく思う心とが諍いを起こしているような妙な気分だった。 「……ようやりますわ、先輩。千歳先輩の言うたことなんも聞いとりませんね」 「うわっ、なんやねん財前! ちゅうかここ3年の階やで!」 「音楽室行きたいんですわ。はよどいてください」 リコーダー片手に冷めた目をする後輩の後ろ姿も見送りながら、今日1日の相方となってくれているようなため息をひとつ。 そのため息が届いたかのように財前が振り返り、じっと忍足を見つめた。 「俺からすれば、どっちもどっやと思いますけど」 「……は? なんやて?」 「部長も先輩も。まあ、平和っちゅうことなんでしょうけど。ツッコミは一氏先輩に任せますわ。俺は見とるだけの方がよさそうやし。ちゅうかつっこむのもなんか疲れるし、これ」 横着に利き手の脇に教科書と楽器を挟んでいる、そんな生意気な姿勢から生意気な言葉を聞かされると、腹の立つ度合いがまるで違う。 むっと財前をに睨み付けるが、そんな態度に今度は財前がため息をついて去っていった。 「ケンヤはいつから世話焼きの姑になったとや?」 千歳が目を丸くしたのは、その日の部活の時間のことだった。大柄な男が愛嬌のある表情を難なく浮かべられるこの器用さが、今日ばかりは少し腹立たしい。白石もこの男のように器用な毎日を全うすればいいものを、とまた白石中心の思考回路になっている自分に気づくと、反論の言葉も出なかった。 千歳はコートに腰を下ろしていた忍足の前にしゃがみ、表情を覗いてくる。千歳が長い指で自分の額を指差した時初めて、眉間に皺が寄っていたことを知った。 「仲間言うても、他人のこつたい。お前が気張ることもなか」 「気張る? アホ言うな、別に誰も気張ってなんか」 「いや、気づいちょらんはケンヤだけたい」 千歳に促されて顔を上げれば、苦笑を浮かべる小春と目が合った。一氏がいつものようにつまらなさそうにこちらを見ている。アホ、とその口が呟いたのを見てテニスボールを投げつけたら、軽くかわされて背中を向けていた石田に直撃した。 「……ケンヤ、ワシに恨みでもあるんか?」 「ない、ない! アホ、ユウジ! なんで避けんねん!」 「いや、なんでわざわざぶつからなあかんねん。アホちゃうかお前」 「そこは空気読めや!」 「空気? せやったら、お前こそ空気読んで白石へのちょっかいやめたらええんとちゃうか」 しん、と一瞬夏のコートが静けさに包まれる。その時の胸の鼓動は痛かった。言葉をえぐられたと気づいたのは、一氏が沈黙の中で鼻で笑ってみせたから。 「なに焦ってんのかは知らんけどな、そもそもお前に口出されるいわれはあいつにはないねんで。財前にちょっかいかけとった白石を止めようとしたやつがよう言うわ」 一氏の言葉に、小春が後を繋がない。それは言葉が見つからないのではなく、言葉が必要でないからだった。小春の苦笑は消えていない。そのとおりという合図だ。 緩い放物線を描いて、石田にぶつかったテニスボールがこちらに戻ってくる。 顔を上げれば、石田の向こうで白石が目を丸くしてこちらを見つめていた。 「なにしてんねん、謙也。練習始めるで? なんかあったんか?」 「なにも、なにもよ蔵リン。部長がいなくて寂しいわあって語り合ってただけよ」 「そうか。ならご希望に答えて特別練習発表といこか」 渡邊から指示された今日の練習メニューを伝えられると、途端コートが歓声なのか雄叫びなのか悲鳴なのかよく分からない声に埋もれる。声を発していないのは、コートに座ったままの忍足だけだった。 「まあ、俺はケンヤが焦る理由は分からんでもなかけんね。ばってん、焦らされとる、の方が正しかとね?」 「……なんやねん、それ」 「白石もああ見えて弱かところがあっとたい、付き合うこつも必要ばい」 促されて立ち上がった時、千歳は懐かしいものを見るような目で忍足と白石を見ていた。 気負っても焦ってもいない、という言葉を飲み込んだ。 千歳の言葉に思考の一部を支配されたまま夕映えの綺麗な時刻まで練習に身を捧げ、汗だくになった身体を引きずるようにして部室に戻る。 寄り道先がたこ焼き屋か甘味処かで口論を始める一氏と財前に反応することもなく、忍足は着替えながらちらりと白石に視線を向ける。白石は器用にもはしゃぐ金太郎の話を聞きながら部日誌をつけていた。 (なんでも完璧にこなしよって。一回ぐらい努力っちゅうもんに飽きてみたらええねん、好きなように突っ走ってしまったらええねん。俺やったら絶対そうするわ) 背後では一氏と小春の即興コントが始まっていた。だが今日は観衆を石田と小石川に託す。ユニフォームをたたむことなく適当にしまいこみ、忍足は白石に手を上げた。 「白石、先帰るで」 「ああ、ええで。俺この後教室戻るし」 「……教室?」 入り口の取っ手に手をかけたまま振り返る。椅子に反対向きに座っている金太郎が少しだけ目を丸くして白石を見つめる。 「忘れもん」 忍足と金太郎の視線に、苦笑をしながら白石は答える。包帯の巻かれた左手が、シャープペンシルを持ったまま笑みを隠すように口元に添えられた。 「……そうか、ほなな」 「ああ、お疲れさん」 夕陽の残り火だけが頼りの夕暮れの中にひとりで帰路につく。ビルの隙間から流れ込んでくるひんやりとした風が心地よい。このまま早歩きで、寄り道をせずに家に真っ直ぐ帰ればすぐに夕飯にありつける時間帯だった。鳴りそうなお腹をさすりながら、左肩に預けた鞄をもう一度かけ直して正門に向かう。 空腹の時は白石のことも頭からいなくなるか、とふと思ったその時、忍足はぴたりと足を止めた。 「……あかん、明日美術の締め切りやないか」 まだ先だから、とロッカーの中にしまっておいた課題のプリントの存在を思いだし、ため息とともに引き返す。白石も同じ忘れ物か、珍しいと自分を慰めながら職員室など一部の部屋しか照明のついていない校舎に入り、2組を目指す。 まるで目印かのように、その時2組の教室に明かりがついていた。 忍足は廊下の真ん中で足を止め、しばらく考える。ああ白石か、と自分で見つけた答えに合点して一歩を踏み出したものの、部日誌を付け始めたばかりだった白石を思い出して歩みを止める。 しんと静まり返った廊下と教室。昼間の騒々しさが嘘のようだ。誰もいない校舎は少し居心地が悪いと思いつつ、足音をたてないようにしてそっと2組の中を覗く。 期待していたのかもしれない。そこにがいることを。 (……そういうことか。なんや、忘れ物とか嘘やんか) は自分の席についてなにかを書いている。忘れ物を取りにきたはずだが、どうも踏み込みにくく忍足はいくつか言葉を考えるが、時間ばかりが過ぎていく。 やがて、背後から誰かが廊下を歩く音が響いてきた。 忍足は慌てて隣の3組に入り込み、夕暮れだけが頼りの教室の中に隠れて白石が2組に入る姿を見届ける。白石がドアを閉めてくれた時、お前は優しいなと心の中で呟いていた。 「悪いな、待たせてしもた。こんなことやったらどっか他のところにすればよかったな」 「ええよ、ここで全然。あんまお店行くと太ってしまうし」 「まさか。あれぐらい結構平気やろ」 「白石くんの運動量と同じにせんといてください、結構大変なんやから」 3組からそっと出て2組のドアにもたれるように腰かけ、ぼんやりと廊下の窓の向こうの景色を見つめながらふたりの会話に耳をすませる。隠れた後の行動がこれか、と自分で笑いたくなったが、なぜか白石がすぐには出てこない予感があった。 教室の中に響くふたりの声は、考えずともわかるほど嬉しそうに聞こえた。 「でも、あれやね。どうせこの後帰るだけやったら、1階におった方がよかったね。白石くんにここまでこさせてしまうのも悪いし」 「別にええよ。昔はこんなんやったやんか」 「……それはもう言わんといてください」 「思い出すなあ、がいきなり告白してきた日。あれなあ、結構俺の中で」 「もうええ言うてるやんか、白石くん意地悪いわ!」 「なんで。あの時が言うてくれへんかったら、って思うと俺結構怖いんやで。うまく言えへんけど、怖いわ。今みたいに話せへんと思うと」 忍足は思わず頭を抱える。なにをこの男は聞いている人間が恥ずかしくなる言葉を臆することなくぽんぽんと口にしているのだ、と叫びたいのに叫べない苦しさがもどかしい。立ち聞きしている自分の立場こそおかしいという観点はこの際気にしないでおく。 (……せやけど) 小さな笑い声が聞こえる会話を後ろに、宵闇に包まれようとする外を見つめて思う。 (普通に話すなあ、こいつら。当たり前か、ふたりでおる時はそら普通に喋るわな。ここが教室やから変な感じになるだけで。……いや、変になんかなってほしくないんやけど) 自分の気負いは一体なにから生まれていたのだろう、焦りはなにを見て、聞いて出てきたのだろう。思わず自分の心に問いただしてしまうほど、白石との会話はごく普通に続いていた。 千歳の言葉が、耳の奥でこだましている。ほら見たことかと笑われているようだった。 (せやけどなあ、俺はこれをいつもすればええと思うんやって。なんで隠れるような真似すんねん、白石) 歯がゆいという言葉のなんと便利なことだろう。財前には、一氏にはまだ抱くことができないその歯がゆいという感情を、自分は白石にだけはどうしても譲ることができない頑固さで持ち合わせてしまっている。 自分が白石の味方になりすぎるからか、自分はどれだけ白石派なのか、と。白石白石と頭の中で何度も連呼させすぎている自分に気づいて少し辟易しかけた時、 「あ、ちょっと」 小さく声が飛んだ。忍足は顔を上げる。 「あかんて、白石くん」 「別にええって。もう誰も来へんし」 「せやけど、先生にばれたら」 「ばれへん、が黙っといてくれたら」 「あっ」 肌が異変を察知していた。忍足は思わず口を押さえる。がたんと響いたのは机か心か。 立ち上がるべきか。声を出すべきか。いや去るべきなのか。 頭は混乱しているのに身体の熱の反応が素直すぎて、なんなのだ自分はと頭をかき乱す。 「お前、教室でやる順番ちゃうやろ!」 頭上に声が響いたのと、ドアが開け放たれて身体がバランスを崩したのとどちらが先か。 胸の内の言葉をあっさりと読み取ってみせた部長が笑いながらこちらを見下ろしているのを、忍足は呆然と見つめることしかできなかった。 「……って、思たやろお前。心配症なのか世話焼きなのかどっちやねん、謙也」 「な、な……!」 「残念やったな。悪いけど俺、結構自制心ある方やで」 教室の明かりに少しばかり目を細めながら見つめ返すと、白石がおかしそうに笑うその後ろでが目を丸くしていた。その手には、よくよく見れば忍足が求めていた美術のプリントがある。慌ててのもとに寄れば、書きなぐった自分の名前が透けて見える。 「ちょ、なんでが俺の持ってんねん」 「ちゃうよ、私やなくて……白石くんがこれ、自分で書こうとして」 「……は? なにしとんねん白石、お前そんなこと先生にばれたら俺が怒られるやないか」 白石との会話の意味が突然変わり、けれど理解できる内容になってしまって忍足は恥ずかしさを堪えるべくいつもより少し大きめの声で反論する。 白石は笑って肩をすくめてみせた。 「立ち聞きしてまで俺のこと心配してくれるんやったら、俺はそのお礼をせんとあかんやろ?」 長い1日、それが最もこの親友を憎らしく思った瞬間だったかもしれない。 立ち聞きって、とが小首を傾げる。に向けての言葉など持ち合わせているはずもない忍足は白石を睨みつけるが、「なんもしてへんし、俺」とさらりとかわす様が憎らしいほどよく似合ってしまっていた。 前言撤回をする、と忍足は今朝の自分に、いや体育館の自分に伝えてやりたい。 「白石、お前なあ……!」 「文句言うとこちゃうで、ここ。もっと考えて行動せえよ、謙也」 体育館でその言葉を聞いていたはずの自分に、1日分の時間を取り戻させてあげたい。 不器用さを微塵も感じさせない白石を見て、腹立たしくなる自分にはそれは難しかった。 白石に始まり白石に終わる1日で得たもはの、常日頃とは全く異なる種類の疲労と、数ページ折れたりした教科書と、全くやる気にならなくなった美術のプリントだけだった。 気負いや焦りは無駄に体力を消耗させた。一夜明けて目覚めた自分の身体の感覚でそれぐらいは分かるようになっている。寝癖のまま朝食を食べていると「白石くんとなんかあったん」と当たり前のように聞いてくる母親に文句を言いたくなった、のに言えなかった。気負っていたらしい、焦っていたらしい。そんな自分の心はその白石によって壊されたが、と悶々としながら学校に向かう。 「あいつはええやつやってご満悦だったわよー、ケンヤくん。ねえ、なにしたの? 蔵リンに」 「なんもしてへんわ、朝からなんやねん。思い出させんな」 夏の早朝の、気温がぐんと上がるその手前。薄い青色の空の下で流れる風が心地よくユニフォームを、髪を揺らす時の心地よさは1日の時間の中でも群を抜いている。 それなのに、いやだからこそなのか柔軟体操をしている自分に向かって満面の笑みを浮かべる小春が苛立ちを呼んでくる。空の色とは不釣合いだとそのラケットを奪い取ってやりたくなるほどだった。 その苛立ちを見て、いつもであれば一氏と小春の掛け合いが始まる。だがいつまで経っても声が飛んでこない。どうした、と顔を上げれば、神妙な顔つきの小春ひとりがこちらを見つめていた。 「……ケンヤくん」 「なんやねん、もう聞く気ないで。ああもうあいつに無駄に時間取られたわ、そうやあいつはもとから要領ええやつやねん、俺よりは。俺よりは、やけど」 「もしかして、誤魔化されたことに気づいてへんの?」 夏の朝が始まる。最も心地よい瞬間は太陽によって終わりを告げられたのか、肌に降り注ぐ熱が急に熱さを伴う。小春の頭が潔いほどに陽光を照らしている。 「……誤魔化されたって、なにが」 「蔵リンに」 「だから、なにを」 「……ケンヤくんの追求を」 そこまで口にして、小春は慌てて両手を口で押さえる。 なんやねん、と目を丸くすることができたのは、たった一瞬。小春の口が再度開いてしまえば、それはすべての始まりで、終わり。 「さんが素直に笑てくれるだけで嬉しがる男やないの、蔵リンは。顔負け中なのよまだ。わざと隠れて付き合うてるんやなくて、まだまだ隠れてへんと落ち着かない関係やって……ねえ、本気で見抜いてなかったの? ねえ本気? やだちょっと本気? 冗談抜きで本気? ケンヤくん本」 「うるさいわ、ドアホ! しかもなんで大声で連呼すんねん!」 「いやだわ、だってケンヤくん、アタシてっきり分かっててやってると思ってたんやもの! それやのに蔵リンに堂々と付き合えとか言うやなんて、まあ今回のケンヤくんはなんて攻撃的とか思てたら、まさか本気でそう思てたなんて気づかへんかったのよ!」 「買いかぶりすぎやでー、小春。こいつこそ素直すぎる人間やんか」 「……真っ直ぐにもほどがありますわ、先輩」 財前が呆然と見つめるのも、小春が何度も首を横に振りながら悲鳴を響かせるのも、このコートにいれば当然のこと。一氏がつまらなさそうにため息をつくのも千歳がここぞとばかりに笑うのも、説明を求める金太郎をうまく誤魔化す石田の姿も当然のこと。 小石川だけが同情の視線をよこしてくれるのも、いつものこと。 「お前、アホや、アホ! 俺まで騙してどないすんねん! お前絶対友達いつかおらんようになるぞ!」 渡邊との打ち合わせを終えてコートにやってきた白石に蹴りを向けながら(それでも小春たちに聞かれては負け惜しみのように聞かれそうなので小声で)言うと、白石はただ笑う。 「謙也がおる限り、それはないなあ」 笑う表情がここまで似合う男であることも恨めしい。こちらの言葉をあっさり奪う素直さを持ち合わせているのも恨めしい。そもそも男に向けてそのような言葉を平然と用意できる器用さも、恨めしい。そうだ自分はこの男が恨めしくて仕方ないのだ。 それでも、自分はこの親友から目が離せないのだ。 いつも意識を向けなければ気がすまない、それは最後の夏も変わりそうにないらしい。まるで命がけの毎日だ。 魅力的な人間と付き合うには、命がいくつあっても足りないのかもしれない。 3年2組である日、ぽつりとに向かって呟けば、彼女はただ白石と忍足に向かって笑い声をあげた。 |
| 10/06/14 |