夏空と秋風

 白い雲が上へ上へ。どっしりと青い空にその牙城を築き、まるで空がその隙間を縫って青色を広げているような錯覚を起こさせる。
 高台に立つ青春学園の、夏の光景だった。それは2学期を迎え、季節としては秋へと変化していこうという今日も変わらず学園を包むようにして広がっている。

「ちょっと、もう。聞いてくださいよエージ先輩!」

 だからその声も、1学期と変わらず教室に響くのだ。
 聞き慣れた声と、聞き慣れすぎた名前だった。は顔を上げる。
 4時間目が終わり、3年6組全体が途端緊張の糸を切らして全員が解放感に浸ったような騒がしさに包まれたと同時だった。早く授業が終わっていたのか、本来であれば教室のある階が異なるはずの1つ年下のテニス部の後輩が、上級生の教室であることを気にも留めず教室の前のドアから叫んだ。すべてはそれが始まりだった。

「は? なに。急に。別に俺なんか桃に言われるようなことしてないんだけど」
「釈明から入る段階でなにか後ろめたいことがあるように聞こえるけどね、それ」
「うるさい、不二。それでなに、桃。お前昼飯はどうしたんだよ」

 9月に入り新学期とともに席替えをした6組では、不二が窓際の席になっていた。なにか見えない力でも働いているのか、必ず英二か不二のどちらかが窓際の席になるようになっている6組では、お昼休みには大抵窓際の壁にもたれて昼食を取る英二の姿を見ることができる。今もまさにその姿勢になろうとしていたところで、自分のタイミングを崩されるような形になった英二は少しばかり言葉に棘が多いように聞こえた。

「菊丸くん、機嫌悪くない? 
「うん、多分、不二くんの言葉が正解なんだと思う」

 弁当箱を持って仲のいい女子たちで机を近づける。が席につくと偶然にも真正面に英二と不二の姿があり、近づく桃城を英二が見上げる姿で迎え入れているところだった。

(全国大会終わってから、まだ1回も部活には顔出してないって言ってた気がするけどなあ。なにかしたのかな)

 箸を口に運んで、思わず考え込んでしまう。桃城と英二はまだなにかを話し合っていた。よくよく見れば桃城にはなにも荷物がなく、その話す横顔は若干いつも見せているうよな鷹揚さがないように思える。
 真面目な話かと見つめ続けていると、その視線の行き先を不二に気づかれてしまった。
 不二は一度英二を見つめる。英二はその視線に気づかない。桃城と話し込んでいる内容がますます真剣みを帯びだしたらしい、不二が視線を窓の外に向けた。不二が視界を景色に任せるというのは、考え事をしている最中でもある。何事だ、とはいつのまにか難しい顔を浮かべている自分に気づけなかった。
 先にその表情に気づいた不二が苦笑を浮かべながら廊下を指差したのは、しばらくしてからのことだった。

さん、その顔に出すぎるところ相変わらずだね。2学期もこの調子か、やっぱり」
「え」
「いや、僕は分かりやすいからいいんだけど。それに今日は、心配してもらってもいいと思うからいいんだけど」

 廊下の壁にもたれて、不二はまた笑った。開け放たれた窓から流れ込んでくる風が、線の細い不二の髪を柔らかく揺らす。南に昇って機嫌がいいのか太陽の光は痛いほどに強くて、今年の夏が酷暑と呼ばれていたことをあっさりと思い起こさせた。
 
「不二くんの意味深な言い方も相変わらずだよね」
「褒め言葉として受け取っておきます。今この場ですぐさんに伝えようとする心意気だけは認めてもらってもいいと思うしね」
「……なに、厄介なこと?」

 本来であればこの時間利き手が最も恋しがるはずの箸の存在など忘れて、ふたりで人気のあまりない廊下に佇む。の言葉に不二は一度首を傾げてから、小さくため息に似た呼吸を零した。

「9月早々、桃もこんなこと持ってこなくてもいいのにね。いや、9月まで待ってたのかな?」

 不二の横顔は、繊細すぎる。それは常日頃思ってきたことだった。
 ラケットを握ってしまえば誰にも汚させない、曲げさせない強い信念を鮮烈に見せつけることができるのに、その性質は制服をまとってしまうと途端影を潜める。制服を着ている教室内では、大概のことが英二を表舞台に立たせれば済む話が多いからだ。自分が出張る必要がない時に、この親友は絶対に無駄な動きをしない。それが、今の瞬間の彼の横顔を儚げな色に染める一因でもある。
 しかし、その表情に付き合わされる言葉の立場にもなってほしいとは不二と話せば話すほど強く思うようになった。心臓の過剰な動きなど望むべくもない、は沈黙に小さな苛立ちを抱く手前で、不二の名前を呼ぶ。

「不二くん、何の話? そろそろ教えてよ」
「英二のことが好きな2年の子の話だよ」

 唐突に、しかしあっさりと不二はその言葉を口にした。まるで重要だとも思っていない素振りで、ただ真っ直ぐに教室内の英二を見つめる視線だけは揺らがすことなく、静かに呟く。

「英二がコートに行く日を教えてほしいって、桃に頼んだらしいよ。さんと付き合ってることは知ってる。それでもいいんだって。見てるだけでいいって。だからせめて、その機会を教えてほしいというか。……随分粘ったんじゃない? あの桃が結局振り切れずに英二に直接聞きにくるなんて。桃、そんな生産性のないことを喜んで引き受けたりしないし」

 淡々と事実らしきことを伝えたあと、ちらりと不二がこちらを向く。
 心なしか夏休み前よりも見上げる角度が高くなったような気がするその親友の視線を、は真正面から受け止める。不二はいつものような苦笑を浮かべるより先に、少し驚いた顔をした。

「驚かないの? というか、嫌がらないの?」

 直接的な言葉で尋ねられる。言葉にされてようやく、ああ、とは幾度か瞬きをして考える。気づけば、頭はその瞬間まで考えるという行動を止めていたように思う。
 はそっと教室の中に視線を向ける。いつのまにか英二と桃城は笑みを浮かべるようになっていて、数秒と待たずに廊下にもその笑い声が響いてきた。場所と服装こそ違えど、その雰囲気はこの夏に見せたテニス部の仲間としての空気そのものだ。
 それは、にとっては特別な意味がある。
 思わず頬が綻ぶ。テニス部の仲間と触れ合うと途端あの表情が和らぐことを知っている身、だからではない。英二が満足のいくテニスの生活を送れることを祈ることを必須条件にしてしまっていた身としては、その空気に触れられるのはもはや褒美にも近いものがある。

「嫌がる感覚とか、もうよく分からなくなっちゃったかもしれないなあ。長すぎて」

 不二がそっと表情をうかがってくる。は彼に横顔を向けたまま、英二を見つめて呟く。

「テニスをしている時の英二が一番格好いいと思うからね、自惚れでもなんでもなく。絶対。だから、テニス部のみんなと楽しそうに笑ってくれると、正直ほっとするっていうのが一番。ほら、あれだって結局今は何の話してるのか分からないし、もう」
「2年の子の話かもしれないのに?」
「うーん……じゃあ、これは自惚れでもいいけど。やましいことがある時の英二は、絶対に私の前でそんな話をしない。私の前で話してるっていうことは、やましくない話。どう?」

 不二を見上げ、尋ねる。不二はしばらく英二の様子ととを交互に見やるようにして考え込んでいたが、やがて呆れて困ったような笑みを浮かべ、窓辺にもたれかかった。

「昼間からのろけ話なんか聞きにくるんじゃなかったな。手塚に話そうにも、もう部活ないし。でも1組まで行くのは面倒だし。乾なんてもっと遠いし」
「河村くんが一番近いもんね、6組」
「……タカさんに言いにいっても、申し訳なさそうに聞いてくれると逆に僕の良心が痛むし」

 開け放たれた窓の向こうに両手を投げ出す。不二にしては珍しい格好だった。その違和感に本人もすぐに気づいたのか、そつなくサッシの上で腕を組み直す。
 仰ぐようにして見つめる空は、まだ真夏の色をしていた。真っ白な雲は高台にある学園からはまるで手を伸ばせば届きそうなほど大きく、近く見える。
 不二も、同じことを思っているのかもしれない。見つめる横顔に、今は繊細な色はない。あの夏のようにコートに経つ時間を待ちわびる、幼い少年のような瞳の色をしていた。

(テニス部に近すぎたのかもしれないなあ、こんなことで喜べるようになるなんて)

 いや、とそこまで思っては苦笑を零す。憫笑にも似たそれを、不二には隠れてそっと浮かべた。
 本当は、それは作られた感情であることをは知っていた。逃げ道のようにして、取り繕うためだけに用意した架空の喜びの感情であることを、自分が一番よく知っていた。
 教室内の英二は、不二と話すに気づいているのかいないのか分からない。気づいているのかもしれないが止めにこようとはしない。だが逆に、自分が英二の立場であったら同じように振舞えるかどうかの自信は、正直な話、ない。

(そんな綺麗にできてないし。好きな子がいるって言われて喜ぶことなんてできるはずないのに)

 取り繕う自分を、不二は恐らく気づいているだろう。本音を隠すという道を最初に用意した自分に驚いたのは、本心ではない。あれは驚いてみせたのだ。今そちらに舵をきって大丈夫か、隠さない道を見ないようにしてしまっていいのか、という、確認のためでもあったように思う。この親友はそれぐらいのことはやってのける。
 昼食も放り出して自分に付き合ってくれる、それが沈黙の意味だった。不二が黙って夏の空を見上げる意味だった。それに気づけないようでは、自分の勝手な性格に寒気がしてしまいそうになる。それだけは、気づいていなければならない。

「じゃあ私が聞いてあげようか、不二くん」
「なにを」
「不二くんと彼女の話。夏休み中の話」
「……さん、性格変わったよね。絶対そうだよね」
「だてに英二と1年半も付き合ってませんから」
「そこ英二の責任なんだ。まあ8割ぐらいそうだろうけど」

 不二が苦笑を零す。その顔はテニスコートで見覚えがあるような気がした。
 夏という空気を恋しがっているのは、誰よりも不二なのかもしれない。そう思って静かに見つめる横顔は、柔らかい笑みを浮かべて白い雲が流れていく様を追っていた。



 白い雲が東へ東へ。夕方を迎える準備を急ぎたいのだろう空は、どことなく夏の青色を忘れてしまっているようにも見える。昼間であればなりふり構わず灼熱のような日差しを届け続けるのに、西に傾いた途端一気に夏の思い出などなかったようにしたがるのだ。
 高台に立つ青春学園の、秋を迎えようとする9月の宿命だった。だてに3年間もこの校舎に通っていない。空気が冷えるのが、少しだけ早いのだ。学園内では長袖で十分だった時間に青春台駅に向かうと、すぐにむっとした湿気に襲われることが多々ある。

「しかも今日、ジャージないし。それでもって、部活もないし」
「部活がないからこの格好でもコートに入っていいんじゃないの? 見つかったら竜崎先生になに言われることか」
「まあ、確かに。ていうか不二、ありがと。付き合ってくれて」
「僕も打ちたかったし、ちょうどよかったよ」

 振り返り、お礼を向けた親友はいつものように笑って答えた。9月になって間もないこの時期、他の学校であればまだ十分夏服で通用するのだろう。実際地元の公立中学に通っていた兄たちはそうしていた。だが如何せん、英二の家よりも山側にあるこの学校ではそれは帰り道を考慮していない格好ともとられかねない。なにより心地よく受けたい風を寒いと思ってしまうのがもったいなくて、英二も不二も長袖のカッターシャツを着用していた。
 制服姿の不二が、軽く腕を振る。コートと制服というミスマッチに思わず目を奪われるが、それは自分もだと気づいて違和感に思わず天を仰いだ。

「制服のままだと、やっぱり先輩たち引退したって感じっすよねえ」

 レギュラージャージの裾をひるがえしながら桃城が笑う。見慣れた形なのに、手元にないと分かると途端恋しくなるのだからこのジャージは侮れない。

「いいなあ、それ。俺もレギュラージャージ着たい。桃、それちょうだい」
「は? なに言ってんすか、嫌っすよ。先輩が学校に持ってきてれば済む話じゃないすか」
「そんな『俺テニス部のレギュラーだったんだぜーいいだろー』みたいな子どもみたいなことできるわけないし!」
「いや、案外似合いますよエージ先輩。ねえ」
「うん、僕は止めないよ。僕はしないけど」
「不二の裏切り者!」

 桃城に誘われるまま、訪れたコートだった。
 最初は自分のことを好きな2年の女子の話だったように思う。話を切り出された時はどう対処すればよいものかとため息を零したくもなったのだが、事情が少し異なった。積極的なのか消極的なのか、そもそもその女子がどのような相手なのかも分からなかったのだが、結局はコートに立つ姿を見たいという願いを叶える形になって今英二は久しぶりにコートの上に立っている。
 このような願いの叶え方が正しいのかどうかは分からない。ただコートに立つ自分を認めてくれることに感謝をする。それだけは伝えておいてほしいと、桃城に呟くと彼は神妙に頷いた。すみませんと、英二とに頭を下げた。
 は困ったように首を横に振っていた。

(聞き分けがよすぎて困ります、本当。ああいう場面でなんで素直に話を聞いちゃうのか)

 ラケットは借りた。違和感はある。だが左手に握るテニスボールが、足が踏みしめるコートが、そして見上げる秋の空がまるで変わっていなくて、空気がことのほかおいしい。これは新人戦前の景色だ、と2年前の記憶を引きずり出しながらライン上に立てば、ネット越しに不二の姿が見えた。

「なあ、不二。ちょっと賭けしない」
「賭け? なに。宿題以外ならいいよ」
「えー、先輩。俺が審判やる時になんでそんな面白そうなことするんですか!」
「だって俺と不二しか楽しくない賭けだから」

 審判台に横着に腰かけていた桃城が、ふと口を閉じる。聡いこの後輩は、言葉の意味を何重にも理解することができる。答えにたどり着いたと分かったのは、彼の視線が校舎を見上げた時だった。

「気づいていて、気になったんだったら話に入ってこればいいのに」

 不二の苦笑が開始の合図だった。
 本当であれば、全国大会が終わってまだ2週間も経っていない。優勝の感動はもっと覚めやらぬものだと思っていたが、学校が始まってしまえばただ引退という2文字を突きつけられただけで生活が一変して感動どころではなかった。だからラケットを持つ手が素直に嬉しがっていて、コートに立つ不二を見ても嬉しがっていて、審判台で風に吹かれる桃城の青と白のジャージにも嬉しがってしまう。

(まだ昼間は夏なのに、しっかり秋だもんなあ。女々しいのかな、俺)

 自分とは異なる打ち方をする不二の球だ、とラケットを振った瞬間に腕が思い出して一瞬鳥肌が立つ。たった2週間弱しか我慢できなかった自分を笑うかのように、秋の風がコートの上を流れていく。引退したはずでしょうと言われているようで、そうだよと返事をする代わりにラケットを振りぬけばボールはラインぎりぎりを突き刺すようにして落ち、跳ねた。
 代謝の衰えない身体は、たったそれだけで汗が出る。思わず手の甲で額にくっつく前髪を払いのけ、袖を肘までまくった。
 ジャージであれば脱ぐことができたのに。そんな違和感や残念に思う感情が、今が秋だということを教えている。
 
「英二、変わらないね。まだ現役でいけるんじゃない」
「そうかな。不二もだと思うけど。ていうか多分、まだみんないけるよねこれ」
「うん、いける。今度ジャージ持ってこようかな、やっぱり」
「え、本当? じゃあ俺も」
「はいはーい、そこのおふたり。楽しむのはいいですけど先輩たちが来たら絶対他の3年生も戻ってきちゃうんでほどほどにしてくださーい。作戦練らないでくださーい」

 ネット越しに笑いあっていると、桃城が大声で制裁の一声を浴びせる。2年生の声に思わず肩をすくめてしまう3年生という立場に、やはり自分たちは引退をした身なのだなと不二に目線で問いかける。不二は声をあげて笑った。
 胸をすくような、少しだけ暑さを西へと追いやった秋の風が流れる。
 髪の毛を揺らされて英二はふと校舎を仰ぐ。桃城のクラスである2年8組に、誰かの姿はあったように思う。それは予想できていたしそもそもこのコートに立つ理由でもあったのだから、別に驚きはしない。驚きはしないし、あえて反応もしない。

「……なあ、不二。勝負の結果ついてないけどさ、俺聞いてもいい?」

 不二がちらりと視線を向ける。黙っていた。あの夏と同じ、優美な亜麻色の髪が風に吹かれて揺れているだけだ。

「ああいう話聞いて、落ち着いていられるのもありがたいんだけどさ。でも本当はちょっと、嫌がってほしいとか言ったら駄目なのかな」

 3年6組を見つめる。人の姿は、そこにはない。今この時分テニスコートに立っていることは告げてあったが、今更改めて見るようなものでもないということなのだろうか。2年の女子とあまりに正反対なの態度に、英二はいつのまにか眉根を寄せる。
 不二は英二の視線をたどるようにしてゆっくりと校舎を見つめたあと、そっと首を傾いだ。

さんが伝えていないのと同時に、英二もそれを伝えていないんだから、僕はどちらの味方にもなれないけどね。なれるとしたら世話焼きぐらい」
「……え?」
「夏にあれだけテニステニスって打ち込んで、その夏が終わったんだから。テニスのことだけ考えてきた時間を、少しだけ自分たちのために割いてあげてもいいんじゃないの? 今年の秋は。……テニスのない秋なんて、この学校に来て初めてだしね」

 僕いつも世話焼きだよね、今年。ぽつりと最後にそんなことを呟かれるまで、英二は秋の空を背負う校舎を見つめていた。
 今でこそ昼の名残で暑苦しいテニスコートも、自分たちが帰れば静かに冷えた秋の夜を待つばかりだ。その寒さは予想以上で、かつて新人戦に向けての早朝練習で張り切って半袖で登校した1年の時の記憶は苦すぎて新しい。あの時は季節が変わっても目先の目標が変わるだけで生活そのものはさほど変化しなかったが、今年は違う。
 だからこそ、自分の意思で変える部分があってもいいのではないか。そう不二が背中を押しているようだった。
 ボールをラケットの上で弾ませる。馴染んだ音に懐かしさを覚える。笑みが、浮かぶ。

「そうだなあ。うん、そうかも。今度の土曜日デートとかしようかな、じゃあ」
「いいんじゃない。……まあ、僕の本音としてはそういうこときちんとできるんだから、ふたりでさっさとのろけてくれればいいと思うっていうことなんだけどね。僕を仲介役にしなくても」
「えー、なんだよ。じゃあ不二の話も聞くよ、彼女の話。夏休みどうだったの」
「……なんていうか、もう本当ふたり似てるよね。二度同じことを聞かれる僕の立場っていうの、全然考えてないよね」
「仕方ないよ、1年半も付き合ったから」

 ラケットの上のボールが、元気よく弾む。ネットを通り越して不二の手へ。
 夏と同じようにそれを簡単に受け取った不二は、呆れたようにため息をひとつ。

「もう勝手にいちゃついてればいいよ、中3なんだからなんだってできるでしょ」
「うわっ、なんだってってなに! それなに、その言い方!」
「はいはーい、そこのおふたり。そういう話はきちんと後輩育成のためにも俺にも聞こえるようにして話してくださーい。ふたりきりで作戦練らないでくださーい」

 桃城の嬉々とした声が飛ぶ。それは夏の名残。
 見上げた空が秋に染まる。その空の下でしかコートに立てなくなっている自分たちを、まだ夏を待つことができる桃城が認めてくれているかのようで思わず笑い声が零れる。
 帰りに、デートの約束をしよう。笑いを堪えながら、涙を堪えながら見上げた校舎に向かってそう心の中で呟けば、3年6組の窓辺で誰かが笑っているように見えた。



10/09/01