switch

 恋に落ちた人間は、相手に負ける意味を知っている。そしてそれに満足している。

「顔、見せてよ」

 静まり返った部屋の中に、抑揚のない自分の声が響く。
 無理を伴う言葉であることは知っていた。相手が嫌がる言葉であることも知っていた。
 しかし英二は、左手を頬に添える。自分の正面に向けられている、のその右頬に。けれどその瞳は依然斜め下に向けられたまま。英二は手のひらにじわりと温もりが伝わり、広がってから、小さくため息をついてもう一度呟く。

「見せて」
「いや」
「いやって言われても、俺は見たいの。見せてよ」
「そういうことを言う、英二がいや」

 呆れるほど頑なな態度だが、しかし英二は苛立ちを感じることはない。素直に感情の形成経路を辿れば苛立ちが生まれてしかるべき瞬間において、けれど感じるのは苛立ちではなく、高揚。
 見慣れた自分の部屋。ここに新鮮味を与えるものなどなにもない。
 けれど、この高揚は新鮮味ではけして生みだせないことを、英二は知っている。

「ああ、いまさら確認しなくても好きにしろって? じゃあ、そうしてあげようか」
「『してあげる』って、その言い方がもう」
「そうだよ。に勝ち目はないの。分かってるくせに、が悪あがきするから」
「そんなことじゃない」
「そう? でも、この状態でそう言われてもなあ」
「!」

 この高揚は、多くの時間を費やし、知り尽くしたと自負していたい相手との空間にこそ感じられるものだと、英二はそう思っていた。
 高揚は時に高圧的で、乱暴だ。
 お互いカーペットの上に腰を下ろしている姿勢こそ同じだったが、の後ろには隣の姉の部屋と共有している壁がある。むしろ壁しかない。英二は右手をその壁につけ、の逃げ場をなくす。そして背けられていた顔を半ば強引にこちらに向けさせた。

「ねえ、逃げられないって分かってる? この状況」

 この空気の中、優しさの欠片は探すことの方が難しい。いつもより上気したの頬を、親指でゆっくりとなぞる自分の手に思いやりの感情はない。あると言っても、思っていても、は認めないだろう。英二自身も綺麗ごとを口にする気はない。そこにあるのは自分に服従させたい心、ただひとつだけ。それ以外は詭弁でしかない。
 内側から、外側へ。ゆっくりとなぞるようにして自分の存在をそこに植えつける。自分が相手の体温を感じるのではない、相手に自分の体温を与えるのだ。そして内から外へとなぞることで、背けられた視線をも自分に向けさせるのだ。
 向けられた不本意の、けれど正直すぎる潤みを帯びたその目に、自分の姿だけを映させるために。

「……英二、いつもそういうことばっかり……!」

 身体の反応とは若干種類の異なる言葉を口にして、は下唇をかみ締める。その矛盾に英二は笑う。

「いつもって分かってるんだったら、もう諦めてよ。往生際が悪いなあ」
「往生際とか、そんな……!」
「悪すぎ。……抵抗できないくせに」

 壁に押し付けた相手に、逃げ場はない。英二はそれを知り尽くしたうえで、あえて感情を表に出さないまま頬に口付ける。肌を舌で一舐めすれば、耳元で小さく息を飲む音が聞こえた。
 頬を制した次は、唇。呼吸を奪ってしまえば、の全てはますます英二に委ねられる。

「……っ!」

 例えば、手。
 英二のカッターシャツを強く握り締める。黒い学生服は掴みにくい、言い換えればそれはに優しくない。それを知ったのは付き合い始めてから随分と後になってからの話だったが、実践する機会には運のいいことに恵まれている。そして今日も案の定、自分よりも小さな手がぎゅっと細かな皺をつくってシャツを握り締める。
 例えば、呼吸。
 荒れる呼吸をどのような言葉に言い換えられるか、本を読まない英二にはよく分からない。ただ自分がの呼吸を支配していることだけはたしか。唇が離れたその一瞬、舌がからんだその隙間、それらに縋るかのような小さな呼吸が聞こえる。ただし聞こえる瞬間というものは、自分がこの相手を制していることを聴覚に訴えることにも他ならず、救済の手を差し伸べるよりも先に支配欲がますますうずくのは否定できない。
 だから、そのキスは。

「ちょっと、英二……!」
「無理。今日は俺の言いなりに決定、残念でした」

 より深みを増す以外、道を知らないのだ。
 一度その双眸を真正面から見つめてから、合図を待たずに、そして了解も得ないままに再度唇を重ねる。瞳は自然と閉じたが、相手も閉じていることは知っている。暗闇の世界の中、ますます感じるのはこの場の主導権を握っているのは自分だということ。
 制服のスカーフをほどくことも、鎖骨に手を伸ばすことも。秋の寒さにさらされる脚に触れることも。逃げようとする顎をつかまえて、感覚の麻痺したキスを繰り返すことも。全て自分の意思ひとつ。

「いい?」

 そしてその問いかけに返ってくるのは、痛いほどに従順な見上げる視線と頬へのキスと。

「……いまさら」
「そうだね、いまさら」

 四文字の言葉だけ。けれどそれが合図であることを英二は誰よりもよく知っている。
 苦笑まじりに同じ言葉を繰り返して、もう一度深いキスを。それを英二からの返事として、の身体を強く抱きしめ、その胸元に唇を落とした。





 声がかれる。
 余韻を楽しむ方法とは、既にどのようなものか分からない。なにが正しいのかと探すよりも先に自分の経験が上回ってしまった。だから個人的な考えかもしれないが、この瞬間の自分の声を持て余すが英二は好きだった。

「ジュース? 麦茶? それとも温かいもの?」
「あ……」

 Tシャツにトレーニングウェアのズボンという部屋着に着替えてから尋ねた時、今日もその瞬間がやってきた。
 二段ベッドの下段という、若干暗がりが宿るその場所のさらに奥で、はブランケットにくるまったまま一度咳払い。わずかに眉根を寄せて普段の声を取り戻そうとするその様はいつ見ても愛らしく、英二は質問の答えを待つよりも先に笑って手招きをし、ベッドから小さく身を乗り出したの額に口付けた。

「……麦茶……だけど、いい」
「え、なにそれ」
「行かなくていい。ここにいて」

 その一言とともに、腕が引っ張られる。予想以上にその力は強く、英二はバランスをとるよりも先にベッドの中にもう一度引きずり込まれた。

「……珍しいんじゃない? これは」
「そんなこと気にしなくていいの」

 ふたりで入るにはやはり狭いベッドの中、体勢を直したあとでの身体をそっと抱き寄せる。
 ふわりと嗅ぎなれないシャンプーの香りが鼻をくすぐれば、まるでそれが合図だったかのようにの髪が頬に触れる。その優しい感触に手を伸ばしてしまえば、もう一度のキスまでそう時間は必要としなかった。
 30分前とは違う、真っ直ぐに自分を見上げる瞳。それを難なく手に入れた後、英二は頬を緩めてからわずかに首を傾いで唇を重ねる。自分のシャツを掴む手に緊張はなく、あるとすればそれは素直な従順の態度。疑問なく、強制力を働かせる必要もなく示されたその恭順の態度に、の身体を抱きしめる手には先ほどとは違う力が入った。
 そこにあるのは支配の心ではなく、むしろ自分が甘える心だということを、英二は知っていた。
 それには気づいているのか。考えてから久しい問いかけはいまだ言葉となることを知らなかったが、今日もそのままに会話は続く。

「顔、見せてよ」
「……また、そういうことを言う。いや」
「いやだ。見たい。見せて、お願い」
「……」

 唇が離れた瞬間顔を伏せたに、抱きしめたまま呟く。素直にこいねがう態度を示せば、も意地を張らずにそっと顔を上げ、真っ直ぐに英二を見つめた後、どちらからともなく苦笑した。
 その時、部屋の中に突然派手な音が鳴り響いた。
 あ、と思って顔を上げた瞬間、の視線もそちらへと向く。また空気に触れていた胸元をブランケットで隠しながら、沈黙したまま英二を見上げた。そして腕を数回軽く叩く。
 鳴り響くのは携帯電話の着信音。それは、部活を引退した今となっては随分と鳴ることも少なくなってしまった、テニス部レギュラーメンバー専用の着信メロディ。
 不二くんかな、とが背後で呟くのを聞きながら英二はベッドから抜け出し、制服のポケットに入れたままだった携帯電話を取り出した。

「違う、大石だ」

 ディスプレイに光る親友の名前を確認して、英二はちらりとに視線を向ける。その合図にはすぐに頷いた。
 背後にブランケットの擦れる音。この電話の時間を使って着替えるのだろう、英二もの意図を確認し、そしてようやく通話ボタンを押した。

「もしもし、大石? どうかしたの?」
『ああ、英二。今大丈夫か?』
「うん、いいよ。なに?」
『土日の自主練の話なんだが』

 中学3年、秋。青春学園中等部男子硬式テニス部として全国大会への出場を果たした英二たち3年生は、既に部活を引退してしばらくが経っていた。
 個性ばかりが強すぎると監督に何度もため息をつかせた同級生仲間は、しかしバランスだけはとれていたらしい。その関係は3年間の部活生活の基底であっただけではなく、中学生活そのものの基底となっていたことに気づいたのは、部活を引退した後、至極当然のように「土日に練習したいね」と呟いた不二の言葉に誰もが賛同した時だった。
 相変わらずテニス部メンバーの着信音は変えていないこと、中学3年秋というこの時期になってもテニスの話題しか出てこないこと、そんな電話を受けながら、それが自分の生活の基本なのだろうと。英二は小学1年生の時に買ってもらった学習机にもたれ、腕を組んでぼんやりとそんなことを思う。視界の片隅ではが器用に英二に見えない角度で制服を着込み、重い音を立ててブランケットがカーペットの上に落ちた時には、既にその身は学校にいる姿とまるで同じになっていた。
 その後ろ姿を見つめて、なぜだか分からなかったが英二は眉根を寄せてしまった。

『練習表を作るために、12月までの予定表を出すことになっていただろう?』
「予定表? ああ、うん。出したよ」

 小さな反動をつけて机から離れる。電話越しに響く大石の声にも、適度に返事をしつつ。
 それは、大石にこの状況を悟られたくなかったからではない。

『出した? 誰に。俺に出すっていう話に……』
「手塚」
『手塚?!』
「!」
「うん、手塚。今日偶然廊下で会ったから、後ろから捕まえて渡してきた」

 後ろから突然、の身体を抱きしめるためだった。
 が慌てて英二を仰ぎ見る。しかし英二は大石との会話を続けたまま、に対してはただ抱きしめた左手の人差し指を口元に立てるだけ。矛盾だらけの行動にの眉根が途端寄ったが、そのあまりに分かりやすい反応に、今度は英二が大石に分からないように笑いをこらえることに必死になる番だった。

『いや、英二……! 手塚は今忙しいから、練習表は俺が作るっていう話になっていただろう? だから俺に出してくれって』
「あれ、そうだったっけ? でもその時ちょうど乾も手塚に渡してたから、別にいいのかなと思って。あいつも普通に受け取ってたし、『ああ、分かった』とか言って」

 似てない、と呟くには頭をこづく。そんなつっこみを入れる余裕すらない電話の向こうの生真面目な大石には、心配のしすぎだと一笑する。
 抱きしめることによって与えるのではなく、与えられる温もりにますます甘えながら。

『そうは言ってもなあ、今回の自主練に手塚が参加することそのものが……』
「あーもう、副部長は引退したんだからそれ以上心配すんのやめろよ。手塚だって自分で参加したいって言ったんだし。『俺も参加していいか』って。あ、今のちょっと似てた」
『それはそうだが……いや、でも手塚は今、留学の話で』
「ストップ。大石、俺を怒るんなら乾も一緒に怒らないと。俺だけってひどくない?」
『い、いや、そういうわけじゃ……!』
「うそ。ごめんごめん」

 慌てる大石の声に笑ってそう返すと、携帯電話越しの大石と、腕の中のがため息をつくのが同時だった。いくら自分の胸元に閉じ込めていたとしても、機械越しの大石の声はには聞こえないはずだ。そのため息は自分の会話に対してか、との髪の毛を後ろからくるくると指に絡めてもてあそべば、声を出さないようにしながらその手が反抗した。

「いって! ちょ、……!」
『え、なんだって?』
「あ! い、いや、なんでもないよ……」

 頭をこづかれた仕返しは、抱きしめて離さない英二の左手の甲をつまむこと。それだけならまだ可愛いもので、英二も受け入れるだけの余裕はあった。
 しかし、とてただ素直に英二の言いなりに生きる道ばかりを認めているわけではない。英二の動揺を一瞬で理解し、器用にも拘束された小さな世界で振り返って、英二の苦手なわき腹に強引に指を伸ばす。

「ちょっ……! まじで! ごめん、ごめん!」
『英二?』
「あー、ごめん大石! 明日手塚に返してもらうから、予定表!」
『え? あ、いや、返してもらわなくても俺が……』
「じゃあね!」

 慣れたその手つきに英二が瞬間で陥落することは、造作もないことだった。
 大石の返事を聞かないままに電源ボタンを一押し。先ほどのあの高揚感と気だるさが同居した時の息苦しさとはまた違う苦しい呼吸がやってくる。英二は何度かむせた後、の名前を呼ぼうとしたが、しかし既にその身体は自分の腕の中から消えていた。
 気づけば真正面に、数歩分の距離をおいて自分を見つめるの視線。怒られるか、と思ってわずかに身をすくめかけたその時、髪の毛をさらりと揺らしては小首を傾げた。

「……英二にはスイッチがあるのかなあ」
「スイッチ?」

 そしてふと、そう小さく呟いたのだった。
 会話の流れが全く読めないその単語に、英二は携帯電話を握り締めたまま同じ言葉を口にする。問いかけの視線には曖昧にうなずき、ブランケットをたたみなおすためにぺたりとカーペットの上に腰を下ろしてから再び口を開いた。

「大石くんとか、不二くんとか、……ああ、手塚くんの前では怒られるかもしれないけれど。とにかく学校にいる時は、憎みきれない盛り上げ役、みたいな雰囲気なのに」
「……俺、褒められてんの? それは」
「なのに、時々すごく高圧的になるんだもん。スイッチひとつで切り替えてるみたいに」

 ちらり、こちらをうかがうように視線が上がる。英二はその視線と言葉とを受け止めてしばらく沈黙したものの、やがて口元を緩めて逆に尋ね返した。

「いや?」
「いやというより……ずるい」

 しばらく逡巡したのち、はそう呟いた。
 その言葉に、英二は結局我慢することなく声を上げて笑う。ひとしきり笑ったあと、唖然としているの前にようやく腰を下ろす。
 そして視線の高さが等しくなった世界で、英二は穏やかに口を開いた。

、甘いよ」
「え?」
「というか、自分のこと見抜けてないだろ」

 涙すら溢れてしまうのではないか、そんな妙な危機感に襲われて人差し指を運べば、案の定濡れた感触ばかりが与えられる。しかしは依然目を丸くしたまま。こちらがどれほどその言葉ひとつに左右されているか気づきもしないまま、やがて困惑というよりも不機嫌に近い表情を浮かべた。
 やはり、気づいていない。その表情に英二は確信する。
 いまさら、という思いがある。けれどやっぱり、という思いもある。

(それは、女子の中だったらしか知らないことなんだけどな)

 その答えを示すべきか、否か。英二は迷う。示すということに抵抗があるのは、自分にも男の矜持のようなものがあるからに他ならない。世間一般的には非難を浴びることが確実な、男の勝手なプライドが。
 しかし、英二の沈黙にの表情はますます険しさを増す。英二はしばらくその表情を見つめたあと、結局苦笑いを浮かべて頭をかいた。降参だった。

「まあ、もとからの性格だったのかもしれないけど……うん、そうだよな、この家で育ったんだから、俺は要領はいいとは思うけど。顔の使い分けは人よりできるって自分でも分かってるし」
「褒めてるわけじゃないんだけどなあ」
「そんな俺の好きな子はですね、俺の前だと顔が変わるんです」

 真っ直ぐに、の目を見て呟く。そして一瞬で息を飲んだ「好きな子」の反応に従う。
 しかし返されるのは無言ばかり。英二はその反応の意味を理解できるような、できないような、そんな持て余す感覚にすら笑いながら、淡々と、けれど嘘偽りのない言葉を続けた。

「学校にいる時と、俺の前にいる時とではね。違うんだよ。もう顔から態度から全部」

 ひとつひとつ、丁寧に答えられる自信がある。が嫌だというほどに事細かに答えられる自信がある。その自信の笑みが止まらなかった。恋しくてたまらないという感情から零れる笑みが。
 それは、先ほどの高圧的な態度にはまるで見つけられない想いなのかもしれない。だからこそがスイッチという言葉で疑問をぶつけてきた、そう考えることはたやすい。そして綺麗ごとの通用しない支配欲や、詭弁が許されないエゴを正当化する理由は、英二にはない。むしろ正当化できるほど自分は優れた人間でも、舞い上がっているわけでもないことを、他の誰でもない英二自身が一番よく知っている。
 だから自分は、にあらゆる意味で負けて本能でぶつかっているに過ぎない存在であることを。それを、一番よく知っている。

「あのさー、俺男だから。そういうの見ると、もうたまんないわけ。分かる? この意味。その子の前では使い分けるっていうよりさ、そっちばっかり使いたいの。というか」
「……」
「好きな子の前で冷静でいろだなんて、はそれでいいの?」

 それでも英二は、負けることは悪いことだけではないことも知っている。
 言葉を一切返さなくなったを静かに見つめ、返事を待つ。少し挑発的だったか、と思いもしたが、もはや自分を飾りたてる必要などどこにもないような気がして、やめた。
 負けるから素が出る。負けるから、そんな自分を負けさせることができる特別な人だから自分の恋人だけでいてほしくなる。それこそ詭弁だといわれても、しかし負けるからこそ。

「……そうやってね、英二。あのね、そうやって私に尋ねることがそもそも卑怯……!」
「なんで。の質問に答えただけなんだけどなー、ねえさん。教えてよ」
「きゃあ! ちょっ、英二……! 重い!」
「失礼な。テニスをしてる時が一番格好いいって言ったの、のくせに」

 自分の恋しいという感情を、他の誰でもないに認めてもらいたくて仕方ない。
 この期に及んでも結局英二はを押し倒し、その自由を奪う。再び自分は逃げ場のない場所に追い込まれたことに気づいたは、小さくため息をついて英二を見上げた。

「……ねえ、私からかわれてる?」

 そして問いかけられた、諦めの入ったようなその言葉。真っ直ぐに自分だけを見つめて本心を尋ねてくるに、英二はただただ頬を緩めるばかり。
 どのような自分が一番好いてもらえるかは、本当のことを言えばまだ分からない。
 本当は、負けたことを理由にこんな強引な手段に出る自分は嫌がられているのかもしれない。いつも学校で見せる顔の方が好かれているのかもしれない。そもそも初めて出会った場所が学校だったのだ、そのように考えることの方がどれほど妥当性を帯びていることだろう。

「違うよ」
「え?」
「告白されてるんだよ」

 けれど、一番好きな相手だからこそ偽りで接したくない。その想いに敵うものは、今の英二にはなにひとつ見つけられなかった。

「……返事は?」

 カーペットの上にたゆたう黒髪を、真っ直ぐに自分を見つめる瞳を見つめて尋ねる。
 主導権を握りながら、けれど縋る色を隠しきれない想いひとつでそう呟けば。

「いまさら」

 返ってきたのは、その四文字と。
 そして痛いほどに従順な見上げる視線と頬へのキス。
 それがどのような意味を成しているのかを、英二が知らないはずがなかった。
 なぜなら自分は返事の仕方も知っている。その自信が英二をまた笑わせ、髪の毛を撫でさせ、そして。
 ゆっくりとの身体を起こし、強く抱きしめる。そして我慢しきれないキスを、もう一度。



05/11/28