| 口約束だけじゃなくて |
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「いいよ、付き合おうよ。俺好きだよ、のこと」 返ってきたその言葉は、本当は待ち望んでいたものでした。本当は。 恋愛に階級があるとしたら、その底辺に位置するだろう初心者というカテゴリから外れたばかりの私にとっては毎日が新鮮だった。新鮮だと思っていた。 日常というものにひとつだけ彩り(と呼びたい変化)を添えられるようになったのは、つい1ヶ月前。今年はやけに夏を迎えるのが早くて、早く衣替えになればいいのにと思っていた5月の中旬にその出来事は訪れた。 いや、訪れたというよりも、訪れ「させた」が正しいのかもしれない。 周りに誰もいなかったせいか、その時の私は随分と大胆だった。むしろ後先を考えない無鉄砲な性格そのままにその言葉を口にしていた。 テスト期間中の夕方の教室なんて人がいる方が珍しい。けれどそういう「非日常」な時じゃないと、私は彼とは2人きりの時間と空間なんて持つことを許されていなかった。 「あー、部活したい。こんなに勉強ばっかやらされたら絶対に身体がなまる!」 「せっかく休みにさせてもらってるんだから、素直に休めばいいのに」 「部活が嫌いだったら素直に休むけどね。でも嫌いじゃないっしょ、俺は」 「そうだね」 「だろ?」 周囲から見れば、それはとても普通で派手さなんて欠片もなくて、なにより淡白な会話だった。どこにでもありふれていて、そしてその会話の相手は私でなければならない理由もましてや必然性もない。けれど私にとっては欠かすことのできない毎日の糧という、自分勝手だけれどそんな話だった。 机の上に腰掛け、片方が開けられた窓にもたれながら嬉しそうにテニスコートを見つめる。唇に柔らかい曲線を描く。なにか慈しむべきものを持っている人間は苦労することなくこんな表情を浮かべることができるのだろう、と私は彼の横顔を見つめながら思った。 彼にとって、テニスは第一。分かっていた事実を、今日も私は自分に言い聞かせる。 「菊丸くん、シングルスはやらないの?」 「シングルス? なんで」 「なんとなく。ダブルスが好きなのは知ってるけど、だからってシングルスが嫌いだとは聞いたことないなと思って」 「そりゃ練習やランキング戦ではするけど。うーん、シングルスねえ」 手持ち無沙汰なのを嫌っているのか、指を緩く組んだりもてあそんだりしながら彼は遠目にテニスコートを見つめて呟く。私もつられてコートに視線を向ければ、今日ばかりは誰もいないその空間が少し寂しい色に映って見えた。 季節は太陽を受け入れる時間を確実に伸ばしていっているその途中で、もうすぐ夕方とはいってもテニスコートはまだ柔らかい陽光を浴びている。私はコートの緑色が映える昼間のテニスコートも好きだったけれど、夕陽が痛いぐらいに綺麗な夕方のテニスコートも好きだった。そのどちらでも、彼はいつも笑顔を絶やすことなくテニスをしていたことを知っていたからだ。 「テニスができるならなんでもいいよ、俺。いやなんでもって言ったらおかしいか、シングルスもダブルスも楽しいことを知ってるから、コートに立てるならどっちでもいい」 「随分と大人な見解だね」 「なにそれ、俺のことバカにしてない?」 「バカにはしてない。小さくだけ感動してみた」 「後ろが余計だって、それ」 カラカラと笑うその様は、同級生の中ではあまり見られなくなってしまったもの。贔屓目があると分かってはいてもそう思えてしまった。 私は自分の席で頬杖をついたまま、前の席で笑う彼を見つめる。不自然の欠片もなく柔らかい線を生み出すことができる彼を、私は遠くから見つめるが本当に大好きだった。こうして自然な会話を楽しむ相手という枠組みの中に自分を入れてくれていることを、言葉にはしたことはなかったけれどとても嬉しく思っていた。 これは自然な出来事。自分の心の内を秘密にすれば、壊れるということを知らない関係。 そう思うからこそ、自分の本音はけして外に出してしまってはいけないと。私は自分で分かっていたから、この淡白な会話を楽しむのはひとりだけでいいと、その時までは迷いもなく思っていた。この時までは確かにそう思っていたはずだった。 「あーあ、早くテスト終わらないかなあ」 退屈そうに身体を伸ばす。学ランを脱いでカッターシャツ姿になっている今は、連日続く厳しい練習に耐えている身体が障害もなく凛々しく映る。幼くて可愛いと去年まで上級生に愛されていた容姿は、地道だけど徐々に線の柔らかさを失いつつある。 ああ、私はこの人のことを見すぎだ、なんて。思わずそんなことを感じながら、彼の今日何度目になるか分からないぼやきに苦笑して言葉を振った。 「テニスがしたい?」 「もちろん。今なにかひとつ叶えてくれるって言うんなら、真っ先にそれを挙げるね」 「毎回数学の小テストが悲しいことになってなかったらそうだねって言えるんだけどなあ」 「知りませーん、そんなこと。つうかいいの、俺はテニスやりたくてここに来たんだから、間違ってない」 「テニスに生きても優秀な人はたくさんいるけどね。手塚くんとか」 「……」 「大石くんとか不二くんとか乾くんとか」 「ストップ。なに、今日は俺をいじめるのが目的?」 冷めた目で見られて、私は笑ったまま首を横に振った。 「息抜きをするのが目的」 「だよな。いいこと言うじゃん」 ただそれは、彼にいい目で見られたいからそう言っているような気がしないこともなかった。いや、そんな気分しか味わえなかった。 決まってそうだ。私は彼が自分と話す瞬間は、たとえそれが他愛ない内容でも嬉しくて、それを何度でも味わいたいがためにこの会話を彼にも楽しんでもらいたいと必死になっていた。その会話の先が自分以外の女子に向けられていようものなら、私はお門違いな嫉妬の心をもてあそぶことすらできなかった。 ただ、そんな毎日をずっと繰り返していると気づかされることがある。 片想いの恋愛が一番楽しいなんていうけれど、これじゃまるでひとり相撲。 恋愛なんてひとりでやるものじゃない、と分かっていながらまるで私にはひとりでやる方法しか残されていないような気がして、 いつか潮時を迎えなくてはならないのかもしれない、そう思ったその時。 「お前は?」 「え?」 「」 いつのまにかテニスコートを見つめていた私の視線が、そして意識が、その言葉によって教室の中に引きずり戻される。簡単で単純な仕組みだった。 「今一番なにしたいわけ? やっぱ遊ぶの?」 そして、思考回路が停止したのはどの瞬間だったのか。私には分からなかった。 その深い茶色の瞳が私に向けられた瞬間だったのか、それとも笑みをたたえていた唇がその言葉を発した瞬間だったのか。 私は少し黙った。黙って、一番大好きな人を見つめて、そして。 「付き合いたい。菊丸くんと」 そんなことを考える余裕もなく、いつのまにか私はその言葉を口にしていた。 一瞬彼の瞳が丸くなる。なにかを用意していたのだろう口は、けれど言葉を発することなく呼吸の役割すら一瞬なくしかけていた。私たちの周りには沈黙だけがあって、西に傾いた日差しが惑うことなく私と彼との横顔を照らしていた。 あ、しまった。そんなことを思ったのはけれど数秒後。 その時の私は慌てるという道すら分からなくって、ただじっと速まる鼓動にばかり気を取られながら彼を見つめていた。視線をずらせばいいのに、冗談だと否定して誤魔化せばいいのに、この時の私ができた行動はただ宣告を待つことだけ。 そして呟いた、その台詞に。 「いいよ」 「え?」 「いいよ、付き合おうよ。俺好きだよ、のこと」 目の前の相手は事も無げにそう返答をしてみせた。 ただ贔屓目を許してくれるのなら、いつもよりかすかにはにかんで、いつもよりもっと柔らかい笑顔を向けて。そう答えてくれた。 こんなふうに、私たちは、いつもの会話のように付き合い出し方も淡白だった。 だから日常がさして変わるわけでもなく、プラスアルファというかおまけがひとつだけつけられたような、そんな感じだった。相変わらず彼 私たちは、付き合い方すら淡白だった。 愛嬌のある性格だからもっと触れ合いが多くなるなんていうのは浅い読みで、だからといって英二は普段からべたべたとするような真似は絶対にしなかった。それは彼にとってはあくまで世間一般に対する親愛の表現の仕方であって、彼氏彼女だからそれを過度にするなんていう必然性はどこにもなかったのだ。 不二くんは何もかもを見透かしたかのように「英二らしいね」と笑っていたけれど、そして私も英二らしいと思ったけれど、結局それは納得でしかなくて満足というものとは違うような気がした。 だから、突然彼女という強烈なインパクトのある立場を与えられた私は、それにつりあうなにかを見つけることができなくて、ただ惨めさばかりが強調されるひとりでの恋愛をしている気分になった。そしてそれを無視できるほど、私は大人じゃなかった。 「なに、機嫌悪くない?」 机に腰掛けたまま覗きこんでくるその瞳の丸さは、片想いをしていた頃から相変わらず。躊躇することなく人に顔を近づけてくるのも、相変わらず。考えてみれば私たちの周りには変化していないものが多すぎる。 「普通だよ」 「普通ならもう少し自然に笑うよ、は」 「おだててもなにもでないよ? 残念でした」 「なんだよ、素直じゃないなー」 伸ばされた手のひらをかわして、私は立ち上がる。何の因果かそこは教室で、あの時と同じように私たちの周りには誰もいなかった。あるとすればそれは壁掛け時計の秒針の音と、1ヶ月前より少し強くなった太陽の日差しと、そしてたとえ触れ合ったとしても誰にも咎められない関係。 エスカレーター式なんだからこんなのいらないのに、と眉根を寄せる英二の手には今日配られた実力テストの問題用紙があって、そういえばあの時もテストの話をしていた気がする、とふと思い出した。冷静に考えればテストがなければ私たちにこんな平穏な午後は与えられないのだけれど。 「」 名前を呼ばれて私は振り返る。そこには、あの時とは違う、「彼氏」になった英二がいた。 そしてその手が手招きをすれば、素直に従う愚直な私がいた。 無言の教室の中で、私は英二に両手をとられる。抱きしめるでもそれ以上の接触をするでもなく、ただ英二は私の両手を包み込んで柔らかく笑った。 「俺ね、手繋ぐの好きなんだ。女子の手の柔らかさって絶対反則だよ」 「……そう? そんなの、多分皆同じだよ?」 あ、嫌味みたいだ。口にした瞬間にそう思って、私は手を握られたままそっと顔をあげる。机に腰掛けていた英二とは視線の高低差に苦痛はあまりなく、見上げたその真正面に不安げな表情があった。 「なにか、隠してるよね?」 そして不安が小さな確信の色に変わる。私はそんなに分かりやすい表情をしていたのだろう。わずかに強めな語気に私は息を飲み、小さな観念を心に抱く。 思えば、私はこの時そろそろ限界だったのかもしれない。本当ならそれは絶対に口には出すまいと決めていたことだったのに、この時の私はすぐにそれを愚痴として零してしまっていた。 「……正直、ね。私、ひとりで恋愛ごっこしてるんじゃないかって思う時がある」 うつむき、英二の手を見つめながら呟く。大きな手の温もりはとても心地よかったけれど、今の私にとってはある意味毒だった。 なにを言っているんだろう、と思う自分の隣に、早く出してしまいたいという自分がいることを私は否定できない。あんなにも抑え込むことができていた我がままな感情は、彼女という特別な立場についた途端、俄然我が物顔をして私の心の中に住んでいる。 それを英二に見せることは、まるで自分の醜い部分を見せてしまうかのようで嫌だった。 嫌なのと同時に、いつまでも耐えられるわけではないという本音もあった。 「英二が信じられないとかそういう意味じゃなくて、なんていうんだろ……」 「うん」 「別に甘えさせてほしいとか、そういうのでもなくて。……ああうん、違うかな、違う。英二は嫌いかもしれないけど、私、英二に甘えたいんだよ」 「……」 「でも私の我がままに英二を付き合わせるわけにはいかないなあ、って。……思ってた」 英二は私の話を、座ったまま静かに聞いていた。落ち着いた表情だった。 そんな私の心を見透かしているのだろう、英二は私の言葉が途切れた後、小さくため息をついてから私をもう一度見つめた。 「つまり、が言いたいのは、口約束だけじゃなくてもっと他にもあるだろうってこと?」 「……口約束だけじゃ、なくて。うん、そうとも言えるかもしれないけど」 「まあたしかに、俺ら冷めてるらしいよ。周りから見たら。デートとかしてんの? とか、ケンカでもしてんの? ってめちゃくちゃ聞かれる」 「え」 「口約束だけと言われれば、たしかにな。それだけかもしれない、俺ら」 言葉にされると、どんどん惨めさばかりが増した。 英二に言葉にされると、私は単なる強欲な人間でしかないような気がして仕方なかった。 沈黙が痛さを伴う。はっとして顔を上げれば、英二が明らかに次の言葉に困ったような表情を浮かべていた。そんな表情も滅多に、そして素直にしてくれるものじゃない。 「ごめん、今のなし! 聞かなかったことにして」 私は英二の手から逃れ、鞄をもつ。それだけで「もう帰ろう」というメッセージぐらいにはなる。とにかく場所を変えなければ、私はこの先雰囲気に飲まれる自分の姿しか思い浮かべることができなかった。 残された沈黙と、そして自分の両手にまだ託されている英二の温もりとが私には痛すぎて、どうしようもなく居たたまれない気持ちになって、二度とこんなこと言わないと言い聞かせた。そんな我がままは許さないと自分を戒めた。 気分悪い、そんなことを思いながら私はそのまま教室のドアへと向かう。その時。 「……俺はねー、」 「……え?」 振り返ったその先、初夏の陽光を背中に受けて英二が頭をかいた。 「できた男じゃないんで。いろんなものの両立はできないわけよ、が思うほどには」 「……知ってる」 「……あの、認められてもあんま嬉しくないんだけど。いや、そうじゃなくて」 そして照れくさそうに、できることなら言いたくないと訴えるかのように視線をずらす。私は黙る。沈黙がたださらさらと、流れていくのを不思議なほどに落ち着いた気分で見送りながら。そして。 「でね、今はテニスに集中したいわけでありまして」 「それも知ってる」 この時の私はなにを考えていたのか、思い出してもなにも分からない。 ただ揚げ足を取るかのように、そう答えれば。 あの丸い瞳が一瞬、笑って。 「すみません」 「え?」 「さっき手繋いだだけでも動揺した俺には、口約束以上は刺激が強すぎます」 悪戯が見つかった子供が苦笑いして許しを請うように、そう言ったのだった。 想定外の言葉がもつ衝撃を、私はこの時身を持って実感した。言葉が返せなかった。 私は結構真面目に考えていたつもりだった。自分の想いも、英二との関係も、あまり触れたくはないけれどこれから先の関係のことも。 恋愛初心者な私はもちろん付き合うなんてことは英二が初めてだし、先行研究になる経験があるわけでもない。だから「恋愛とはこういうもの」なんて概念はほとんど漫画やドラマといったフィクションと人の噂でのみ構築されたものでしかない。 私は黙る。でも戸惑って黙ってしまったわけではない。 そんな私にとって、その英二の言葉は。嫌味なほどに英二らしかった。 「……英二、変態」 「は?! ちょっ、なんで!」 顔が赤くなるのをこらえることもできないままに、私は呟く。思わず教室のドアにすがりたくなりながら。 「誰もそんな先のことなんて言ってない……というか、それぐらい両立させてよ!」 「あ、ひでえ! 両立できないのなんて知ってるって言ったじゃん、!」 「それとこれとは別の話でしょ……!」 「どこが!」 どうしてこういう時に素直に甘えられないのかな、結局自分が頑固なだけじゃないのかな、そんなことを思いはするものの、それでも口をついて出てくるのは罵りあいの言葉の数々。売り言葉に買い言葉で、英二もさっきまでの落ち着いた表情はどこへやらの勢いで応戦してくるものだから私の方がひくことができなくなっていた。 それこそ、不二くんに言わせたら「英二らしい」の一言で片付けられるような。そんな実直さが染みる言葉に私は誘われるように、本音の言葉ばかりを飾ることも偽ることもせずに英二にぶつけていた。 そんな非生産的な会話が終わりを迎えのは、突然だった。 「大体な、が悪いんだよ全部!」 「なに、いきなり……そんなのただの責任転嫁じゃない!」 「違うって! だって俺自分で告白したかったのにさあ!」 どこまで響いていただろう、なんて。そんな問いかけは愚問。 しんと静まり返った教室内と、そして廊下と。テストが終わってから大分時間が経っていて本当によかったと思えるほどの大音量の、そして突然の言葉に私は目を丸くする。目の前では英二がそれこそ「しまった!」みたいな顔をして、気まずそうに。本当に気まずそうに、居たたまれないように。 「……」 「……」 私も、英二も。今までにない以上にストレートな言葉のやり取りを交わしていた真っ最中だったのに、思わず沈黙する。まだいくらでも用意する気満々だった言葉は、けれどいつのまにか姿を消していた。 目の前には自分の「失敗」に明らかに動揺している英二。 そして私の頭の中には、つい今しがたの英二の予想外の言葉。 それをどのように解釈していいのか、きっと彼女という立場に許された贔屓目をフルに活用しても怒られはしないと自分でも分かっていたはずなのに、それでもそれを言葉にできないのは、片想い時代の悪しき修正。 彼氏である英二には私の考えていることがすぐに分かったんだろう、沈黙する私を見て一瞬だけ苛立ったような表情をして、私が肩を震わせた瞬間。 「俺ね、男だからさ。男のプライドがあるんだよ。で、それが無駄に高いわけだ。自覚があるわけ」 「……」 「それでさ、好きな女の前では格好よくありたいわけ。それで頼れる男でありたいわけ! ……って、こんなこと言っちゃったらもうなんの意味もないんだけど、……だから」 「……はい」 「俺、の好きな相手になりたいから、落ち着いた雰囲気を頑張って作ろうとしていたわけで……そういう、わけで。俺、そんなできた人間じゃないんだよ、本当」 「……」 「……」 恋愛に階級があるとしたら、私はまだまだ最下層の初心者レベルです。 初恋の男の子なんて今見たらなにがきっかけで好きになったのか分からないような、思い出としてあまりおいしくない状態で終わっていたし、正直に言ってしまえばきちんと恋と呼べる部類に入れてもいい恋愛をしたのは英二が初めてだと思う。付き合った人も英二が初めて。なにもかもが初めての恋です。 ただ初めてだからこそ、英二が言う男のプライド並に理想論も強いんです。 だから、正直。こんなにもうまくいく話があっていいのかと思った心を責めないでください。そしてそれに縋ろうとしている正直な心も許してやってください、神様。 「……私、英二に好きになってもらいたいからああいう態度しか取れなかったんですけど」 弱音のように一言、敗者の言い訳のようにぽつりと言えば、絵に描いたみたいに英二の目が丸くなって 「……ストップ、なにそれ」 「だって英二、他の女子とも同じようにしゃべるから……!」 「しゃべるだろ、普通! とだけしゃべってたら俺のことが好きだって周りに言ってるようなもんじゃん!」 「そんなの分かるわけないでしょ!」 「そっちだって猫かぶってたくせに!」 結局どっちが悪いというわけでもない、というごく当たり前な結論にたどり着くまでにはこの後も口ゲンカを続行しなくてはならなくて、一通り言い合った後には気分が爽快になるぐらいの笑みしか生まれてこなかった。 英二の前でこんなにも心の枷なく笑い声をあげたのは、もしかしたら初めてかもしれないなんて。そんなことを思わせるほどに、思ってもいいと許可をもらえているかのように、その時の英二は優しく笑ってくれた。 「……口約束だけっての、やめていい?」 そして、沈黙を埋めるために零された最後の言葉。 ばつが悪そうに、かすかに照れくさそうにそう尋ねる彼氏の前で、私がとる道はひとつ。 差し出された手を少し恥ずかしく思いながら受け取って、誘われるがままにその胸に飛び込んで。贈られた初めてのキスに目を閉じれば、それだけで心が穏やかだった。 神様。恋愛はひとりでできるはずがないって、今日改めて分かりました。 |
| 05/05/21 |