Double Happiness

 自分の彼氏だから格好よく見えるとはよく言ったもので。
 そうだとしたら、そんな特別な格好をしているからもっと格好よく見えると言ったら、彼はどんな反応をするだろう。
 お調子者らしく煽てにのってくれるだろうか、とも思えなくもないけれど。
 それでも私の頭の中にすんなりと思い描くことができるのは、喜びつつもそんなもので価値を決めるなと宣言しそうな、そんな天然色の魅力を捨てない英二の姿。
 そしてなにより、私が幸せにしたいと思うよりももっともっと大きなもので私に幸せを感じさせてくれる姿。
 それが私の彼氏だった。


 体育祭の華の種目、3年男子応援団。
 1年から3年まで各学年1クラスずつ、計3クラスで1ブロックなのが合計12個。青学中等部はマンモス校であることを魅力だと豪語して、とても大規模なお祭り騒ぎを起こすのが大好きな学校で、この体育祭も例に漏れず総勢1400人以上の生徒が一斉にグラウンドに集結して白熱する、そんな伝統行事なのだけれど。
 3年生になった今年は、ひとつだけ楽しみが増えた。
 それは3年男子有志による応援団。

(ただでさえ格好よく見えるのに、喜んでいいのか悔しがっていのか)

 私は3年6組のブロックが配置されたところから少しだけ距離をおいた場所で、周りの皆がグラウンドに視線を注いでいるのと同じように視線を向けて静かに事が始まるのを待つ。楽しみはもうすぐだった。
 いや、楽しみの一言で片付けられるほど、今の私の心は単純ではなかったけれど。

 誤解を覚悟で断言すれば、私は彼氏の菊丸英二が格好いいと思う。
 それは見た目的な、美的観点から言える格好良さではなくて、普段はおちゃらけていてもきちんと決めるところは決めるといった、性格に芯が通っているところが格好いいという意味だ。だからその「格好いい」という言葉に比較対象となる人物はいない。ただ素直に英二の人間性が格好いいと思う、それだけの話。
 ……もちろん、英二の人間性すべてが諸手をあげて歓迎できるものではないことは十分に理解しているけれど、それは私も同じ。私だって英二に負けないぐらい性格的に好ましくない部分がある。けれどこの世に聖人君子なんてどこにもいない、欠点があるからこそ長所も活きてくる。それに英二は自分の欠点をきちんと理解している、そんな点も格好いいと思える理由だったりもするけれど(その欠点を逆に利用しているあたりは単にずる賢いとしか言わないけれど)。
 そして迎えた体育祭。3年生として最後の体育祭。
 それは午後の日差しがますます強くなってきた、そんな時間帯。既に競技はほとんどが終わってしまっていて、残すは3年応援とメジャー種目の決勝戦だけ。そんな時。

(……卑怯だなあ、私、すごく嫉妬深くなっちゃうじゃない)

 確実に流れていく時間を首筋を伝う汗で感じながら、私は苦笑を隠すようにうつむく。
 もう少しで終わってしまう、中学生最後の体育祭。
 けれど私の胸の中にあるのは、寂しさよりももっと違う感情。もちろん終わってしまう悲しさも、リレー決勝に寄せる興奮もきちんと存在していたけれど。けれどそれ以上に自分の心を占めてやまないものがあることを、私は否定できなかった。
 私はそっとグラウンドを見つめる。小さな嫉妬と興奮と、それらの根底に息づいている彼への恋しいと想う気持ちをますます増大させながら。
 グラウンドはついさっき終わった400メートルリレーの片付けをしていて、まだざわめきが止まっていない。それでも生徒のほとんどがブロックから離れず、グラウンドを凝視しているのはもちろんその次にくる種目が。

「あれ、

 英二も出場する3年応援のはず、だった。
 しばしの沈黙。けれど私の耳が捉えた少しだけ高めな、それでも低い声がでることもきちんと知っている、その声はまさに。

「こんなところで見えるの? グラウンド。全然見えねーじゃん」
「え……英二! なにしてるのこんなところで!」
「え? いや、喉渇いたからさ。ペットボトル取りにいこうと思って」

 いつもなら、ここで私は英二を一喝するぐらいの常識性は持ち合わせていた。けれど。
 丈の長い真っ黒の学ラン、真っ白な手袋。背中の向こうでひらひらと風に揺れる真っ白なハチマキ、そして気づかされるその長身。
 もちろん乾くんや手塚くんに比べれば、171cmの英二はまだまだ小さい方だ。けれど確実に女の私との身長差は頭ひとつ分近くあって、太陽の光がいくら眩しくても英二の目をきちんと見ようと思うと私は見上げるという行為を経なければならない。
 そして今日、体育祭という日。
 見上げた先にあるのは、黒という学ランの色に引き締められた、すっと筋の通った横顔。
 格好いいというよりも綺麗だと。素直にそう思ってしまったことは、簡単には伝えることができない本音だったけれど。

「でももうすぐ集合でしょ? 次じゃなかったの? 応援団」

 ただでさえ暑いのに、まるで身体の内側も熱に侵されていくような勢いそうだった。私はそんな自分の中の熱の暴走を食い止めようと、慌てて英二に言葉を振った。ブロックの方を見つめていた英二はその声に視線を私の方に戻し、いつも通りの丸い瞳(でもきちんと鋭さをもっている事実に気づいている子は結構少ない)で何度か瞬いた後、何事もないかのように笑った。

「次はあれだよ、三人四脚。ゲリラ三人四脚」
「……え?」
「ほら、体育祭が始まる前にアンケートがあっただろ? あれにさ、『企画を希望する競技はありますか』って項目に俺と不二がふざけて書いたんだよね、三人四脚って」
「三人四脚? それは別に珍しくもなんともないと思うんだけど……」
「うん、そう。だからさ、出場選手は生徒会が指定するって書いたんだよ」

 淡々とその事実を語る英二の言葉に、私の中の埋もれていた記憶がわずかに蘇る。
 そう、それは。体育祭の始まる前、生徒議会で手塚くんが説明していた「ゲリラ種目」。毎年伝統のそれは、毎回全校生徒にアンケートを取った中で意外性かつエンタテインメント性に富み、なおかつ石川校長のOKサインがもらえないと(ここはさりげに重要なポイント)種目として成り立たないという、意味があるのかないのかまったくもって分からない、しかも体育祭進行表には記載されないというゲリラ的に行われる謎の種目。
 歴代の突拍子もないゲリラ種目に遠い目をしたくなるのをこらえながら、私は静かに英二を見つめ、そして思った。
 三人四脚。それ自体はまったくもって普遍的な体育祭競技だ。たかだかその程度で、たとえ選抜方法に意外性を持たせたとしても、あのお祭り好きの校長先生が簡単にOKを出すとは思えない。なぜなら青学では石川校長の笑いを誘うことができた生徒は石川博之界の殿堂入りを果たすことができるという、名誉なのか不名誉なのかまったくもって分からない伝統があるほどに、それほどまでに校長の存在は大きいのだから。
 私は楽しげにグラウンドを見守っている英二の姿、むしろその向こうに見えるなにかになにかよからぬものを感じる。むしろ悪寒すら感じる。

「……ねえ、英二。それって誰が校長先生のところに持っていくか知ってるの?」

 そして思わず、不安に負けてそっと問い合わせてみると。

「いや? 知らない。面白ければ生徒会の誰かがもっていくんじゃないの?」

 なんて、我関せずの答えがあっさり返ってきて。
 私はしばらくの沈黙のあと、予感が本物だということを感じる。女の勘じゃないけれど(そんなものは発動する日がこないようにと願いたい)、なにかを感じて仕方なくて思わず英二の学ランの丈を掴み、そして。
 英二が笑うのと、私が彼の顔を見上げるのと。

「それは、生徒会長が――」
『3年男子応援団に告ぐ』

 機械越しの生徒会長の声が響くのとが、同時の。そんな最悪の幕開けだった。
 聞きなれた手塚くんの声に英二が何気なく視線をグラウンドに戻す。予感が的中した私は何が何なのかもう分からない状況で、それでもつられて生徒会本部のあるグラウンドの向こう、真っ白いテントに視線を移す。そしてそんな視線に気づくはずもない(気づいていてもけしてとめないだろう)生徒会長手塚国光は、マイク片手に淡々と事務説明をしはじめたのだった。

『ただ今よりゲリラ種目の三人四脚リレーをとり行う。応援団メンバーは各自所属するブロックから男子1名女子1名を選出し、直ちにグラウンドに集合せよ』

 しばらくの沈黙。
 けれど、結局数秒後。
 ……堰を切ったかのようにグラウンドには一斉に歓声があがり、見せしめとされる応援団にためらうことなく笑い声が向けられていた。

「……はっ?! ちょ、ちょっと待て手塚!」
「……書いたのは英二と不二くんでしょ」
「いやでもっ、応援団のメンバーは有志だからブロックバラバラだろ?! そんなので勝負したってフェアじゃなくなるし!」

 思い描いたように慌てだす英二。そして予想していた展開に脱力したくなる私。
 せめて思うことといえば、手塚くんにうまいこと乗せられたなと。それぐらいな私の頭は誰に評価されることもなかったけれど。

「はい質問」
「な、なに」
「じゃあ騎馬戦はどうやって戦ったんですか? 菊丸英二くん」
「え? 騎馬戦? 騎馬戦はブロックが多いからって2チームに分かれて……あーっ!」

 今更絶叫してももう後の祭り。全ては手塚くんの采配が的中したというより他なかった。
 そう、それは。誰もが期待する男気溢れ女子たちがため息をつきたくなるという3年応援団に、暑苦しい応援団の服装のまま真夏の太陽の下での素敵な笑いの場所を提供するという、とてもエンタテインメント性溢れる競技。英二が今更悲鳴をあげようとも、私はただ第三者としてこの企画を楽しめばいい、それだけのはずだった。なのに。
 ……私の中に残る嫌な予感は、英二の視線を受けた時に再び的中の鐘を鳴らした。

「……
「……」
「手塚の言ってたこと、聞いてた?」
「……言いたいことはなに?」
「よし、話は早い。三人四脚しよう!」
「お願いしますの一言でも言えないの?!」

 そんな青春を訴えるその瞳に私が怒鳴ったとしても、所詮その姿すら周りからすれば余興のひとつ。
 その証拠に視界の片隅で桃城くんと越前くんが笑っているのが見えた。あの子たちは本当に先輩というものを笑いの対象としか見ていないと心から思う。今私の腕を掴んでブロックの方向に引っ張っていこうとする彼らの先輩は間違いなくその対象だと、そんなことを思いながら見上げた空は、悲しいぐらいにとてもとても爽やかだった。
 三人四脚日和。そんな言葉は聞きたくなかったけれど。



「というかこれっておかしくない? 僕この後のリレーに出なくちゃならないんだけど」
「……そういうことは、全部英二に言ってください」
さん、いつまで英二と付き合うつもり? 多分将来は旦那さんの無計画ぶりが発揮されて、借金取りから逃れる生活を送ることになるんだと思うよ」
「それは嫌です。結構です。もう間に合ってます」
「……にしても、圧巻だね。というか暑苦しいね、この光景」
「……なんたって、3年応援団全員出場だから」

 笑顔のままさらりと冷たい言葉を並べる不二くんに、私はもはや愛想すらつけない。英二を弁護する気にもならない。いやその前にこの三人四脚を発案したのは英二だけじゃなくて不二周助もだという事実を私はこの時すっかり忘れていた。
 視界を占めるのは、由緒ある応援団服に身を包んだ同級生たち。暑苦しいのにこんな発案をしたのは誰だ、と叫ぶ声があるのにそれでも私の両隣の人は知らぬ顔。
 そして、テントの中の生徒会長も知らぬ顔。

「くっそー、手塚め。覚えてろ」
「英二がいつも手塚くんにちょっかい出すから。騎馬戦の時に皆で押し寄せるから」
「そうだよ、手塚のご機嫌を損ねたのは英二だよ」
「ちょっと待て。お前らなんかいろいろと間違ってるぞ」
「あー、日焼けしちゃうなあ喉渇くなあ」
「僕も」
「……はいはい、後で購買部でなにかおごるから」
「よし、頑張ろう不二くん」
「目指すは優勝だね」
「なんだかなあ、お前ら本当にいい神経してるよ……!」

 強張った作り物の笑顔を浮かべながら、今にも暴言が出そうなほどに歪んだ唇で呟くその声には今度は私たちが知らぬ顔。
 それでも、少しだけ私の胸が高鳴っていた事実だけは隠せない。
 嬉しいのかと問われれば少しだけ強情な心持ちで私は首を横に振るだろう。けれどきっと、きっと多分、私の横にいる人たちには全てお見通しのような気がしないでもない。そしてそれと同時に、手塚くんに少しばかり感謝しないでもない。

「あー、走りづらそう。裸足なだけましか」
「裾、曲げたら?」
「あ、そっか」
「手伝おうか」
「いや、平気」

 腰を折り、少しだけ大雑把にズボンの裾を折り曲げていく。そんな赤茶色の髪をした英二の後姿を見つめながら、私は複雑色をしてやまない自分の心に思いを馳せる。
 私は、本当のことを言えば。英二の応援団参加は少しだけ複雑だった。
 体育祭の華の3年応援団は、毎年女子たちからの人気をとても誇っているもの。
 しかもありがた迷惑なことに、写真部が「○○年度 3年応援団」なんてコーナーを作るものだから、このお祭り前後は彼らはちょっとしたヒーロー扱いになるわけで。いわゆる「あいつって格好よかったんだ」現象が繰り広げられるというわけで。
 そんな現象を知ってか知らずか、私の彼氏は有志が人数不足と聞いてあっさりと参加要請を受けていた。そして私は嬉しいやら嫉妬に悩むやらでとても複雑な思いを、もちろん本人に伝えることもできないままに今日という日を迎えてしまっていた。
 嫉妬するなんて心の狭い彼女ではいたくないと思うのと同時に、嫉妬をせずにいられるほどの平常心がない情けない自分にも気づかされながら。
 日差しが白く光る、そんな青空に少しだけ目を細めながら、そっと左横に控える英二に視線を送る。自分だけが罪を被せられたことにまだ幾分かご立腹の様子だった。
 けれど。嫉妬じみた感情をどう処理しようかと悩んでいた私の心にあっさりと飛び込んできたものは、嫉妬よりももっともっと馴染みのある想いだった。
 綺麗な横顔に思うことは、結局今日も同じこと。いや、それ以上に応援団の服装に付加される形で私の心臓をはしゃぎたてさせてやまないこと。
 都合がいいと言われるのを覚悟で。恋愛煩悩だと笑われるのも覚悟のうえで。
 格好いいなんて決まり文句を、今ここで言ったら。あなたはどんな顔をするだろう?


「なに?」

 気づいているのかな、今の私の声には不機嫌の色なんて消えてしまっていることを。
 見上げる視線には目をそらしたくないという想いが込められていることを。

「俺さー」
「うん」

 気づいてやっているのかな、その声が私の耳を麻痺させてしまっているということを。
 太陽に目を細めるその仕草が、2人きりの時に見せてくれる少しだけ大人びた表情を思い起こさせるということを。
 衝動に任せて、その腕に抱きつきたくて仕方ないと思っているということを。

「正直、今嬉しいんだけど。これってフキンシン?」

 はにかみながらこっそりと言うその姿に、思わずつられて頷きたくなってしまいたくなってしまったということを。

 私は言葉につまる。真っ白な手袋に包まれた右手が彼の背丈よりも低いところにある私の頭を軽く叩いて、そして柔らかく笑ってくれたことに、私はただ。

「……いい記念?」
「うん、そう。いい記念」
「……うん、そうかもね」

 冷静に返したつもりでも、きっと私の声は微かに震えていた。嬉しさに負けそうで。
 たとえばこれが片想いの頃なら。体育祭なんて日常外の出来事は、普段と違う姿を垣間見ることができてそれはそれで楽しい思い出になったかもしれない。気づかれないように視線だけを向ける、好きでいられることにすら小さな喜びを見つけることができたかもしれない。
 けれど、今は。今の腑抜けな私の思考回路は。

「なんだかちょっと恥ずかしいね、これ」
「あ、それは俺も。なんていうか……なあ! 全校生徒の前でやるっていうのが」
「分かる! あ、そういえばさっき越前くんたちが笑ってた……」
「あー、あいつらにネタにされる! やばい!」

 そんなことを言いながら、それでもけして悲嘆になんてくれない。
 胸の中にいっぱいになって、次の行き先が分からなくてただ身体の中で生産を繰り返すばかりの嬉しさ、それに負けそうになることの心地よさ。身を任せることができる幸福感。今の私を満たすのはただそれだけだった。それだけで十分だった。
 見下ろせば布できつく結ばれた右足と左足、見上げれば笑う英二の姿。感じれば右肩に馴染みのある温もり、そして視界を広げれば、そこにはいつも以上に私の判断能力を狂わせる応援団姿の恋人。
 すべてがプラスアルファにしか働かない、ある意味卑怯な英二に私は笑い、少しだけずれてしまった彼の白いハチマキを直す。抵抗もなく背中の向こうで風に揺れるそれはとても綺麗で、去年までは遠くにしか見ることのできなかったそのハチマキがいかに綺麗で清廉なのかを見せつけられた気分だった。
 私は笑い、英二も笑う。それだけの空気がこんなにも優しいなんてこと、今更ながらに感じて嬉しくなる私はもう英二になにを伝えたらいいのか分からない。
 好きでいることがただ楽しいことばかりじゃないと分かっている。分かっているけれど。
 けれど今この時だけ、自然と緩んでしまう頬をそのままにしておきたいと思うことは、我がままなんだろうか。強欲なんだろうか。彼女のエゴだろうか。
 ただ英二が笑う、それだけでつられて笑ってしまう私は、なんて単純なんだろうか。

「照れるのは英二がセクハラするからだよね、きっと」
「! ふ、不二くん」
「……不二、お前なあ」
「いや、僕の隣でそんなことされても困るんで。体育祭が終わってからならごゆっくりと」

 クラスメイトの茶化す声にも棘がない。分かっていて見逃してくれている、こんな友人をもつ英二はとても恵まれていると思うのは私の独りよがりだろうか。それとも。
 そっと戻した視線の先には、私の視線を受けて何事もなく笑いかけてくれるあの笑顔。
 その笑顔ひとつに、私は今日も狂い、そこで幸せを見つける。そして。

「その服格好いいよ、英二。よく似合ってる」

 今日ばかりは素直にそんな言葉を零してみよう。そんな言葉で片付けてしまいたくはないのだけれど、それでもそれ以外に見つかる言葉がない、そんな語彙に乏しい私のことを許してくれるのが彼氏だとわかっているからこそ、告げてみよう。
 そんな私のその一言にしばらく英二は目を丸くしていたけれど、すぐに目を細めてくれた。口端を緩めてくれた。そして、結局は。

「じゃあ俺も言う。このハチマキ、がもらってくれる?」
「ハチマキ?」
「伝統なんだって。第二ボタン逆バージョン、『好きな人にあげましょう』」

 私が一番嬉しくなる言葉を、そんなにもあっさりと零してくれる。それが英二だった。
 今日は中学最後の体育祭。
 けれど日常も非日常も関係ない、どれが大切な思い出でどれが必要のない思い出なのかも関係ない。
 私は毎日毎日に、いつもの時に。英二と恋人だという事実のもとで流れていく、この一瞬一瞬に、とても大切な想いをいつももらって生きている。
 それが分かるだけで、私はとても幸せだった。



04/06/30