| 3年6組日記 夏のあつさの為せる業・友情出演編 |
親友である英二の周囲の評価は、およそ愛嬌がある、人当たりがいいという内容で一致している。ただしその後には、感情的、直線的、やや攻撃的。とにかく隠さない曲がらない怯まない遠慮しない、なんていうちょっとした抵抗感に似た言葉もついてまわる。 けれどテニス部の仲間は、彼をそのようには判断しない。彼にはきちんと別の顔がある。 「相手の心をえぐる方法はよく知っているな、いい意味でも悪い意味でも。隠れた多角的な視野の持ち主だと思う。そのあたりは不二とよく似ている、不二が遠巻きに見つめるのに対して英二は切り込んでしまうがな」 乾もよく、そう言っていた。同じクラスなのはなにかの因果とも言い放つほど。 英二は、直情的に見せかけて多角的に物事を見ることができる技量を持っている。性格、と一言で言い表してしまうには少しもったいないと思ってしまうレベルなのだ、彼の場合は。感服すらする。自分の感情だけで状況を判断しそうになる癖はあっても、自分の感情だけで相手を判断することは絶対にない。そのような素振りがあったとしても、それは必ず前置きだ。絶対に、続きがある。見極める、と言うと大げさかもしれないが、彼が大家族に生まれ育った背景を考えればそれも当然のような気がした。 「手塚に対し、一目置くのが不二。それに対し『苦手だ』と俺たちの前で平然と言ってのけるのが英二。本心では手塚がいてくれてありがたいと思っていながら、だ」 だから今も、個人戦よりも団体戦に力を注ぐ手塚の考えに沿って生きている。あの手塚に唯一反抗しない点があるとすればそこだけかもしれないと思うほど水と油のふたりが、英二が、手塚の意思を認めるを通り越して手塚の意思に従う。それだけの力が手塚にあるし、それだけの思いを理解できるほど英二も青学に対する強い思いを持って今日ここまできた。 その彼を、いつも教室で見守ってくれている人がいた。 ひとりは彼女のさん。1年の時から付き合っているふたりは、もはや一緒にいることが当たり前、を通り越して意識することのない関係に近かった。離れることがないと思っているように見える、いや思ってもいないようにも見える。まるで朝起きること、食事を取ること、息を吸うことなにかを見ること聞くこと、それらに意味を見いだそうとすることと同じほどに彼らの関係に意味を探したり名前をつけたりすることは難しい。それぐらいの時間を密度を伴って過ごしてきたという印象がある。 そして、もうひとり。 「……え、不二? ちょっと待て、なんだその声!」 『うん、だから……ごほっ、風邪ひいたみたいで。病院には行っておいた方がいいと思うから、朝の練習は休んでもいいかな』 「なに言ってるんだ、今日1日しっかりと休め。夏風邪を長引かせる方が危険じゃないか」 ごめん、ありがとう。弱々しくそれだけを告げると、不二は電話を切った。 早朝練習に相応しい外の爽涼な空気に全く馴染まない、弱々しい声だった。 「不二がどうかしたか? 大石」 手際よく着替えていた手塚がちらりとこちらに視線を向ける。 俺は、携帯電話を握りしめたまま手塚を、そして、 「なるほど、今日1日の英二の相手は不二ではなく大石か」 唯一無二の親友の背中を見つめる。そんな俺の心の中を見透かしているかのように、着替え終わっていた乾が淡々とひとつの心配を口にした。 それが、3年6組で英二の相手役である不二が休んだ日の、俺の……大石秀一郎の、波乱の1日の幕開けだった。 「波乱にならなければいいんだ、大石。それにつきる」 朝の太陽が燦々と降り注ぐコートに立つと、乾が眼鏡を直しながらあっさりと呟く。タカさんは面白いのだけれど笑ってはいけないと思っている素振りまで見せておいて、それでもやっぱりおかしくて笑ってしまった、と口を押さえる。 「……そうだな、いくら英二だからって、そう毎日話題になってしまうような時間の使い方は、いくら英二でも、うん」 「いや、それは難しい。だから波乱の渦の中に入っていなければいいんだ、大石。あくまで他人を装う、いやもともと他人なんだが」 「ええ? 乾、それは難しいんじゃない。大石が英二を見捨てることはできないと思うよ」 「ふむ、それも一理ある。要は自分を捨てるか自分を守るか、その選択を前もってしておくことができればそう後悔することもないということだな」 自分には関係ないと思って、という言葉を俺はぐっと飲み込む。言葉に出してしまうと、まるで俺が英二を邪険に見ているような気になってしまうからだ。それは断じてあってはならない、英二はかけがえのない、この夏を最高の結果で終わらせるために絶対に欠かせない俺のパートナーだ。英二のためになるのであれば、自分の時間を割いてでも彼に協力することを惜しむつもりは俺には全くない。それは間違いない。 ただ、と俺はコート脇の英二をちらりと見つめる。 腰を下ろして、手塚の第一声が飛ぶまでの時間を持て余している英二に桃城がうきうきと近づいたのは、そんな時だった。 「エージ先輩、昨日の約束覚えてます?」 「約束? なんのこと?」 「ええっ、ひどいっすよそりゃあ! 言ったじゃないすか、宿題忘れを防ぐために俺と約束して……」 きたぞ、と乾が肘でついてくる。俺はぐっと腹に力を込めて、英二の次の言葉を見守る。英二が考える間はまるで焦らされているような感覚に近い。 「ああ、それ。やったやった、大丈夫。帰りのハンバーガーがかかってるんだぜ、忘れるわけないし。残念でしたー」 「ちぇっ、なんだ。面白くねえなあ、面白くねえよ」 ほっとため息をついて、タカさんに安堵の笑みを浮かべる。よかったね、とタカさんも嬉しそうに笑い返す。 「甘いな、大石。それではまだ不二には勝てないぞ」 「え?」 空は晴天だというのに、どうして俺たちの周りだけはこうも空気が重いのだろう。朝から乾が厳めしい表情を浮かべているからなのか、まるでそれは新作の栄養ドリンクを考え抜いている時の気魄に似ていて、思わず後ずさりしたくなる心境になることをこの親友は一体どれほど分かってくれているのか。 いや、分かっていないのは、実は俺だった。 「数学の計算だろ、理科も……計算か、大丈夫。やった。あとはもう……って、あー!」 ほら、という顔をしたのは乾か、それとも桃城か。 びくりと肩を震わせ、俺は英二を凝視する。腰を下ろしたまま、英二は呆然とコート内の時計を見つめ、やばい、と唐突に口にした。 「しまった、和歌覚えるの忘れてた!」 「なんすか、それ」 「やばい、風呂の中で覚えようとしてたのに……! わー、もう! 不二、国語何時間目だっけ……って、あれ、不二」 「不二なら休みだぞ、英二。風邪らしい」 「ええっ! ちょ、なんで夏に風邪ひくのあいつ!」 「英二、不二だって風邪ひくよ。だって昨日暑かったからね、クーラーかけすぎちゃったんだよ、きっと」 「河村、それでは不二が病気ではなく自己管理ができていないということになるんだが」 乾が答えたのは、わざとではない。タカさんが擁護したのもそうさせたからではない。 電話を受け取っておきながら状況説明ができないほど、俺が頭を抱えていたからだ。桃城がしてやったりという顔で喜色を浮かべているのも、タカさんが心配そうにこちらを見てくる……ように見せかけて結局笑ってしまった様子も、もう俺には関係がない。 なぜならそんなふたりの相手をしているよりも先に、俺は、 「ちょ、大石! ごめん、助けて! 和歌覚える方法とかない?!」 「……いいとも、ああいいともさ。英二のためなら!」 不二不在の今、この親友が1日を平穏無事に過ごせることに全力を尽くすことを自分に課してしまったからだ。 それなんだがな、と乾が呟いたことは気にすることはない。 不二が青学テニス部のために尽くしてくれていた努力に対し、副部長として俺が精一杯対処できることのひとつにこれがあるとするならば、それは喜んで引き受けるべき仕事のひとつだと。 意を決して小さく「よし」と呟けば、手塚が微妙な表情でこちらを見つめていた。 「……それで、大石くんが今来てくれてるっていうこと?」 俺の姿を見つけて目を丸くするまで、そう時間はかからなかったようだ。 さんはこの光景に驚きと不可解さを掛け合わせたような表情で寄ってきた。やがて、幾分かの冷めた色に変わってその行き先は英二へ。俺は主不在の不二の席に腰掛け、苦笑しながら頷いた。 「俺のクラスがちょうど昨日だったんだよ、この宿題。穴埋め式のテストだったからさ、その場所を中心に覚えておけば即興でもなんとかなるかな、と思って」 「そうそう」 必死にルーズリーフに和歌を書き綴りながら、英二も頷く。顔は上げない。返事も軽い。罪悪感や後ろめたさという類のものは感じることが難しいようなその態度に、俺ではなくさんが呆れた視線を向ける。英二が書くことに集中しているのは幸いだった、彼女の視線はお世辞にも優しいとは言えない。 (仕方ないか、カンニングに近いしなあ。これは) ぶつぶつと古典和歌を呟く英二をよそ目に、俺は書き込みのしてある自分の教科書を見つめて思う。ほぼ授業中に書き込んだものだけとはいえ、先生の言うことを忠実に記した跡でもあるそれは、テストのためのヒントというよりもテストの解答に近くなってしまっている。勉強に関する要領は、中学3年にもなると随分と身についてきたものだと自分で自分を感心してしまったページだった。 そのページを、内容そのままに英二に伝えているのだ。どこがテストに出たとは英二のためにもならないので言わないが、結果を知っているだけに罪悪感というものがこっそりと俺を覗き見ている気がしてならない。 だが、と英二を見つめる。英二が必死に頑張って勉強に注ぐ力を見せてくれている以上、俺はこの場から去りたくはないという心の方が、もっと強く生きてしまう人間だった。 「……私最近、なにかしら忘れ物をしている英二しか見たことがないかもしれない」 さんが呟く。英二は答えない。俺は、黙る。 妙な緊張感だった。いや、当の本人たちはまるで気にしている様子はない。呆れた顔をしながらもさんがそれ以上なにも言わないでいたり、英二が反抗も(その代わり反省も)しない。俺はこんなにも緊張するというのに、ふたりの間にはおかしなほどに当たり前のような空気が流れている。 だがふたりに挟まれた経験が多い方ではない俺は、このような時どちら側に立った言葉を発すべきなのか、それすら判断に迷ってしまう。 (不二は、これを4月からずっと経験しているのか。大したやつだ) 内心では額の汗を拭いたくて仕方ない。実際には汗など流れていないのに、そうしたくなるほどの動揺が心の中で暴れているような感覚になる。 「ありがとう、大石くん。いつも本当に」 「え、いや! 俺、なにもしてないから!」 そんな俺の心を見抜いているのか、いないのか。乾ほど分かりやすくはしてくれないさんが唐突に呟いた一言に、俺は慌てて首を横に振る。 「ううん、本当にいろいろ。大石くんって本当いい人だよね、前から思ってたんだけど私最近しみじみするぐらい思う」 「いや、俺はなにもしてないよ。俺ができるのは、こうやって助けてあげることぐらいで」 「そう言えちゃうところがすごいなあ。私も大石くんみたいにいい人になるよう努力すればよかった、羨ましいような自分が情けないような、そんな感じ」 「え、ええ……? そうかなあ」 俺からすれば、英二と2年も付き合ってきたさんの方がすごいと思う。2年という年月が決して軽くはないことを、俺は手塚を、青学テニス部を見てきて知らないことはない。 だが面と向かって女子とそのような会話をすることなど滅多にない俺には、それを伝えるのはハードルが高すぎた。ましてやその相手が親友の彼女、その上彼氏が真横にいる状況下ではおいそれと本音を口に出すことなど、もっとできるはずがない。 それとも、俺のこんな動揺なんて端から予想した上でさんは俺に話題を振っているのだろうか。心の中を読まれてしまうなんて情けない、と少し身を引きながらさんを見つめるが、さんは小さくため息をつくだけだった。意味が分からない。 (不二は、一体どんな毎日を送っているんだ。緊張することこの上ない!) ありがとう、ともう一度口にしてさんは去っていく。後ろ姿だけを見れば自分のクラスの2組にも、いやこの学校のどこにでもある姿にしか見えないのに、それがさんだと分かるだけで俺は妙な緊張感に包まれて仕方ない。 2組はどれだけ平和なことだろう、と自分のクラスが恋しくなりかけた時、 「なに緊張してんの? 大石」 小さな笑い声が風が吹くと同時にこっそりと響いた。 さんがクラスの誰かと話している。その後ろ姿を見つめる俺を、顔を上げないで英二があっさりと言葉で看破する。どこに目があるのか、とぎょっとして視線を向けるが、それでも英二は顔を上げなかった。ただ、笑うだけだった。 「いつもあんなふうだよ、俺たち。クラスの中だとね。用がなきゃ喋んないよ、だって嫌じゃない?」 ようやく顔が上がる。ルーズリーフには順序も規則もなく書き綴った和歌が踊っている。やり終えたのだとその表情を見ればすぐに分かった。 「……嫌って、なにが?」 「えー、だって同じクラスで付き合ってるやつがいるって、俺あんまり得意じゃない。気遣うし、気にしない? 俺は気になる。たとえば席と席の間でどっちかが立って話してたりするだけで、もうそこ通らなくするじゃん。邪魔しちゃうなって思って。そういうのが、嫌。面倒」 くるりとシャープペンシルが回った。その普段の癖とは裏腹な言葉、いや癖のようにあっさりと飛び出してきた言葉。考えて言っているというよりも、いつも頭の中にあるものをただなぞって読んでみただけ、という軽さで英二は言う。そうだ、数分前の和歌の方がよほど呪文かなにかのように必死に読まれていたと思えるほどに。 「それを俺が言うか、って? まあそうだよね、ていうかだからなんだけど」 「……え?」 「自分がやられたくないことは自分がやらない。当たり前だけどさ。多分それで損したことないしね、俺。あ、気づいてないだけかもしんないけど……まあそれはいいか、今は。とにかく教室ではあんまり話さないよ、実は。大石の期待には応えてあげられないけどさ」 「いや、期待なんて!」 驚いた感情に引きずられて言葉が出てきてしまう。思わず大声になってしまって、俺は慌てて声を落とす。 「いや、あまり話さないなあとは思ったけど、ただそれだけで」 見ていなかったはずなのに、という動揺は、少しずつ小さくなっていった。 答えは分かっている。自分でも驚くほどだが、それは目の前のこの人のせいだ。 表情を見ているのではなく、中身を見ているような目。無闇に大きく感じる、余分に鋭く感じる、そういう視線を向ける時の英二は、一般的な評価の通じない時だ。俺は知っている。この顔の時は、相手を内面で理解しようとしている時だ。 「うーん、そうだなあ……別に話すことない、とかじゃなくて。話す時は話すし、ご飯一緒に食べることもあるし。でも、いつも一緒にいるっていうのは違うなあって思うようになったっていうだけなんだよ」 英二の言葉に納得しきれていない俺を見限るでも突き放すでもなく、俺からすればあまり簡単に口にすることなどできない恋人との関係を、そう、教えるのではなく知ってもらいたいというように話す。 その目の落ち着きに、俺が小さな頼りがいを見つけていただなんて、誰も信じてはくれないのだろうけれど。きっと英二も、笑い飛ばすことしかしないだろうけれど。 (でも俺は知っている。英二は、必ず最後は相手のための言葉を用意してくる) 今はどれほど、自分の心情だけを伝えているように見せても。 不二はこれを知っている。だから毎日を当たり前のようにこのクラスで過ごせているのだろう、とようやく気づく。最後になにか、救われているのか報われているのか、幸せをもらっているのかよく分からないけれどとにかく心がすうっと軽くなることを、英二ができる力を持っていることを知っているから。 英二の目がそっと細められる。頬がわずかに緩むその視線の先にさんがいることが、それだけで俺にとっては小さな喜びにも近かった。 「なんか、分かるようになった。全部じゃないけど、今どう思ってるかとか、そんなところ。だからさっきもなにも言わなかったでしょ、俺。それで向こうもなにも言わなかったよね」 「え? あ、うん、そうだ」 「短時間集中したら俺が大体のことできるって、あれ知ってるからなんだよ。だから大石にありがとうって言っただけなんだよね、たぶん」 「……ああ、なるほど。そういうことだったのか」 「普段はもっとふざけてもいいじゃんって思うこともあるけどさ、まあ、でもね。うん」 自信に満ちているように見えた。自分の恋愛が順風満帆であることを自慢しているようにも見えた。けれど、俺はそう思わない。英二もきっとそれを見透かしている。 ちらり、と英二の視線が動く。教科書もルーズリーフももう見向きもしない。 迷うことなく一瞬で、3年6組という教室の中ですぐにさんを見つけられてしまう、その後ろ姿であれば真っ直ぐに見つめることに躊躇すら見せないその潔さを通り越した毅然さに、俺は降参して思わず笑みを浮かべてしまった。 「……すごいな、英二。そこまで考えてるというか、なんというか。俺は少し驚いた」 「えー、なにそれ。俺結構真面目なんだけど! 大石知ってるじゃん」 「いや、待て待て英二。俺は英二を信頼しているけどだな、こうして宿題の相手をするのはやっぱりいけないと思うわけであって」 「今日の部活で返すよ、絶対」 「なんだ、それ!」 「うん、任せといて。今日紅白戦らしいから。俺絶対勝つから。任せとけって、相棒!」 軽い言葉だ、と苦笑すると本気だって、と返される。その口調も軽い。 だけど、英二の実力は俺が一番よく知っている。それこそ、不二よりも知っている自信がある。その俺が今嬉しくて笑えるということは、今、目の前の英二は上辺だけの言葉を口にしているのではないというなによりの証拠。 和歌を教えることの引き換えにもらえる幸福としては、なかなかのものではないのか。 ここは3年6組、不二の席。違和感ばかりの空間の中で、けれど英二が一番気をかけて俺の場所を作っている。俺がここに来て後悔しない言葉を、空気を作ってくれている。そんな彼を、単純に感情だけで生きているだなんて誰が言えるのか。 「ま、でも」 実は今日という日は、有意義な1日だったのかもしれない。国語の教科書を片付けながら心の中で嬉しく呟いたとき、ちらりと英二の視線が動いた。 「話さない分、見てる時間は多分長いんだけどね。……いつかの大石みたいにー」 「……え、ちょ、なんのことだ英二」 「え? だから、大石が去年好きだった8組の」 「ま、待て英二! どうして今その話題が出てくるんだ!」 「えー、好きだったのに告白しなかった親友の背中を押したくて」 「押さなくていい!」 誰が、直線的だと言ったのか。攻撃的と言ったのか。 それは間違いではなく多面的な性格の一部だと、認めろと言われているかのような瞬間。 「なんで今年あの子6組なんだろうね、ねえねえ大石、これってどう思う? 俺になにかしろってことなのかな!」 「しなくていいっていうことだと思うぞ、英二!」 えー、と不満をあらわにする親友に、俺は厳重に口封じを命じて慌てて6組を後にする。 教室からの去り際、俺が英二の前に座った時と同じような目の丸さでさんが俺を見ていたけれど、挨拶する余裕なんて俺にはない。俺にはハードルが高すぎるのだ。 だから言ったではないか、と乾の右手が眼鏡を触りそうだ。 やっぱり大石だね、とタカさんには微笑まれそうだ。それはまだいい。 (手塚に無言を突きつけられるのが一番恐ろしい!) そんな時に限って廊下で生徒会長と出会うのだから、今日という日はやはり波乱の1日でしかなかったのかもしれないと、手塚の微妙そうな顔を見て俺は悟るしかなかったのだ。 「不二、お前はすごいよ」 だから次の日、早朝のテニスコートに現れた不二に呟いた俺を、きっと誰も咎めはしないはずだ。 「唐突に、なに大石。別になにも出ないよ」 「いや、出さなくていい。持っていてくれればいい。いや、いてくれるだけでいい」 「……乾、昨日なにがあったの?」 「大石が彼女っていいなあと思う事件があった」 「なにそれ」 「不二、大石だって彼女ほしいと思うよ。だって昨日熱かったからね、あてられすぎちゃったんだよきっと」 「……なに、この『すごく面白いことがありました』みたいなオーラ。僕休んで損したみたいじゃない、ねえ」 不二が乾に問い質す様子を、俺はため息とともに見つめてその場を去る。 コート脇で桃城と帰りの寄り道の話をしている英二が視界に入る。まるで昨日の再現のようだ。ただし今日は宿題の忘れ物はないらしい、不二がいる日には宿題は忘れないのかと愚痴を零したくもなるものの、 「あ、大石ー。あのさあ、ありがとうって」 「え? なにが」 「うん、昨日」 座ったまま大きく手を振る英二に、俺はいつもの癖で視線を向けてしまう。主語の出てこない会話に、ああさんの話か、やはり昨日の再現かと一瞬怯みたくもなるのに、 「テストがきちんとできたのに、ありがとうって言うの忘れた。助かった、本当ありがとうね」 こんな時に限って、直線的に自分の感情を伝えてくるのだから、この親友は本当に侮れない。 そしてその親友が、誰よりもテニス部を、俺を熱い気持ちで見てくれている毎日を過ごしている事実に、俺はやはり笑いを返すことしかできないのだ。今日も一緒にテニスをしたいと思ってしまうのだ。 そんな夏の日。最後の大会は、もうすぐだ。 |
| 10/06/18 |