| 3年6組日記 番外編・不届き者の恩返し編 |
「不二くんにどれだけ支えてもらっているか、英二が一番知っていなきゃ駄目だと思うの」 それはとても珍しい、が教室内で手招きをしたことから始まった。 当然俺がそれに弱いと知ってやっている。そして俺はそれに負けることしかまだ知らない。つい数秒前まで夢中になっていた漫画から目を離して何事かと素直に耳を寄せれば、囁かれたフレーズは予想外のものだった。 俺はしばらく耳を傾けた姿勢のままじっとしていたけれど、不自然極まりない体勢と意味不明なその言葉にやがて眉根を寄せる。そして無言のまま前の席に腰掛けていた彼女を見つめれば、「逆らうなんて許さない」という言葉を書き込んだかのような満面の笑み。俺は言葉をなくす。 「不二くんを『その点』で褒めちぎる人がいてもいいと思うの。というか、英二じゃないと意味がない」 「なんで俺が」 「不二くんのご機嫌が斜めなことを、知らないなんて言わせないわよこの口に」 「すみませ……!」 細い指といっても、俺だって鍛えていない頬を引っ張られれば「痛い」という感覚以外になにを感じろというのか。桃から掻っ攫ってきた漫画も手離す勢いで痛みを訴えれば、ようやくは手を離してもとの体勢に戻る。 相変わらずの窓際の席、机ひとつを挟んで不二の不在をいいことに久しぶりのふたりきりの空間。教室の中で話すことがけして多くない最近のことを思えば、それは一体何の幸せの前触れかとほんの少しばかり期待した瞬間でもあったというのに。 なのに、この彼女の口から出たのは「不二への恩返し」。 彼氏ではなくその親友のためになにをするというのか、と。そんな俺の本音を全部見透かしているんだろう、は俺をなだめるために「ね」と小首を傾げてもう一度囁く。当然、俺はそれにも弱い。 「ほら、最近不二くんを色々なことに巻き込んじゃったから。だから、ね」 「だからって、なんで『そのこと』を褒めるんだよ」 「褒められることに慣れきっている不二くんが、唯一褒められ慣れていないことだから」 小さく呟いて、の視線がそっと廊下へと向かう。つられて俺もそっちを見れば、そこには社会科教師に呼び止められて指示を受けている不二の姿。 一言二言の会話の後、不二は軽く頭を下げて廊下を右へと歩く。何事か、と黙ってその行く末を見守っていれば、数分後世界地図片手に教室へと戻ってきた。俺とは沈黙して不二を見つめる。 確かに次の授業は社会だ。でもこのクラスには俺の目の前にいるような学級委員という人とか、ほかのクラスでも当然いるような日直という人がいる。というかもっと言ってしまえば昼休み終了間際のこの教室の中には、3年6組の生徒がほとんどいる。なのにそこで指名されてしまうのが不二周助、それが俺の親友。 一部始終を見守ったあと、は小さくため息をついた。 「成績優秀、スポーツ万能、先生からの評判もよし。そんな不二くんに今更『テスト満点、すごいね!』とか『テニスすごく強いよね!』とか『先生がすごく褒めてたよ!』とか。そんな言葉、もう聞き飽きてるでしょ不二くんは」 「……ていうかそれは不二がそう見させているだけであってー……」 「それは裏事情。知ってるのは英二とテニス部の一部だけ。でもだからって『今日も頑張ってやっちゃってるな!』なんておかしいでしょ?」 「、さりげに失礼なこと言ってるの気づいてる?」 「とにかく。不二くんに申し訳ないから、ね?」 なにをそんなに躍起になっているんだ、と冷めた目で諌めようとしても、今日のの注意はもう俺になんか向いてくれないらしい。 でも俺は、そんなのお願いをため息でつき返す。視界の片隅でがむっとした表情を浮かべるけれど、漫画を手にした俺は欠伸をひとつしてから、そっと呟いた。 「いいよ今更、そんな芝居じみたことして変な台詞並べるようなことしなくても」 「え?」 「知ってるし、俺。あいつの彼女好き具合。それこそが知ってる以上にさ。だって俺と不二だよ」 欠伸をもうひとつ。午後の日差しというものはどうしていつも俺に眠気ばかりを与えてくるんだろう。さらに天気がいいと大石の機嫌がよすぎて、部活が大変なことになる。 ああ、でも今日の部活は自主練習の日だと。そんなことを思い出した時、俺の頭の中にあの日の出来事がよみがえった。 不二に彼女ができたのは、3年になってからすぐのことだった。 え、嘘。まじでお前言ってんの? ていうかいつからよそれ?! と俺がただただ驚くのをよそに、乾だけは意味不明に「ふむ、興味深い」と呟いたあの春の日。無駄話に花が咲いた俺と乾がからかい半分で女子の好みの話を振った、あの部室での出来事。 「僕、彼女いるんですけど」 一瞬にして場の空気が固まったあの瞬間を俺は絶対に忘れない。その力は尋常ではなくて、盗み聞きをしていた桃は盛大にテニスボールを転がし、それに見事に引っかかったおチビはこれまた盛大にこけ(そして屈辱のあまりその日は一度も俺たちと口をきいてくれなかった)、誰かから聞かされたのだろう手塚ですら、妙に困った表情で不二を見つめるしかなかったあの日。 不二といえば、テニス部一もてる男。 不二といえば、テニス部一もてるくせに彼女を作らない男。 不二といえば、テニス部一もてるくせに彼女を作らないという男の最大の敵。 誰が言い出したのかは知らないけれど、そんな雰囲気があったからこそ俺たちはネタとしてその会話を振った。なのにこの男ときたら、俺たちという大事な仲間に対してまで盛大な返し技をもって俺たちをもてあそぶ。 「ちょ、ちょっと不二! 誰と! 誰とだよ!」 「ノーコメント」 「いつから!」 「ノーコメント」 「そこまで言っといてなんだよそれ! お前俺に冷たい!」 「なに言ってるの英二、僕ほど君に優しい人間はいないよ?」 あ、さんを除いてね。そんな笑顔のコメントに乾は頷くだけで使い物にならなかった。 不二の口から聞き出すことを諦めた俺は、桃と協力してその日から不二の観察日記をつけ始めた。とは言っても単純に不二を尾行するだけで、そして案の定そんな俺たちの動きは不二の前には子どものかくれんぼ程度のものでしかなくて、数日経ったある日。 「僕の彼女は青春学園中等部3年3組で吹奏楽部所属でフルートを吹いていますがそれ以上になにか知りたいことはありますか」 部室を出た瞬間に満面の笑みでそう告げられてしまっては、もはや返す言葉もなかった。 いつもそうだ。俺はこの男に色々なことで勝ったためしがない。 それから不二と不二の彼女の噂は急速に広まって、テニス部だけじゃなくて同級生、下手をすれば後輩たちまで知るところとなった。なにせ青学の吹奏楽部は俺でも聞いたことがあるぐらいに強くて、団体だけじゃなく個人でも少人数でも(アンサンブルだと不二に怒られた)賞をばんばん取ってくるような部活で、そこで不二の彼女を知らないということの方が難しい。広まりきった噂は、やがてふたりに対する「公認」という視線に代わっていった。 どこで知り合ったんだ、と俺がしかめ面をしても最初不二はなにも教えてはくれなかった。 ただ、俺の前では彼女の存在をまったく隠すことだけはなくなっていて、やがて俺は不二を通してその彼女の存在について詳しくなっていった。 「周助」 たとえば、その声はより少し低めだ。というか、落ち着いているという方が正しいのかもしれない。いやが落ち着いていないとかそういうのじゃなくて、系統が違うから俺にはよく判断できない。なんだかんだで俺は以外の女子についてとやかく言う権利も自信もないことをよく知っている。 でも、その声に対して振り返る不二の様子については、誰よりも自信をもって解説することができる。 「菊丸くん、こんにちは。今ちょっといい?」 「あ、どぞ」 購買部で買った紙パックを飲みながら、食堂でくつろいでいた昼休み。俺はストローを口にしたまま頷く。不二は俺をちらっと見た後、身体の向きを変えて彼女を真正面に迎えた。 「どうしたの?」 「この前話してた、あのこと」 「ああ、うん」 ふたりの会話は、基本的には長文じゃない。というか他人にはなにを話しているのかさっぱり分からないことが多い。妙に秘密主義なところがある不二からすれば、そういう会話ができる相手だからこそ彼女にしているのかもしれない。 そう、思うだろう。不二の上辺だけしか知らない人は。 「うん、僕はそれで構わないよ。というかそっちは大丈夫なの? それで」 「大丈夫。それで部長とも話をつけてあるから」 「そう、分かった」 会話だけを聞いていればなんてあっさりとしたものだ、で終わる。でも違う。 俺は不二に勝てるものは少ない。いやむしろ勝てない。勝てないけれど、その結果を知るだけの時間を一緒に過ごしてきた。 だから分かる。その笑い方は滅多にしないだろう、と。 音を立て紙パックをつぶす勢いで中身を飲み干しながら俺は考える。不二の顔に浮かぶ笑みは、に向けるものでもましてや社会科教師にむけるものでもない。俺に見られていることを分かっているのか、と思わずつっこんでしまいたくなるほど、いつもの不二とは違う柔らかさがある。 線というか、色みというか。不自然じゃない口元の緩み方ひとつとっても、それは滅多に見られるものじゃない。そしてそれはわざと出すものじゃないことを、俺が知らないはずがない。 (……いつもの「不二」の考え方で片付けたら、だめな気がする) 周りが口にする言葉に単純に納得するには、俺は不二と仲良くなりすぎていた。 (似合う、似合わないのレベルじゃないぞ、これ。もっと意味がある) 思えば俺だって、誰かに言われたからと付き合っているんじゃない。周りの目を気にして付き合っているんじゃない。きちんと意味があって、でもそれは周りに全部丁寧に教えてやるようなものでもないことを知っている。 俺より賢い不二が、そんなことを知らないはずがない。 それに気づいてしまうと、それからのふたりの行動に俺は気を取られっぱなしだった。 「あ、菊丸くん。ごめんね、周助いる?」 「あーごめん、今多分手塚のとこ行ってる。約束でもしてた? 呼んでこよっか?」 「ううん、大丈夫。ありがとう」 たとえばそれが起きるのは大抵が日常生活の中、なにも特別じゃない瞬間。 教室前で偶然出会って、短くその会話をして。大石のところに行く予定があった俺はそのまま彼女を置き去りにして廊下を2組の方へと進んだのだけれど、すぐに視界の中に見慣れた親友の姿が映った。もちろん不二の姿。あれ、と思って思わず足を止めて不二に声をかけようとしたけれど、不二はそんな俺に軽く手を上げるだけだった。 なにを急いでいる、と思って振り返ってみれば、そこには彼女の姿。 「ごめん、待たせて。手塚と話し込んじゃって」 「ううん、今度の大会のことでしょ? 楽しみだね」 やっぱり、会話だけを聞けば味気ない。 けれどその言葉を口にする彼女の顔は、俺の前で見せる少し落ち着いた雰囲気とは到底一緒のものには見えなかった。不二に似合っている、なんていう前にもっと相応しい言葉がある。あれは甘えている表情。 そして、それを受け止める不二の表情も。いやむしろ、こっちの表情の方が、よほど。 (……もしかしなくとも、不二の方が惚れてる?) そう思わせるには十分なほど、柔らかかった。 なにしてるんだ英二、と大石が声をかけてくれるまで、俺はただじっとふたりの様子を見つめていた。気づけば首が傾いでいたことはご愛嬌。その大石の声が響いた瞬間に不二と彼女がいつもの表情に戻ったことも、ご愛嬌。 ああ、つまり、なんだと。たどりついた2組の教室、大石の前の席に腰掛けてダブルスの打ち合わせをしながら俺は思う。 (不二の方が惚れていて、惚れまくっていて、なんかもうめちゃくちゃ大好き! ……だよなあ。だからあの表情ってことか) 話を聞かないか英二、と大石にたしなめられるまでまた俺は考え込んでいた。それこそ手塚の十八番の眉間に皺寄せと腕組みをセットにして。 ただ、それだけじゃ不二の上辺しか知らない人たちとあまり変わらなかった。付き合うまでにいたった意味はなんだろう、と考えれば考えるほど俺の心の中は納得できない不快感でいっぱいになっていく。 けれどある日、事態は急激に動いた。 それは週に1回の自主練習の日。とはいってもよほどの用事がない限りコートに集まるのが日常になっていた俺たちの、いつのまにか当然のこととなっていた4時半からのレギュラー同士の試合を迎える10分ぐらい前。 数学のワークを提出することを忘れていた俺が、ジャージ姿のままようやく職員室での説教から解放されてコートへ向かおうとした昇降口前での出来事。 「あーもう、あれぐらい見逃してくれたっていいのに」 下校の波なんかとうの昔に引いている、校舎の中にいて聞こえてくるのは音楽室で練習する吹奏楽部の音ばかり。不機嫌に任せてがしがしと頭をかきながら、ふとその音の中に不二の彼女がいないかと足を止めた、その瞬間だった。 「今日は何時までする?」 聞き覚えのあるその声に、俺は下駄箱の横で足を止める。もとから大きな音を立てて歩いていたわけではないから、突然の停止でも簡単に空気の中に溶け込むことができた。 何度か頭の中で繰り返して、俺は確信を得る。不二の彼女の声だった。 「試合の中身次第かな、たまに誰かが暴走するととんでもないことになるから」 そして返ってくるのは、当然不二の声。うわ、と心の中で呟いてから俺は周りに誰もいないことを確かめ、下駄箱にもたれるようにしてなぜかしゃがみこむ。古びた下駄箱を通して向こう側、ふたりの声は俺の存在に気づかないまま続いていった。 「周助が一番楽しみにしてる時だもんね」 「なにそれ、部活はいつも楽しみだよ」 「ええ? その笑顔はごまかす時に使うものなので、私も適当に流すことにします」 「容赦ないなあ」 俺はしゃがみこんだまま、あまり高くない天井を見上げて会話を聞き続ける。 言葉だけを取れば、それをと話すことは不二にとっては簡単なことだ。多分無関係の女子ですら、あいつは同じ言葉を使って対応することができる。 ただ、この場にを連れてこれるかと言われたら俺は首を横に振りたい。 「じゃあ、頑張ってきて。終わったら連絡ちょうだい?」 「本当に大丈夫? 何時に終わるか分からないよ?」 不二の声の中に、いつもの色が混じる。相手を気遣う聞き慣れた言葉。 それでもやっぱり、他の誰かにこの場を譲り渡すことだけは嫌だとなぜか思う。 彼女相手だからそれも当然か、と。今日もありきたりな答えに収まるしかない自分の思考回路の単純さにそろそろ嫌気がさしてきた、その時。 「この前言ったじゃない、部長に話はつけてあるから。私も練習する時間をもらえて助かってるんだもの、周助が心配することじゃないよ」 にも言ってもらったことがあるなあ、とぼんやりと思っていたら、その後に続く言葉は聞こえてこなかった。 あれ、と俺はうつむきかけていた顔を上げる。壁のしみを見入ってしまうほどの時間が流れた時、ようやく不二の笑い声が聞こえてきた。 俺が不自然に思うほどの、その一瞬。でもそれがすべてだった。 たったそれだけ。けれどたったそれだけの反応ひとつに、俺は思わず声を上げそうになった口を慌てて利き手で塞ぐ。 それは、まるで。数学の証明問題を自力で解くことができた、あの時のような衝撃的な。 「だから、頑張って」 「頑張ります」 「でもほどほどに?」 「まさか。大会前だよ、気なんか抜けないよ」 「そうだね。じゃあ購買部で差し入れ買っておくね」 「待ってくれるだけで十分なのに」 「大好きなストレートティーでも?」 「ごめんなさい、ありがとう」 聞きなれたはずの不二の声が、まったく違う人の声に聞こえる。それを含んだこの場の空気が優しすぎて、俺は息をすることすらためらいそうになる。 そして、今この昇降口に、他の誰もいなくてよかったと心から思う。 (不二が俺に「おかしい」って思わせるのって、滅多にないんだぞ) 俺は周りよりも不二のことを知っている。でも俺の知らない不二なんていうものは、学校で見たことがなかった。 不二は、俺なんかよりずっともっと「自分を繕う」のが上手い。俺の場合は要領のよさの一言で片付けることができるぐらい、自分に損なく立ち回ることが上手いというレベル。でも不二は違う、相手を不快にさせない努力がいつもそこにある。 その不二が、気を許してくつろげる場所がいまこの空間だというのなら、俺は納得をしなくちゃならなかった。 声も表情も、もう空気でさえも。こんなにも優しくすることができるぐらいあの子に惚れているというのなら、それこそ親友の俺も守らなくてはならない場所だと思った。 しばらくして、不二がアスファルトの上を歩く音がする。彼女が校舎の方へと戻っていく。何事もなかったかのように、昇降口はいつもの風景を取り戻す。 (もうそれだけで十分だよなあ。俺の知らない反応をしてるんだったら、もうそれは重症だ) そっと立ち上がって彼女の後ろ姿を見送ったあと、俺は急いでテニスシューズに履き替えて不二のあとを追う。やがて追いつき、俺の呼ぶ声に振り返った不二の顔にはいつもの色しかなかったけれど。 「不二ー、ごめん」 「なに、突然」 「お前がそんなに惚れこんでるとは思わなかった。好きすぎだっての」 からかい半分、実感半分。グラウンドから聞こえるサッカー部の声を耳にしながらテニスコートへと向かう道の途中で唐突にそう呟けば、 「なにを今更」 否定する気などさらさらないように、ただ不二は笑った。 そう返してくれることが、もうすべての証しだった。俺は笑って頭の後ろで指を組む。 「その顔したら、俺もに褒められるかな」 「褒められたいの? ときめかせたいんじゃなくて?」 「それはもう十分させてる」 「そう言うなら僕の前で喧嘩とかしないでくれるかな、本気で」 「じゃあ次喧嘩したらー」 「うん?」 「あの子に不二のいいところを100個ぐらい教えに行く」 一瞬の沈黙。それは視界の中にようやく映ったテニスコートに珍しく手塚がいたからじゃない。そんなことは、足を止めてしまった不二を振り返ればすぐに分かった。 どんな顔をするだろう、と。正直楽しみに思っていた俺は、不二の顔を見てわずかに驚く。 怒るでも笑うでもなく、不二はただ真っ直ぐ前を見て、やがて小さく首を横に振った。 「残念だけど、それは飲めないかな」 「なんで」 「だってそんなもの、全部知られているから。当然悪いところも全部」 不二といえば、器用にこなすように「見せる」ことが上手いやつ。 不二といえば、器用にこなすように「見せる」ことに抵抗があるようには「見せない」やつ。 俺は一般的ではない不二論を思い出した後、もう一度不二の今の言葉をかみしめるように繰り返す。不二の口から自分についてのマイナス要素を聞けるのは滅多にあることじゃない。その一言だけに、俺は不二の彼女に対する気持ちの強さを知る。 その間に不二は、清々しいほどの青色に染められた空を見上げてもう一度。 「それも全部ひっくるめて、僕という人を見てくれた。そういう子だから僕は付き合いたいと思って告白したし、そして今付き合ってもらっているんだよ」 曖昧で、抽象的で。正直な話、それを聞かされても俺にはよく分からなかった。 分かるとすれば、不二が珍しく自分の内面について語ったということ。自分の短所を真顔で語ったということ。難しい言葉を羅列されるよりも、その方が俺にはよほど意味がある。そしてそれを言わせてしまうほど、彼女の存在は不二にとってとても大きくて、意味がある。 さて、今日不二は真面目にテニスをしてくれるんだろうかと。俺は思わず苦笑する。 「のろけを聞きたいわけじゃないんだけどなー」 「それは英二が言えた台詞じゃないね、まったくもって」 「あ、嘘。のろけを聞かせてください、そんなふうに彼女を大事にできる不二くんって素敵」 「棒読みなのをなんとかしてくれたら考えなくもないかな」 「ええー、不二くん! そんなに彼女大好きだったなんて、もうすっごいなあ!」 「感情的に言われても気持ち悪いんでもういいです」 俺を置き去りにする不二の背中を追えば、乾がノートを軽く上げて俺たちを迎える。それは試合の開始の合図。どうしよう、今不二と当たったら俺絶対1ゲームも取れる気がしないんですけど! と内心叫びながらフェンスの中に入ろうとすると。 「でも、のろけさせてくれたのは英二が初めてかな」 ありがとう、と。まるで彼女に向ける時と同じぐらいに柔らかい顔でそう言うものだから、俺は返す言葉をなくす。 それでも、俺がジャージの中に入っていたテニスボールを笑って投げれば不二も笑顔で受け止めてくれる。それがすべてか、と今日何度目になるだろうその言葉を心の中で呟いて、晴天のテニスコートに戻った。 親友がぞっこんの彼女なら、俺も本気でその関係を守ろうじゃないかと心に誓うにはぴったりないい天気だった。 余談。結局その日の試合は不二と当たって1ゲームも取れないまま完敗してテニスコートでへこたれていると、「さんに見せよう」と言って携帯で写真を撮りやがった相手が不二と仕返しの機会を狙っていたおチビだったことはお約束です。 |
| 07/05/07 |