| 青春バレーボール賛歌 |
「、俺の傍にいろよ?」 青天のもと響くその声を聞いて、こんな時にかけるのは卑怯だとは思った。 何故ならスポーツをしている時の男子というのは半端じゃなく格好いいからだ。 「皆、希望のところに名前書いてー」 生徒会会議で渡された書類を見つめながら、はクラス中に聞こえる声でそう呼びかける。六時間目のこの時間は早く終わればその分帰りが早くなるので、部活組は抜きにしてもそわそわしている人間がいるのが実情。それを知っている学級委員としては、みんなの集中力がきれないうちにさっさと終わらせてしまいたいというのが本音。 黒板には見慣れた競技名。そしてどれに登録するか考えているクラスメイト。 そう、一週間後は青学夏の恒例行事球技大会。 黒板にはバスケット、バレー、サッカー、ドッジボールと順に書かれている。バスケットは男女それぞれ、サッカーは男子のみ、そしてドッジボールは女子のみ。 人数の関係で後々調整を行わなければならないから、は学級委員として一番最後に名前を書こうと思っていた。それもドッジボール。何故ならドッジボールは人数が多くてあまり落ちることがない。 ちらりと、真ん中に自分で書いた競技名を見つめる。これだけは嫌だと願っていた。 それはバレーボール。球技大会中、唯一男女混合で試合が行われるもの。 (絶対嫌だ、面倒だもん) 幸い6組には強いバレー部員もいる。自分に回ってくることはないだろう、そう思ってはもう一度クラス内に呼びかける。最後に「決まったらもう終わるから」と付け加えれば一斉に動き出すことは目に見えていた。 「さんは何にするの?」 教壇で書類確認していたの側で、不二が笑みを浮かべて尋ねてきた。 「んー? ドッジボール。まあ名前は後で書くけど」 「ドッジボールか。女子は皆それにしたいって言ってたよ、競争率高いかもね」 「あ、そうなの? じゃんけん勝負かな、これじゃ。不二君は?」 「僕? 僕は英二と一緒に混合バレー」 「へえ」 不二が深読みすることが無理な笑みを浮かべているのはいつものことだ。だからはさして気にならなかったし、あえてこの時間に気にする必要もないと思っていた。 それ以前に、不二と共に英二が混合バレーに登録することに思わずは気を取られる。 自慢じゃないが、英二はそれなりに人気のある彼氏で。さらにその上、友人の不二周助なんてもっともっと人気がある人で。 そんな二人が同時に混合バレーに出るということは、クラス内でもある程度ドッジから流れていく人がいるんじゃないかとか、他のクラスの女子が見にくるんじゃないかとか。 突然の言葉に思わず彼女の嫉妬魂を燃やしていると、肩に手をおかれてははっと振り返る。そこにいたのは自分の彼氏。 「英二?」 「心配するな、」 にっとずる賢そうに笑って、英二はただの肩をぽんぽんと叩いた。の横ではクラスメイトたちが黒板に群がって、思い思いの競技に名前を書き込んでいる。書類を手にもったまま、ただは英二のその行動に目を丸くするしかなかった。 後から思い起こせば、自分はもっと早くに気づくべきだったのだと。は激しく後悔する。 不二が確認を取ってきた時に、既にそれに気づくべきだったのだと落ち込むことになる。 何故なら、この二人は悪友もいいところで。 「しっかりバレーのところに名前書いといたから」 「練習しなきゃね、さん。頑張ろう」 二人に肩をつかまれ、チョークをもてない状態にされての目に飛び込んできたもの。 それは、混合バレーのところに書き込まれた「菊丸」「不二」「」の名前だった。 「……やっぱり帰りたい」 ポツリと呟いたその一言に、英二と不二は笑って首を横に振った。 「何言ってるの、さん。ここまで来たんだから優勝目指さなきゃ」 「いや、だって二人がいれば優勝できるでしょ」 「なーに言ってんだか、弱音吐くなんてらしくないぞー」 「いや、弱音じゃなくて……」 他クラスの女子たちの視線だらけの中、はコートに入る寸前で足踏みしていた。 12クラスのトーナメント戦で繰り広げられてきた3年男女混合バレーは、ついに山場を迎えていた。たちの属する6組はまるで漫画にでも描いたかのようにとんとん拍子で勝ち進み、気づけば決勝戦にまで駒を進めてしまっていた。戦力的には確かにここにこれるまでのものが揃ってはいたけれど(何故なら6組には男子バレー部のエースがいたから)、しかしそれ以外にも勝利の要因があるということをはひしひしと感じていた。 それは、このギャラリーの多さ。 異様とも呼べる女子ばかりのギャラリー陣に対戦相手の方がひいてしまい、準決勝であたった2組の大石は「本当に戦いにくかった……」と哀愁漂う背中を見せながらぽつりと呟いていたほどだ。 それを見ているからこそ、そして決勝になって余計に増えてしまったギャラリーの中に立っているからこそ、はもう自分がこのメンバーの中に入っていることが嫌にすらなってくる。 (英二が活躍してるところは落ち着いて見ていたいのに……!) 笑顔で脱出を拒否する二人を前にして、さすがにそんなことは言えなかった。 しかし不二は相変わらず勘の鋭い男で、が気乗りじゃないところを見て何かひらめいた顔をしてポンと英二の肩を叩く。 「英二が泣き落とせば留まってくれるんじゃない?」 「は」 「え」 「だって、二人は付き合ってるんでしょ?」 その笑顔はまるで確信犯。いや不二周助は全てにおいて確信犯。 そんなことを思い出していたの前で、英二は阿吽の呼吸よろしく以心伝心で不二の笑顔を受けてにっと笑った。 それは、球技大会登録のあの教室で見せたずる賢い笑顔。 「なあ、試合出ようぜ? 俺がいないとやだよ」 「な……何言ってるのよ、テニスは一人でやってるでしょ?!」 「がいないと俺力出ないー……」 「ああ、それは大変だ。せっかくの6組の優勝が」 「な、ちょっと!」 2人がかりで攻める英二と不二を前にして、は激しく動揺する。卑怯! と突っ込む間も与えられずに2人に会話を進められ、他のバレーメンバーも巻き込んで一斉に退場しようとするを非難し始めた。 返す言葉にすらが困りだすと、英二はそれ今だと言わんばかりに手首を握り締めてきた。公然で握られることには全くもって免疫がつけられないはそれだけで硬直し、してやったりと笑う英二に文句の一つも言うことが出来ない。 捕獲は成功と踏んだのか、不二は笑顔のままさらりと言った。 「それに、次の相手は簡単には勝たしてくれそうにないしね」 不二の視線の先にはネット越しに敵チーム。青春学園中等部球技大会3年男女混合バレー会場で、決勝に進んだ6組の対戦相手ともなるその敵チームとは。 「やあ、2人とも。それにさん。こんなところで会えるなんて、奇遇だね」 そこには、緑ジャージをこれ以上ないぐらいぴったり素敵に着込んだ乾貞治の姿。 「うわ、やらしー。乾が言う『奇遇』って絶対俺たちのことだろ」 「まさか6組があがってくるとは思っていなかったものでね。データでは86%の確率で2組だったんだけど……まあ、2人が相手でもデータを用意していないわけじゃないからいいんだけど」 「僕たち2人は、でしょ?」 「だろ? 乾」 乾の言葉に不二と英二が挑発的な言葉を返す。そして見計らっていたかのようにを振り返り、2人して意味深な笑顔を向けてきた。 はその笑みを受け、さらに反射する乾の眼鏡も向けられて。 「……ふむ。さんを使ってくるか、意外とせこいな6組は」 「勝つためには手段は選ばず」 「、分かったな!」 名指しで呼ばれては、もはやには逃げ道はなかった。 緑ジャージばかりが集まるコートの周りには、赤も青もあって。その中には冷やかしにきたとしか思えない桃城や越前の姿もあって、からすれば見世物もいいところ状態。 そんな中は英二と不二の手によってコートの中へと連行され、最初の定位置である後列真中へと配属される。混合バレーは6人制で、最初のサーブは不二、英二は前列左からスタートだった。ちなみにバレー部のエース君は前列真中であり、としては別に出る必要はないんじゃないかと思えるポジションである。 「とりあえず、乾の眼鏡でも狙おうかな」 テニスではないスポーツでは最初から燃えやすい不二はバレーボール片手にそう呟き、サーブの位置に立ってその細い腕で綺麗なサーブを打った。ボールは綺麗な弧を描いて相手コートへと入り、後列にいた乾のもとに寸分の違いなく落ちていく。 「ふん、甘いぞ不二!」 それはまだ第一球だった。はずなのに、さすが決勝戦だからか乾も異様に燃えていて、口元にあやしすぎる笑みを浮かべながらテニスのスマッシュよろしくなポーズでボールを打ち返す。 そして、そのボールはこれまた狙い済ましたかのように。 (なんで!) のもとへと飛んできて、はぎょっとしながらも咄嗟にレシーブで返した。 乾からすればきっと自分は穴なのだ、と悟っては気を引き締める。 「あ、不二!」 全くもって予期していなかったボールへのレシーブはあまりいい機能を果たさず、の真上へとあがる。英二の掛け声と共にははっと上を見上げ、青すぎる空に眩暈すら感じながらその場所を不二へと譲った。 「OK!」 掛け声に合わせて綺麗なトスがあがる。それは既に描かれていた放物線をなぞるかのようにして英二のもとへと飛び、バレー部員が真横にいるというのに英二は口の端を上げて笑い、少し膝を曲げて、そして。 「そーら……よっと!」 テニスコートでよく動き回る英二からすれば、真上へのジャンプなんて手馴れたもの。利き手の右で思い切りスパイクを打った。 「はっ!」 砂煙をあげて、ボールは乾の横に落ちる。心地よい音を立てたそれは少しバウンドしてから後方のフェンスまで飛んでいった。 はその一連のボールの動きを見つめて、あることに気が付く。 午前中から続いていたこの球技大会。決勝戦は午後3時、直射日光もいいところの屋外バレーコートでの開催。決勝戦であるがために周りは異様なまでのギャラリー、そしてテニス部員にとっては顔見知りとの対決。 手を叩きあう英二と不二、そして怒りを蓄積している乾を見て。 (……興奮しすぎてる、この人たち) 同じコートの中にいるは、第三者のようにそう見て取った。 燃えるテニス部員3人は、桃城や越前からの野次をうけて更に戦いをエスカレートさせる。ラリーポイント制だからとはいえその点数の動きは激しく、既に男子だけの戦いになっているような気がしないでもなくて、ただは邪魔にならないようにそっと構えつつ、サーブを打つ時は迷惑にならないように相手コートにだけは届けと願いつつ。とりあえず優勝は二の次で、としてはとにかくこの場から退散したくてたまらなかった。 しかし、そんな怠慢を乾貞治は見逃さない。 「成功する確率99%……」 テニスの試合同様に呟きながら、乾がスパイクを打ち込む。 ポイントは24−23。残り1点で6組の優勝というところでのスパイクは、勿論成功する確率が最高のところでないと狙う意味がない。 そして成功確率の高い場所といえば。 「!」 乾が構えた瞬間に悪寒を感じたが目を向けた時には、既に乾の手によってボールが打ち込まれる瞬間。まるでスローモーションで見ているかのようなボールの動きが、確実に自分の横を狙っていると気づいた瞬間。 「!」 名前を呼ばれてがはっと顔を向けた時には、前列にいたはずの英二がすぐ前にいて。 そして乾が狙い済ましていたはずのボールを、身軽な身体であっさりと打ち返していた。 見事に滑り込んで、伸ばした腕でボールをレシーブで返して。砂煙をあげ、そして英二はとボール、両方に視線を向けながら叫んだ。 「不二!」 その姿は、テニスの試合の時に見せる真剣な表情そのもの。真顔とも呼べるぐらい丸い目が鋭くなって、口元からは完全に笑みが消えている。立ち上がって「平気?」と尋ねられても、ただは頷くことしか出来なかった。 そんなことをしているうちにボールは不二のもとへと届き、後列にいながらも不二は軽く飛んで鮮やかに打ち返した。 乾ほどではないとはいえ、敵に弱点があればそこを徹底的に叩くのが不二周助。 女子がキャアキャアと叫ぶ中、ボールは11組の女子生徒の横に綺麗に落ち、その瞬間6組の優勝が審判によって宣言された。 「ちぇー、不二においしいところもってかれた」 「おいしいって。英二が僕にボール回したんだよ?」 「そうだけどよー……」 「……この借りは、テニスで返させてもらおう2人とも」 「「げ」」 テニス部員だけが異様に盛り上がっていた証拠とも呼べるそんな会話に、周りは熱狂の中笑いすら零していたけれど。6組のバレーメンバーも、2人の活躍を直に見知っているせいかそんな会話をしても笑って見逃すだけだけど。 そんな中、はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。 英二がこういうスポーツに熱中するのはよくあることだ。それは勿論テニス部という勝負事の世界に身をおいているからで、全国という厳しい世界にも出たことがあるからで。さらには性格上一度熱中し出すと周りが見えないぐらいに本気で取り組むからで。 ただ、そんな背景を知りはしていても。現場をこの目で見ていたとしても。 は、長い付き合いの中その試合の中に同じように肩を並べることはなかったから。 (……やだ、ちょっと) 間近で見た真剣な英二の姿に、ただもう言葉すら出ないほどに。 (ちょっと、格好いい……かもしれない) 既にその顔には教室用の笑顔が戻っていて、あの一瞬に見せてくれた真剣な表情なんてカケラすら残っていなかった。不二や乾と笑いながら会話をする姿は本当にいつも通りで、その姿に周りが黄色い声をあげることを知っている、確信犯な英二に戻っていた。 そんなの視線に気づいて、英二はそっと顔をこちらに向け。そして、目が合った瞬間息を飲んだを見てまたにやりと笑った。 「惚れただろ、」 「バ!」 菊丸英二は本当に確信犯だから。 そんなことを言われてが赤面するなんてことを分かっていて言ってくる奴だから。 「まあまあ。彼女なら惚れてないとまずいだろ?」 言葉を返せないの背中を叩いて、表彰式へ行こうと促される。6組優勝に喜ぶクラスメイトの前を、は英二に連れられるままに表彰台の前へと足を向ける。 その途中、「菊丸先輩」という声をは何度も聞いた。その度手を振る彼氏を何度も見た。そしてその都度背中を叩いて、叱責する中では彼女の特権を考える。 (またしてもらおう、あれ) 遠くでしか見ることのなかった彼氏の予想以上に格好よすぎる姿に、彼女としてはもはや特権を発動しない手はないと思い立った。 球技大会男女混合バレーは、案外悪いものじゃないらしい。 |
| 03/02/19 |