幸せを結んで

 その日、手の中には誕生日に渡せなかった(不覚。猛反省)マフラーと。
 一応誠心誠意込めて作った、チョコレートケーキ。
 年に一度のとにかく特別な一日は、そうして幕をあげた。

「そもそもさ、なんで俺らって人の誕生日にうかれるんだろーな?」

 英二のそんな一言が気にならないわけでは……なかったけれど。
 とりあえずは苦笑してカーペットの上に座り、紅茶をもってくる英二を見つめていた。

 本日、12月24日。

 誰がなんと言おうとクリスマスイブ。イエスキリストの誕生日一日前(しかし断じて英二ももキリスト教徒ではない)だが、それでもカレンダーを見れば今日という日はとにかく平日で菊丸家に人気はゼロだった。
 こんな時に「イブは一日遊べるから!」と断言できるのは学生の特権だとひしひしと感じつつ、大五郎を横に置きながらは紅茶をありがたく頂いていた。

「……にしても、よく占拠できたね」
「え? なんで?」

 上目遣いにそっと尋ねると、英二はきょとんとした目でを見つめ返した。
 二段ベッドに腰掛け、カップを片手にしている私服姿は(本人には伝えていないけれど)とにかく普通に格好いいと思えるシロモノで、付き合いだして長いとはいえ単純に嬉しくなったりする。
 でもとりあえず今はこの不可思議な状況が気にならないでもなく、は頬が熱くなるのに苦笑しつつ小首を傾げてみせた。

「私が知ってる限り、菊丸家は九人家族です」
「おー」

 訝るの様子などお構いなしに、ただ英二は能天気な声で返事をするだけ。
 その態度にますます不信感が募らないでもないは、ティーカップを両手で包んだままじっと英二を見つめた。

 何故って、今日は12月24日。

 おもいきり仏教徒(既に無信教状態に近いとも言えたけれど)のにとってみたって、それは恋人たちには大事で大事で大事すぎる一日。
 そんな日に彼氏の家に呼ばれて、もはやそわそわするなという方が殺生な話なわけで。

「お父さんとお母さんは仕事?」
「そりゃ新聞記者にフツーの休みはないよな。親父も大変だ」

 プリンを食べだす英二に緊張感の一つもなく。

「お姉さんたちは?」
「一人はデート、一人はバイト」

 うわ、寂しーな姉ちゃん! と涙顔をする薄情者の弟を前に、その恋人としては心の中でそっと謝る。とりあえずあの美人な姉二人に彼氏がいることはですら知らされていることだ、嘘じゃないだろうと次の尋問に取り掛かる。

「じゃ、お兄さんたちは?」
「スノーボードしに岐阜行った。あ、下の兄ちゃんは白馬だっけ」

 弟には金恵んでくれないくせによ! と次は本気で嘆き悲しむ。
 そんな英二の反応は、の眉根をますます寄せていくにはもってこいすぎた。中の紅茶が冷めるのもお構いなしでただ英二を白い目で見つめるには十分すぎた。
 それでもその視線に気づかないのが菊丸英二という男なわけで。

「……お祖父さんたちがいないのは、おかしくないですか?」

 もはや効果は期待出来なかったが、そんな極めつけの最大疑問をぶつけてみても。

「今日は年に一度の忠臣蔵デー。祖母ちゃんと歌舞伎見に行ってるよ」

 面白いぐらいにこの館はもぬけの空だということを確かめることしか出来なかった。
 いや、嬉しいのだけれど。勿論クリスマスイブに二人きりとなっては、嬉しい以外の感情を持ち合わせることが出来ないぐらい目の前に男に惚れきっているのだけれど。
 さすがに長い付き合いの英二相手では、も素直に諸手をあげて喜べないのが実情。

(……あやしすぎる)

 ある程度の触れ合いは望んでも、それ以上を期待しているわけではない。
 しかし目の前の彼氏はテスト中だろうと何だろうと結構簡単に手を伸ばしてくる奴で、毎度のごとく流される自分も自分だと、この前の期末テストの英二の成績を見ては心に誓っていた。
 とにかく、三年間の多くを費やした部活を引退した英二にとって日常はつまらないもの。
 その上勉強に身が入らないのも、彼女としてはこれまた悩みもの。

「……なー、。いつまでそこにいる気?」

 左に転がりたがる大五郎を右脇におき、一定距離を保っていたに飛んできたのはそんな言葉。
 ぴくりと反応してさりげに視線を送ると、既に紅茶を飲みきっていた英二がベッドの上で手招き。流し見る程度にしていた雑誌すらその膝元を離れ、思わず硬直するを前にしても何の動揺すら見せない。
 そうだ、と長年の勘が風雲急を告げる。
 菊丸英二は表ではどれだけ可愛い顔して売っていても、こういう時に主導権を離すような男じゃない。子供だという理由にかこつけて独占欲を正当化し、恋人だからという理由をフル活用してあっさりとキスの一つや二つしかけてくる、そんなクラスメイト。
 嫌いじゃない、嫌いじゃないけれど心に誓った優等生心をこんなに早くふいにするのは情けない。しかし彼氏を前にして戦う彼女の心境など当の本人は露知らず、英二は手招きしても大五郎から離れようとしないに一瞬目を丸くした。
 それが心の葛藤を引き起こす戦いの場になるとは、お互い予想もせずに。

「誰もいないよ?」
(……だからって即それはないでしょう)
「二人っきりだって、二人っきり」
(連呼しないで、お願いだから!)
「……なーに怒ってんのさ」
(あなたが真面目な中学三年生になってくれないからです)
「あ、わかった」
「……?」

 その一言に、大五郎を抱きしめていたはそっと視線を向ける。
 我がままを言うといってもそれはきちんと限度を認識した世界での話であり、英二自身人を困らせるほど子供でもない。それは自身、三年間も見ている相手だから決して見誤っているはずはない。
 黙した英二に少しだけ希望じみた光を感じ、英二の名前を呼ぼうとした、その時。

「電気消すから」

 恋人は、ひどく真顔で呟いた。
 大五郎から離れかけていたの動きが一瞬で止まる。伸ばしかけた手がむなしく宙に浮く。
 なんたって今日は12月24日。恋人なら誰しも一緒の時をと願いたくなる特別な日。
 だから、そう言う英二の気持ちがわからないでもないのだけれど。ここで硬直するのは英二ファンの女子からすれば非難ゴゥゴゥものだということも十分承知しているのだけれど。

「……ていうか、電気ついてないし……」
「あー! ごめん、カーテンと間違えた」

 が了解を示してもいないうちに英二は立ち上がり、脇を通り過ぎる時にそっとの頭をなでた。

(……そんなのじゃないのに)

 それでも時折もらえるキスや、抱きしめられる温もりがどれだけ自分を落ち着かせてくれているかを知っている。それを知っているからこそはその手を突きはねることができず、ようやく完成したマフラーも睡眠時間を削って作ったケーキも出場所を失ってしまう。
 いっそのこと、普通の公立中学だったら勉強してと堂々と言えたのかもしれない、なんて。
 英二との出会いすら否定しかけ、今日がクリスマスイブだという特別な日だということも忘れかけたその時。



 背後から大好きなその声が優しく自分の名前を呼ぶ。
 その声にすら嬉しさというか、自分の名前だけを呼んでくれることに振り返ってしまいそうになる単純さに苦笑して、は大五郎を抱いたままそっと振り返った。
 その時、目の前にあったのは差し伸べられた手。
 しゃがみこんで自分と視線の高さを等しくしていた恋人が、少しだけ笑って大きな手を差し伸べている光景。

「……何?」
「手、出して」

 が驚いて言葉少なに尋ねても、いつもの笑顔でそうかわされるだけだった。
 その手と顔とを何度も交互に見遣り、それでも一向に続きの言葉が出てこないことには眉をひそめつつもそっと左手を差し出した。右手は寄りかかってくる大五郎を抱きしめていて、出なかった。ただそれだけのことだったのに。
 そんな無意識の行動に、英二は一瞬唖然としてから必死に笑いをこらえ出した。

「な、何?」

 笑われる理由が皆目わからず、思わず手を戻そうとする。けれどその行為すらあっさりととめられたのだった。

「駄目。左手出したんなら左手」
「何? 意味分からないんだけど……」
「まあまあ。分からない方が幸せってこともあるじゃん?」

 そう言うと、英二は笑った。
 いつも人の心を穏やかにさせる笑顔は、二人きりの時に見るともっと綺麗にすら見えた。緊張する自分の身体はおかしくもあり、素直さに苦笑しかねる。
 それぐらい英二の笑顔に弱くなってから、もう三年。

「あー、ちょっと冷たいかも」

 そう呟いて英二が取り出したのは、窓から入り込んでくる冬の日差しにチカチカとした光を零す銀色の鎖。
 一瞬まぶしさにやられて目を瞑った時には、英二の呟きがそのまま左手首に訪れた。

「っ!」
「ごめんごめん。でもすぐ温かくなるからさ」

 どうしてそんな保証が出来るのかなんて、わからなかったけれど。
 とにかく目を向けた自分の左手には、その銀の鎖が英二の手によって緩くつけられていた。よくよく見ればそれは所々青色の小さなきらめきを零す石を宿したシルバーのブレスレットで、記憶を掘り起こせばつい一ヶ月前の思い出と重なっていく。
 それは、英二の誕生日の帰りにショーウインドウの外から見た手の届かないブレスレット。

「指輪は、学校じゃつけられないじゃん?」

 予感的中、と英二が笑って言うと、そのブレスレットが少しでも肘をあげれば袖の中に隠れてしまうことを知った。体育の時は無理でも卒業までは冬服しか着ない今の時期、それは確かに学校でもつけていられるものだということに気づく。

「……英二」
「俺マフラーもらうからさー。だから、も何かつけられるものをしてもらいたいわけ」

 てかクリスマスに俺だけもらうって、それ何か違くない? と子供っぽく笑って。
 していることと笑い方と、声と、全てが微妙な具合で統一がとれていないのに、どれもが可愛くて格好いいと感じてしまう自分は本当に重症なんではないだろうかと思うには十分すぎた。好きという感情に好きという気持ちを返してもらえることが、単純な嬉しさを沸き起こして仕方ないことを痛感した。
 その相手が英二だったことに、今はとにかく嬉しさ以外を感じずにはいられなく。

「つーかね、それは俺のっていうシルシなわけよ」
「シルシ? それだと私、英二のモノみたいだよ?」

 笑って聞き返すと、英二も照れくさそうに笑った。

「独占させて下さい。……ってお願いしたら駄目?」

 その顔はお願いというよりもむしろ拝み倒し状態。
 だてに三年も恋していない。独占欲を示してくれることはある意味彼女だけの特権。
 さらりと頬の横に手をつける英二には笑い、用意してあった三ヶ月分のマフラーを紙袋の中から取り出してそっと英二の首にかけた。
 それは結局、の独占のシルシ。

「私も独占させて?」

 マフラーの端を握って尋ねると、大好きな恋人は優しいキスを一つくれてから笑顔で頷いた。

「よろこんで」



02/12/24