| 02.隣人の正論 --------------------------------------------------------------------- |
自分に自信がなかったら、この学校を受験していない。 自信だけを持っているわけではないが、自信を持ってよい理由は知っている。小学校で自分を完璧に打ち負かす相手はさほど多くなかった。負けたとしても、年齢やスクールの違いという背景を理由に考えれば、完璧な敗北というものを味わった経験は多くない。 それならばいっそ、テニスの名門へ。 そう考えてしまったことは、別段不思議なこともない。親も驚かなかった。英二には公立の方が似合うと思うけど、と呟く兄や姉に、末っ子らしく笑い返してきた。 「だって、大会に出られるような学校じゃないと楽しくないじゃん」 光丘小学校から私立中学受験をしたのは、ほんの一部。地域性なのかほぼ全員が地元の公立中学に進学する地区で、英二が青春学園を受験したのは瞬く間に知れ渡った。 テニスで強くなりたい、今の自分なら絶対にもっと強くなれる。 卒業文集に書き記した夢を叶えるために、そうして英二は青春学園中等部へ進学したのだった。 桜舞い散る入学式の朝は、そんな期待に胸を膨らませての登校だった。 「……っていう、俺の夢は今年は我慢しろってことなのか?」 秋空が眩しい。暑い暑いと思っていた夏はいつのまにか遠ざかり、青空に浮かぶ白い雲は少しだけ遠くに、高いところに浮いているように見える。秋の清爽さがあちこちにちりばめられている、そんな空だった。 だが空の爽快さとはうって変わって、時間が経てば経つほど。夏から秋へと変わるほど、心はなぜか鬱屈していく。 英二はむすっとコートを見つめていた。その隣で、長身の男が冷めた表情を向ける。 いや、中学1年生にあるまじき厚さの眼鏡をかけているので、本当にこちらを見てくれているのかはよく分からない。確かめようとも思わない。確かめるということはすなわち、自分の身長が低くて彼が高いという現実に直面しなければならないからだ。 「夢というものはえてして、叶えてもらうものではないだろう。叶える努力をしてからであればそのように呟いてもいいと思うが」 コート脇に腰を下ろし、上級生たちが打ち合う姿を見つめる。体操服が小さいのではないかとわざとらしい助言をしてやりたくなるほど、その男は恵まれた体躯をしていた。 そのわりには、背中を丸めてせっせとなにかをノートに書き写している。やっていることと体つきがリンクしていない、と英二は憮然とその手元を見つめる。 そこには、今コートに立つ2年生の名前とプレイスタイル、1球ごとのコースなどが事細かに記されていた。英二は顔をあげ、男を見つめる。 「乾」 「なんだ、菊丸」 「……俺ずっと思ってたんだけどさ、お前って本当1年生らしくないよな」 ふむ、と同級生の乾が眼鏡を指先で整える。小学校の時にこんなやついたな、生物図鑑とかずっと教室で読んでて理科の時間とかむちゃくちゃ楽しそうに実験してたな、そんな記憶が英二の頭を駆けぬける。 しかし、乾が記すのは生物の名前ではない。テニスを経験したことがある人間なら一目で分かる、詳細な対戦相手のデータだった。その活用方法は英二にはよく分からないが、乾が几帳面を通り越した情報収集の鬼であることだけはよく理解できる。 「1年生らしいかどうかはよく分からないし、重要性も理解できないが。しかし俺はれっきとした1年生だ。なんなら春の体力測定の結果を見せてやってもいいが」 「いや、いい。別に興味ない」 「そうか。確かに、菊丸よりはすべてのデータで勝っていたからな」 「バカ、長座体前屈と反復横とびは俺の方が上だったじゃんか!」 「しかし踏み台昇降運動は俺の圧倒的勝利だ」 「なにしてるんだよ、ふたりとも。先輩に怒られるよ」 白熱しかけた口論を、英二の右隣にいた1年生が小声で仲裁した。無表情のまま乾は視線をコートに戻す。まるで勝ち逃げされたようで、英二は苛立ったまま振り返って相手を見つめる。 「大石のバカ、止めるタイミングが違うよ」 「ええ? そんな、むちゃくちゃな」 「ていうかここ、大石は俺の味方をするとこ! ダブルスの相方だよ俺!」 「ええ? また支離滅裂な」 優等生を絵に描いたような大石が、最初こそ苦手だった。正論しか口にしない。いや、正確には正論は正論であって、反抗することがおかしいということを英二とて理解しているのだが、まだそれは実行するものではなく後から気づくという年齢なのだ。それを横槍のようにいつも唐突にぶつけられては、逃げ場がなくなって苛立つしかなくなるということをこの男はいつになっても理解してくれない。 だが、無二の親友と呼べるようになるには、自分と対極でなければならなかったのだ。大石のわき腹を、英二は無言で肘でつく。派手な悲鳴をあげたかと思いきや、その攻撃的姿勢はなんだと懇々と説教をされて終わった。対極は疲れる。 「あーあ。俺も早くレギュラーになりたい」 呟いた声に、乾も大石もなにも反論しなかった。 その日決着のついたレギュラー戦で乾と、不二という華奢な男子、そして、手塚というあまり話すことのない男子が新しくレギュラージャージを獲得したことを伝えられた。 レギュラーになるチャンスは、またするりと英二の手の中から滑り落ちていった。 「手塚はさすがだな」 大石が感嘆のため息とともに呟く。 親友が惚れ込む手塚という同級生は、英二にとってはあまり触れたくない存在だった。 (強すぎだし。なんで同じ年なんだよ) 自分にはないものばかりを持っている手塚を、素直な目で見つめるほどの心の余裕はまだなかった。 「よっ、傷心」 教室に入った途端に肩を叩いてきた親友に、英二は露骨に嫌な顔をする。 「うるさいなあ、なんだよ。そんな嬉しそうな顔してくるなっていうの」 「いやあ、俺まで一緒に悲しんだらお前絶対泣いちゃうと思って」 「ないない。絶対ない。誰が泣くか」 「菊丸の最近の口癖だったじゃん。『レギュラージャージ』。取れなくて残念だったな」 乱暴に鞄を机の上に置き、英二はふてくされた表情のまま腰かける。早朝練習を終えて戻ってきた教室はいつもより早い時間だったらしく、担任が来るどころか予鈴が鳴るまでまだ余裕があるという有様だった。 しかし今日は、そんな余裕はいらなかったかもしれない。 英二の前の席に腰かけて話し続ける親友に、ついに英二は重いため息をついた。 「俺の予定が狂ったんだよなあ」 「なに、なんの」 「入学してからの予定。ううん、9月になって3年生が引退したあとの、予定」 鞄に頭を置き、90度に回転した教室を見つめながら呟く。もっと派手な反論がくると期待していたのか、親友はその言葉に一度口を閉じる。 自分の周りだけの小さな静寂の世界が、英二の頭の中にあの同級生たちの姿をよみがえらせるまでさほど時間は必要としなかった。 「あんな強い3人がいるなんて、想像もしてなかった。あーあ、さすが青学、ってとこか」 最後の方は感情をのせることが面倒、いやのせて自分が振り回されてしまうのが嫌で棒読みになる。早朝練習の疲労感がここぞとばかりに、英二の瞼に重くのしかかってきた。 だが、閉じた瞬間に英二は慌てて瞳を開けて上体を起こした。 青と白のジャージの裾が翻る、あの様。それを自分と同じ学年の同級生たちが着ていて、自分は学年指定の体操服のままという練習は、慣れてきたとはいえ慣れたいとは思っていない。いや、正直な話、見たくない。 夢は遠い。重いため息をもうひとつ零す。秋空が憎々しいほどだ。 重症だと悟ったのか、親友は肩をすくめて頬杖をついた。 「菊丸ってさあ」 「なに」 「真面目なのか真面目じゃないのか、よく分かんなくなる時があるよな。本当はどっち?」 「……は? なにその質問」 「いや、クラスの中で騒ぎ役になる時もあれば、今みたいに真面目に落ち込む時もあるじゃん。落差っていうやつだっけ? あれが激しいよな」 そんなことを言われたことはなかった。お調子者、要領よし、そんな茶化した言葉なら幾度となく向けられてきたが、対極にも近い言葉をふたつ同時に並べられることを、面と向かって言われたことはあまり記憶にない。家族にいたっては、もはやどちらも言わない。 英二は面食らった顔で何度か瞬きをするが、疑問を浮かべる親友の顔には返答を待っていると書いてある。眉間に皺を寄せ、英二は腕組みをして考える。 「……あんまり考えたことないなあ。俺これが素なんだけど」 「うん、それは分かる。素じゃなかったらただの腹黒だ」 「そこまで言うか、普通!」 「だってそうじゃんか!」 「こら、菊丸! なにを騒いでいるんだ!」 担任の怒声が響いたのは、すぐあとのこと。俺だけ、と突っ込みをいれるより早く、親友は自分の席へと向かう。クラス全体が本鈴も聞かず好きな場所で好きなように時間を過ごしていたものだから、親友はそれを隠れ蓑にしてあっさりと逃げのびることができたらしい。 「菊丸、2学期になっても相変わらずだなあ。というか目立つなあ、その席」 「はい、むちゃくちゃ目立ちます。先生早く席替えしようよ……!」 妙に感心する担任に、英二は全力でうなずく。1学期の状態を引き継いでいる今の席は、前から2列目中央というまさに教師と目が合う絶好のポイントだった。 ふむ、と担任は腕組みをして考える。1時間目が授業ではなく各クラスのホームルームであることは偶然だったが、教室全体を見渡して他の生徒たちの様子も踏まえて、やがて担任は一度大きくうなずいた。 「そうだな。2学期になってだいぶ経つし、そろそろいいか。みんなもいいか?」 そんなことは聞かずとも知れている。返事よりも早く歓声があがる生徒たちを見て困ったように、けれど世話のかかる生徒を嬉しそうに見つめて担任は連絡事項を伝えるよりも早く紙を人数分に切り始めた。 「菊丸、お前どこの席狙い?」 「当然。窓際、一番後ろ!」 黒板には机ひとつひとつに番号の割り振られた教室の見取り図。教室の右端の生徒から順番に担任の元に行って折られた紙を広げては一喜一憂、左右のクラスが静かに話し合いかなにかをしている時に6組は大きな声を出しすぎだと、担任は他の教師に怒られたとかそうでないとか。 しかし、席替えはその後1ヶ月近くの学校での気分を決める一大行事だ。誰が静かに行うものかと、英二はぐっと五指を握り締めて担任に祈る。 「早く取れ、菊丸」 「ちょっと待って、窓際一番後ろを引く準備……」 「早く取れ、菊丸英二」 「……はい」 十分な心の準備もできず、英二は教卓の上にちらばった紙をひとつ取る。32。はっと顔をあげて黒板を見つめれば、それは窓から2列目、しかし後ろからも2番目という教室後方を陣取ったなかなかに恵まれた席だった。 うわあ、と親友が悲鳴をあげている。その後彼が向かった先は教卓の目の前という最も「大当たり」の席で、日ごろの行いは大事だと痛感したのは内緒の話だ。 「俺後ろだから。じゃあな、寝るなよ!」 落ち込む親友を尻目に嬉々として机ごと移動する。教科書をつめこんだ机は重かったが、足取りは軽い。風が心地よい窓際に近いこと、そしてなにより教師から離れられること。とにかく今の席より恵まれた場所へと移動できる、その事実に英二はいつしか笑みとともに鼻歌まで歌いだしそうな勢いだった。 「菊丸くん、ご機嫌だね」 「当たり前。こんなに後ろになれたの俺初めてだもん、助かった」 タイルの目に合わせて机を整えていた時、ふいに話しかけられた。だが機嫌のよさは相手を確かめるなどという手間を嫌がる。そもそもこのクラスには、乾のように逐一観察されているようなあの圧迫的な空気を持つ人がいない。気が抜けていたという表現が一番近いのかもしれない。 笑い声が響く。親友のような豪快に笑い飛ばすような声ではなくて、決して自分たち男子には真似のできない笑い方。 机の端を掴んだまま、英二は顔をあげて右隣を見つめる。 「」 「うん。よろしくね、菊丸くん」 「あ、うん。よろしくお願いします」 丁寧に声をかけられ、頭を下げられ。そんな女子は光丘小学校にはいなかったぞと冷静につっこむ誰かを頭の片隅に置きながら、英二は慌ててそれに倣う。 顔をあげた時、目の前にはクラスの学級委員が笑っている姿があった。 あの日、目が合ったことだけは覚えていた。 これでもかというほどに並べられた桜の下、母親に頭をはたかれるそれは直前のこと。着慣れない真新しい学生服の使い勝手の悪さにため息をつく、その前のこと。 正門の前に、桜を見上げる姿があった。 知らない女子だった。入学式にいるのだから同級生なのだろう、なんて当たり障りのないことを考えながら英二はその横顔を見つめていた。桜を綺麗だとは思っても見続けるほどの忍耐力や芸術的な心は持ち合わせていない英二からすれば、その時、その女子が少しだけ嬉しそうに桜を見上げている姿は印象的だった。 その後母親に叱られ、不機嫌さに負けて他の誰かを観察するなどという余裕は消える。 だが、横を通り過ぎる瞬間。確かにその時、相手の瞳の中には自分が描き出されていた。ぶつかった視線は真っ直ぐで、思わず息を飲んだ事実は今も胸の中にしまってある。 それが同じクラスになったという女子だということを、数時間後に知る。 それがどのような意味を持つのかは、考えたことはなかった。 「あちゃあ……」 足を止め、英二は大げさに額に手をあてる。すぐに口を押さえ、周囲に誰もいないことを確認してから茂みに隠れるように身をひそめる。そして、なにも自分でなくてもいいではないか、と相手の分からない愚痴を抱きながらそっと顔を出す。 部活が終わった夕方、西の空が赤く染まり秋の風が肌をひやりと撫でていく時間帯に、そのふたりの姿は緑に囲まれた遊歩道にあった。 「不二くん、ごめんね。部活で疲れてるのに来てもらって」 「ううん、別に大丈夫」 テニスコートの南側は、正門前から繋がっている小さな庭園になっていた。生徒の休憩所として利用されているが、部活動終了後は基本的に人影は少ない。特にこの季節だ、日中はまだ夏の名残があるが陽が落ちてしまえば季節は冬に近くなる。薄暗くもなるこの場所に英二が足を踏み入れたのは、練習中に盛大に飛ばしたボールを探すためだった。 決して、不二の告白現場を覗きにきたのではない。英二は自分に言い聞かせる。 (レギュラージャージ着てるから妙に格好よく見えるな、あれは。ちょっとずるいな) あとから思えば、静かにその場を立ち去るという手段もあったはずだった。それでもその場から動けなかったのは、単純に興味が沸いたからに他ならない。 青学のロゴが翻るレギュラージャージの後ろ姿を見つめる。女子は真っ赤になりながら一生懸命になにかを伝えているが、英二の視線は女子には向かなかった。 (なんだよ、あいつ。こんな時にも冷静ですか) しゃがみこんでふてくされる。不二という同級生とはさほど親しくはなかった。むしろレギュラージャージを取り損ねた英二にとっては、不二は天敵にも近い存在である。しかも自分とはまるで異なる、嫌味かと思えるほどの品行方正さを持ち合わせている。大石は真面目な熱血漢だが、不二は真面目を装う冷たい男のように思えてならなかった。 そんな男が、どのようにするのか。付き合うのか付き合わないのか、どのように受け止めるのかどのように断るのか。まるで性格の異なる相手なだけに、逆に興味が沸いてしまうのは仕方のないことだと、誰かに対する言い訳を用意して英二は耳を澄ます。 「ごめんね、僕、誰かと付き合うとかそういうことまだ考えたことなくて」 「……だめ?」 「うん、ごめん。僕、今、部活のことで頭いっぱいだし」 しばらくの沈黙のあと、女子は幾度か目元をこすってから背中を向けて去っていった。 英二はじっと不二を見つめ、隠れてため息をつく。 嘘つけ、お前は俺より要領いいじゃないか。そんな呟きは、地面に吸い取られていく……はずだった。 「なにしてるの、こんなところで。菊丸くん」 「うっわ! びっくりさせんな、不二!」 「それ、残念だけど僕の台詞。覗き見とか趣味悪いよ」 一呼吸おく間もないうちに、頭上から声が飛んでくる。慌てて顔を上げれば、きっちりとレギュラージャージを着込んだ不二が満面の笑みでこちらを見下ろしていた。だが大家族の末っ子で育ち、大人と接する機会の多い英二にはすぐに分かった。目が笑っていない。 「の、覗き見じゃなくて。たまたまお前が告白されてて」 「それを覗き見って世の中の人は言うと思う。ああ、そっかあ。菊丸くんってそういう人なんだ。僕知らなかったよ、ちょっと残念」 「それは……っていうか、その、菊丸くんってのやめろよ! なんか気持ち悪い!」 大げさに言うのだが、しかし抑揚のない声だった。自分には絶対に真似のできない責め方に英二はたまらず声をあげる。 コートに戻ろうとしていた不二は足を止め、ゆっくりと振り返る。亜麻色の髪が夕陽にあたってさらりと流れた。 「君がむき出しの対抗心を見せつけなくなったら、考えてもいいかな」 「……え? なんだよ、それ」 「いや、僕ね。君みたいに暑苦しい人とまだ付き合ったことがないから、距離感の掴み方が難しくて。だからまだ菊丸くんでいいや」 「いいやって……なんだそれ、なんでお前が決めるんだよ!」 告白をされていた空気はどこへやら、さっさとコートへ戻ろうとする不二を追いかける形になってしまって、英二は不本意さに顔をしかめる。 やはりこの男は、自分と付き合うには難しすぎる。距離などこちらから無限大においてやる、と意気込んで戻ってきたコートでラケットを握り締める。 「……なあ、不二」 「なに? 菊丸くん」 コート整備を手伝っていた不二の背中に、これが最後だからと言い聞かせて英二は声をかける。 「なんで付き合わなかったんだよ。あの子と。あれ、確か可愛いってみんなが言ってる1組の子じゃないのかよ」 ネットをたたんでいた不二はちらりと顔を向け、やがて綺麗に首を傾いで苦笑した。そんな子だったんだ、とあっさりと付け加えて。 「顔も名前も、ましてや性格も知らない相手と付き合うことが正しいこととは思わないよ」 「……え、それだけ? それだけでふったの?」 「大事なことじゃないの? 僕は付き合うなら、きちんと自分でいいと思った人が彼女の方がいい。自分で見て、自分で話して、自分でいいと思った人がいい。間違ってる?」 端整な顔立ちで向けられたのは、正論だった。本人も反論などこないことを知っているに違いない、口元には余裕の笑みが浮かんでいる。 あの不二からそのような言葉が出てくるとは重いもしなかった英二は、それが嘘か真実かを問うよりも先に頭の中で何度も繰り返してしまう。それが部活の場であれ、教室であれ、不二の言葉の意味を考えてしまう。 「、落ちた」 「え? あ、ありがとう。気づかなかった」 「お礼は数学の宿題でいいよ」 「やだ。だめ。菊丸くんいつもそうなんだもん」 転がってきた消しゴムを拾い上げ、何気なく声をかける。当たり前のようにわがままをつきつければ、当たり前のように断られる。ただし数分後にノートが差し出されることは決定事項。数学の授業の始まる数分前、英二は分からなかった問題の解答を確認しながらふと不二の言葉を思いだす。 (自分で見て、自分で話して。ねえ) どうかした、と。が目を丸くして問いかける。 なにも、と頬杖をつきながら首を横に振る。は首を傾げる。 出会って半年を迎える、一番クラスの中で話す女子であるとの会話は、いつも無理なく紡ぎだされていった。 |
| --------------------------------------------------------------------- ≫03. |